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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
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1歳1ヶ月 2 ―――中央司令部上等会議



 いつぞや私がボズラーさんと舌戦を繰り広げた会議室に着いたときには、もう参加者全員が集合しているみたいでした。

 この中央司令部上等会議に参加する権限を持っているのは、基本的に以下の八人です。


 『北方守護主席幕僚』

 『東方守護主席幕僚』

 『西方守護主席幕僚』

 『南方守護主席幕僚』

 『兵站主席幕僚』

 『幕僚長』

 『副司令官』

 『司令官』


 それに加え、今回は『魔術幕僚長』である私が会議に参加します。


 私は「中央司令部魔術幕僚長」と言いつつも、厳密には中央司令部に配属されているわけではないのだとか。

 おそらくは皇帝陛下の策略なのでしょうが、私は『魔術幕僚監部』という組織の、たった一人の構成員です。

 これは言うなれば、たくさんある野球チームの中において、私だけ一人で野球チームを構成しているようなものです。

 しかも私単体で試合をすることも可能で、その上どこのチームにでも混ぜてもらうことができるという異例中の異例な立ち位置。


 今は私と陛下との約束に基づいて、帝都防衛を担っている中央司令部に仮所属しているという状況です。しかし何かきっかけさえあれば、いつでも私を前線へ放り込むことが可能!

 おのれ陛下め、ただでは転びませんね……!!


 ちなみに主席幕僚というのは、各部隊における幕僚たちのリーダー的存在らしいので、幕僚長を先生とするなら、主席幕僚たちは各クラスの学級委員といったところでしょうか。

 私は居並ぶ将校たちの剣呑な雰囲気に圧倒されながらも、軽く謝罪の言葉を口にします。


「おそくなり、もうしわけありません」

「おお、逆鱗卿か。急に呼び立てしてすまないな」


 ザルトサッカー司令官が、ふくよかな丸い顔を強張らせて言いました。

 上等会議を緊急招集するくらいですから覚悟はしていましたが、司令の顔色を見るに、やはり事態はよろしくない状況となっているようですね。


 ……あと、“逆鱗卿”はやめてください。最近城内でその呼び方が流行ってるらしいですけど、発信源は誰ですか。


「きんきゅうじたい……なのですね?」

「……うむ。とにかく、まずは座ってくれ」


 向かい合うように“ロ”の字を描いて配置された長机に、一つ空いた椅子がありました。

 その座席は司令官の正面となってしまうため気まずそうですが、まぁこの際我慢しましょう。

 私は頑張って椅子によじのぼると、机に腕を置きつつ膝立ちして、どうにか皆さんから顔が見えるように着席しました。

 普通に腰掛けると、頭のてっぺんしか机の上に出ませんからね……


 私が着席したのを見届けたザルトサッカー司令官が、組んだ両手に顎を乗せて、沈痛な面持ちで口を開きました。


「単刀直入に言おう。今日、獣人の集団が帝都へ接近しているという報告が上がってきた」


 途端に、机を囲う将官たちが苦々しい表情を浮かべました。中には頭を抱えてしまっている人もいます。


 えっと……?

 獣人がどうかしたんですか? そんなにやばいんですか?

 獣人が三百万人押し寄せて来てるとかだったら、確かに絶望的ですけど。


 開口一番の報告によって会議室には重々しい空気が漂い、誰も口を開かなくなってしまったので、私は恐る恐る質問してみることにしました。


「あの……じゅうじんが、どうかしたんですか? なにか、まずいんですか?」


 私の問いに、司令官の隣に座っているベヘル副司令が、細い糸目をさらに細めながら頷きました。


「我が帝国軍において、戦闘強度を表す単位に、“人級(にんきゅう)”というものがあります。ご存知ですか?」

「い、いえ……」

「養成訓練をきちんと修了して、実戦にて経験を積んだ騎士や兵士が、その魔族一匹を倒すのに何人必要かということを示す単位です」


 なるほど。つまり、仮にスライムという魔物がいて、兵士一人でも倒せるのなら、スライムの戦闘強度は『一人級』。

 そういえばいつかマグカルオさんが、オーク一匹を倒すためには優秀な騎士が一人必要だと言っていました。じゃあ、オークの強さは大体『三人級』くらいでしょうか?


「では、じゅうじんのつよさは……?」

「獣人の戦闘強度は、一般的に『五人級』とされています」


 ごっ……五人!?

 じゃあ、獣人が三十匹襲って来たら、兵士百五十人をぶつけてやっと互角ってことじゃないですか!


 驚く私を尻目に、ベヘル副司令はげっそりした表情で続けます。


「しかもそれは、敵が一人の時であり、地面は平坦であり、陽の出ている時刻であり、かつ強くも弱くもない平均的な個体においての数値です」

「……え?」

「すべてが我々に不利な状況においての獣人の戦闘強度は……ざっと『十五人級』とされています」


 最悪じゃないですか……!?


 獣は狩りを行うために、群れを成すものも多くいます。きっと獣人も単体では攻めてこないでしょう。

 そして人間と比べて、森や山岳地帯での戦いには慣れているでしょうし、奇襲は得意分野のはず。逆に向こうの感覚は鋭敏なので、こちらは必ず後手に回らざるをえません。

 敵が夜行性であった場合は夜目も効くでしょうし、夜戦におけるこちら側のデメリットは、向こうにとってデメリットとはなりえないはず。


 さらに獣人と言うからには、様々な種類の個体がいるはずです。

 わざわざ人族の住む地域で暴れ回るくらいの獣人なら、きっとネズミやウサギの獣人ではなく、オオカミやライオンの獣人である可能性が高いのではないでしょうか。


 単なる獣ではないため知能も高いはず。こちらの罠を看破したり、陽動やかく乱といった作戦行動を取ってくるかもしれません。

 単純な殴り合いでも圧倒的に不利なのに、そこへ統率された計画的行動なんてされた日には、大惨事待ったなしです。


 なるほど、これは頭を抱えても仕方ありませんね……


 私が事態を飲み込めたと同時に、ザルトサッカー司令が重い口を再び開きました。


「……身軽な獣人ならば、帝都の防壁をよじ登れる可能性がある。そうなれば、甚大な被害を覚悟した市街戦を強いられ、損害は壊滅的なものとなるだろう」


 するとそれまで黙っていた幕僚長や主席幕僚たちが、口々に議論を交わし始めました。


「では、防壁の上に兵を配置するのはどうか?」

「獣人ならば飛び降りることもできようが、我々は降りるのに時間がかかってしまう。逆効果だ」

「着地を狙えないものか?」

「普通は高い場所へ飛び降りるだろう。民家の屋根すべてに兵を配置すると言うのは現実的ではない」

「でしたら籠城戦は避け、防壁外で野戦でしょうか」

「夜に攻められれば不利にはなろうが、十人級がせいぜいだろう」

「魔術師や弓兵を配置して、出来る限り数を減らすか。夜闇ならば獣人とて躱せまい」

「甚大な効果は見込めまいが。腕の一本でも使えなくすれば兵にとっては大きかろう」

「ある程度まで接近されたら、魔術師や弓兵隊は防壁内へ隠してしまうのが良いでしょう」

「それが良い。獣人相手に騎馬は使い物にはならぬから、歩兵隊を用いよう」

「しかし問題は、いつ襲ってくるかがわからないということだ。三百人を一週間も防壁外には配置できまい」

「哨戒を各所に設置し、歩兵隊は昼夜交代制にすれば良かろう」

「獣人が三十匹以上で行動していたという話はない。それならば、歩兵は三百人いれば事足りよう」

「東西南北で計千二百人、交代の分を含めれば二千四百人か」

「防壁内を馬で走れば、他を守っている兵士たちの一部を応援にも回せるだろう」

「敵が分散してくる可能性を考えると、狼煙で敵の数を伝達することが重要になりそうですね」

「獣人の中には時折、飛びぬけた強さのものが生まれることがあると聞く。もしそれが来たら、対処はできるのか?」

「なに、こちらには逆鱗卿がいるのだ。滅多なことでは後れを取るまい」

「そうか、そうだった。ならば兵の負担もかなり減ることだろう」


 議論はサクサクと進み、どうやら結論が出たみたいです。

 幕僚長が「司令、これで如何か?」と訊ねると、ザルトサッカー司令はてかてか光る丸顔を神妙に頷かせました。

 そして司令は私へ視線を向けると、「逆鱗卿。異存はないかな?」などと訊ねてきます。


 私はちょっと躊躇いつつも、せっかくなので気にかかっていることを聞いてみることにしました。


「……ていとを、じゅうじんがどうしてせめるんですか?」


 私の素朴な疑問に、参加者はポカンとしたような表情で固まってしまいました。

 しかしすぐに硬直から回復すると、とても真剣な表情で議論を再開します。


「たしかにセフィリア卿の言う通りだ。獣人たちの目的が帝都襲撃にあるとは限らない」

「しかし、現に被害の軌跡は帝都へ迫っているのでは?」

「被害があったのは小さな村や町だけだ。それも、壊滅まではしていない上に、死者も出ていないらしい」

「魔族にしては、理性的な襲撃なのですね?」

「単に実力が足りないか、非常に慎重なのかと考えていたが……」

「待て、補給部隊の被害はどうだ?」

「そうだ、兵站の妨害が任務なのかもしれん。それならば、なるべく帝都に近づこうという考えも頷ける」

「バカな、たかが獣人風情がそこまで大局的な戦術を……?」

「指導者がいるのかもしれん。あるいは獣人の中にも、知に長けた傑物がおらんとも限らん」

「なんにせよ、村や町の被害から考えて、帝都へ直接攻め込んでくるとは考えにくいか?」

「そうかもしれませんね。兵の配備は済ませておくに越したことはないでしょうが」

「本当に補給部隊を狙われ続けたら、前線への被害は測り知れんぞ」

「早急に対策を取らねばマズイな。他の司令部へも連絡を出すべきだろう」

「すぐに統合幕僚監部へ連絡して、方面司令部へ通達させよう」

「それから、陛下のお耳にも入れておくべきでしょう」


 私の些細な疑問から、中央司令部の参謀たちは次々に可能性を洗い出していきます。

 そしてその後も熱論が続き、私も時々気になったことがあれば口を挟み、全員で考えうる限りの問題点を列挙して、それをどの部隊に振り分けるかを決定したところで、ひとまず今回の中央司令部上等会議はお開きとなりました。


 会議が終わるとすぐに主席幕僚の四人は(せわ)しなく会議室を後にして、幕僚長と司令官は険しい顔つきでまだ何事かを話し合っていました。

 残された私はどうしようかと迷っていると、ベヘル副司令が私の元へと歩み寄ってきて、細い目に柔和な笑みを浮かべました。


「お疲れ様です、セフィリア卿」

「あ、はい、おつかれさまです、ふくしれい。あまり、おやくにたてずもうしわけありません」

「いえ、どれも大した着眼点でしたよ。参謀たちは深く掘り下げることに熱中すると、視野が狭くなることがあります。要所要所でのセフィリア卿の鋭い指摘は、より多様な可能性を我々に考えさせてくれました。ありがとうございます」


 わぁ、褒め上手だなぁ。素敵。

 私はこの糸目な壮年男性にちょっぴりキュンとしつつ、少しだけ声を潜めて質問をしました。


「……ところで、ふくしれい。ひがいのあったばしょとか、じゅうじんがもくげきされたばしょってわかりますか?」

「ええ、まぁ。調査隊の報告を集約して、地図にまとめましたので。ご覧になりますか?」

「はい、おねがいします」


 副司令は鞄から折りたたんだ地図を取り出すと、長机の上に広げました。

 そして「ここが帝都ベオラントです」と示してくれた上で、地図上に赤く「×」が付けられているところの一つを指さします。


「まず、最初に襲われたのはこのレーガ村です。食糧庫に襲撃を受けたそうですね。そして反撃に出た村人たちは返り討ちに遭い、軽傷を負いました。ただ、あえてトドメは刺されなかったそうです」


 聞けば、その獣人は相手が戦闘不能な状態になったり、戦意を喪失した時点で戦闘行動を中断したそうです。

 他の場所でも、目撃された獣人の数が一匹から十数匹とバラつきがあるものの、総じて必要以上の攻撃は加えず、食料を奪っていくのだとか。

 目的は不明。ただし被害地は、ゆっくりと帝都へ迫ってきているとのこと。


「……。ちなみに、わたしのむらは、どのあたりかってわかりますか?」

「セフィリア卿は、たしかアルヒー村の出身でしたよね? では……おそらく、この辺りかと」


 そう言ってベヘル副司令が指さした地点と、被害地である×印の位置をよく目に焼き付けてから、私は副司令に「もうだいじょうぶです、ありがとうございました」と頭を下げました。

 副司令は不思議そうな顔をしていたものの追及はして来ず、黙って地図をしまい直します。


 そして私は会議室に残っている人たちへと頭を下げてから、すぐにその場を後にしました。


 さて……帝国図書館になら、もっと詳しい地図があるかな?



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軍事会議なのに最高精度の地図使わないのなんでだろう
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