1歳2ヶ月 8
「はぁい、ちゅうもーく! せかいはつの『魔導洗濯機』のおひろめだよー!」
人通りの多い商店街で突如として響き渡った呼びかけに、帝都のみんなは一様に何事かと振り返りました。
しかもその声の主が、最近何かと好意的な噂を聞くようになった逆鱗卿だというのですから、誰もが足を止めてこちらを注目してくれます。
……私がいつもの魔術師団軍服マントではなくお姫様ファッションなのが物珍しいだけかもしれませんがね。
コラそこ、「ほら、やっぱりセフィリア卿は女の子だったじゃない」とかヒソヒソ言うな! 「やっぱり」ってどういう意味だ!
どうやら「セフィリア=勇者」説が広まるにつれて、伝説の勇者様が女の子だったという事実に引っ張られるようにして、私まで女の子だと勘違いしている人たちがたくさんいるらしいのです。
やめて! 私は一応、生物学的には男の子です!
……まぁ、私が女だと思われていた方が『セフィリア勇者説』の信憑性が高まるみたいですし、今は好都合ですから、それも甘んじて受け入れましょう。
とにかく今は、目の前のことに集中です。
クルセア司教たちと散々練習したエンジェルスマイルと、人好きする愛らしい仕草を武器に、まずは彼らの警戒心を解いていきます。
そして私は折を見て、手にしていた“洗濯物”を掲げると、聴衆に見せつけます。
掲げた洗濯物は泥でたっぷり汚してあり、真っ黒になっていました。
「さぁ、このドロだらけの せんたくもの。ふつうに おせんたくしようとしたら、たいへんだよね?」
私がそう尋ねると、最前列の主婦っぽい女性が深く頷きます。ノリがいいな。
「でも、あんしんして! このせんたくものを、魔導洗濯機にポイっといれて、ふたをします」
私は踏み台に登って洗濯機の上蓋を開くと、泥だらけの洗濯物を投入しました。
魔導洗濯機の外観は、どこからどう見ても、ただの岩の塊です。
というか、実際にただの岩の塊です。近くの山に行って、くり抜いてきました。
形状はそのまんま四角い洗濯機で、しかし内部にはドラムもポンプも搭載されておらず、深くて四角い穴がぽっかり開いているだけです。
私は上蓋の代わりとなっている薄い鉄板を閉めると、両手を広げて聴衆に注目を促します。
「あとは、このボタンをおすだけ! いくよ? ぽちっ!」
私はわざわざプッシュ音を口にしながら、洗濯機上面部についているボタンを押しました。
何か音が発せられるわけでも、派手なエフェクトが発生するわけでもなく、洗濯機にはこれといって何も変化はありません。
不思議そうに首を傾げる聴衆たちを尻目に、私は魔導洗濯機の上蓋を開くと、先ほど中に放り込んだ洗濯物を取りだします。
そして聴衆たちから、感嘆のどよめきが上がりました。
私が取りだした洗濯物は、先ほどとは見違えるほど真っ白になっていたのです。ついさっきまでは、元が何色かさえもわからない惨状だったというのに、です。
近くにいた主婦に魔導洗濯機の中身を確認してもらいますが、他に洗濯物はありません。間違いなく、この白いシャツが先ほどの汚れた洗濯物です。
「これが、わたしのかいはつした魔導洗濯機です」
そう言ってにっこり笑う私に、皆さんは惜しみない拍手を送ってくれました。
ふっふっふ。しかし、ここからが私の本命……今回の実演販売の目的です。
「この魔導洗濯機は、ていとのかくちに、せっちしておきます。みんな、じゆうにつかってね」
私がそう言うと、聴衆たちは目を剥いて驚いていました。
どんな洗濯物でも一瞬でキレイにする魔法のような……というか実際に魔法の洗濯機です。しかも洗濯は一瞬で終わるとくれば、誰だって使いたいに決まっています。
わざわざ水を汲んでくる必要もありません。洗剤だって不要です。手も荒れませんし、洗濯物を干す労力も場所も時間もすべてカット。まさに夢のような洗濯機です。
「あ、あの、セフィリア卿。これを使う条件……といいますか、お金などは……?」
最前列にいた主婦が、良い質問を投げかけてくれます。つまり『でも、お高いんでしょう?』と。
それは今まさに説明しようとしていたことでした。
「おかねも、じょうけんも、なにもいらないよ。ただ、ルールをまもって、ケンカをしないこと。それだけまもってくれればいいよ!」
そう言って私は、練習した笑顔を浮かべます。
これだけハイスペックな洗濯機を無償で提供するという私の申し出に、みんなは顔を見合わせてざわめいていました。
ただでさえ最近は明星派の皆さんが、私のイメージアップ戦略を推進してくれています。そこへ来て、今回の無償提供……ふふふ、ちょっと心がグラっときたのではありませんか?
そう、これこそが私の……いいえ、私たちの狙い……!
名付けて『ぷるぷる、ぼくわるいセフィリアじゃないよう』作戦!
そしてこれがトドメです!
私は明星派直伝・四十八の篭絡技の一つ、『素直になりたいの……』を発動!
ちょっとモジモジしつつ背中で手を組んで、みんなを上目遣いで見つめながら、
「……そ、それから……わたしと、なかよくしてくれたら……うれしいな」
そんなセリフを、顔を赤らめつつ言ってやるのです。
……ちょっと本当に恥ずかしかったので、顔が赤くなったのは演技ではありません。
けれどもそれが幸いしてか、そんな私を見ていた奥様方の心に、母性と庇護欲の炎が燃え上がるのが見て取れました。
相変わらず、この外見は得ですね。
クルセア司教による特訓の成果は、非常に目覚ましいものでした。さすがは多くの信徒を束ねる司教様、人心掌握はお手の物といったところでしょうか。
それに加えて、元々私はアルヒ―村でも似たようなことをやって村人たちの心を掴んだりしていたこともありました。
むしろ魔法よりも早く習得していた、私の最初の武器でもあるのです。
その武器がクルセア司教により研ぎ澄まされ、実践的なスキルにまで昇華されれば……魔法が通じない相手への有効な攻略手段となり得ます。
私は帝都の各地で今と同じような公演を行い、それから魔導洗濯機の使用上の注意などを説明していきました。
そして私の発明は、結果として非常に幅広い人々からの絶大な支持を得ることに成功します。
普通の洗濯機さえない文明レベルで、これだけの超オーバースペックですからね。しかも、それがタダで使えるというのです。むしろ支持を得られない方が難しいでしょう。
……でもね、皆さん。タダより高いものはないんですよ?
瞬く間に私の好評は広まり、明星派の方々の裏工作も手伝って、私の評価が『悪夢の処刑人』から『夢の発明家』へと反転するのに、さして時間はかかりませんでした。
なんでしょうかね、この「不良が捨て猫を拾っていた効果」みたいなアレは。
それに付随して、私を勇者とするような声も大きくなっているとクルセア司教から聞きました。
帝都に獣人を連れ込んだ事実も、その裏事情が明らかになると、「襲撃してきた魔族を逆に手懐けて味方にしてしまった」という風に印象がすり替わり、魔族だからといって無闇に殺すだけではない、有能な軍人という印象まで一部では得られたようです。
おかげさまで、私が街を歩くと帝都の人たちは少しずつではありますが、徐々に警戒を解いてくれています。中には、控えめながらも話しかけてくれる人まで現れ始めました。
それからこれは棚ぼたですが、帝都民との交流によって私の人間性が彼らに浸透するにつれて、「こんな赤ん坊を軍人として戦場に送りだすのはどうなのか」というプチ社会問題にまで発展してしまったとのこと。
……まぁ、私が「魔力消費の関係で、私が戦場に出ている間は洗濯機は使用不可となります」と言ったことが、どこまで関係しているかは定かではありませんがね……ふっふっふ。
と、そんなこんなで私の悪評が少しずつ好評へと塗り替えられ、その比率を逆転させた時。
ようやく私の悪評の元凶である、カルキザール・カグプラ・バサステン司教―――
騎士修道会『待ちわびぬ久遠の宿』の最高指導者が、私に接触してきたのです。




