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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
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1歳2ヶ月 10 ―――黒幕



 声を失ったことで大いに動揺した私は直後、凄まじい重圧によってその場に崩れ落ちました。

 なに、これ……!? 体がとんでもなく重い……!!


 声を失い地面に這いつくばっている私を見て、カルキザール司教は勢いよく立ち上がり声を荒げました。


「そ、それは共和国の『魔導桎梏(しっこく)』……!? どうして貴女がそれを……!!」

「わぁ、これを知ってるなんて流石ですね司教様。そうです、わざわざこの日のために、ちょっとお借りしてきちゃいました。てへっ♪ ……これで、この子は魔法が使えなくなりましたね」


 魔法が使えない……声が出せなければ呪文も唱えられないだろう、ということですか。

 確かに魔法名を唱えてみても、口をパクパクさせるだけでまったく発動する気配はありませんし、喉が震えている気配もありません。

 私から発せられた音―――つまりは空気の振動数をゼロにする術式なのでしょう。

 ついでに私の体重が数倍にもなっているようで、立ち上がれません。


 これはおそらく、対魔術師専用の手錠みたいなものなんだと思います。

 たとえ「あ」とか「ん」だけでも声が発せれば、周囲を破壊し尽くせるのが魔術師です。とすれば、彼らを拘束するために最も効果的なのは、『声を封じる』ということ……


「リルルさん、今すぐその首輪を外してください! 私はセフィリア殿が、帝都に脅威をもたらす存在ではないと判断致しました!」


 声を荒げてそう主張するカルキザール司教に、私はちょっと驚きます。ついさっきまで私を怪物扱いしていたというのに、どういった心境の変化でしょうか。

 もしかして、「バケモノ扱いしないで」という私のお願いを聞き入れてくれたとか……?


 けれども、そんな司教の言葉を受けた黒い少女……名を“リルル”というらしい彼女は、人畜無害そうな愛らしい笑顔で肩を竦めました。


「なに言ってるんですかぁ、せっかく『勇者様』を無力化したっていうのに」

「勇者、様……? 貴女は、セフィリア殿が勇者ではなく……きっと魔族の手先だと……」

「あははっ! イヤですねぇ、司教様ったら~。そんな戯れ言、まだ真に受けていたんですかぁ?」

「ざ、戯れ言……ですと……!?」


 カルキザール司教は目を剥いて、それから貧血でも起こしたかのようによろめいて、執務机に手を付きました。

 そんな司教の様子を満足げに見ていたリルルさんは、頑張って首輪を外そうと もがいている私をおかしそうな目で見ると、


「あーあー、勇者様? その首輪、無理に外そうとすると大変なことになるらしいですよぉ?」


 そんな声と共に、這いつくばる私の頭に固いものが押し付けられました。見るまでもなく、彼女の靴底であろうことは明白です。


「あっははは! 爽快です! 計画が失敗したのはムカつきましたけどぉ……人族の希望である勇者様を、こうして直接踏みにじるっていうのも悪くありませんね!」


 靴底で頬を圧迫されながら、それでも私が彼女を睨み付けると、リルルという少女はまるで人が変わったかのように凄惨な笑みを浮かべて嗤っていました。


「計、画……」


 うわ言のように呟くカルキザール司教に、リルルはおかしくって仕方がないといった表情を浮かべ、嬲るような口調で答えます。


「そうですよぉ? リルちゃんが直接手を下すのではなく、人族の希望である勇者様を、“あなたたち人間共の手で”排除させようって計画です。言うなればゲームですよ、ゲーム。ちょっとした“お遊び”です♪」

「……あ、遊び……ですと?」

「ルールは簡単! 操りやすそうな間抜け共を(そそのか)して、勇者様を帝都から追い出すか、牢獄に放り込めばゲームクリアー♪」


 ふざけた口調で楽しげにそう言ったリルルは、しかし少しだけ忌々しげな声色になると、


「……いやぁ、最初に目をつけたもう一人の司教様はなかなかやり手でして、困りましたよ。クルセアとか言いましたっけ? ずぅっとリルちゃんの裏ばかり読んで、操りづらいのなんのって。……最終的に計画を台無しにしてくれたのも、あの司教様みたいでしたし」


 吐き捨てるようにそう言うと、しかしリルルはすぐに楽しげな笑みを浮かべました。


「その点、カルキザール司教様はとぉっても素敵でしたよぉ♪ 本当に操りやすいお人形で助かりましたぁ。最後の最後で、こうして勇者様を無力化するのにも役立ってくれましたしねぇ……!」


 グリグリと踏みにじられる頬が熱を帯びて、私に鈍い痛みを伝えてきました。

 声を出せず、首輪も外せない私は、黙って痛みに耐え、事の推移を見守ります。


「司教様だけじゃありません。ちょっとプライドを刺激して焚き付けてあげれば、面白いように勇者様を敵視する魔術師も愉快でしたねぇ。まさか御前試合にまで発展するとは思いませんでしたけど。それに、種族の未来のためだとか聞こえのいい言葉を適当に並べただけで乗せられて、人族の領土に単身で突撃していく獣人も傑作でしたぁ……!」


 まるで反応を楽しむかのように、私の顔を見下ろしながら踏みにじるリリル。

 そして彼女は両手を頬に添えて、恍惚の表情を浮かべました。


「でもやっぱり最高だったのは、帝都に住む人間たちですよねぇ……!! 本っ当に人間っていうのは面白い生き物ですよ。ちょっとした扇動にす~ぐ煽られて、赤ん坊一人を化け物だと恐れたり、かと思えば勇者様だと讃えたり……あっははは! お腹がよじれちゃうかと思いましたよ!」


 リルルはお腹を抱えて「あー苦しい」なんて言いながら目元を拭うと、絶望に打ちひしがれている司教へと飛びっきりの笑顔を向けて、


「残念ながら計画(ゲーム)達成(クリア)できませんでしたけどぉ、いい暇つぶしにはなりました。ありがとうございます、手駒1号(カルキザール)さん♪」


 カルキザール司教はリルルの告白を聞き終えると、顔面蒼白になりながらその場に崩れ落ちました。

 頭を抱えながら意味をなさない呻き声をあげる彼に、リルルは追い打ちをかけるような嘲笑を浴びせます。


 私は重い身体を床に投げ出して踏みにじられながら、今日までの帝都での出来事をゆっくりと噛みしめていました。


 ……全部、この少女の手のひらの上だった……?


 やけに広まるのが早い、私のおぞましい異名も。

 際限なく悪化し続ける悪名も。

 帝国軍への挨拶の場で、突然ボズラーさんが突っかかってきたのも。

 リュミーフォートさんに会うためだけに、レジィが敵戦地のど真ん中へ向かったのも。

 久遠派の修道士たちが私の敵に回ったのも。

 帝都のみんなの悪感情が加速して、私がますます孤立したのも。


 リルルは横たわる私の髪の毛を掴んで持ち上げると、どこにでもいそうな普通の女の子のように微笑みます。その凡庸さと素朴さが、今は逆に恐ろしいものに見えてしまいます。


「さて、捕まえた勇者様はどうしましょうかねぇ? ただ殺すだけなんて芸がないですし……」


 わざとらしく考え込むような仕草をしていたリルルは、


「ド変態で有名な、ボボロザ樹海のオークキング様に献上しましょうか? いえ、それなら吸血女帝アペリーラ様も捨てがたいですねぇ……うーん、どっちにしましょうかぁ?」


 しばらく悩むそぶりを見せていた彼女は「あっ、そうだ!」と名案でも閃いたかのように叫ぶと、今日一番の笑顔を浮かべました。




「どちらがいいか、勇者様に選ばせてあげますよ。……それで、あなたが選ばなかった方の魔族には、あなたのお兄ちゃん(・・・・・・・・・)でも献上しましょうか?」




 その瞬間、私の目の前に迫っていたリルルの顔面が「ドパンッ!!」と激しい音を立てて、彼女は後方の執務机まで吹っ飛びました。


 あっ、やば……!

 もうちょっと耐えて、絶好のタイミングを見極めてから不意打ちするつもりだったのに……!!


 たらりと鼻血を流したリルルは、何が起こったのかわからない様子で呆然としていました。


 くっ、仕方ありません……万全とは言い難い状況ですが、動くしかないようです。

 レジィと戦った時にも用いた、状態継続文……私はこの修道院に足を踏み入れる前に、計七つの魔法を発動させていたのです。

 そして“すでに発動させている魔法”は、声を失っても効力を失うことはありません。


 ……ただ、あくまで防御や回避を最優先に考えていたため、攻撃魔法は たった今リルルを吹っ飛ばすのに使った一つだけしか設定していません。

 とにかく、今すぐに倒し切らないとマズイ事になります!


 私は右手の中指と親指をくっつけて、待機中の魔法を発動します。


 ―――自身の体重を六分の一にする魔法、『浮き足立ち(ムーンウォーク)』!


 ずっしりと重かった身体が軽くなり、私は素早く身体を起こすと、目を白黒させているリルルへと突貫します。

 そしてリルルが慌てて体勢を立て直そうとしているところへ、左手の親指と中指をくっつけました。


 ―――拳から圧縮空気を炸裂させる魔法、『暴力的寸止めスパークリングスパーリング』!


 私の拳から放たれた空気が乾いた破裂音を響かせながら迫り、リルルの顔面を捉えます。


「ぐぶっ……!! ぐ、くそっ、なんで!? どうして魔法が使えるっ……!?」


 豹変したように恐ろしい声色で叫ぶリルルへ、私はさらなる追撃をしようとしたのですが……彼女はその寸前で跳び上がって執務机の上に着地すると、勢いそのままに後方の窓へと飛び込み、ガラスを割って外へと飛び出してしまいました。

 そういえばここは一階でしたか……! しかも大通りに面しています!


「……覚えててくださいよ!!」


 そんな安い捨て台詞を吐きながら、リルルは街ゆく人々に何度もぶつかりつつ全力で駆けていきます。

 私は彼女を追いかけるため、一気に執務机を飛び越えようとして―――しかし勢いが足りずに、執務机に足が引っかかって転んでしまいます。

 ああ、もう! この首輪の効果で身体が重くなっているんでした……!


 私がもたもたしているうちに、リルルの姿を見失ってしまいました。

 これから必死になって探せばもしかしたら見つかるかもしれませんが、帝都にはたくさんの無力な人間がいるのです、人質には事欠きません。

 下手に追いかけて刺激するよりも、とにかく今はこの事実を騎士団に通報して、帝都の皆さんの安全確保を最優先に考えた方がいいでしょう。


 私は追跡を早々に諦めると、室内で打ちひしがれているカルキザール司教に駆け寄ります。

 今の私では、あのテロリストが……いえ、おそらくは“魔族”が国内に潜伏していることを、他の人に伝えることができません。首輪の呪いのせいで声は出せませんし、残念ながら文字の読み書きもまだできないのです。

 そのため、事情を知っている唯一の人物である、カルキザール司教に頑張ってもらうしかありません。


 私は司教の腕を引っ張って、リルルが飛び出していった窓を必死に指さします。

 魂が抜けてしまったかのように呆けていた司教の頬を引っぱたいて、身振り手振りで、今為すべきことを為せと必死で彼に伝えようとしました。

 カルキザール司教は最初、この世の終わりのような表情をしていましたが、やがて自らの責務を思い出したのか、フラフラと立ち上がってくれました。


 その後、騎士修道院だけでなく中央司令部の騎士団や魔術師団までもが総動員され、帝都中に厳重な捜索網が展開されましたが……


 ついに私たちは、あの黒い少女を見つけ出すことはできなかったのです。



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