0歳6ヶ月 2
私は投げやりに寝転がっていた身体をすぐに起こして、お母さんと話していた近所のお姉さんに向き直ります。
その反応に、お母さんたちはちょっと驚いたようでした。
私も、さすがに今のは露骨すぎたかとヒヤリとしましたが、お母さんたちはすぐに可笑しそうに笑いだしました。セ、セーフ。
「どうしたの、セフィちゃん。もしかして魔導師様に会いたいのかしら?」
近所のお姉さん―――名前はメリアーヌさん―――が、からかうような口調でそう言って、私に近づいてきました。
ウェーブの強い、赤みがかった金髪が特徴的な彼女は、お母さんと同年代でありながらスタイルも抜群で、年齢相応の大学生らしい体つきをしています。
そんな彼女は私を優しく抱きかかえると、あやすようにしてゆっくりと揺すりました。
「それとも魔導師様になりたいとか? そうねぇ、セフィちゃんはとっても賢い子だから、もしかしたら魔導師様になれちゃうかもね」
メリアーヌさんは冗談めかして言っているみたいですが、それを聞いたお母さんはちょっと興奮気味にはにかんでいました。あれ、まんざらでもない?
とりあえず抱きかかえてもらったので、私はお礼に、弾けるような満面の笑みで応えます。
私の笑顔を受けたメリアーヌさんは、もう堪えきれないといった表情になって「いやーん、かわいい~!」とか叫びながら強めに抱きしめてきました。メリアーヌさんはおっぱいが大きいので柔らか苦しいです……。
「セフィが魔導師様……セフィが魔導師様……えへへぇ」
おっぱいと腕の隙間からお母さんを見ると、お母さんは蕩けたような表情で妄想に浸っているみたいでした。
魔導師様っていうのになるのは、そんなに名誉なことなのでしょうか?
現在の世の中は、人族と魔族の全面戦争中だと聞きます。
“魔族”と最初に聞いたときは驚きましたが、しかしそれを言うなら転生をした私の方がよっぽどイレギュラーですし、そこは比較的すぐに受け入れられました。
この世界には、魔族が存在する。
そして魔族がいるなら、魔法があるのでは?
魔法があるのなら、魔法使いがいるのでは?
そんな三段論法で、魔法使いの存在自体は想定していましたし、ですから魔導師様とやらの存在にも驚くべき点はありません。
しかし、“様”付けをするくらい偉い存在だというのは、ちょっと想定外でした。
少なくとも兵士を「兵士様」なんて呼び方はしませんから、一介の雑兵とは一線を画すような存在であることは確かです。
おそらく「騎士様」と同格か、それ以上の存在なのではないでしょうか。
「あらら、またマーシアの親ばかトリップが始まっちゃった」
お母さんの妄想癖は今に始まったことではないみたいで、メリアーヌさんは慣れた感じで受け流しながら苦笑していました。
「魔導師様になったら、皇帝陛下から公爵位が頂けるからねぇ。まぁ、魔導師様になれた魔術師様なんて、今まで三人しかいらっしゃらないらしいけど」
「魔術師様でも十分だよ! それだけでも男爵様だし!」
「十分って、あんた……魔術師様だって、帝国に三十人いるかどうかって噂じゃない」
「そ、そうだけど。でもセフィならきっと大丈夫! だってこんなに賢くて可愛いんだから! ね~、セフィリア男爵?」
「……はぁ。ほんと筋金入りよねぇ」
お母さんの親ばかっぷりに呆れるメリアーヌさんの胸で、私は言いしれない高揚を感じていました。
魔術師になれば、男爵位が授爵できる。
さらに魔導師になれば、公爵位が授爵できる。
たった今、私の夢が決定しました。
「……ま、どぉ、し」
私が拙い舌で紡いだ言葉を聞いて、お母さんとメリアーヌさんは目を真ん丸にして、それから顔を見合わせました。
「ちょ、ちょっと! 今、セフィちゃん、『魔導師』って言わなかった!?」
「あ……ぁ……」
「すごいわよこの子! まだ生まれてそんなに経ってないのに、もう喋ったわよ!? しかも『魔導師』って!」
「…………」
「これ、本当にセフィちゃん、魔導師様に……えっ、ちょっとマーシア!? なんで泣いてるの!?」
私が「魔導師」と口にしたことで、お母さんの親ばかスイッチが入って感極まってしまった―――
……のかと思いましたが、どうやら違うようでした。
「はじめてしゃべった言葉が「ママ」じゃなかったぁぁ~~~!! ふぇええええええん!!」
「ええええっ!? ちょっ、あんた、マジでめんどくさっ!?」
それからメリアーヌさんが必死になだめてくれたおかげで、どうにかお母さんを落ち着かせることができました。
私が「ママ、ママ」って呼びかけてあげたことも効果的だったのかもしれません。
でもそれからしばらく、お母さんは魔導師の話題になると、ほっぺを膨らませて「つーん」と拗ねてしまうようになりました。
お、お母さん……ちょっとめんどくさいよ……