0歳11ヶ月 10 ―――迅重猛剣フランページュ
ルナヴェント邸を発った私とネルヴィアさんは、私が病院近くに借りている宿屋へと帰って来ていました。
途中、私がリュミーフォートさんに「そういえば、ベオラント城で何をしていたんですか?」と訊いたところ、「あ。そういえば陛下に呼ばれてたんだった」とか血迷ったことを言いだしたので、私も一緒に陛下の元まで行って、額に青筋を浮かべながらずっと待っていたヴェルハザード陛下に平謝りすることになったりしましたが……
ちなみにバルルザーク騎士団長はシレッとばっくれやがりました。あの中年っ……!
とまぁ、そんなドタバタと経て、ようやくの帰宅です。
すると部屋にお兄ちゃんがいなかったので、私はすぐに病院へ向かおうとしたのですが、そこで不意に強い視線を感じました。
振り返ると、ネルヴィアさんがもじもじしながら、私のことをジッと見つめています。
あれ? いつもなら、ところ構わず私に抱き付いてきたりするのに、今日は随分と大人しいですね。
そういえば最近、ネルヴィアさんがむやみに私に抱き付いて来たり、過剰に賛美したりすることがなくなったような。
どうしてだろう……と考えていたら、そういえば私が彼女にそれらのことを禁止したことを思い出しました。
ああ、だから今も絶賛我慢中なのですね。
私はネルヴィアさんに向かって微笑むと、両手を広げました。
「ここならいいよ。おいで」
反応は迅速。
私がほとんど反応できない速度で迫ってきたネルヴィアさんは、私をそっと抱え上げると、ベッドに優しく下ろし、それから自分はベッドの脇の地べたに座り込んで、私の胸に飛び込んできました。
抱きかかえるよりも、抱きかかえられたいんだね。よしよし。
「私はセフィ様に出会えて幸せです! セフィ様に出会うためだけに生まれてきました!!」
「お、おおげさじゃないかなぁ」
「そんなことありません! もう生きる希望を失っていた私に居場所を下さって……あまつさえ、バルルザーク騎士団長閣下と、ユジャノン魔導師閣下などという帝国の英雄を、私なんかのためにお呼びくださるなんて!!」
あの猫は勝手についてきただけですけどね。……陛下の呼び出しをすっぽかして。
どうやら私の行動に感激してくれているらしい彼女の頭を抱いて撫でてあげながら、ふと、彼女の腰に差さっている二本の剣に目を止めました。
「そういえば、その剣……」
「そうですっ!! 鍛錬卿に剣を賜るなんて、騎士として至上の栄誉!! お父様もこれを見たら卒倒するに違いありません!!」
そ、そうなんだ……知らなかった。だからキラキラした目で剣をうっとり撫でたりしてたんですね。
でも、どうして剣なんだろう? この世界にはそういう儀礼的なものがあるのでしょうか?
私の不思議そうな顔に気が付いたのか、ネルヴィアさんはそれについて説明してくれました。
「鍛錬卿は、人族最強の戦士でありながら、世界最高の“鍛冶師”でもあるのです。それも、造り出すのはただの剣ではありません。“人造魔剣”なんです!」
「じんぞう……えっ、まけん!? それ、まけんなの!?」
「恐らくそうです。鍛錬卿が名前を付けるのは魔剣だけと聞いています。この剣を賜った時、閣下は『迅重猛剣フランページュ』と仰いました。しかも『傑作だよ』というお言葉まで!! 感激です!! 家宝にします!!」
私の胸に顔をこすり付けているネルヴィアさんが、黄色い声をあげています。
ネルヴィアさんが勇者信仰以外でここまでテンション上がるのは珍しいですね。
しかし、魔剣……魔剣ですか。
ということは、この剣には何かしらの魔法が込められているという事でしょう。
そしてそれは、私のように手のひらの中の対象にだけ効果を及ぼすのとは違い、きっと誰が、どこで、いつ使っても効果を発揮する魔法のはずです。
条件分岐文か、あるいはイベントハンドラか……
教えてって言ったら教えてもらえるのでしょうか。そのどちらかが使えるようになれば、扱える魔法の幅は格段に広がるのですが。
そして『鍛錬』というのは、自分を磨くとか鍛えるとかそういう意味ではなく、そのまま『剣を打ち鍛える』という意味だったのですね。
いえ、人族最強の戦士なんて言われてるくらいですから、自己の鍛錬も欠かしてはいないのかもしれません。
つまり自己研鑽と鍛冶師という意味の、ダブルミーニング? わぁ、おしゃれー。
きっと『慧眼』とか『裁断』にも深い意味があるに違いありません。
……なのに、私の『二つ名』と来たら……! もう! 陛下のイジワル!! ドS!!
ともあれ、ここまでネルヴィアさんが喜んでくれるのなら、リュミーフォートさんにはあとでお礼をしなくちゃいけませんね。
今度会ったらあのハラペコ猫さんに、何かご馳走してあげることにしましょう。
もしかして餌付けしたら、ぽろっと魔法のことを教えてくれるかもしれませんしね。うふふ。
私は"迅重猛剣フランページュ”へ視線を向けて、
「ねぇ。そのけん、ふってみたらどうなるのか、ためしてみない?」
「えっ! でも……」
「もちろん、そとでね。なにがおこるのかわからないんじゃ、こわくてもちあるけないよ」
「そ、それもそうですね……わかりました!」
ネルヴィアさんは名残惜しそうに私の胸から離れると、私を抱えて宿屋の裏手へと移動しました。
ちなみに私が実験を屋外に指定したのは、万が一の時のためです。
あのぼんやりしたハラペコ猫さんの魔剣ですから、『斬ったら対象物を粉微塵に爆砕』とか『剣先からレーザーを射出』なんて効果があるかもしれません。
私たちは人気のない庭へと移動すると、そこに生えていた一本の太い木に狙いを定めました。
「じゃあ、あれをきってみよっか」
「大丈夫でしょうか……剣が傷まないといいのですが」
私は斬られた木が爆裂炎上とかしないかの方が心配です。
ネルヴィアさんは「では……」と言って剣を抜くと、そこで「えっ!?」と驚いたように剣を見つめました。
「どうしたの?」
「かっ、軽いんです……異常なくらいに。まるで羽根のようです。それに、“刃”がありません」
え、それ大丈夫なんですか? 振ったらポキッと折れるとかヤですよ?
よく見れば、その剣は滑らかさや鋭さとは無縁な、豪快かつ波打つようにデコボコなフォルム。
しかも本来刃のあるべき部分は肉厚で、剣というよりは『薄く叩き伸ばした鉄塊』といった感じでした。
……これ、リュミーフォートさんにからかわれてるとかじゃないですよね?
私が木だけでなく剣の心配もし始めていると、ネルヴィアさんはおっかなびっくり魔剣を構えました。
そして、一振り。
「!?」
直後、とんでもない破壊音とともに、太さの直径が五十センチはあろうかという木が中途から吹き飛んで、数メートル先に落下しました。
私はあんぐりと口を開いて、絶句します。
それから青ざめつつネルヴィアさんを見ると、彼女も「あわわわっ……!」と慌てふためいていました。
これ、やっぱり斬ったものを爆砕する剣だったの!?
「な、なに!? なにがおこったの!?」
「あ、えっと、その……! なんだか剣を振った瞬間、すごく、剣が重くなったような気が……!」
そう言ってネルヴィアさんが剣を軽く振るうと、「わっ!?」と言って剣に振り回され、しかしすぐにバランスを立て直しました。まるで、重量が急激に変動しているかのように。
ネルヴィアさんが不思議そうに剣を眺めているのを見ながら、私はある可能性に行きつきました。
……もしかして、『剣先の速度』と『刀身の重量』が比例してる?
見たところ、剣からネルヴィアさんの手に衝撃が伝わっているようには思えませんでした。すべて拡散しているのでしょう。
そして、あの強度重視・切れ味度外視の極端すぎる設計思想。
さらに普段は羽のように軽く、だからこそ速く振れる。そして速く振れば振るほど、剣の重量は加速度的に増加する。
それはまるで、『殺さないための剣』でした。
もちろん頭部を叩き割れば死ぬでしょうが、しかしあれだけ軽いのなら、速度の制御は容易でしょう。
そして最大威力なら、頑強な鎧だろうが、強大な魔物だろうが、関係なく吹き飛ばせるはず。
しかも、どう振っても“峰打ち”。
どんなに強い相手にも、どんなに弱い相手にも“手加減できる”。
それが『迅重猛剣フランページュ』。
ボールウルフを殺せなかった優しすぎるネルヴィアさんに、鍛錬卿が贈った“優しい魔剣”。
「……すてきな、けんだね」
温かい気持ちになった私が、ネルヴィアさんに笑いかけながらそう言うと、
「はいっ!!」
ネルヴィアさんも、晴れ渡るような笑顔で頷きました。
確かにこれは、『傑作』です。




