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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳3ヶ月 1



 帝都を発ってから、はや一週間。


 ガタゴトと揺れる馬車の中で、私はぐったりと倒れ込んでいました。

 首輪の呪いによって体重が普段の三倍になっているせいというのも理由の一つではありますが、今私が痛烈に感じているこの疲労感は、もっと精神的なものだと思います。


 ……観覧車のように向かい合った配置の座席で、私の対面に座っている二人がバチバチと火花を散らしているのが原因でしょうね。


 片や、貴金属のように輝く長い金髪の、おっとり垂れ目が可愛らしい少女、ネルヴィアさん。

 片や、赤茶色のショートカットヘアーの、快活そうな猫目が印象的な少年、レジィ。


「私はセフィ様とお会いして半年になります。一、二ヵ月程度のあなたとは、絆の重みが違うのですよ」

「はぁ? 大して役にも立ってないくせに、よく言うよな」

「なんですって!? 私とセフィ様は一心同体! これまでだって陰に日向にお支えしてきました!」

「そうかぁ? オレ様と戦ってる時とか、何もできてなかったじゃないかよ。オレ様だったら、ご主人の代わりに敵を倒せるぜ」

「私だって倒せます! あの時は油断しただけです!」

「ハッ、だったら勝負するかよ?」

「望むところです!」


 この子たち、帝都を出発してからず~っとこんな感じです。

 何というか、「愛されてるなぁ」とは思いますし、それが嬉しくないと言えば嘘になるんですけど……

 もうちょっとこう、仲良くはできないものですかね、お二人さん。


 二人を(なだ)めようにも、今の私は声を失っていますからそれもできません。

 身振り手振りでっていうのも身体が重いせいでしんどいです。

 でも放っておいたら本当に決闘とか始めちゃいそうな勢いですし……

 ……はぁ。


 私はケイリスくんが編んでくれた毛糸の手袋を外すと、右手の親指と中指をくっつけます。

 『浮き足立ち(ムーンウォーク)』。三倍になっている体重を、六分の一に除算しました。


 そして私は対面に座っていた二人の間に身体を滑り込ませると、そのまま二人の手を握って胸に抱きしめます。


「あっ、セフィ様……」

「ご主人……」


 途端に二人は柔らかい表情になると、さっきまでの怒気をあっさりと引っ込めました。

 基本的には良い子たちなんですけど、私のことになると険悪な雰囲気になるんですよね……

 あと、この心配になるレベルのちょろさ。

 でもそこが二人の可愛いところだとも思いますし、難しいところです。


「お嬢様」


 と、そこで馬車を(ぎょ)してくれていたケイリスくんが、抑揚のあまりない声で私に呼びかけました。

 ……私は生物学的には立派な男なのですから、せめて「坊ちゃま」と呼んでくれと言っているのですが……しばらくするとまた「お嬢様」という呼び方に戻っているので、もう諦めました。

 いいもん、『勇者様』としては女児扱いは都合がいいんだもん。くすん。


 私は悲しみを背負いながら、座席の上に立ち上がって背後の格子窓を覗き込みました。するとケイリスくんの揺れる三つ編みと、馬車を引いてくれている二頭の馬、そして馬車の進行方向に、大きな街が見えてきました。

 ああ、やっと街に着きましたか……これで野宿から解放されます。


 チラリと私の顔を窺ってきたケイリスくんに、私は口を開きます。

 今の私は声を発することができませんが、ケイリスくんは読唇術(どくしんじゅつ)が使えるため、私の言葉を読み取ってくれます。


『寄ってくれるかな?』

「いいですけど、あの街、帝国民にはあんまり好意的じゃないそうですよ」

『そうなの? どうして?』

「あの街は共和国よりも帝国の方が近いので、過去にいろいろあったらしいです」


 帝国の方が近い……確かに、私たちの目的地は帝都から一ヶ月なのに、この街へは一週間ほどで着いてしまいました。

 国境沿いにある街はいろいろと大変な目に遭うというのは世の常のようです。

 イースベルク共和国は現在、魔族との戦争に際して帝国と同盟を結んでいるらしいのですが、帝国民に好意的ではないというのなら身分を隠したほうが良いかもしれません。


『じゃあ、私たちの出身を誤魔化せないかな?』

「借りた馬車はお忍び用のものなので、帝国のものとはバレないでしょうね。でもネルヴィア様の服はマズイのではないでしょうか」


 私はネルヴィアさんの服装へ視線を向けます。

 思いっきり帝国騎士の服装。というか国旗まで刺繍されてました。完全にアウトです。


『じゃあ、みんな着替えたら問題ないかな?』

「皆さんが余計なことを言わなければ、ボクが誤魔化しますけど」

『う、うん……じゃあ、お願いね』

「はい」


 確かに、ネルヴィアさんが「セフィ様!」とか言いだしたり、レジィが「人間風情が……!」とか言いだしたりしたら一発でアウトです。

 私は二人に、あらかじめ決めておいたサインを発します。


 私が自分の頬っぺたを二回つついたら、ネルヴィアさんは質問に答える時以外は喋らないこと。レジィは一切口を開かないこと。

 そして私とレジィは勇者教巡礼者の兄弟で、ネルヴィアさんは護衛の傭兵。ケイリスくんは馬車の雇われ御者。


 レジィに巡礼服を着せて頭巾を被らせてから、私は魔導桎梏(しっこく)を隠すためのマフラーを首に巻いて、レジィに抱かれます。ちょっ、尻尾をパタパタ振らないの! 隠して隠して!

 騎士団服を脱いだネルヴィアさんが不服そうな顔でレジィを睨んでいますが、それはスルーします。


 私は準備が整ったことを伝えるために、格子窓をぺちぺち叩きます。

 そしてケイリスくんが私の顔へ視線を向けたのを確認してから、


『ケイリスくん、準備できたよ』

「はい。……それから、お嬢様もきちんと幼児らしく振る舞ってくださいね」


 私がネルヴィアさんとレジィの振る舞いを心配するのと同じくらい、ケイリスくんも私の振る舞いに不安を持っているようです。

 ……私、そんなに赤ん坊っぽくないかなぁ?


 私が微妙な顔をしながら首を傾げていると、ケイリスくんは前方に見える街へ視線を向けます。


「ちなみにあの街……『ノローセ』は巡礼地ではないので、あくまで食材の補給や休息のために立ち寄ります。それはわかっていますよね?」


 わかってませんでしたごめんなさい。


 諸々のことはケイリスくんに任せて、私たち三人はひたすら役に徹していることにしましょう。



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