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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
67/284

1歳2ヶ月 5



 あれから数日が経ちました。

 私の悪評を払拭するのと、その上でイメージアップの噂を流すのは、私自身が行っていいことではありません。

 そんなことをやったら、むしろイメージダウン待ったなしですからね。


 なので私は明星派の修道士さんや騎士さんたちとの会議から今日まで、これといってすることもなく、今までのように自宅で……通称“逆鱗屋敷”とか呼ばれている古びた館に引き籠っていました。

 この家、蔦が伸び放題のレンガ壁とか、やけにカラスがたくさん集まる枯れ木とか、なぜか周囲に雑草すら生えない古びた枯れ井戸とか、とにかく不気味なもののオンパレードです。七不思議とか作れそう。

 以前はとある貴族の別荘だったそうなのですが、彼が謎の変死を遂げたため、ずっと誰も住み着かずに放置されていた曰く付き物件とのこと。

 ……人気の多い場所に住んだらみんなが怯えるとはいえ、赤ん坊と少女の二人にそんな場所を(あて)がう帝国はどうかしてると思います。


 私は幽霊とか呪いとか、そういうのに頓着しないタイプなので比較的平気ではあります。

 でも元来小心者なネルヴィアさんは、それはもう酷い怯えようでした。今でこそ普通に生活していられますが、最初は私が添い寝してあげなければならないくらいでしたからね。


 そして現在、屋敷には四人の人間が住んでいます。

 私とネルヴィアさん、そして生活能力のない私たちをお世話するために派遣された使用人が一人と、それから……


「なーなー、ご主人~。散歩行こうぜ、散歩ー。なーなー」


 私がベッドへ横になって、自作の魔法研究ノートに研究結果を追記していると、甘えんぼモードになったレジィが私のベッドに顎を乗っけるようにしながら絡んできます。

 んー、お散歩かぁ、どうしよっかな~……などと考えながらレジィの頭を撫でてやると、「なんだよぉ」とか唇を尖らせて目を細めるレジィ。でも尻尾がブンブン振られているので、すっごい喜んでいるみたいです。


 彼は獣人で、野生に生きる存在ですから、一日中ずっと館にいるのは息が詰まって仕方がないのでしょう。

 レジィは私から離れてはいけない決まりなので、彼がお散歩をするとなれば必然的に私も同行……というより並走しなければなりません。

 さすがにお散歩で最高速度は出しませんが、それでもレジィは時速六十キロくらいなら余裕で出してきますので、それに私が合わせるためには魔法が必須です。

 いっそ時速三百キロくらいで一時間ほど走ってくれれば、いつも私が帝都から村を往復する時について来させてあげるんですけどね。

 さすがにそれだけの速度となると、彼も三分くらいが限界みたいです。


 まぁ、今日は中央司令部の会議とかもありませんし、レジィに付き合ってあげるとしましょう。いつも良い子にしてくれてますしね。

 私は研究ノートをぱたんと閉じてベッドに放り出すと、身体を起こしました。


「よし、いこっか」


 私がそう言うと、レジィはパァっと表情を輝かせます。

 そして私を持ち上げてギュッと抱きしめると、彼はそのままパタパタと小走りで部屋から飛び出しました。


 玄関へ向かう途中で、私は前方で窓を拭いている少年を見かけます。

 色素の薄い茶髪を切り揃えた前髪に、後ろは三つ編みで丁寧に編み込まれています。

 貧乏村出身の私なんかとは違って育ちの良さが滲み出ている彼は、中学生ほどの幼い身体で執事服を完璧に着こなしていました。


 常に五キロくらい先の景色を見ているのかってくらい遠い目をしている彼の名は、ケイリス・パルトリット。

 我らが逆鱗屋敷の、専属執事です。


「ケイリスくん、おさんぽいってくるね」

「はい」


 私の声に反応は返してくれるものの、ケイリスくんは一切掃除の手を休めないどころか振り返ることさえしませんでした。

 これは別に、彼が仕事熱心だとかそういうことではなく、単に私に興味がないだけだと思います。

 ……ま、まぁ、これくらい図太くなくちゃ、この私に仕えようだなんて思いませんよね。

 ちなみに本来 ベオラント城から来てくれる予定だったメイドさんは、逆鱗卿への恐怖のあまり胃に穴が開いて入院したらしいです。

 死にたい。


 レジィは弱い人間に一切興味がないので、そのままケイリスくんをスルーして玄関へと向かいました。

 するとそこで、訓練を終えて屋敷に戻ってきたネルヴィアさんと出くわします。


「セフィ様。もしかして、またお散歩ですか?」

「うん。わたしのるすを、よろしくね」

「お任せください」


 そう言って微笑むネルヴィアさんは、しかしすぐに不機嫌そうな表情をレジィに向けて、


「レジィ、あまりセフィ様にご迷惑をかけないようにしてくださいね」

「うっせぇザコ。オレ様に指図するな」


 ネルヴィアさんの忠告に対し、鬱陶しそうに目を細めて暴言を吐くレジィ。

 それにネルヴィアさんが怒りを露わにするよりも早く、私は即座にレジィの前髪を掴むと、思いっきり引き寄せました。

 そして彼の耳元に唇を寄せて、私は低い声で囁きます。


「おい。いま、なんていった」

「あっ、ご主人……!」

「みのほどをわきまえろ」

「はい、ザコはオレでしたぁ! ごめんなさい!」


 素直に謝ったので、私はレジィの髪から手を離してやります。

 レジィは『分靈体(エステリア)』として強大な力を持っていたので、今まで誰かに負けて服従するなんて経験がなかったそうです。

 そのため、目上の人間に対してはドMになる獣人族の特性に目覚めた彼は、それはもう恍惚の表情で私に従います。

 というかこの子、私に罵倒してほしくてネルヴィアさんに突っかかってるんじゃないでしょうか。


 ネルヴィアさんは、かつて敵対して私を殴ったレジィが気に入らない様子。

 そしてレジィは、かつて自分が圧倒したネルヴィアさんを下に見ているみたいです。

 顔を合わせるたびに対立するこの二人のせいで、私は気苦労が絶えません……。


 頬を紅潮させて息を荒くしているレジィに、私は「それじゃあ、いこっか」と促して歩かせます。


 私の家は帝都の端っこなので、歩いて行けば帝都の人たちに見られずに外周防壁の外に出られるようになっています。

 今は明星隊の皆さんが東奔西走、私の悪評を消すために頑張ってくれているはずなので、私は妙な噂が流れないよう、なるべく人目に付かないように行動しなければなりません。


 ……そう、パッと見ではただの可愛らしい少年であるレジィに首輪をつけて、帝都の周囲を走り回る姿なんて、見られるわけにはいかないのです。



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