1歳3ヶ月 5
国境の街ノローセを後にした私たちは一路、『商店街トーレット』のある地方を目指します。
ケイリスくんが言うには、トーレットという街はありとあらゆる商店が集まる、共和国のデパート的存在なのだとか。
商店街なんて言うと、アーケード通り的なものを想像してしまいますが、実際は商店がたくさんある大きな街のはずです。
トーレットと言えば、ノローセでおばさんがその名を口にしていました。
曰く、「以前はノローセの移民を引き取ってくれていたが、今はエルフ族のせいでそれどころではない」と。
そのことをケイリスくんに伝えてみたところ、彼も馬車を取りに行っている間に情報収集を行っていたらしく、トーレットの事情についてはある程度把握しているみたいでした。
どうやら現在、トーレットは半ば壊滅状態にあるとのこと。
国境街と商店街の中ほど、ややトーレット寄りの位置には、“エルフの森”というのが広がっているそうです。
位置関係のイメージとしては、直角定規を思い浮かべてもらえば早いでしょうか。三〇度の角がノローセ、六〇度の角がトーレット、そして九〇度の角がエルフの森といった感じです。尚、エルフの森は人族領と魔族領のほぼ中間地点にあるようですね。
そして一、二ヶ月ほど前……森に棲むエルフたちが突然侵攻してきて、トーレットを襲撃したという噂が流れているのだとか。
それまでのエルフ族というのは人族にも魔族にも与することなく、中立の立場を保っていたという話です。
だと言うのに、それが突然人族への攻勢に転じたというのは、誰の目にもおかしなことでした。
人族に近い外見をしているという理由で獣人族が迫害を受けていたということを考えれば、私の知っているエルフ族も同じような境遇なのではないでしょうか?
私のそんな疑問に、しかしレジィは首を横に振りました。
「あいつらは、自称『第三の種族』だからな。私たちは人族でも魔族でもありません、だから争うなら勝手にどうぞ野蛮人共ってスタンスらしいぞ」
……なんかすっごいプライド高そうな人たちですね。めんどくさそうです。
それで大した力もないのであればまだマシなのですが、どうやらエルフ族は高い実力まで備えているようでして……
レジィによると、エルフ族の多くが分靈体の持つ特殊能力・開眼のような力を備えているのだとか。
つまりレジィみたいな能力者がたくさんいるってことですか? なにそれ怖い。
その上で種族間の結束が異常に固いとくれば、彼らの森を攻め落とすのは困難を極めるでしょう。
対立している種族同士の板挟みにされていながらも独立した立場を保ち続けることができるのは、そういった理由によるものなんですね。
どんな事情があるのか知りませんが……とにかくエルフ族の襲撃を受けたというトーレットは現在、復興のためにてんやわんやだと思われます。
それに下手に突ついて藪から蛇を出すのも怖いですから、できるだけ関わり合いになりたくありません。
できればトーレットには寄らず、直接次の街へ向かってしまうのが良いでしょう。
……そう思っていたのですが、
「お嬢様。……その、トーレットに寄ってもいいですか?」
御者席で馬車を操っていたケイリスくんが、突然そんなことを言い出したのです。
もしかして何か買い忘れたものや、ノローセでの『両替』みたいな裏テクを使いたいということなのでしょうか?
そう思って訊ねてみると、しかしケイリスくんは目を逸らして言いよどみながらも、ポツリと答えを漏らしました。
「いえ、そういうわけではないのですが……その、壊滅状態というのがどの程度なのか、見ておきたいんです……」
トーレットの被害状況を確認したい?
まさかケイリスくんに限って、野次馬根性を発揮しているわけではないでしょう。
何かトーレットに思い入れでもあるのでしょうか? 昔ケイリスくんが仕えていた人が、今はトーレットに住んでいるとか……
何にしても、ケイリスくんがわざわざ寄りたいと言っているのですから、私がそれに反対する理由はありません。
私の仲間が行きたいと言えば、私は大抵の場所にはついて行ってあげる所存です。
実際、一度は魔族領にあるレジィの故郷にまでついて行って、村に残っていた獣人たちをアルヒー村に移住させる説得を手伝ってあげたこともありますしね。
私は座席の上で立ち上がると、格子窓に張り付くようにしてちょこんと顔を出してケイリスくん応えます。
『うん、もちろん良いよ!』
わざわざ理由なんて聞かなくても、ケイリスくんに限って妙な理由ではないでしょう。
私が手放しで彼の願いを聞き入れてあげると、彼はやや驚いたような反応を示してから、
「……ありがとうございます、お嬢様」
そう呟いて、ほんのちょっとだけ柔らかい笑みを浮かべたような気がしました。
その後は何事もなく馬車を進めていき、やがて迂回のしようもないほど広範に広がる森に差し掛かりました。
ケイリスくんの手にしていた地図によると、“エルフの森”と地続きになっている森みたいですね。
とはいえ森には迷いようもないほど明らかな交通路が一本道で通っているため、普通に進んでいればエルフの森になんて近づくこともなく突破できるはずです。
ただ、自然豊かなこの森には動物も数多く存在するようで、獰猛な肉食獣が徘徊しているとのこと。
それを聞いたときには、襲われやしないものかとかなり心配したものでした。
ノローセに流れ着いた移民が自分たちの足でトーレットを目指さないのは、この危険な森が途中に横たわっているからだと言われているほどなのです。
そして実際、私たちの馬車が通りかかった道沿いに、クマにも似た大型獣が姿を見せたことがありました。
今や大した力もない私は大いにビビっていたのですが、しかしネルヴィアさんが警戒心も露わに剣を手にかけて窓際に移動すると、クマは唸り声を上げながらも足を止めてしまいます。
おお、ボールウルフを戦わずして戦意喪失させたこともあるネルヴィアさんの威圧によって、あちらも迂闊に手は出せないようです。ネルヴィアさんかっこいい!
とか思っていたら、今度はレジィが窓際に寄って鬱陶しそうに目を細めると、クマは「グッ……」と呻き声を漏らし、一歩後ずさりました。
野生の勘が、レジィの秘めたる実力を感じ取ったのでしょうか。
仮にも獣人族の頂点に立つ者ですからね。獣たちもレジィには逆らえないのでしょう。
この二人がいるおかげで、野獣も手を出してこられないんだなぁ……と思いつつ、せっかくなので私も動物を近くで見てみたくなりました。
そこで私は窓際に寄って、半ば動物園感覚で野獣へと笑顔で手を振ってみます。
すると、
「グオォォオオウッ!?」
なんとも情けない悲鳴をあげながら、クマに似た野獣は一目散に逃げ去ってしまいました。なんでだよ!?
野獣にまで逃げられるという稀有な経験をしたことによって惨めな気持ちになった私が窓際から離れると、そんな私にネルヴィアさんとレジィがキラキラした尊敬のまなざしを送ってきていました。
いや、今そういうのいらないですから……余計に惨めな気持ちになるだけですから……
下等な動物共には私の魅力がわからないのだ! という暴論で自分を無理やり納得させた私は、拗ねて座席で不貞寝をしてやります。
ふーんだ! あんなゴツイ生き物、こっちから願い下げですし!
いいもん、私には家族がいるもんね! べーっだ!




