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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
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1歳2ヶ月 3 ―――司教の使命、勇者の使命



 本当の、勇者……?

 私はクルセア司教の言ったことの意味がわからず、固まってしまいました。

 司教はそんな私の様子を楽しげに眺めながら、


「あ、もちろんセフィリアちゃんの事情は心得てるから安心してね~」

「……じじょう?」

「うん。なるべくなら『働きたくない』んでしょ~?」


 ズバリ言い当てられた私の信条(ポリシー)に、私は思わず面食らってしまいます。

 そして慌てて弁解せねばと口を開こうとした私を、クルセア司教は軽く手をかざして制しました。


「べつに取り繕わなくってもいいよ~、誰だってわざわざ命を懸けて戦いたくなんてないしね~」


 ……それを、騎士修道会の最高指導者の一翼であるあなたが言いますか?


 しかしどうして私の働きたくない願望が見抜かれたのでしょうか? 私ってそんなに働きたくないオーラが出てますか?

 司教はそんな私の疑問を見透かしたように、その答えをよこしてくれました。


「うふふ~、御前試合で『魔術師をやめるから退職金をくれ』なんて言ったら、誰だって察するよ~」


 ああ……そういえば、そんなこと言っちゃいましたっけ。

 というかクルセア司教も御前試合を見に来ていたのでしょうか? それとも、思いのほか私の発言は噂になっていて帝都中に広まっているとか?

 ……もしそうだとしたら、勇者になるとか絶対に無理なのでは?


「セフィリアちゃんが働きたくないって事はわかってるよ。そして、もしかして勇者になるとお仕事が増えるってことを危惧してるのかな~? だとしたら、それは違うよ~?」

「え?」

「セフィリアちゃんが勇者としてみんなの心の支えになってくれれば、みんなは今よりもっと頑張って戦えるからね~。あ、それと前線に投入されまくるんじゃないかって心配もしなくていいよ~?」


 クルセア司教は、私の最も気にしている部分に言及して、そこもフォローしてくれました。


「むしろ勇者として崇拝されてる人が死んじゃったら、帝国軍の士気はガタ落ち間違いなしだしね~。危険な土地に送り込むなんて、したくてもできないよ~」

「そういう、ものなのでしょうか……?」

「セフィリアちゃんが前線に行くとしたら、それは戦ってる兵士たちに顔見せして士気を高めるくらいかな~。それでも一回か二回くらいは、実力を示す場が必要かもしれないけどね~」


 実力を示す場……つまり、戦わなければいけない場面もあるということですか。

 私の表情が暗くなったことを察してか、司教はすぐさま微笑みを深めて、


「何も、最前線に突っ込んでこいってわけじゃないよ~? 後ろから派手な魔法でも一発ぶちこんでくれれば、それで十分だよ~。べつに一人で叩き潰しちゃっても、それはそれでいいんだけどね~」

「わたしがつよかったら、どうしてたたかわないんだってなりませんか?」

「帝都防衛だって重要な任務だし、そんなことを言いだす人はいないよ~。それに戦場はすごくたくさんあるんだから、自分たちのところにセフィリアちゃんが来てなくても不満は出ないだろうしね~。そもそも、セフィリアちゃんがいなくちゃマズイ戦場なんてあったら、それはもはや戦略上の欠陥じゃないかな~」


 ま、まぁそう言われればそうですか……。

 そもそも前線とは言っても常に戦っているわけじゃなくって、睨み合いをしている状況の方がずっと長いはずです。

 よーいどんで一斉に全勢力がぶつかり合うなんてことはあり得ないのですから、私が投入されるのが効果的な戦場というのも限られるのでしょう。

 むしろ私が『勇者』として一度実力を示せば、次に私がどこの戦場に現れるのかということで、魔族は迂闊に攻め込むことができなくなるはず。

 そういえば獣人たちも、私が勇者だと名乗ったら一目散に逃げようとしてましたもんね。

 一方、こちらは何の憂いもなく先制攻撃が可能です。しかも私の存在によって、兵士たちの士気も上がると来れば、私が勇者になることによる戦略上のメリットは莫大と言わざるを得ません。


 けどなぁ……戦場かぁ……


「あの……せんじょうにいったら、てきを、ころさないといけないんですよね?」

「あ~、そういえばセフィリアちゃんはユジャノン卿と同じで『不殺主義』だったね~。そういうことなら、大火力で牽制して敵を追い払うだけでもいいよ~? むしろ生き残りがたくさんいた方が、勇者の実力と噂を広めてもらえそうだしね~」


 ……え、ちょっと待ってください。今さらっと重大なこと言いませんでした?

 ユジャノン卿って、あのリュミーフォートさんのことですよね。リュミーフォートさんが『不殺主義』? 戦った相手を殺さないってことですか?

 い、いえ、まぁ、人族最強と名高い彼女ならそれも可能なのでしょうが、しかしにわかには信じられません。

 むしろリュミーフォートさんなら、顔色一つ変えずに百万の兵を皆殺しにしちゃいそうなイメージです。


 それに私が最初に彼女と出会った謁見の間で、私に対して『どうして盗賊を殺さなかったのか』とか『魔族は殺すのか』とか、そんな質問をしてきて……

 ……ああっ!? それって、もしかして彼女自身がそういう主義を持っているからこそ、そんなことを聞いてきたのでしょうか!?

 てっきり、私が兵士として有用かどうかを確かめるための質問かと思っていましたが、まさかその真逆の意図があったとは……!

 どう考えても殺した方が手っ取り早い盗賊を生け捕りにしたことが、彼女の関心を買ったのだとしたら……


 じつはずっと気になっていた、ネルヴィアさんのおうちへの家庭訪問について。

 あの時、リュミーフォートさんはネルヴィアさんの家へと向かう私たちに無理やり同行しました。……陛下の呼び出しをすっぽかして。

 当時は「何やってるんだこの人は!?」と憤ったものですが、もしかしてリュミーフォートさんはネルヴィアさんのことを以前から知っていて、気にかけていてくれたのではないでしょうか?

 なぜなら、ネルヴィアさんは騎士修道会で唯一『ボールウルフを殺さなかった(・・・・・・)騎士』です。そのせいで帝都追放の憂き目に遭った彼女の噂をリュミーフォートさんが知っていたのだとしたら……

 魔剣フランページュをネルヴィアさんに託してくれたのも、陛下の呼び出しをすっぽかしてまで私たちに同行して、ネルヴィアさんの父親に怒りを露わにしたのも、もしかして……


「……セフィリアちゃん? ぼーっとしちゃって、大丈夫?」

「えっ。あ、す、すみません」


 驚きの事実が発覚したことによって、思わず考え事に熱中してしまったようです。

 と、とにかく今は、目の前のことに集中しましょう。


「てきは、ころさなくてもいいんですね?」

「うん、それはばっちり確約するよ~。あと、セフィリアちゃんが大々的に戦場へ出向するのは、危険性の低い場所へ『二回まで』っていうことも約束する。私の名に賭けてね~。……人類の危機ってくらいの緊急事態が起こったら、さすがにその限りじゃないけど~」


 ……うーん。

 一回か二回、戦場に行って、以前獣人たちを退けた時みたいに軽く圧倒して脅かす。

 それから膠着状態になってる安全な戦場を巡って、兵士たちを励まして士気を高める。

 あとは帝国軍の広告塔として、最終防衛ラインとして、帝都でぬくぬく生活していればいい。

 しかも今までとは違って『勇者』としての扱いとなるので、もう泥を投げられたり陰口を叩かれたりはしないはず。

 ついでに言えば、お母さんは絶対にすっごい喜ぶ。バシュハル村長はきっと発狂する。

 ネルヴィアさんとか獣人たちが輝いた目で私を見るのも、もはや容易に想像できます。


 少しだけ働かないといけませんが、基本的に現状よりはずっと好待遇が期待できますね……

 うぅむ……どうしたものでしょう。戦場に行くこと自体は、きっと家族は反対しそうです。でもどっちみち人族が押され始めたら私も戦わないといけません。

 それなら、戦況が拮抗している今のうちに……


 ああ、でも『勇者』の脅威にさらされた魔族たちが結束したり、最終兵器的な魔族が重い腰を上げたりして、面倒なことになるかもしれません。

 それに一度本物の戦場で命をかけて戦っている兵士たちを見てしまったら、帝都で安全に暮らすことが後ろめたくなっちゃうと思います。

 いえ、見ても見なくても兵士たちは命を懸けて戦っているのですから、それは完全に甘ったれた“逃げ”ですよね……。


 うぅ~ん……!! どうしよう……!?


 私が頭を抱えて悩みこんでいると、クルセア司教が初めてぽわぽわした笑みを引っ込めました。

 優柔不断な私を見かねて怒りを露わにしたのかと思いヒヤッとしましたが、どうやらそうではないようです。


「……あなたみたいな小さい赤ん坊を戦争に利用するなんて、どうかしてるとは思うよ。あなたの優しさに付け込んでる自覚はあるし、最低だとも思う。けど、それでも私はあなたにお願いしたいの。それが私のお仕事で、使命だと信じてるから」


 使命……ですか。

 クルセア司教は騎士修道会の最高指導者であると同時に、教会の責任者でもあります。

 ですから勇者信仰を司る彼女は、同時に救いを求める者たちの心を救済する使命を帯びているのでしょう。


 そしてそのための最も効果的な手段が、私を勇者として君臨させること。クルセア司教はそう信じているからこそ、この話を私に持ちかけたのです。

 何も、本当の意味で勇者になれということではありません。広告塔(マスコット)の役目を果たすだけの、“お飾り勇者”でいいのです。

 たまたま私が勇者として祭りあげるのに都合の良い条件を備えていたから、消去法的に私へこの話が回ってきただけのこと。


 クルセア司教は私の考えや事情をすべて先回りして、最大限私の意思を尊重するような提案をしてくれました。

 それだけ彼女も本気ということでしょう。


 私はそれからしばらくの間、目を伏せて考え込みました。

 これまでのこと、そしてこれからのことを念入りに、注意深く考えて……

 そして。




「―――わかりました。わたし、『勇者』になります」




 私がそう答えると、クルセア司教は喜び半分、悲しみ半分といった微妙な表情で、乾いた笑みを浮かべます。


「こんな頼み方をしたら、優しいあなたはきっと断れないってわかってたよ」


 クルセア司教はそんなことを言いつつソファから立ち上がると、テーブルを迂回して私の目の前まで歩いて来て、そのまま跪きました。


「……本当に、ごめんなさい。そして、ありがとうございます…………セフィリア()


 そう言って、クルセア司教は神に祈るかのように手を組みました。



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