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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
48/284

0歳12ヶ月 9



「こら、手をどけなさい! ちゃんと洗えないでしょ?」

「い、いいです! じぶんであらいますからぁ!!」


 私の借りている宿屋には、本来浴室や浴槽といったものは備え付けてありませんでした。

 そもそも帝都においても、お湯に浸かるなんてことは上流階級の贅沢とされていて、普通の人たちは簡易的なシャワーか、あるいは汲んだ水を使って体を拭うというのが一般的です。

 

 しかし、物理法則を捻じ曲げる力を持つ私には、そんな常識は通用しません。

 文字通り湯水のようにお湯を生み出し、使い、快適な入浴ライフを送っているのです。

 それは単純に、前世の私が某「国民的青たぬきアニメ」のヒロインのようにお風呂をこよなく愛し頻繁に入浴していたからという理由もありますし、そして「お兄ちゃんとムフフ計画」の一環でもありました。

 まぁ、実際は五歳児と赤ん坊だけでお風呂に入れるのはやや危険なため、ネルヴィアさんも一緒に入ってくれているのですが……でもネルヴィアさんの胸部女子力を見て顔を赤くするお兄ちゃんが可愛いので良しとしましょう。


 さて、そんな私の平穏はここ最近、とあるピンク色の少女によって打ち壊されています。


「ひゃうっ!? く、くしゅぐったいからぁ……!」

「アンタが暴れるからでしょ。ほら、大人しく洗われなさい!」


 ルルーさんは我が家の料理、掃除、洗濯などの家事全般を当然のようにすべて引き受けてくれていて、さらにその上、最近では私のお風呂のお世話までする始末なのです。


 本当は全員で一緒にお風呂に入ろうとしていたようですが、しかし私が作った浴室はそこまで広くはありません。

 だから私は遠慮して、ルルーさんはおひとりでどうぞ~、と言ったところ、「じゃあログナくんと入ろうかしら」とかふざけたことを言いだしたので、断固阻止。

 その結果、なし崩し的に私がルルーさんと一緒に入ることになってしまったのです。

 ルルーさん、私の扱いがわかってきたじゃありませんか……


 ルルーさんの真っ白な肌に抱えられた私は、もうこれでもかというくらいに隅々まで丹念に洗われてしまいます。……もうお嫁に行けない。


 体を洗い終わって湯船に浸かる際にも、私はルルーさんに後ろから抱きかかえられるような形になります。

 髪を下ろすと地面に届いてしまうルルーさんはタオルで髪をまとめており、そんな彼女は私の白金色の髪へと優しく指を通しました。


「アンタ、ほんとに男の子だったのね。ムカつくくらい綺麗な顔だし、髪も背中まであるし、ちょっと半信半疑だったわよ」

「……ルルーさんにとっては、せいべつなんて、たいしたいみ・・はないんじゃないですか?」

「ふふ、まぁね。なんならアンタのことを、ほんとに女の子にしちゃおうかしら」


 ルルーさんがニヤリと笑って私をぎゅっと抱き寄せると、また大きくなっているような気がする彼女の胸が「むにゅぅ」と私の背中に当たりました。

 ……この魔導師様なら、性別を変えるくらい普通にできちゃいそうだから怖いです。


 私がルルーさんの底知れなさに(おのの)いていると、彼女は私を後ろから抱きしめたまま、そっと囁きました。




「それで結局……明日はわざと負けるの(・・・・・・・・・・)?」




 ぞくり、と私の全身に鳥肌が立ちました。


 湯気が立ち上る浴室が、途端に重苦しい静寂に満たされます。

 私がさび付いたかのように動きの鈍い首をギギギとルルーさんに向けると、彼女のイチゴ色の瞳がすぐ近くから私を見つめていました。いえ、見透かしていました。


 先ほどまでは安心感を覚えていた彼女の腕に、胸に、一転して恐ろしいものを感じます。


 私は彼女に、明日の御前試合でわざと負けるなんてことは、一言も言っていません。

 いえ、彼女だけでなく、どこから話が漏れるかわからなかったので、お兄ちゃんにもネルヴィアさんにも言っていませんでした。

 今日のお昼、お母さんには見透かされてしまったので、あの病室にいた三人はそのことを知っているはずですが……

 病室の外で聞き耳を立てていた? あの後で誰かを問いただした?


 それとも、あの病室に彼女もいた(・・・・・・・・・・)


「……その、つもりです」


 この状態で誤魔化すのは不可能だと判断した私は、潔くそれを認めました。

 するとルルーさんは「……そう」とだけ言って、いつもの不愉快そうな顔とはまた違う、いたたまれないといった表情を浮かべました。

 どうしてルルーさんが、そんな辛そうな顔を……?

 その疑問は、すぐに彼女の口から語られることとなります。


「……こんなこと、アンタに言っても仕方ないことだとは思うわ。でも……でもね。ボズラーは、本気のアンタと戦いたいと思っているはずよ」

「え?」

「きっとアンタが本気を出せば、ボズラーは手も足も出せずに負けるわ。陛下がボズラーにチャンスを与えるために、わざわざボズラーに有利なルールにしたみたいだけど、きっとそれも意味はないでしょうね。だけど、それでも……ボズラーは本気のアンタと戦いたいと考えてるはずよ」


 負けるとわかっていても、本気を出してほしい? 手加減されれば勝てるのに?

 私はボズラーさんのことなんて、何も知りません。彼が何を抱えていて、どんな道を歩んできたかなんて、さっぱりです。

 ですが、もしかしたらルルーさんにはそれがわかっているのかもしれません。


「アンタが負けた時の処遇は陛下に聞いたわ。だから、どうしてアンタがわざと負けようなんて結論に至ったのかもわかってるつもりよ。その理由にも、結論にも、私は何も文句を言える立場ではないっていうのも、よくわかってる」


 ルルーさんはとても辛そうに目を伏せて、消え入るような声で言いました。


「だけど……それによって傷つく人がいるってことも、頭の片隅に置いておいてほしいの」


 私は、彼女の言葉に何も言うことができませんでした。

 ルルーさんは、私がわざと負けようとしていることを否定したり、やめさせようとはしませんでした。

 御前試合という場で八百長じみたことをしようとしているのに、私の意図まで汲んで、それを尊重してくれているのです。


 もちろん、こんなことを言い出したからには、本当なら私に本気で戦ってほしいのでしょう。

 ですが私は、この御前試合で活躍して戦争の前線に投入されてしまうことは、何としてでも避けたいのです。そうでなければ、そもそも私が御前試合に出る意味すらもないのですから。

 お母さんやお兄ちゃんを心配させたくない。私の部下であるネルヴィアさんを危険にさらしたくない。魔法でたくさんの命を奪いたくない。

 だから御前試合に出るからには負けたいですし、そうでないなら出たくありません。

 ……本気を出して勝つなんて、もってのほかです。


「……ごめんなさい」


 私はルルーさんの顔を見ることができず、前を向いたまま謝罪の言葉を口にしました。

 その返事に、ルルーさんは明らかに沈んだ声色で、


「謝るんじゃないわよ。アンタを責めてるわけじゃ、ないんだから」


 そう言って、私の頭を優しく撫でました。



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