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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
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0歳12ヶ月 11 ―――魔術師ボズラーの猛攻



 私は試合が開始してから数秒ほどは、ボズラーさんの出方を窺うつもりでいました。

 というのも、もしボズラーさんが風の魔法を無詠唱で使わないタイプの魔術師だった場合、明らかに私に分があるからです。

 その場合は私も風魔法を無詠唱では使えないということにして、できるだけ互角の戦いっぽく見えるように調整するつもりでした。


 しかし、それがとんだ慢心であったということを、私はすぐに思い知らされます。


「『ハイ・ウインド』!!」


 なんとボズラーさんは陛下の号令にやや食い気味なくらいの勢いで、試合開始と同時に無詠唱で魔法をぶっ放してきたのです。

 こ、この速度……! あなた、試合開始の号令より前から呪文構築してたでしょう! ずるくないですか!? 審判! イエローカードイエローカード!!


 空気の奔流をまともに食らった私は吹き飛ばされて、三メートルほど後方へと転がされてしまいます。

 念のために足場の前方に陣取っていなかったら、これだけで試合が終了するところでした。

 そんなことになったら観客たちの興ざめもいいところです。ボズラーさん、さっきまでのエンタメ精神はどこへ行ったんですか! 御前試合でみんなに笑顔を!


 私が慌てて体を起こすと同時、ボズラーさんはこちらへと手を向けたまま、かつてないほど鋭い眼光で私を睨み付けていました。

 その闘気……いえ、いっそ殺気とさえ言えそうなまでの気迫に私が戦慄するのにも構わず、ボズラーさんは追撃のために口を開きました。


「『エア・シュート』!!」


 彼の手のひらから“ボンッ!!”という破裂音が響き、何か見えない脅威が接近するのを感じました。

 とっさに私が横に飛ぶと、直前まで私がいた場所を激しい風が通過しました。

 ……いえ、風は地面に当たった衝撃で“ドウッ!!”みたいな鈍い効果音を出さないはずなので、これを風と言うには抵抗があります。


 っていうか、これ風っていうよりもむしろ圧縮空気弾じゃないですか!?

 ちょっと陛下! これアウトなんじゃないですか!? これ『風を起こす魔法』じゃないのでは!? レッドカードレッドカード!!

 私赤ちゃんなんですが! 下手すりゃ死にませんかこれ!?

 普通、加算方式でもっと優しい風を生み出すでしょう! なんで乳幼児相手に乗算方式で殺しに来るんですか!?


 私がにわかにパニックに陥っている間にも、風……改め圧縮空気弾が次々と飛来してきます。

 手のひらの向きで射線が、呪文の詠唱でタイミングがわかるため、バスケットボールほどの見えない砲弾を躱すことはそこまで難しいことではありません。

 速度はかなり速いですが、十五メートルも距離が空いていればなんとかなりました。

 けれどもさすがに攻撃を避けながら呪文構築をするのは集中できないため難しく、短い手足でちょこちょこ逃げ回るので精いっぱいでした。


 そして攻撃面積の少ない圧縮空気弾をどうにか回避しているところへ、全体攻撃である突風が襲い掛かり、私は無様に転倒して転がってしまいます。

 そしてバランスを崩したところへ再び圧縮空気弾が襲いかかってきて、私は避けきれず肩を掠ってしまい吹き飛ばされました。


 ぃぃ痛ったぁーっ!?


 地面にゴロゴロと転がされて這いつくばった私は、痛む肩を押さえて涙ぐみながら呻きました。

 観客たちは、赤ん坊が痛めつけられるという展開に同情的な視線を送っています。

 ここまでの展開だけ見れば、完全に弱い者いじめにしか見えないでしょう。


 それにしても、この人……戦い慣れてる。


 いえ、仮にも軍人なので戦い慣れてるのは当たり前といえば当たり前なんですけどね。

 それとも彼はこの日のために、入念な特訓やシミュレーションを重ねてきたりしたのでしょうか。

 ボズラーさんって意外に真面目っぽいところもあるので、そういう可能性もありそうです。

 もっとも、そもそも地力が強いというのが一番なのでしょうが。


 今は戦いに集中しなければならない時だというのはわかっていますが、しかし昨晩のルルーさんの言葉が否応なく頭の中に蘇り、離れませんでした。


 『ボズラーは、本気のアンタと戦いたいと思っているはずよ』


 私と違って、ボズラーさんはこの戦いに本気で臨んでいるのでしょう。

 それこそ、わざと負けようとしている私なんかとは、覚悟も意気込みも天地の差であるはずです。


 私が本気を出したところで、勝てるという確証などはありません。

 しかし勝とうという意思で戦うことはできます。そしてそれが、本気で戦いに臨んでいるボズラーさんへの礼儀だということもわかっています。


 勝つつもりで戦うか、負けるつもりで戦うか。


 昨晩からずっと悩んでいるその問いに、まだ結論は出ていません。

 だから、その結論が出るまでは……


 私の頬を圧縮空気弾が掠めた刹那、私はボズラーさんへと手のひらを向けて、口を開きました。


「『ハイ・ウインド』」


 吹き荒れる突風に、ボズラーさんは目を剥きます。

 たった今まで自分が使っていた魔法が襲い掛かってきたのですから、その反応も仕方ないかもしれません。

 魔力の節約のためか、あるいは無詠唱で発動するゆえの制約か、ボズラーさんの術式は単純明快です。ですので現象から呪文を逆算解析することなど造作もありません。


「『エア・シュート』」


 続けて私の手から放たれた圧縮空気弾が、突風でバランスを崩したボズラーさんの左肩に直撃しました。

 短い悲鳴を上げて吹き飛んだボズラーさんは、しかしすぐに起き上がると、少しだけ楽しげに口元を歪めました。


「……俺の魔法を解析して、しかも無詠唱で再現かよ……聞いてた以上のバケモンだな」


 観客席から「いいぞー!」とか「行けー!」といった野次が飛んでくるのを聞き流しながら、私はようやく一息つくことができました。

 もう油断はしません。一度敵の猛攻が始まってしまうと切り返すのが大変なら、猛攻の初撃を叩き潰せばいいだけです。

 ルルーさんとの修行により、私の魔力量と魔力効率が常軌を逸しているらしいことは判明しています。

 つまり本気で同じ魔法を撃ち合えば、ぶつかって押し勝つのは私の方。同じ威力でも、先にバテるのはボズラーさんの方ということです。


 もしこれがルール無用の実戦であれば『速度を遮断する障壁』などを生み出して、ほとんどの攻撃はシャットアウトすることができるでしょう。

 しかし、それは風魔法でないため今回の試合ではルールに抵触してしまいます。


 ならば、相手より強い風でごり押しするのが正攻法。


 ボズラーさんがこちらへ手のひらを向けたのを見て、私もすかさずボズラーさんへと手をかざします。


「『エア・シュート』」

「『エア・シュート』」


 同時に放たれた見えない空気の砲弾は、私たちの間で激しくぶつかり合うと、辺りに突風をまき散らします。

 吹き付ける風に、観客の悲鳴とも歓声ともつかない声が沸き起こりました。……なんか遊園地とかで聞こえてきそうな声です。


 それからはひたすらに、間髪も入れず、息もつかせぬ殴り合いでした。

 私たちの間には十五メートルもの距離があります。しかし私たちが行っていたのは、相手の拳を自分の拳で殴り飛ばし、すかさず相手の顔面へ拳を叩きこもうとするような近接格闘戦(インファイト)

 互いの攻撃がぶつかり合うたびに、闘技場の水が波打つほどの衝撃がまき散らされます。


 時に弾き、時に撃ち落とし、時に躱す。

 たとえ攻撃が見えなくとも、空気の破裂する激しい音や、闘技場を満たす水が荒々しく波打つ様を見ていれば、魔法の詳細がわからない観客にも激闘の軌跡は窺えることでしょう。


 それほどの接戦となれば、互いの消費もまた激しいものでした。

 ボズラーさんは魔力の急激な消費によって徐々に顔色が悪くなっていくのが見て取れました。きっと既に脳はだいぶ疲れ切っており、徹夜明けのように頭がぼーっとしてしまっているはずです。

 私は私で魔力の消費は大したことないのですが、けれども肉体は乳幼児。ちょっと動き回っただけで、体力が限界を迎えようとしていました。


 もうすぐ、ボズラーさんは勝負を決めに来る……私はそう直感しました。

 魔力を完全に使い果たして戦えなくなる前に、最後の力を振り絞った最大級の魔法を使ってくるに違いありません。


 否応なく、私もいい加減に結論しなければなりません。


 勝つのか、負けるのか。


 絡め手を使えば、勝つこと自体は可能であると思います。

 ボズラーさんは戦いに熱中するあまり、先ほどから足場の前方ギリギリで魔法を放っています。

 なので絶対領域離隔を使って、魔法をボズラーさんのすぐ背後で発動させれば、ちょっとした風でも彼は落下してしまうことでしょう。

 拍子抜けな終幕となるでしょうが、力押しを避けるという意味では魔術師らしい戦術とも言えるかもしれません。


 ……しかし、勝ってしまってもいいのでしょうか?

 私が負けた場合には後方支援の任務に就かせると言われている以上、勝った場合には前線任務に就かされると見て間違いありません。

 それは私の臨むところではありませんし、むしろ理想からは正反対とも言えます。


「まだ迷ってるって顔してやがるな」


 不意に、ボズラーさんがそんなことを言いだしました。

 私は急に図星を突かれたことでドキリとして、彼の顔をまじまじと見てしまいます。


「お前の事情はレーラ様から聞いた。この試合に負けたいってことも聞いてるし……それに、さっきから全く本気を出してねぇらしいことも、なんとなくわかる。ふざけやがって……」


 ちょ、ちょっと待った! ルルーさん何チクってるんですか!?

 っていうかボズラーさんも、事情を知ってるなら陛下の前で言わないでくださいよ! バレちゃうじゃないですか!!

 案の定、陛下は私の顔を見て、薄っすらを目を細めていました。ふぇぇ……


 私が陛下の視線にビビり倒していると、そこでボズラーさんが不敵に笑います。


「俺はこの試合に勝ったら、陛下に一つ願いをきいて頂くことになってる。叶えたい願いがあったからだが……手加減されて不本意に勝ったんじゃ意味がねぇ。だから俺の願いは、テメェを前線部隊配属にすることに決めた!!」


 は…………はぁぁあああああっ!?


「ちょ、ちょっと、ま……」

「良かろう。その願い、聞き届けた」


 ボズラーさんの啖呵を聞いて楽しげに口元を歪めた陛下は、あっさりとそんなことをおっしゃりやがりました。

 陛下ぁぁーッ!! このっ……サディスティックの化身めが!!


 私は陛下に向けて極大殲滅魔法をぶっ放したい衝動を必死に抑えつつ、ならばと声を大にして叫びます。


「じゃあ、わたしがかったら、まじゅつしをやめますから、たいしょくきんをいっぱいください!!」

「却下」


 うおぉぉおおおおい!?

 なんで!? 不公平すぎる!!


「……ただし。戦争の前線ではなく、帝都防衛の要職になら考えてやっても良い」

「!」


 帝都防衛の要職……それってつまり、戦うんじゃなくて指揮を執れるってことでしょうか。

 それに帝都防衛が任務なら、帝都から離れることはないでしょう。

 “考えてやっても良い”という言い回しに若干の不安は感じますが、しかしそんなところを疑っていても始まりません。そこは譲歩しようじゃありませんか。

 いいでしょう、安全性なら後方支援部隊とそう大差ないように思えますし、立場的には大出世です。悪くありません。

 むしろ魔導師様たちの忙しさを鑑みるに、魔術師のままでそれなりのポストに収まっていた方が得という見方もありますしね。


 これで、勝てば天国、負ければ地獄の構図が出来上がりました。

 もう手加減する必要性はありません。


 ここからは本気でいきます……!!


「やっとやる気になったみてぇだな」

「い、いえ、さいしょから、やるきでしたけどね……?」

「……まぁいいけどよ。だが、だからって俺に勝てるとか思ってるわけじゃねぇよな?」


 ボズラーさんの謎の自信に、私は首を傾げます。

 ここまでの戦いでも私は彼をそれなりに押してはいました。

 なら、ここから本気を出す私に、ボズラーさんがどうして自信満々なのか違和感を覚えたのです。

 ハッタリ? いえ、そんなことをするメリットは……


「いくぜ」


 そう言って、ボズラーさんはゆっくりと腕を上げ始めました。こちらに魔法を撃つために、手のひらを向けるつもりなのでしょう。

 私はその動きに注意しながらも、ボズラーさんを怪我しない程度に吹き飛ばす呪文を構築していると……


「『バック・ウインド』」


 不意に、私の真後ろで(・・・・)風が爆ぜました。


「―――っ!?」


 浮き上がる身体。揺れる視界。


 一瞬何が起こったのかがわからず白く染まった思考は、直後、まさに先ほど私が考えていた作戦が自分に襲いかかってきたことを理解しました。


 ボズラーさんが上げかけた腕は、私の注意を前方に向けさせるための囮!!

 先ほどまでのやり取りは、この難易度の高い呪文を無詠唱で発動させるための時間稼ぎ!!


 私はボズラーさんが無詠唱では単純な魔法しか使えないと思い、足場の前方に立ってしまっていました。

 だから、ほんの少し体を押されただけで、私の身体は容易く足場から押し出され、闘技場に満たされた水へと投げ出されて―――


 走馬燈のようにゆっくりと流れる視界の中で、ボズラーさんがニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべているのが見えました。



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