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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳3ヶ月 3



 その夜、私は宿屋で一緒の部屋になったケイリスくんに、昼間の浮浪者さんとのやり取りについて訊ねてみました。

 するとケイリスくんは、何のことはないといった風に、あっさりとその答えを教えてくれます。


「両替ですよ」

『……両替?』


 おもむろに立ち上がったケイリスくんは、リュックの中から二つの金貨袋を取りだしました。

 そして彼はそれぞれの袋から一枚ずつ取り出すと、ベッドに寝そべっていた私の目の前にかざしてくれます。


「こっちが、帝国紋の刻まれた金貨。そしてこっちが、共和国紋の刻まれた金貨です」

『あ……ほんとだ、ちょっと違う……』

共和国(イースベルク)では帝国(ヴェリシオン)の金貨が使えないということはありませんけど、少なくとも金貨を見れば、どこに暮らしてるかは一発でバレます」


 そ、そっか……じゃあお昼の浮浪者さんは両替屋さんみたいなもので、帝国の金貨を渡して、共和国の金貨を受け取ってたってわけですか。


『じゃあ、何枚か金貨を受け取らなかったのは、手数料みたいなものなの?』

「いえ、口止め料です」

『……え?』

「基本的に、両替屋は手数料を取りません。その代わり、騎士や探偵などに『いつ、どんな人間に両替したか?』という情報を漏らします。両替なんてする人間は、亡命とか潜入とかが目的ですからね」

『だから、口止め料……?』

「ええ。切羽詰まっている人間ほど多く払ってくれますし、騎士や探偵はその口止め料よりずっと高額な賄賂を渡さなければ情報を引き出せません。つまり、手数料なんかよりもずっと儲けられるんですよ」


 ……あくどい商売してるなぁ。


 でも、そういう稼ぎ方もあるのか……勉強になりました。

 私は将来、できるだけ働かずに贅沢な暮らしをしていきたいという夢を持っているので、そういう楽ちんでリターンの大きいシステムを考え付きたいものです。


 疑問が解消してすっきりした私は、しかしすぐに思いついた新たな疑問について訊ねてみました。


『そういえば、ケイリスくんってどこの出身なの?』

「え? ああ……帝都ですよ」

『そうなんだ? もしかして、お父さんとかお母さんも使用人さんとか?』

「まぁ……そうですね」

『それなのに、こういう裏社会のシステムとか、共和国の街について知ってるなんてすごいね』

「……勉強しましたから」


 そっか、やっぱり偉い人に仕える執事としては、そういうことも勉強するんですね。


 ケイリスくんは金貨を袋に戻してリュックにしまうと、扉の前に鈴のようなものを設置しました。多分、扉を開けると大きな音が鳴るという仕組みなのでしょう。夜盗対策かな?

 お昼に馬車の扉を開けてくれた時も思いましたけど、“出来る男”って感じでかっこいいですね。


 ケイリスくんは再びベッドに戻ってくると、隅っこの方にそっと腰を下ろしました。

 そして、チラリと私へ視線を向けると、


「あの……お嬢様。本当に、ボクもベッドにご一緒してもいいんですか?」

『え? だって、ベッドは一つしかないでしょ?』

「でも、ボクは使用人じゃないですか」

『だからどうしたの?』

「え……あ、いえ……」


 ケイリスくんが何を遠慮しているのかわからず、私はちょっと困ってしまいます。

 もしも私がムキムキの(おとこ)だったり、グラマラスな美女だったりしたら、確かに遠慮しても仕方ないと思いますけど。

 そもそも、ここに来るまでの馬車ではほとんど雑魚寝状態でしたしね。


 私がジーっと見つめていると、やがてケイリスくんは観念したのか、「……失礼します」と言いながら、おずおずと私の隣に寝そべりました。

 ふわりと良い匂いが漂ってくるのを感じながら、そういえばケイリスくんの顔をこんなに近くでまじまじと見たのは初めてだということに思い至ります。


 いつもは三つ編みに結んでいる髪はほどいて下ろしてあり、服装もスーツではなく薄い寝間着です。

 普段は洗練された執事然とした雰囲気からか大人びた印象を覚える彼ですが、今のケイリスくんからは年相応の幼い雰囲気も少し感じ取れます。

 ちょっといつもと格好が違うだけで印象まで全然違って見えるのは、不思議なものですね。


 普段のケイリスくんなら、ぼーっと数キロ先を見つめているような遠い目をしているのですが、今はしっかりと目の前の私を見てくれています。

 ……あれ? でも思えば、今回の旅について来てくれるようになってからは、ケイリスくんが遠い目をしてることはなくなったような……

 じゃあ別に、特別私に興味があるわけではなさそうですね。


 まぁ、そもそもケイリスくんが私に仕えてくれているのも、陛下の御命令で仕方なくってところだと思いますしね。

 ……そう考えると、なんだか途端に寂しくなってきました。

 ただでさえお母さんやお兄ちゃんとずっと会えずに寂しい思いをしているのに、私に興味のないケイリスくんと二人っきりというのはちょっと辛いものがあります。


 ……いや、こんな考えではだめですね。

 私の持論モットーは、『こちらから愛を示さなければ、向こうも愛は示さない』です。

 ケイリスくんに好意的な感情を向けてほしければ、私の方から歩み寄らなければなりません。


 そこで私は、クルセア司教たちに仕込まれた、四十八の篭絡技(ひっさつわざ)の一つ『今夜は帰りたくないの……』を披露してみることにしました。

 この技は、保健所のチワワも裸足で逃げ出すようなウルウル瞳の上目遣いと、相手の服をちょこんと掴むことで、対象の庇護欲をくすぐり陥落させる技です。


 私はちっちゃな手でケイリスくんの服をちょこんと掴むと、私に視線を向けてきたケイリスくんへと熱っぽい視線を送ります。

 そして期待を込めてケイリスくんの反応を窺っていると、彼は無言で私の頭をそっと撫でて、


「もう寝ましょうか、お嬢様」


 そう言うと、ケイリスくんはベッド脇のランプを消しました。


 ……うーん。いまいち技は不発に終わった感が否めませんが、しかし私に一切の興味がないケイリスくんに頭を撫でさせる程度には効果を発揮したとも言えます。

 きっとお母さんなら即死でしたね。


 私は技の成果にそこそこ満足しつつも、それでも寂しさからかケイリスくんの服からは手を離すことができず、そのまま目を閉じました。


 ……隣の部屋からずっと聞こえてきている激しい闘争の音は、完全に聞かなかったことにします。

 ネルヴィアさんとレジィは、明日オシオキですね。



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