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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
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1歳2ヶ月 11 ―――失ったもの



 私が声を失ってから、三日ほどが経とうとしていました。


 あれから必死の捜索が行われていますが、残念ながら黒い少女(リルル)は見つけることができていません。

 もうとっくに帝都から逃亡したのか、はたまた何かしらの魔法で姿を隠しているのか……

 仮に帝都にはいなくなったと仮定しても、私が大幅に弱体化してしまった今、リルルが強力な魔族を引き連れて帝都を襲撃しようものなら大変なことになってしまいます。


 つまり私に求められるのは、魔術師としての一刻も早い復活。

 どのみち私が弱ったままでは、私の村にもしものことがあっても、すぐには助けに行けません。長距離移動魔法も使えないため、移動には馬車で片道三日もかかってしまうのですからね。

 いかに(おびただ)しい数の魔法罠や、十数人の獣人たちが常に目を光らせているとはいえ、安心はできない状況です。

 こんなことでは、不安で夜も眠れません……!


 そんなわけで、私は自分の声を取り戻すため、私の首に嵌められた魔導桎梏(しっこく)の製造元である『イースベルク共和国』への旅に出ることにしたのです。

 ……首輪を破壊するだけなら、今の私でも簡単です。しかし考えても見てください、もしも魔術師を拘束するための首輪を製造するとして、魔術師が自分でどうにかできるような作りにするものでしょうか?

 もし私だったら、「首輪の質量が一定以下となった時、半径数メートルの空間を消滅させる」くらいの機構は組み込んでおきます。

 つまり首輪の詳細なプログラムがはっきりしないうちは、無闇に手を出せないというのが現状なのです。

 可能であれば、この首輪の製作に関わっている人物に事情を説明して外してもらう。それが無理でも首輪に関する情報を聞きだして、解決策を探るというのが今回の旅の目的です。


 本当は、魔導師様のうち誰かが帝都に帰ってくるのを待ってから出発しようかと思ったのですが、どうやらお三方とも戦場の前線に出ずっぱりのようで連絡が付きませんでいた。

 仮に連絡が取れても、帝都に着くのは一週間から二週間後ということらしいので、結局私は彼らを待たずに、出発してしまうことにしたのです。

 私が一人いなくなっただけで帝都の防衛が壊滅するようなら、滅んでも仕方ないと思います。まぁ、陛下がいてそんな事にはならないでしょう。

 帝都のことは皆さんに任せて、私は自分の旅に集中しましょう。


 当初私は、ネルヴィアさん一人だけを連れて共和国へ向かうつもりでいました。

 もしも私が万全の状態であったなら、きっとレジィも連れて行こうと考えたかもしれません。

 しかしながら現在の私は大幅な弱体化によって、レジィに勝てるかどうかも怪しい状況。もしかしたらレジィだけでなく、共和国で出くわした強敵に負けてしまう事も考えられます。

 その時、強者絶対主義の獣人であるレジィは相手に服従して、私に反旗を翻す恐れがあると考えたのです。

 そのことを、私はレジィに包み隠さず正直に伝えました。すると、


「……なんでだよぉ……オレのご主人はアンタだけだよ! ご主人が弱くなったって、裏切ったりしねぇよ! 信じてくれよぉ……!」


 今にも泣きだしそうな顔でそんなことを言われた私の驚きようは、相当なものでした。

 レジィとは一ヶ月ちょっとの付き合いですが、私は彼に“強さ”以外で気に入られている点は一切ないと思っていました。

 といいますか、獣人が強さ以外の点で他人に魅力を感じるようなことはないのだと、勝手に決めつけていたのかもしれません。

 ですから私が「アルヒ―村の仲間たちの所へ行け、なんなら仲間たちと故郷へ帰ったっていい」と伝えた際、レジィが私に縋りついてきたことに、かなり困惑してしまったものです。


 そして意外と言えば、もう一人。

 私の“逆鱗屋敷”に仕える使用人であるケイリス・パルトリットくんが、私の旅に同行すると言ってきたのです。

 正直に言えば、私は彼に付いて来てほしいと思っていました。

 それはケイリスくん以外の私たち三人が、家事全般において壊滅的だという理由もありますが……それとは別に、彼には意外な能力があったのです。

 それは、『読唇術(どくしんじゅつ)』。

 唇の動きを見て、相手が何を言っているのかを読み取るという技術です。


 現状、私には他者と意思疎通をする手段が身振り手振り(ボディランゲージ)くらいしかありません。

 そのため、彼が読唇術を使えることを知った時には、「旅に付いて来てくれないかなぁ」などと少しだけ考えたものでした。

 けれども同時に、ケイリスくんは他者に一切の興味がないということも知っており、少なくとも私に対しては毛ほども関心を抱いていないと確信していました。

 ですから、彼が旅に同行するなどと言い出した時には、私は本気で聞き間違いだろうと思いました。

 私がいない間は屋敷に住んでいなくて良いとか、私がいない間も給料を払うと言ったのですが、それでも彼は付いて行くと言ったのです。

 ……彼は一体、どうしてしまったのでしょう? どこかで頭をぶつけてしまったとか……?

 彼の意外な申し出には、ネルヴィアさんも驚いているみたいでした。


 そして、そのネルヴィアさんはと言えば、これまで以上に私から離れようとはしなくなりました。

 というのも、私が彼女を意図的に遠ざけているあいだに、私が帝都の人々から迫害じみた扱いを受けていたり、帝都に潜伏していた魔族に奇襲を受けて命の危機に瀕していたり、いろいろと酷い目に遭っていたことが発覚してしまったためです。

 私としては、彼女が帝都の人たちと問題を起こしてほしくないという親切心のつもりだったのです。

 それに彼女は騎士修道会にあまりいい思い出がないでしょうから、騎士修道会の人たちと関わらせないようにしようという気遣いでもあったのですが……

 とにかくそれによって、私は初めてネルヴィアさんから怒りの感情をぶつけられてしまいました。

 それからというもの、ネルヴィアさんは私が他の人を優先したり気遣ったりして発した命令を、すべて無視するようになってしまいました……。


 ちなみに私が襲撃を受けたことが騎士団経由で伝わった時、一番早く私の元へ駆けつけてくれたのは、なんとヴェルハザード皇帝陛下でした。

 陛下は知らせを聞くとすぐに城を飛び出し、慌てて追いかける近衛兵たちを振り切らんばかりの勢いで、私が横たわる修道院へと出向いてきてくださったそうです。

 そして私が意外にも元気であることを確認した陛下は安堵の息を漏らして、「よくぞ、無事であった」と優しげな声色で仰いました。

 それから「……すまなかった」などと仰いながら私を抱え上げて、病院まで運んでくださったのです。

 べつに、陛下が(いち)魔術師でしかない私なんかを心配したり、謝ったりするようなことはないと思うのですが……


 そして、カルキザール司教ですが……

 彼は相当に自分自身を追いつめていた様子で、聞くところによると自ら陛下に「死罪にして罪を(あがな)わせてほしい」と嘆願したそうです。

 あくまで彼は利用されただけで、その行動理念は常に帝都民のためだった、という私の証言と、許してあげてほしいという私の嘆願がどこまで影響したのかはわかりませんが、どうにか死罪は回避されたみたいです。


 私は心配になって獄中の彼を一度訪ねましたが、彼は投獄されてから一切食事をとっていなかったらしく、全身が枯れ木のように痩せ細っていました。

 誰が何を言っても聞かず、一心不乱に祈りを捧げ続けているという彼に、私は魔法で牢屋の鍵を破壊すると、いつぞやネルヴィアさんにしてあげたように、彼の頭を抱えるようにして抱きしめました。

 そして、ネルヴィアさんにお願いして代筆してもらった手紙を彼に手渡して、牢獄を後にしたのです。

 ……どうにかこれで、立ち直ってくれると良いんですけど……。


 カルキザール司教がいなくなったことによって、久遠派の修道士や騎士たちは、クルセア司教率いる明星派に吸収される形となったようです。

 これまで二派に分裂していた修道会が一つとなって、これからどうなっていくのか……まぁ、あのクルセア司教のことですから、上手いこと彼らをまとめていってくれることでしょう。

 久遠派の修道士たちは、昼夜を問わず率先して奉仕活動を行っているみたいです。さすがに全員がカルキザール司教にみたいに入獄したら大変なことになっちゃいますからね。


 ネルヴィアさんが言うには、勇者信仰の教義の一つに「自殺の禁止」という文言があるそうです。まぁ、宗教ではありがちですね。

 そしてネルヴィアさんは、もしも自殺が禁じられていなかった場合、司教を含む久遠派の修道士や騎士たちは、こぞって自殺をしていたに違いないと言い切りました。

 いやいや、そんな大袈裟な……と、信仰心の欠片もない私なんかは思ってしまうのですが、ネルヴィアさんの真剣なまなざしを見ていると、そんなこともありえたのかもしれないという気になって、背筋が寒くなりました。


 そしてどうやら帝都の人たちには、今回の事件の真相が陛下から伝えられてしまったらしいです。むぅ、余計なことを……

 自分たちが敵に良いように利用されていたことを知ってしまった彼らは、一体何を思ったのでしょうか。

 きっと私と顔を合わせるのは気まずいでしょうから、私は事件以降、彼らとは一度も顔を合わせることなく帝都を後にしました。

 い、いえ、べつに私が弱体化した上に魔族を取り逃がしたことを非難されるんじゃないかって、ビビったわけじゃないですよ? 全然、そんなこと微塵もありませんからね!

 ……まぁ、ほら、魔導洗濯機は稼働させたままにしてあるので、私がいなくなっても別に文句はないでしょう。

 いつか私が帰ってきたとき、少しは好意的に出迎えてもらえたら嬉しいのですが。

 ちなみに、私が弱体化したことを伝えたら帝都の人たちが不安になるかもしれませんから、私は前線で戦うために帝都を発ったのだということにしておきました。


 さて、聞くところによるとイースベルク共和国は、帝都ベオラントから馬車で一ヶ月以上かかるそうです。

 ……黒い少女(リルル)は、こんな首輪一つのためにこの距離を往復したんでしょうか? なにあの子、そんなに暇なの?

 馬車で一ヶ月なんて、普通に考えたらとんでもない距離に思えますが……私が万全の状態であれば、五時間ほどで走破できる計算となります。……そう考えると、なんかヤバイ人間ですね、私。

 しかし今は、自衛用の弱い魔法をたった七つしか使うことができない身です。今回の旅は、おとなしく一ヶ月間 馬車に揺られることとなるでしょう。


 ちなみにその長旅に際して陛下は、「余もついて行こう」などとご乱心めいたことを言いだしてセルラード宰相に必死で止められていたり、さらにそれが叶わないと知ると、今度は大規模な軍隊を護衛に付けようとしたりして大変でした。

 ただでさえ私がいなくなって帝都の守りが弱くなるのに、これ以上戦力を削るわけにはいきません。当然、丁重にお断りしました。

 ネルヴィアさんとレジィがいて、滅多なことにはならないでしょうしね。


 そんなわけで、私の旅について来てくれるのは、逆鱗屋敷で暮らしていた三人です。

 ちなみに馬車を御することができるかどうか、ネルヴィアさんとレジィ、ケイリスくんに訊いてみたところ、それぞれの解答はこうでした。


「えっと、乗馬はできます。多分同じような感じですよね? 大丈夫です!」


 全然大丈夫じゃありません。


「馬が二頭か。一週間は食ってけるな」


 帰れ。


「まぁ、それくらい普通にできますけど」


 ……もうケイリスくんだけ連れて行こうかな。


 さて、私の移動魔法がアテにできず、さらにこれだけの距離となれば、当然ながら重大な問題が生じてきます。


 そう、私が村に帰れないのです……!!


 これは最初、かなり悩ましい問題でした。

 そもそも私が首輪を嵌められた時点で長距離移動魔法が使えなくなったため、その日から私は一度も村に帰れていません。

 一応、連絡鳩は飛ばして事情は説明してあるので、みんな心配はしていないとは思いますが。

 けれどもお母さんやお兄ちゃんの顔を毎日見られないというのは、かなりショックが大きいものでした。

 いっそ二人を旅に連れて行ってしまおうかとも、半分以上本気で考えたほどです。


 そうして私は悩みに悩み抜いた結果、ついに決断しました。



 ……“家族離れ”をしよう、と。



 今回襲ってきた敵のように、狡猾な手段を用いてくる輩が今後現れないとも限りません。

 その時、私が露骨に家族を大事にしていたら、間違いなくお母さんやお兄ちゃんが狙われてしまうでしょう。

 今までは帝都の近くという事で、そう滅多に敵なんて来ないだろうと高を括っていたわけですが、いつ、どこから敵が襲ってこないとも限らないのだと痛感しました。

 それに帝都を狙うような輩はいても、私個人を狙ってくるような物好きはいないだろうと考えていたのですが……勇者として扱われてしまった以上、これからはそうも言っていられません。


 そんなわけで今後は、いつも私の近くにいられるわけではないお母さんやお兄ちゃんにベッタリ、というわけにはいかないのです。

 今までも理性ではわかっていたことでしたが、どうしても決断できずに先送りにし続けていました……しかし今回、ついに私は固い意志でもって決起いたしました!


 ……でも、一回でも会いに行っちゃったら確実に決心が揺らいでしまうので、私は村には寄らずに、帝都から直接 共和国へと向かいました。


 こうして私たち四人は、私の“声”を取り戻す旅へと出発したのです。



いつもご覧いただきありがとうございます。

ブクマ、コメント、とても励みになっております……!


次回、新章突入です。

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