0歳12ヶ月 1 ―――御前試合
「ごぜんじあい……ですか?」
ヴェルハザード皇帝陛下の執務室に呼び出された私は、そこで陛下から、ある催し事についての告知を受けていました。
御前試合って、あれですよね。すごく偉い人の前で下っ端を戦わせるやつ。
この帝都で行われる御前試合なら、その偉い人とはもちろん皇帝陛下ということになるでしょう。
では、戦う戦士たちは誰になるのでしょうか?
「聞くところによると、セフィリア。貴様、軍幹部との顔合わせの場で、ある魔術師と対立していたようだな?」
「え? ……ああ、ベリラーさん」
「ボズラーだ。ベリラーは“夜獣盗賊団”の団長だ」
「あ、はい。ボズラーさん。なんとなく、かおは おもいだせます」
私の返事に、ちょっと呆れたような顔つきになる陛下。
けれどすぐに気を取り直して、私に黄金の瞳を向けながら口を開きます。
「今回の御前試合……貴様には、そのボズラーと戦ってもらう」
「……」
私は陛下が何を仰っているのかがわからず、しばし沈黙しました。
私が、戦う? 誰と? ベリ……ボズラーさん? なんで? 御前試合?
「ええええええええっ!?」
ようやく感情が追い付いて来て、私は思わず叫び声をあげてしまいました。
なんで!? どうして私が!?
私の疑問に先回りするようにして、陛下は事の顛末について説明を始めました。
「例年通りに御前試合を近々執り行うこと自体は、以前から決まっていたことだ。帝都の民に帝国軍の実力を知らしめ、安心させ、ひいては軍事面への税金の投入を納得させるためにな」
わぁ、すっごい大人の事情。
「そして御前試合に参加する戦士も概ね当たりは付けていたのだが、そこで今回、ボズラーという魔術師が余に直接嘆願してきたのだ。自分と、そしてセフィリアを戦わせろとな」
「な、なぜ……」
「一応表向きは、赤子でありながら魔術師として、貴族として列せられた貴様の実力を知らしめることで、他の魔術師や軍人、貴族たちや、貴族以下の平民たちを納得させるという目的らしい」
「おもてむき……?」
「うむ。恐らくは公衆の場で恥をかかされた、個人的な恨みを果たそうといったところであろう」
そこまでわかってるならやめさせてくださいよ陛下! このドS!!
そんな私の叫びが届いたのかどうなのか、陛下はニヤリと悪い笑みを浮かべて、
「その建前には説得力もある上に、そもそも貴様を戦わせてはどうかという意見もかねてよりあった。何より、余自身も貴様の戦いぶりを一度この目で確認しておきたかったのでな。許可した」
「……まけても、もんだいないんですか?」
「ああ。ただしボズラーの言うには、自分に負けるようでは魔術師としての最低限の実力を満たしていないということで、魔術師の資格を剥奪すべきだという主張だったが」
「えっ!」
「さすがにそこまでするつもりはないが、しかし、もし奴に負けるようなことがあれば、貴様の配属はしばらく後方支援や魔術師補佐ということで様子見することを検討している」
……後方支援や、魔術師補佐?
…………。
ウハウハじゃないですか!!
危険な前線任務は避けて、より安全な後方支援!
魔法を駆使して兵士たちの補給や物資の運搬を手伝う任務! 安全! ラクラク! 素敵!
むふふ、これは私にも天運が味方し始めていますね……ボズラーくんに感謝です。
しかしここで露骨に喜ぶのは心証が悪いです。
この場はじつに残念そうな態度を装いましょう。
「……そう、ですか……。それは、しかたありませんね……」
「仮に負けたとしても、余や観客たちを納得させるだけの実力を示すことができたなら、その限りでもないがな」
よし、ボロ負けしてやります。
「御前試合は一週間後の予定だ。それまで実力を磨き、精進することだ」
はい。どれだけ自然に、違和感なく負けられるかを探求しておきます。
まぁ、普通にボズラーさんが強くて負けることもあるかもしれませんけどね。あれだけ若くて大口を叩いているのに潰されないのですから、実績や実力はあると考えていいでしょうし。
あ、でも……!
「へいか、ひとつおねがいがあります」
「申してみよ」
「もし、ていとに“まどうしょ”があるのなら、それをみさせてはいただけないでしょうか」
私の申し出に、陛下は「ふむ」と一つ唸って、
「良かろう。帝国図書館の禁書室への立ち入りを許可する。それから貴様は文字が読めないのであったな? ならば、魔法に詳しい者を貴様に貸し出してやろう。ちょうど仕事が一段落して暇そうにしている者がいるのでな」
「あ、ありがとうございます!」
もしも文字が読めるネルヴィアさんと一緒に魔導書が読めないのなら、また呪文だけを見て気合いで解読しようと思っていたのですが……これはかなりの僥倖です。
魔法に詳しい者ということは、魔術師かその関係者の方なのでしょう。もしかしたら魔導書よりも、そっちからの方が良い情報を得られるかもしれません。
「では、健闘を祈るぞ」
そう言って締めくくられた陛下との非公式な謁見は、じつに有意義なものとなりました。
御前試合に負ければ、その後しばらくは安全な後方任務で様子見をされる。
そこで前線任務よりも大きな活躍が見込まれれば、おそらくはその任務へ続投されるため安泰。
さらに御前試合に向けての一週間、好きなだけ魔導書を見られる上に、魔法に精通した人と一緒にいられる。
一石二鳥……いや三鳥、四鳥もあります。素晴らしい!
私はルンルン気分でベオラント城を後にして、ネルヴィアさんに「ご機嫌ですね、セフィ様」なんて言われつつ、優しく抱きかかえられながら帰宅しました。
そして、どんな魔法と出会えるのかなぁ、とか、後方支援に配属されたらどんな風に活躍しようかなぁ、なんて皮算用をしながら一時間ほどゴロゴロしていると……不意に私たちが借りている宿の扉がノックされました。
お兄ちゃんもネルヴィアさんも室内にいたので、一体誰だろう考えつつ、ネルヴィアさんがそれを出迎えてくれるのを、お兄ちゃんの膝枕に寝そべりながら見ていました。
しかし、ネルヴィアさんの「えっ、あ、ええっ!?」という驚愕の声に、私は飛び起きます。
ネルヴィアさんが思わず二、三歩ほど後ずさった扉の先にいたのは、私が予想だにしていなかった人物でした。
長くボリュームのあるピンク色の髪を複雑精緻に編み込み、頭の上には王冠を模したヘッドドレス。
白を基調としたロリータファッションの上から、今日はモコモコな白いファーがついた真っ赤なポンチョを羽織っています。
随所にあしらわれた小物や、大きくてクリッとした意志の強そうな瞳は鮮やかな赤色。
小学生くらい体躯と、全体的にショートケーキのような色合いの彼女が放つのは、けれども妖精じみた外見には似合わない圧倒的なボスオーラ。
慧眼の名を冠する魔導師、ルルー・ロリ・レーラが、そこに君臨していました。




