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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
42/284

0歳12ヶ月 3



 教室ほどの狭い室内は真っ暗で、司書さんに貸してもらったランプがなければまともに歩けないほどでした。


 帝国図書館の最奥部にある鉄製の扉を抜けて階段を下ると、地下室にある『禁書室』に辿り着きます。

 ここには魔導書を始めとして、一般人には公開できない類の書物が、壁際に並んだ書架にぎっしりと敷き詰められています。

 ルルーさんは部屋の中央にある石造りのテーブルにランプを置くと、私を床に下ろしてくれました。


 それから天井に釣り下がるロープの先端金具をランプに取り付けてから、ランプの下の方にあるつまみを回すと光量が大きくなって、室内が少し明るくなりました。

 天井には滑車が取り付けられているようで、反対側のロープをルルーさんが引っ張ると、ランプはゆっくりと天井に登って行きました。

 なんだか手慣れているので、きっとルルーさんもここへはよく足を運んでいるのでしょう。


「アンタは読めないでしょうけど、書架の一つ一つのてっぺんに、収めてある本の種類が書いてあるわ。今回私たちが閲覧を認められているのは魔導書の書架だけだから、取りだしていいのはあそこだけよ」


 ルルーさんはそう言うと、壁際に並ぶ書架のうちの一つを指さしました。私にはまったく見分けがつきません。

 するとルルーさんはテーブル脇にあった椅子を引き出して、自分の羽織っていたポンチョを脱ぐと、それを折りたたんで座面に敷きました。

 てっきりそのまま自分が座るのかと思って見ていると、しかし彼女は私を抱き上げて、そのまま自分の敷いたポンチョの上へと座らせました。


「え、あ、あの……?」

「下手にランプとかで引火したらマズイから、この部屋には柔らかい素材は使えないらしいのよ。椅子も石造りだから、直に座ってるとお尻が痛くなるわよ」


 そう言いながらも自分は何も敷かず椅子に座ると、ルルーさんは「で?」と言いながら上品な所作で私に向き直ります。


「アンタはどんな魔導書を読みたいの? 何か今の時点で課題があるわけ? それとも、使いたい魔法とか、起こしたい現象があるの?」

「あ、えっと……まほうでえいきょうをあたえるものには、まず、なまえをつけますよね?」

「使役契約ね」

「し、しえき……?」


 まるで当たり前みたいにルルーさんが言ったので、多分魔術師界では常識なのでしょう。

 私の反応を見て、そういえば魔導書を適当に解読して独学で魔法を習得したと言っていたことを思い出したのか、ルルーさんがすぐに補足説明をしてくれました。


「呪文っていうのは物体に命令を与えて、まるで使役するみたいに操るでしょう? だから、そのためにまず名前を与えることを、使役契約って一般には呼ばれているの」

「そ、そうなんですか……ごめんなさい、なにもしらなくって」

「こんなこと知らなくたって魔法は使えるんだから。気にしなくていいわよ」


 ルルーさんが優しい声色でフォローをしてくれました。心なしか、いつもより表情も柔らかくて優しいような気がします。

 彼女はいつも不愉快そうなしかめっ面をしているので、そのギャップにちょっとだけドキッとしてしまいました。


「それで、それがどうしたの?」

「はい。いままでは、てのひらのなかにあるものに なまえをあたえるっていうほうほうをつかってたんですけど、それいがいにも、なまえをあたえるほうほうって、たくさんあるんですよね?」

「誰かから聞いたの?」

「いえ……でも、たぶんそうだろうなっておもったんです」


 私の返答に、ルルーさんは「……ふぅん」と、なぜか腹立たしげにに唸って、


「たしかに、使役契約の方式にはいろいろあるわ。アンタの今使ってる『掌握制御』の他にも、直接触れた物の全体を使役する『接触制御』、空間座標を指定して切り取った領域を丸ごと使役する『絶対領域離隔』と『相対領域離隔』……それから変わったところでは他人の使役している物に影響を与える『便乗増嵩(ぞうすう)』や『帰順侵寇(きじゅんしんこう)』なんかもあるわね」


 触れた物の全体を名付ける、空間を区切って名付ける、誰かが名付けた物を操作する。

 概ね思っていた通りですね。特に意外だったものはありません。


「とりあえず、まずは一番メジャーな『接触制御』からやってみる?」

「はい! よろしくおねがいします!」


 私が頭を下げると、ルルーさんはおもむろに立ち上がって、書架から何冊かの魔導書を持ってきました。そしてそのうちの一冊を私に手渡すと、


「まず、アンタは今までどうやって魔法を習得したのかを教えてくれるかしら? 人はそれぞれ理解しやすい方法っていうのがあるから、私のやり方がそのままアンタに適しているかはわからないからね」

「はい。えっと、わたしはまず、じゅもんをみて、それぞれのたんごが どういういみかを、しっかりとりかいするようにしてます」


 私は手渡された魔導書を膝の上に置くと、適当に最初の方のページで呪文が書いてある部分を探します。

 するとルルーさんも椅子を近づけて、一緒にページを覗き込んできました。

 そして「接触制御を使っている呪文はこれよ」と言いながら、その該当のページを開いてくれます。


 ええっと、なになに……?



ฎธๅ ญๅ๏ธ€_ฎธ¢โ€ฉญ€╞ ข๏ฎค ╡

ๅ๏ษ¢ใ ฎธๅ ญๅ๏ธ€Ƃ

ญๅ๏ธ€ ฿ ญๅ๏ธ€ - σƂ

โ€ๅษโธ ญๅ๏ธ€Ƃ



「おお~!」


 “ๅ๏ษ¢ใ ฎธๅ”! 初めて見た命名方式です!

 これが、触れた物に命名するという接触制御なのでしょうか? すごいテンション上がります!


 私は早速、自分がお尻に敷いているルルーさんのポンチョを手に掲げました。

 そして「ๅ๏ษ¢ใ ฎธๅ」という単語をよく目に焼き付けてから、ゆっくりと目を細めて集中。

 ……対象物は公爵閣下の私物なので、失敗は許されません。




ฎธๅ 複製実験╞ ข๏ฎค ╡

ๅ๏ษ¢ใ ฎธๅ ญๅ๏ธ€Ƃ

ญๅ๏ธ€ ฿ ญๅ๏ธ€ ∺ ╕Ƃ

โ€ๅษโธ ญๅ๏ธ€



整数制御魔法「複製実験」╞ 受け取る値は無し ╡

我が手に触れし対象へ整数値と「ญๅ๏ธ€」という名を与えよ。

ญๅ๏ธ€に整数2を乗算し、その値をญๅ๏ธ€へと格納せよ。

処理後のญๅ๏ธ€を返却せよ。




「……『複製実験』」


 私が魔法名を唱えると、直後、私の手に持っていたポンチョが「ぽふんっ!」と二枚に分かれて増えました。

 おおっ。実験は成功です。良かったぁ、実験失敗してルルーさんの私物を消滅させたら、さすがに怒られるでしょうし。

 でも他に手頃なものがなかったのと、失敗する気が全くなかったので強行しちゃいました。てへ。


 ポンチョは私の手のひらに収まるサイズではありませんでしたが、ただポンチョの一部に触れていただけで、ポンチョ全体へと効果が及びました。

 やったぁ! これで扱える魔法の種類が格段に増えましたよ!


 私が喜びながらルルーさんを見ると、なぜか彼女は呆気に取られたような表情となって、それから不愉快そうに表情を歪めました。


「……えっと、どうかしましたか? もしかして、しっぱいしてますか?」

「いえ……上手くできてるわ、完璧よ。でも、このページの呪文を一瞬見ただけで、しかも無詠唱で発動させるなんて……」

「ふつうは、どうやって発動させるんですか?」


 私が何気なく訊ねてみると、ルルーさんは「そうね、普通は……」と言いながら、私が増やしたポンチョの一枚を手に取りました。

 そして魔導書の呪文に目を走らせながら、静かに口を開きます。


「―――我が名に平伏し従え“ポンチョ”よ。その数を二つに増やし、顕現せよ―――『複製』」


 ルルーさんの手にしたポンチョが、私の時と同じように「ぽふんっ!」と二つに増えました。

 おおー、なんか呪文を唱えて魔法を発動するってかっこいいなぁ。魔法っぽい。

 でもいちいち呪文なんて唱えてたら、魔法の発動が間に合わないんじゃないでしょうか?


「いつも、そうやって“えいしょう”しなくちゃいけないんですか?」

「普通の魔術師はそうよ。私も得意分野以外ではいちいち詠唱してるしね。時間をかければ無詠唱でもいけるけど、魔力の消費が激しくなっちゃうわ」

「え? そうなんですか?」

「詠唱している時間が長いほど、魔力の消費は大きくなるのよ。だから、頭の中で呪文を成立させるのに時間をかけちゃうと燃費が悪くなるの。言葉に出すとすっきり整理できるから、慣れてない呪文は、口に出して詠唱するのが基本よ」


 私は初めて知った事実に、思わず「ほぇー」と感嘆の息を漏らします。

 今まで私が魔法を発動してた方法は、あんまり普通じゃなかったのですね。

 私は長年にわたりプログラミングをひたすらやっていたおかげで、呪文の構造もすぐに理解できますし、呪文の文字列を鮮明に思い浮かべることができます。

 そうなると、私は言葉に出すよりも早く魔法を発動できるから、無詠唱の方が魔力の節約になるはずですね。


 ルルーさんは増やした二枚のポンチョをテーブルに投げ捨てながら、講釈を続けてくれます。


「呪文に対する理解が曖昧だと魔法は発動しなかったり、発動しても威力が見るからに落ちたりしちゃうわ。しかも魔力の消費量も段違いに多くなるから、下手な魔術師はすぐにヘバっちゃうわね」


 つまり、魔力の消費を嫌って急いで魔法を発動させようとしても、適当に構築した魔法を発動したんじゃ余計に悪い結果になるわけですか。

 速く正確に発動できるように日々修行することが、最も効率よく魔法を発動するための近道なのですね。

 そうなると普段練習しておくべきなのは、戦闘に用いる魔法でしょうね。それ以外の時は、あんまり魔力の消費とか発動までの時間は気にする必要もありませんし。


「それにしても……」


 ルルーさんは苛立ちを隠す様子もなく、私の顔をまじまじと見つめると、


「呪文の習得速度も、理解度も、応用力も、発動までの時間も、消費魔力の少なさも、全能力が腹立つくらいに天才的ね。多分アンタ、攻撃魔法同士で戦ったら私よりも全然強いわよ」

「え、いや、それは……」

「謙遜するんじゃないわよ。まぁ、マグカルオは基本をばっちり押さえてるタイプだから、今はまだ互角かもしれないけどね。……リュミィは論外として」


 あ、やっぱりリュミーフォートさんは論外なんですか……あの人“人族最強”とか言われてますもんね。

 そしてマグカルオさんは、今の私みたいな属性攻撃を十全に扱えるバランスタイプのようです。見た目は脳筋っぽいのに、意外と堅実なタイプなんですね。


 ……あとルルーさんはサラッと言いましたけど、「攻撃魔法同士で戦ったら私よりも全然強い」……つまり攻撃魔法に限定しなければ、きっと私を圧倒する自信があるのでしょう。

 さっき「私も得意分野以外ではいちいち詠唱してる」とも言っていましたしね。

 帝国に三人しかいない魔導師様のことですから、きっと切り札を何枚も持っているのでしょう。


 それに、たとえばリュミーフォートさんは魔導師でありながら、鍛冶師でもあります。

 戦闘だけにしか魔法は使えないわけではありません。魔剣を鍛造して味方に渡したり、サポート面が非常に優秀だということも考えられます。

 むしろ今の私のように、戦うことだけしか能がないのは魔術師として二流、三流なのでしょう。


 ルルーさんはどんな魔法を扱うんでしょうか? もしかすると『慧眼』という二つ名と、何か関係があるのかもしれません。

 うぅん、気になるなぁ。訊いたら教えてくれないかな?

 よし、ダメ元で訊いてみましょう。


「あの、ルルーさん。ルルーさんのまほうって、どんなのなんですか?」

訊いていいの(・・・・・・)?」

「えっ?」




「私の魔法の正体を知って、今も生きてるのって……陛下だけなのよね」




 ……あっ。


「ややややっぱりいいです」

「あら、そう? じゃあ次は『絶対領域離隔』を練習してみましょうか」

「よよよよよろしくおねがいしますすす」


 ずっと不機嫌そうなルルーさんの教え方は、けれども意外なくらい優しく丁寧で、すごくわかりやすかったはずなのですが……その後の練習はあまり(はかど)りませんでした。

 どうしてかは……察してください。



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