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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
66/284

1歳2ヶ月 4



 応接室を後にした私たちが次に向かったのは、ベンチのように横長な木椅子が何列も並んだ部屋でした。

 お隣の大聖堂とは比ぶべくもない規模ですが、これもいわゆる礼拝堂というのでしょう。

 その室内では黒衣に身を包んだ男女がずらりと整列していて、部屋の前方にある聖母子像の前には豪奢な椅子が設置してありました。


 案の定というか何というか、クルセア司教に導かれた私はその椅子に座らされ、司教はそのまま椅子の傍らに(はべ)ります。

 そしてこの場に集まってくれた、司教が特に信頼している修道士たちや、『明星(みょうじょう)百合園(ゆりぞの)』の騎士たちも従順に私へと(こうべ)を垂れました。

 そんな彼らの敬虔な様子に、司教の言っていた“私の派閥は現実主義者の集まり”という言葉にちょっとだけ疑問を生じます。


 いえ、クルセア司教もそうですが、彼らの祈りや恭順の姿勢は“信仰”とはまた違っているのかもしれません。

 生まれてから一年ちょっとである私が戦争に協力する姿勢を見せたことに対する、彼らなりの感謝や敬意と考えればしっくりきます。


「らくにして」


 私がそう言うと、司教を筆頭に室内の全員がしずしずと立ち上がりました。

 ほとんど見ず知らずの彼らを言葉一つで動かす感覚は不思議なものでしたが、意外に私は冷静さを保っていられたようです。


「堂々としたものですね。さすがは魔族さえも従えているお方です」


 クルセア司教の言葉に、私は「なるほど」と納得しました。なんとなくこの光景に既視感があるような気がしてたんですよね。あの子たちのおかげで慣れてたみたいです。

 ……司教は人前ではすごく凛々しい表情でハキハキと喋るみたいなのですが、どっちの彼女がキャラづくりなのかはわかりません。


 その後 クルセア司教主導のもと、今後の計画とその方針を決める会議が始まりました。

 議題はズバリ、「どうすれば現状におけるセフィリアの悪評を打ち消すことができるか?」です。

 なにこれ悲しい。


 クルセア司教派の修道士たちや、帝都防衛に従事している“明星隊”の騎士たちによる調査の結果、私の悪評は以下の通りのようです。


・村を襲ってきた盗賊を残虐な方法で処刑したらしいが、じつは盗賊ではなく癪に障った村人だったのでは?

・果物屋を脅して商品を巻き上げていた。

・歯向かってきた魔術師の同僚を処刑。

・昼近くになると凄まじい勢いで帝都を飛び出してどこかへ行ってしまう。おぞましい実験でもしているのでは?

・突然、帝都の外から獣人を連れてきて、ベオラント城へ連れ込む。

・魔族である獣人たちに崇拝されるなんておかしい。彼女は魔族の有力者が変身している姿なのでは?

・引き連れている騎士が異常に信奉しているが、魔法で洗脳しているのでは?


 ……ちょっと泣きそう。


 私が露骨に凹んでしまったのを見て、修道士の皆さんがオロオロしてしまいます。わぁみんな優しい。


 とりあえず私は噂の一つ一つを彼らに弁解していきます。

 倒したのは間違いなく盗賊だったし、果物屋さんご夫婦は勝手に怯えて果物を押し付けてきただけだし、ボズラーさんへの追撃は彼を助けるためだし、お昼は村に帰ってるだけだし、獣人は可哀想だから拾って来ただけだし、私は間違いなく人間だし、ネルヴィアさんはアレが彼女の素です。

 私は彼らに一切合切の真実を懸命に訴えました。


 ついでに今まで言えなかったことも、精いっぱいぶちまけます。

 目の前で家族が嬲り殺されそうになったら、そりゃ死にかねない攻撃だって加えるよ、とか。

 そもそも赤ん坊に怖い異名をつけるのはどうかしてるし、余計に帝都民が怖がるきっかけになっちゃったじゃないか、とか。

 貴族とか言いつつ、実際そんな良い暮らししてないし、名ばかりで権限も大して無いじゃん、とか。

 私が攻撃したことがあるのは、襲ってきた盗賊と、御前試合と、魔族だけだよ、とか。

 命令されでもしない限り、本当は私だって戦いたくなんてないよ、とか。

 私、男の子なんですけど、とか。


 とにかく日頃から密かに不満を抱いていて、でも誰にも言えなかったことを全部言ってやりました。


 家族とか村の人たちに愚痴ったら心配させちゃいますし、ネルヴィアさんとかレジィに愚痴ったら武力で解決しようとしそうですし、陛下とか魔導師様とか上の人たちに愚痴るわけにもいきませんし、これまで誰にも言う事ができずにたくさん溜め込んでいたのです。良い機会だったので、全部吐きだしてしまいました。


 そして全部言い切ってから、ちょっと後悔しました。

 そういえば私は『勇者』になるべくしてここにいるわけで、こんな人間味のあることを言っちゃったら幻滅されてしまうのではないかと思ったのです。

 けれども修道士や騎士の皆さんは、私に心底同情的な目を向けてくれました。中には涙ぐんでいる人もいるみたいです。

 クルセア司教が、沈んだ声で彼らに語り掛けます。


「皆さん……これが、久遠派の仕組んだ謀略の結果です。年端もいかない幼子にあらぬ嫌疑や罪悪を擦り付けて追いつめているのです。これが彼らの信仰の正体。そしてセフィリア様は、今日までこれらのすべてを許し、耐えてきたのです」


 司教は拳を強く握ると、先ほどの応接室で見た姿からは想像もできないような、指導者然とした演説で彼らに訴えました。

 それを受け止める修道士や騎士たちも、憤懣(ふんまん)()(かた)無いといった表情で、怒気と闘志を静かに燃やしながら傾聴しています。


「こんな横暴が許されて良いはずがありません! 我々の信仰は、隣人を貶めることで得られる偽りの快楽を認めるわけにはいかないのです! 今こそ我ら“明星”の正しき信仰によって、帝国の民に真実の笑顔を! 安心を! 希望を取り戻すのです!!」


 クルセア司教が掲げた拳をきっかけとして、礼拝堂に激しい熱狂を含んだ声が湧き上がります。

 本来 静粛が求められる礼拝堂で、聖職者がこんなに騒いでいいのでしょうか。神様が怒るんじゃないですか?

 ……あれ!? でもこれって今は、私が神様なのかな!? 勇者信仰だもんね!?


 衝撃の事実に私が(おのの)いていると、クルセア司教が跪いて私と目線を合わせながら、真剣かつ誠実な面持ちで口を開きます。


「セフィリア様、どうか我々にお命じください」


 いきなりそんなことを言われて、私はちょっぴり面食らいました。……が、すぐに気を取り直すと、私を見つめるたくさんの瞳へと向き直ります。

 命じてくれと言われたものの、私はそんなガラではありませんし……


 私は椅子から飛び降りると、彼らに深々と頭を下げました。


「おねがいします。わたしを、たすけてください」


 勇者らしくなかっただろうか、と心配する私をよそに、彼らは即座にその場に膝をつきました。

 そして修道士の方たちは手を組み祈りを捧げるような姿勢を。

 騎士の方たちは帝国(ヴェリシオン)流の忠誠の構えを取りました。


 この瞬間、私は初めてこの帝都で私の存在が認められたような気がしたのです。

 思わず鼻の奥がツンと痛み、唇が震えます。


「今この瞬間より、我々はあなたの手足であり(つるぎ)です。どうか全て、お任せを」


 そう言って微笑むクルセア司教に、私は目元を潤ませながら頷きました。



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