表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第一章 【アルヒー村】
7/284

0歳7ヶ月 3



「ログナ! どこなのログナ!?」


 ほとんど半狂乱になったお母さんがお兄ちゃんを呼ぶ声が、村中に響き渡っていました。

 現在、突然いなくなったお兄ちゃんを村中が総出となって捜している状況なのですが……

 しかし捜索を始めてから三〇分以上が経っても、成果は芳しくないようです。


 お母さんは私のパニックとたんこぶが治まるまで、ほとんど付きっきりでいてくれました。

 そのためお兄ちゃんが家を飛び出して行ったことに気が付くのが遅れてしまったのと、加えてお昼時だったため外に人がいなかったという間の悪さ。

 下手をすれば、お兄ちゃんが家を飛び出してから一時間ほどが経っている計算になります。

 五歳児が家出をして一時間が経過なんて……、しかもここは日本とは違い、決して治安が良いとは言えない場所なのです。


 私はたんこぶを冷やすために濡らしたボロ布を頭に巻いたまま、家の外で慌ただしく駆け回る大人たちを覗いていました。


「こっちにもいないぞ! 北の方は探したのか!?」

「ベラムさんが探してくれてるが、見つかってない!」

「村から出たんじゃないだろうな!?」

「そんな! この辺りは最近 盗賊が出たって噂が……」


 村の人たちは焦るあまり、どんどん想定がネガティブな方向へと向かってしまっていました。

 そしてそんな最悪な想定を耳にしたお母さんはますます青ざめて、ついには泣き崩れてしまいます。


 私も胃がキリキリと痛むのを感じながら、少しでも落ち着くために両手で顔を覆いました。ブラック社畜時代の、私の癖です。

 視界が真っ暗な闇に沈んでしばらくすると、緊張や動揺で鈍っていた思考がちょっとだけ回復してきたような気がします。


 ……お兄ちゃんは酷いけど、でもこんなことでお兄ちゃんを失うのは、絶対に嫌です。


 お父さんもお母さんも悲しむでしょうし、それに私も……

 そもそも今回の騒動の原因は、私がお父さんの大切な本を無闇に持ち出してしまったことにあります。

 それに私が欲をかいて、五歳児相手にムキにならなければ、こんなことにはならなかったんです。


 ……しかしそれでも動けずにいた薄情な私は、そこで頭の片隅に引っかかっていたお兄ちゃんの言葉を思い出します。


『うっ……お、おまえがわるいんだぞ! まどーしさまになんて、なろうとするからっ……』


 どうしてお兄ちゃんは、私に魔導師様になってほしくないのでしょうか? 弟の方が立場が上なのは気に入らないから? 単にイジワルで言っただけ?


 そこで再び、お兄ちゃんの言葉が脳裏によみがえります。


『おまえ、ほんとに“まどーしさま”になるつもりなのかよ。そんなの、とーちゃんがいたらぜったいゆるさないぞ』


 ……どうしてお父さんは、私が魔導師様になることを許さないのでしょう?

 お母さんはあんなにはしゃいでいたのに……もしかして、なにか事情があるの?

 だとしたら、お兄ちゃんが私にしたことは……


 私はなにか、取り返しのつかないことをしてしまったような気分になって、ドキドキと心臓が暴れ出しました。

 お兄ちゃんがどうして私にあんなことをしたのか、あんなことを言ったのか……私はその理由を知らなければなりません。


 最悪、あの『魔導書』を永遠に失うようなことになったとしても、お兄ちゃんさえ無事なら……


 そんな結論に至った時、私は自分でも少し驚いていました。

 別に今日まで、お兄ちゃんと仲良く遊んだ記憶はありません。それどころか、いつも睨まれてばかりいた気がします。

 ですが『魔導書』と言ったって、よくよく考えてみれば単なる紙の束です。生きてる人間と……それもかけがえのない家族と同じ天秤に乗せるなんて、そんなのできっこないじゃありませんか。

 もしも本一冊のために家族を失うなんてことになったら……そんな自分を私は許せるでしょうか?


 それと同時に、私の異常な性質―――つまり“転生”がバレてしまうことも、やっぱりお兄ちゃんの無事には代えがたいと思えたのです。


 次の瞬間、私は立ち上がっていました。


 今まで怪しまれないようにハイハイで移動していたせいで、立ち上がるには壁に手を付く必要がありました。しかし、今はそれで十分です。

 私は半開きになっていた玄関の木戸を押し開いて、


「おかーさん!!」


 私が叫ぶと、泣き崩れてメリアーヌさんに肩を抱かれていたお母さんが、ハッと顔をあげました。

 お母さんの周りで頭を抱えていたお年寄りやおばさんたちも、何事かとこちらに注目します。

 今まで私が騙していた村の人たちの視線に、私はとても後ろめたい気持ちに襲われました。私の正体がどう思われてしまうのかと考えたら、逃げ出したくなりました。

 しかしそんな気遅れや恐怖を無理やり抑え込んで、私は叫びました。


「おにーちゃんの、いつもあそんでたところは!?」


 今まで「ママ」とかの簡単な言葉しか話さなかった乳児が、いきなり意味の通る文章を口にするのは明らかに異常なことです。

 しかしお兄ちゃんの件でパニックになっていたお母さんは、それに突っ込むこともなく私に言葉を返しました。


「さ、探したわ……でも、見つからないの」

「じゃあ、おにーちゃんとなかのいい おともだちのおうちは!?」

「え……友達の家?」

「おにーちゃんが「おねがいだから、かくれさせて」っていったら、こどもはだまってるかもしれないよ!」

「……!」


 私の言葉に、周りにいた大人たちはすぐに対応してくれました。


「もう一度、全部の家をくまなく探すんだ!」


 バタバタと慌ただしい足音が響いて、村の人たちが一斉にあちこちへ散らばって行きました。

 その場に残っていたのは、地面に座り込んでいたお母さんと、それに付き添うメリアーヌさんだけです。

 目を丸くして呆然としている二人に、私はさらに質問を重ねます。


「おとーさんとの おもいでのばしょは、このちかくにない!?」


 この質問に、どうやらお母さんは心当たりがあったようです。わかりやすいくらいに飛び上がって反応しました。


 小さい子供の家出なんて、行く場所は大体察しがつきます。なんせ家出なら、私も前世で何度か経験していますから。

 まず、あまり遠くに行くことはありません。ただでさえ心細いのに、知らない場所へはなかなか行きたがらないものです。

 次に、自然と足が向く場所は、普段行き慣れている場所です。例えば、遊び場……公園とか。

 そして心細いため、信用できる友達を頼ることも考えられます。特に子供は考えなしに友達を庇ってくれたりしますから。


 それらの、どれでもなかったとしたら……


 立ち上がって駆け出そうとしていたお母さんに、私は歩み寄ろうとします。

 ……が、すぐに「こてっ」と転んでしまいました。もっと歩く練習もしておけばよかったです……。

 しかし、そのおかげでお母さんは私に駆け寄ってきて、そのまま抱き上げてくれました。


「セフィ、大丈夫!?」

「そ、それよりおかーさん、おにーちゃんを……!」

「ええ、もちろん! 村からちょっと出るから、セフィはここにいて!」

「わたしもいく! おかーさん、おねがい!」

「……わかった。しっかり掴まっててね」


 言い合っている時間が惜しいと判断したのか、それとも置いて行ったら余計に危険だと判断したのか……ともあれお母さんはお願いをあっさりと聞き入れて、私を抱き上げてくれました。

 さっきまでとは違い、その瞳には強い力が宿っています。パニックはもう、完全に治まったようです。

 ふと見ると、さっきまでお母さんに寄り添っていたメリアーヌさんが向かいの家に飛び込んで、すぐに何かを持って戻ってきました。

 どうやら持ち出してきたのは、銅製の剣のようです。メリアーヌさんはそれを、迷わず自分の腰に差しました。


「盗賊がいるかもしれないからね。無いよりはマシでしょ?」

「メリー……ありがとう」


 もしも本当に盗賊と出くわしてしまったなら、銅の剣たった一本で太刀打ちできるはずがありません。そんなことは、メリアーヌさんだって百も承知でしょう。

 つまりこれは、「危ないところに行くなら一緒に行く」という意味の行動に他なりません。

 ……メリアーヌさんがお母さんの友達で、ちょっと誇らしい気持ちになりました。


「行きましょう!」


 力強い言葉と共に、お母さんとメリアーヌさんが駆け出します。

 私はお母さんの首にしがみ付きながら、お母さんの向かう先を睨み付けました。


 お願い、無事でいて……お兄ちゃん……!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ