0歳7ヶ月 1 ―――お兄ちゃんの約束
魔導師様が帝都を訪れたという日には、帝都の中心部はかなり盛り上がっていたそうです。
どうやら魔導師様というのは忙しく各地を飛び回っているようで、なかなか帝都に帰ってこないみたいなのです。
私も一度 魔導師様というのを見てみたかったのですが……残念ながらそれはかないませんでした。
帝都は都市の周囲を巨大な防壁で囲っており、出入りするためには警備兵の厳重な検査を受ける必要があるそうです。
そして私たちのような身元の確かでない貧乏村の出身者は、特別な要件でもない限り門前払いを受けるのだとか。
まぁ、皇帝陛下のおわす神聖なる都ですからね。警備が厳重になるのも無理はありません。
ましてや帝国に三人しかいない魔導師様がいらっしゃるとなっては、尚のことでしょう。
もしも私に特別な力があったなら、帝都で突如発生した難事件をババーンとかっこよく解決に導いて、皇帝陛下や魔導師様に「ほほう、こやつは……!」なんて言われちゃったりしてコネクションを得て、人生薔薇色だったのかもしれません。
しかし現実は非情です。なにせ村から一歩も出られませんでしたからね……。
そんなこんなで、今日も私は変わり映えのしない日々を送っております。
たった七年しかない『神童としての余命』は無為に消費されていくばかりで、現時点での私はただの赤ん坊となんら変わりありません。
早めに言語を習得しようが、いつまでも次のステップに進めないのではまったくもって意味はないのですから。
そのため私は、毎日を非常に焦りながら過ごしていました。
……かといって、赤ん坊である私に何かができるわけでもなく。
今日も私のすることと言えば、いつものようにお父さんの部屋の本を引っ張り出して眺めることくらいでした。
しかし今日は、いつもと一つだけ違うことが起こりました。
「またここにいるのかよ」
いきなり背後から聞こえてきた声に驚いて振り返ると、そこには蜂蜜みたいに濃厚な金髪をした、ログナお兄ちゃんが立っていました。
そしてお兄ちゃんは五歳児らしからぬ厭世的な目つきで私を睨むと、躊躇いなく、ずかずかと私に近づいてきました。
「それ、とーちゃんのだいじな本なんだぞ」
お兄ちゃんはそう言って、私の広げていた本を取り上げてしまいました。
「あっ!」
ちょっと、何するの!?
私は抗議の悲鳴をあげながら本に手を伸ばしますが、さすがに乳児の腕では届きません。
代わりに私はお兄ちゃんのズボンの裾をぐいぐい引っ張りますが、お兄ちゃんは強く足を引くことであっさりと振りほどきました。
「おまえ、ほんとに“まどーしさま”になるつもりなのかよ。そんなの、とーちゃんがいたらぜったいゆるさないぞ」
「うぅ~……おにーちゃ!」
「うるさい。どーせ、かーちゃんにこの本のこときいたんだろ? とーちゃんの友だちが、“まじゅつしさま”だったって」
……え?
お父さんの友達が魔術師様だった?
あれ、その本はお父さんの友達の形見で……
お父さんの友達が魔術師様ってことは……
その本、もしかして『魔導書』なのっ!?