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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
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1歳2ヶ月 2 ―――クルセア司教



 帝国騎士修道会の総本山とも言える、帝都中央大教会。

 毎日何千人、あるいは何万人もの迷える子羊が祈りをささげるその場所は、荘厳にして厳粛。

 ステンドグラスから降り注ぐ色とりどりの光が、赤子を抱いて微笑む聖母像の後光となって降り注いでいました。


 そして現在、そんな教会に面した豪奢な建物の一室に、私は通されています。

 部屋構えは応接室といった風情で、座り心地の良い革椅子(ソファ)に座ってテーブルをはさみながら、お茶でも飲んで話し合うための場所みたいです。


 私の正面には、私をここへ連れてきた教会最高指導者の一人、クルセア・リリーダ・ズスタック司教が微笑みを浮かべて座っています。

 彼女の前には香りの良いお茶が、私の目の前には(ぬる)めのお湯が置かれていて、私はお湯を一口含むと、ホッと息をつきました。

 そんな私の様子を見たクルセア司教は笑みを深めて、


「もう、すっかり落ち着いたみたいだね~」


 二人っきりになった途端、クルセア司教は厳粛な雰囲気も口調もすべて引っ込めて、ぽや~っとした笑みを浮かべます。

 背も決して低くはなく、体つきも女性的なのに、あどけない表情や口調、短く切りそろえた金髪、それから「ぽわぽわ~」みたいな擬音が聞こえてきそうな雰囲気が、彼女の年齢を分かりづらくさせています。


 どこか気の抜けてしまう笑顔を見ながら、私は熱くなっている顔を手で隠し、頭を下げました。


「あの、おみぐるしいところを、おみせしました。もうしわけございません、しきょうさま……」

「ううん、気にしないで~。道の真ん中で泥をぶつけられて泣いてる赤ん坊を保護するのは、修道士の役目だからね~」


 そういう言い方されると、まるですごい過激な虐待に遭ってるみたいに聞こえますね……


 あああっ、さっきのことを思い出すと顔が赤くなります。

 恥ずかしい。埋まりたい。穴があったら入りたい。

 ちょっと地殻の辺りまで掘ってきていいですか?


 いい歳して、あんな衆人環視の中で、みっともなく泣きわめくだなんて……一生の恥です。

 ただ、言い訳させてもらえれば、これはきっと肉体に精神が引っ張られている結果なのです。

 前世の私は、ほとんど感情らしい感情を示さないタイプのつまらない人間でした。

 それなのにセフィリア(わたし)が感情豊かなのは、きっとお母さんの遺伝子が入っているからだと思います。


 私が熱い顔を手で仰いでいると、クルセア司教は幼い仕草で小首を傾げながら、


「それにしても、びっくりだよ~。あの逆鱗卿が、泥をぶつけられても怒らないなんて」

「いえ、それは……わるいのは、わたしですから」

「うん、半分くらいはね~」


 クルセア司教の相槌に、私は思わず「え?」という声を漏らしました。

 半分? それって、どういう……?


「たしかにセフィリアちゃんは、いろいろ過激なことをするからいい意味でも悪い意味でも目立っちゃうけどね~。でも、それだけであそこまで嫌われたりはしないと思うな~」

「……じゃあ、どうして……」

「うんとね~、それは、時代のニーズかな~?」


 時代の、ニーズ?

 私が虐げられることに、ニーズがあるってことですか?


 クルセア司教は、相変わらず「にへら~」といった笑みを浮かべたまま、当たり前のことみたいに説明を続けます。


「セフィリアちゃん。そもそも、宗教って何だと思う?」

「えっ……えっと、その……“いたみどめ”、だとおもいます」


 私がそんな身も蓋もない答えを返すと、なぜかクルセア司教は手を叩いて「わ~、素敵!」と喜んでいました。


「そうそう、痛み止め。精神的な麻薬みたいなものかな~。特に戦争中って、そういうのが必要になるからね~」

「……しきょうさまが、そんなこといっちゃって、いいんですか?」

「ん~? えへへ~、おっけーだよ? うちの明星隊(あけぼしたい)は、こんな感じの現実主義者ばっかりだからね~」


 明星隊……彼女の率いている『明星の百合園』のことでしょうか。

 もう一つの組織である、穏健(ハト)派の『待ちわびぬ久遠の宿』……通称“久遠隊”とはイマイチ足並みがそろっていないという話は、ネルヴィアさんから聞いています。

 きっと明星隊は現実主義で宗教を道具として見ていて、久遠隊は信心深く信仰しているのでしょう。

 そういう意味では、ネルヴィアさんは久遠タイプですね。そして私はどっちかって言うと明星タイプ。


「人は鬱積した痛みから逃れたいとき、自分より高い位置にいる人間が自分を引っ張ってくれることを願うんだよ~。そして、それが叶わないと知ると、今度は他人が自分より低い位置に落ちてくれることを願うの~」

「…………」

「あはっ、気づいたみたいだね~。そうそう、セフィリアちゃんは『希望』として人々の恐怖を癒すんじゃなくって、『脅威』として悪意の矛先を集めさせる、便利な盾として利用されてるんだよね~」


 じつに無邪気な顔でそんなことを言うクルセア司教は、やはりぽわぽわっとした笑みのままで続けます。


「でも、いくらなんでもこんなちっちゃい子を憎むなんて、普通じゃないよね~。もちろん帝都のみんなは、長引く戦争に苛立ってる。でも、帝都にまで脅威が迫ることはほとんどない……だから、ちょっぴり平和ボケしてるんだよと思うよ~。刺激を求めてるっていうかさ~」

「しげき……それで、わたしを……?」

「うん、セフィリアちゃんが優しいのを良いことに、ちょっとした悪ふざけみたいに盛り上がってるだけだよ~。ほとんどの人は、セフィリアちゃんに多少の不安は感じていても、本気で憎んだりはしてないと思うな~。まぁ、泥を投げられたときは、さすがにキレるんじゃないかって正直ひやっとしたけどね~」


 ……そういう、ものなのでしょうか……?

 それでも、あんな小さな男の子が凶行に及ぶくらいには、周囲の大人たちが連日陰口を叩いていることは確実です。


 そんな私の考えを読み取ったのか、クルセア司教は軽く首を振って、


「ううん、だから“半分”なんだってば~。たしかにセフィリアちゃんは悪目立ちしちゃってて叩かれる原因は作ってるけど、それだけじゃここまで悪意は膨れ上がらないよ~」

「……それなら、どうしてなんですか?」

「民衆を扇動して、セフィリアちゃんが責められるように仕向けてるゴミカスがいるんだよ~」


 ほんわかした笑顔のまま、雰囲気も声色も一切変えることなく“ゴミカス”なんて言葉を言い放つクルセア司教。なにこの人怖い。


 しかし、私に悪意が集まるようにしている人物……?

 そんなに恨まれたり憎まれたりするようなことをした覚えはないのですが……。せいぜい、ボズラーさんの関係者とかでしょうか?

 獣人に襲われた村の人たちには、あの後で獣人たちを連れて謝罪して回って、食糧もちゃんと届けたのでなんとか許してもらいましたし……。


 しかし、そのゴミカスさんとやらは、私の予想だにしない人物でした。


「カルキザール・カグプラ・バサステン司教。“久遠”の最高指導者だね~。というか、久遠隊の全員が、セフィリアちゃんを陥れようとしてるっぽいよ~?」

「えっ」


 なにそれ怖い。なんで騎士修道会の穏健派が、私を貶めようとしてるんですか?

 私はネルヴィアさんの狂信っぷりからてっきり、騎士修道会って無条件で私に味方してくれる人たちがいる場所かと認識していたのですが……


「セフィリアちゃんって、いかにも勇者って感じの生い立ちだよね~。強くて賢くて可愛い女の子。……あれ、女の子ではなかったっけ? まぁでも、四捨五入したら女の子だよね~」


 性別を四捨五入ってなんすか。捨てても入れても私は男ですよ、一応。


「そんな“いかにも勇者”って感じのセフィリアちゃんが、悪夢の処刑人なんて噂されて、激昂の末に御前試合の対戦相手を吹き飛ばしたら……勇者を信仰してる人たちはどう思うかな~?」

「あ……」


 な、なるほど……そういうことですか。

 勇者信仰は帝国における最大宗派。勇者の誕生を待ちわびて、その希望に縋ることで精神の安寧を図っている人たちだってたくさんいるはずなのです。

 それなのに、まるで勇者の伝承をなぞるようにして生まれてきた私が、勇者らしからぬ暴虐な振る舞いをしていたら、教会としては最悪な事態でしょう。


 かと言って、皇帝陛下とも接点のある上に戦闘力だけは高い私を、直接的にどうにかすることなどできるはずもありません。

 そこで、『セフィリアは勇者ではない』ということを宣伝して、勇者のイメージを汚さないように働きかけようというわけですか。

 ついでに私を化け物じみた存在であるかのように印象操作することで悪意を集中させて、帝都民のガス抜きを図ったといったところでしょう。


 ……なんだか知らない間に、妙なことに巻き込まれてしまっていたようです。

 だったら、もしも私が御前試合でブチギレてなかったら……あのままボズラーさんとの激戦を真っ当に勝利していたなら、多少は違ったのでしょうか?

 いえ、結局は悪夢の処刑人認定を食らった時点でアウトですか。最初から勇者ルートは詰んでたわけですね。

 勇者なんてめんどくさい立場、死んでもごめんですけど。


 今までわからなかった事実が判明してすっきりした表情を浮かべる私を見て、クルセア司教は「ん~」と唸りながら小首を傾げました。


「……陰でそんな酷いことされてたっていうのに、ちっとも怒らないんだね~」

「げんいんは、わたしにもありますから」

「ふ~ん……。そっか、やっぱり自分のことでは怒らないんだ~。優しいのか、それとも自分のことが嫌いだったりするのかな~?」


 べつに自分のことは嫌いじゃありませんけど、まぁ我ながら嫌われても仕方ない人間だとは思ってます。

 私のことなんかで怒る必要も価値もないから、いちいち怒りなんて湧かないだけです。

 優しさなんかじゃありません……私の大切な人たちへの侮辱だったら、ただちに抹殺しますしね。


 さて、これからはあまり帝都の人間には近づかないように気をつけた方がいいでしょう。

 勝手に陰口で盛り上がってる分には結構ですし、これからは魔法で屋根伝いに移動することにします。


「しきょうさま。きちょうなおはなしを、ありがとうございました」


 そう言って頭を下げる私に、クルセア司教はぽわぽわした笑みをちょっぴり引っ込めて、


「あ、ちょっと待って~。ここからが本題だから~」


 なんてことを言いだします。

 ここからが本題? 一体何の話でしょうか。

 私が不思議そうに彼女の顔を見つめていると、クルセア司教はとびっきりの笑顔を私へ向けて、


「セフィリアちゃん、“本当の勇者”になってみるつもりはないかな~?」


 なんてことを、言いだしたのです。



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