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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
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1歳1ヶ月 9 ―――疾風のレジィ



 もう少しで獣人たちを平和的に追い返せるところだったのに邪魔をしてきたレジィに、私は困惑してしまいます。


「……なんのつもり? そのひとたちには、かえってほしかったんじゃないの?」

「いやぁ、そうなんだけどな。でもオレ様の第一目標の前では、そんなことはもうどうだっていいんだ」


 どうだっていいとか言われちゃってるあなたの仲間たちは、助けに割って入ったように見えるあなたにキラキラした眼差しを向けていますけどね?

 ほら、ウサ耳ちゃんなんて目の中にハートが浮かんでますよ。


 彼の言った“第一目標”という言葉の意味を考えていると、レジィは勝手にその答えを教えてくれました。

 ……口が軽いのは、自信と余裕の表れです。これだけの魔法を見せられて、まだそんな態度を取れるというのは少し驚きでした。


「アンタが勇者だっていうなら、アンタを倒せば『あの人』はきっとオレ様に会いに来るはずだ。人族の一大事なんだからな」


 そう言ってレジィは深く腰を落とすと、大きく足を開いて両手を地面に付けます。


 私を倒す……って、まさかここで、このまま戦う気ですか!? 意味が分かりませんが!

 なんなの? 戦闘民族なの? オラワクワクしちゃうの?


「ほら、さっさと構えろよ。オレ様を他の奴らと同じだと思ってると、痛い目見るぜ?」


 そう言って自信ありげに笑うレジィと、そんな彼を見て希望を取り戻した表情を浮かべる獣人たち。

 彼らの中の誰も、レジィの勝利をまったく疑ってはいない感じです。


 ……その自信の根拠は、なんなの? 

 獣人の能力は、高い身体機能だけじゃないんですか?

 私の大規模魔法に立ち向かうためには、それこそ魔法でも使ったりしない限り……


「―――っ!!」


 そこで私は、ある可能性に行き着きます。




『獣人の中には時折、飛びぬけた強さのものが生まれることがある』


『ま、安心しろよ。オレ様はかなり強いから、負ける心配はしなくていいぞ』


『ごく稀にだけど、『分靈体(エステリア)』って呼ばれる魔族が生まれることがある。そういうのは、いかにもって魔法を使ってくるぜ』


『オレ様はレジィ。他の魔族たちからは、“疾風のレジィ”とか呼ばれてたっけな』




 この獣人、まさか……!!


 私が慌てて警戒を強め、敵に対する認識を改めて身構えた瞬間。

 レジィは牙を剥き出しにしながら引き裂くように笑い、顔が地面に付きそうなほどに姿勢を低くします。

 そして……


「これがオレ様の『開眼(シャンテラ)』だ」


 次の瞬間―――私は真横に吹き飛ばされ、十メートル先の土壁に叩きつけられていました。


「かッ、は―――!?」


 まさに“気が付いたら吹き飛ばされていた”としか言いようがない現象に、私は目を白黒させるしかありません。

 ぐしゃりと地面に落下した私はすぐには身動きが取れず、そのまま地面に横たわります。


 ギャラリーの獣人たちからは歓声が沸き起こっていますが、レジィ本人は「んん……? なんだ、今の感触……」と不思議そうに自分の手を見ていました。


「きっ……貴様ぁぁぁああ!!」


 吹っ飛ばされて動かなくなった私を見て、一瞬で憎悪に表情を歪めたネルヴィアさんが駆けだします。

 そして即座にロングソードを抜刀すると、レジィに斬りかかりました。


 しかし……


「遅いっつーの」


 レジィの姿が一瞬消失すると、直後に激しい火花と金属音が響き、ネルヴィアさんの剣が上空に弾き飛ばされます。

 そして再び彼の姿が掻き消えると、ネルヴィアさんが後方へと吹き飛ばされてしまいました。


 ……なるほど、“速度”ですか。


 地面に横たわりながら状況を観察していた私は、彼の能力の正体(トリック)を掴みました。


 どうやら吹き飛ばされたネルヴィアさんは巧みに受け身を取っていたらしく、すぐさま体勢を立て直します。

 そして腰に提げているもう一方の剣……『迅重猛剣フランページュ』に手をかけました。


 レジィはそれを見てつまらなそうに目を細めると、


「……おいおい、実力差はわかっただろ? ただでさえ獣人は人族の三倍の速度で動ける。だけどオレ様の『開眼(シャンテラ)』は、その獣人のさらに四倍の速度で動けるんだ。お前ら人族が追い付けるわけがないだろ」


 剣を構えるネルヴィアさんを、嘲笑するかのような視線で射抜くレジィ。

 彼の言葉を鵜呑みにするなら、レジィは常人の十二倍近い速度で動けることになります。

 それでは確かに、ネルヴィアさんでは相性が悪すぎて勝負になりません。

 きっとこれが、“疾風のレジィ”たる所以(ゆえん)なのでしょう。

 姿さえ見えないほどの神速で敵をなぎ倒す様は、さながら疾風の如しと言ったところでしょうか。


 しかしネルヴィアさんの構えている魔剣なら、先ほどのように弾き飛ばされることもないでしょうし、普通の剣よりもずっと速く振ることができます。

 今のようにレジィが油断していて、まず剣に攻撃して弾いてやろうなんて考えようものなら、あるいはあっけなく大ダメージを与えることができるかもしれません。


 けれども、想定外の攻撃を受けて追いつめられたレジィがどんな行動に出るかは現時点では未知数。

 これ以上ネルヴィアさんをレジィと戦わせるのは危険ですね。


 私は小声で魔法を発動させてから、ゆっくりと立ち上がりました。


「おねーちゃん、さがってて」


 さすがにあれだけ激しく吹っ飛ばされた赤ん坊(わたし)が立ち上がったのは意外だったのか、レジィや獣人たち、そしてネルヴィアさんでさえも驚いていました。

 たしかに生身であんな攻撃を受けていたら、上と下の口から内臓を吐いていたかもしれません。

 しかし私は、レジィが突進してくる直前、“右手の親指と小指をくっつけていた”のです。


 サルフェ村へ来る道中、慣れない複数人移動魔法が失敗した時の保険として発動させていた、“硬度指定子”による肉体保護魔法『安心する緊張ディフェンススタチュー』。

 状態継続文によって、私の親指と小指が接触している時にのみ効果を発揮するように指定してあり、念のために発動しっぱなしにしていたそれが、この土壇場で役に立ちました。


 右手の親指と小指以外、肉体全てを鋼のように硬化させるこの魔法は、心臓まで固まってしまうため極力使いたくは無かったのですが……

 しかし衝撃を受けるほんの一瞬だけなら、有用な防御手段となりえます。

 ……危険なので多用はできませんし、衝撃をゼロにするわけではありませんから多少は痛いですけどね。


「やっぱ、なんかしてたのか。感触がやけに硬かったから、おかしいとは思ってたけどな」


 そう言って、楽しげに口元を歪めるレジィ。

 どうやら私がまだ戦う意思を見せているのが嬉しいようです。まぁ、さっきので終わったんじゃ、ほとんど不意打ちみたいなものですからね。


 しかし対する私はマントについた土埃を払いながら、退屈そうに溜息をつきました。


「……なぁんだ、このていど(・・・・・)か」


 私の挑発に、レジィは犬か猫のような獣耳をピクンと動かして反応します。さすがは獣。耳が良い。

 レジィは先ほどまでの余裕の笑みをムッとした表情に変えながら、こちらへゆっくりと歩いてきます。


「カッチーン。なんだお前幼女コラ。さっきの一撃だって手加減してやったんだからな?」


 やはり脳筋種族、挑発にあっさりと引っかかって感情を露わにしました。

 そうして彼が私に歩み寄ってくるのを見ながら、私は笑顔で言葉を続けます。


「じゃあ、こんどはほんきでかかってきなよ。なんなら、おともだちとぜんいんでかかってきてもいいよ?」

「……もっぺん、ぶっとばされてぇみたいだな」


 ぴくぴくと口角を引きつらせながら、青筋を浮かばせるレジィ。

 そして彼は再び腰を深く落としながら、


「オレ様を怒らせたこと、後悔させてやるぜ」


 なんてことを言い出しました。

 ああ、どうやら彼は、ちょっと勘違いしてるみたいですね。


「いやいや、ちがうでしょ? むしろ、そのぎゃくだよ」


 私の言葉に怪訝そうな表情を浮かべるレジィを見上げながら、白金色の髪がざわりと浮かび上がるのを感じます。

 私は無理やり浮かべていた笑顔を引っ込めると、“本当の感情”を露わにしました。




「たいせつな家族(おねーちゃん)をぶんなぐられて……―――キレてんのはこっちだよ……!!」




 私の威圧にびくりと肩を震わせたレジィが、「くっ……!?」と呻きながら拳を振り下ろしてきました。


 普通の人間が剣を振るう一瞬で、三発殴ることができる獣人。


 その獣人が拳を振るう一瞬で、四発殴ることができるレジィ。




 そして、そのレジィが拳を振るう一瞬で、私は五発の攻撃を叩きこみました。




「ごッ―――ぎゃん!?」


 レジィはそのまま仲間たちの頭上を飛び越えると、土壁に激しく叩きつけられます。


 そしてその獣人たちがレジィを振り返るよりも速く、私は落下してきたレジィの目の前に(・・・・)立っていました。

 青ざめる彼らの視線を浴びながら、私は小さな拳を固く握りしめます。


 さぁ……約束通り、圧倒しようか。



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