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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
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0歳11ヶ月 9 ―――ルナヴェント邸



 広い敷地に、さながらお城のような佇まいをした純白の邸宅、ルナヴェント邸。

 そこへ私たちを迎え入れてくれたのは、名をソーディル・ルナヴェントという穏やかそうな壮年の男性でした。

 代々傑出した実力の騎士を輩出してきたことで知られる、侯爵家ルナヴェントの現当主。

 かつて戦場で負った傷により足を痛めてから、騎士としては一線から退いたものの、いまだ帝国軍に多大な発言力と影響力を持つ超大物です。


 そんな彼は現在、青い顔をうつむかせながら落ち着きなく紅茶の表面へと視線を注ぎ、しきりにハンカチで汗を拭っていました。


 このように、ソーディルさんが借りてきた猫のように畏まっているのには、致し方ない理由がありました。

 現在彼の正面のソファには、四人の人間が座って彼に視線を注いでいます。


 まず、おぞましい悪名が独り歩きしている魔術師であり、乳幼児にして男爵となった私。

 そしてソーディルさんがかつて家から、そして帝都から追い出した実の娘であるネルヴィアさん。

 さらに帝国騎士団の現団長にして、ソーディルさんの元上司でもあったというラートロムさん。

 極めつけに、帝国に三人しかいない魔導師にして、人類最強と噂されているらしいリュミーフォートさん。


 なんかもう……こっちが申し訳なくなるくらいの戦力偏差(オーバースペック)。とんだ圧迫面接です。

 言外に「お前、何を言いに来たかわかってるよな……?」と睨み付けつつ銃口を突きつけるような、脅迫的メンバーです。

 ……冗談抜きで、この四人ならちょっとした城くらい余裕で落とせそうな戦力ですからね。


 イメージ的には、ソファの反対側に戦車が数台、砲身をこちらへ向けてスタンバイしてるような状態。

 そんな兵器クラスの人間たちに、決して好意的でない理由により押しかけられているのです。

 ああ、見ているだけで胃が痛くなってきちゃいました。本人はこの数十倍痛いでしょうけど。


 本当は騎士団長だけついて来てくれればそれで良かったのですが、ベオラント城でたまたま出会ったリュミーフォートさんが、騎士団長と一緒にいる私にどこへ行くのか訊ねて来て、正直に事情を話したところ、


「同行するよ」


 とだけ言って、私たちの後をちょこちょこついて来てしまったのです。

 何を考えてるのかはわかりませんし、じつは何も考えていないのかもしれませんが、とにかく彼女の存在によって、この場の威圧感が数倍に膨れ上がっていることだけは確かです。


 さて、いつまでも黙っていては始まりません。

 そろそろ口火を切るとしましょうか。


「ネルヴィアさんを、おうちから……ていとから、おいだしたと ききました」


 私があまり感情を込めずにそう言うと、ソーディルさんは目を剥いて「ち、違う!」と慌てて反論してきました。


「そんな、つもりでは……この子の、ためだったのです……」

「ネルヴィアさんは、わたしのむらにきたとき、なきながら「すてられた」といっていました」

「……っ!!」


 ソーディルさんはそれを聞いて、とても悲壮な表情を浮かべました。

 その表情を見る限りでは、たしかに「そんなつもりではなかった」というような感情が窺えます。

 まぁ、もしかしたら「っべーわ……このままだと殺されるわマジで……っべーわ……」という悲壮感だったのかもしれませんが。


 そんな父親の様子を見て、さきほどから辛そうに唇を噛んでいたネルヴィアさんが、心配そうな表情を浮かべています。

 そもそもが優しすぎる彼女のことですからあまり心配はしていませんでしたが、やはり父親への情は薄れていないようです。

 例の一件までは、普通に仲の良い親子だったそうですしね。


 と、そこで騎士団長が「ソーディル」と穏やかな声色で呼びかけました。


「人は誰もがそれぞれに違う性格と価値観を持っている。どれだけ才能に恵まれていても、争い事には向かない子というのはいるものだろうに」

「し、しかし隊長……ああ、いえ、団長。このルナヴェント家に生まれた以上は、騎士としての生き様に殉ずるのが家訓なのです」

「だからと言って、なぜ帝都から追い出すのだ」

「追い出すだなんて、そんな……! これまでにも騎士修道会の試験に落ちた者はいます。しかし“勝てなかった”ならまだしも、この子のように“殺せなかった”ことが原因の場合、その後の本人の立場が危うくなるのです」


 たしかに、それはそうかもしれません。

 要するに戦う覚悟がないと見なされてしまうこともあるでしょうし、そうなれば閑職に追い込まれたり、悪くすれば戦場で使い捨てられてしまうかもしれません。

 それを避けるために、ソーディルさんは一時避難として帝都から適当な理由をつけてネルヴィアさんを遠ざけ、ほとぼりが冷めるのを待っていた……?


「勝手だね」


 ばっさりと、沈黙を貫いていたリュミーフォートさんが吐き捨てるように言いました。

 騎士団長のように気心が知れているわけでもなく、私のように立場が下のわけでもない、そんな彼女に敵意の籠った視線を向けられるのはかなり堪えたことでしょう。

 ひどく感情をそぎ落としたような声色で、リュミーフォートさんは淡々と彼を糾弾します。


「貴方はこの子(ネルヴィア)の未来を潰す害悪だね」

「なっ……そ、そんな……」

「騎士になることしか認めない。立派な騎士にならないと許さない。まるで呪いだね」

「ルナヴェント家は代々、そうしてきたのです! 優秀な騎士を育成し、輩出し、そして……」


 散々聞いたそのセリフを再び繰り返そうとしたソーディルさんを、リュミーフォートさんはほんの少し目を細めるだけで黙らせました。

 彼女が全身から発する怒気が、騎士団長を挟んでいる私にまでびしびしと伝わってきました。

 あ、あれを直接向けられたら、確かに黙るしかありません……。


「人間の未来は、その人間だけのものだよ。道を示すのはいい。導くのもいい。準備を整えてあげるのもいい。だけど他人が勝手に決めてしまったら、それはただの傲慢だよ」


 リュミーフォートさんはそう言いながら、チラリとネルヴィアさんを横目で窺います。

 そして少しだけ優しい声色になって、


「どんな道に進んで、どんな風に生きていくかは、本人が決めないといけないよ」


 彼女はそう締めくくると、言いたいことは言ったとばかりに再びソファに身体を沈めて、マントの中から取り出した果物を齧り始めました。


 リュミーフォートさんによって叩きのめされたソーディルさんは呆然としていて、それからゆっくりと視線を下げて、うな垂れてしまいました。

 彼なりに今の言葉を噛みしめて、反芻しているのでしょうか。


 私はそんな彼に、極力穏やかな声色を心掛けて話しかけました。


「じごほうこくになりますが、ネルヴィアさんは、まじゅつしであるわたしの、ちょくぞくのぶかとなります。“ていこくきしだん”でも、“きししゅうどうかい”でもありません」

「……伺っています」

「かのじょは、“よじゅうとうぞくだん”にも まったくおくすることなくたたかって、ねじふせました。じつりょくも、かくごもあります。ただ、やさしすぎただけ。そしてそれは、けってんなんかではないとおもいます」


 彼女は優しいですが、決して臆病ではありませんし、それに甘くもありません。

 いざとなれば盗賊の手足を斬りつけていましたし、一歩も引くことなく剣を打ち合って勇敢に戦っていました。

 もしもソーディルさんがそのことを誤解しているのであれば、その間違いはなんとしてでも正さなければならないと思ったのです。

 案の定、ソーディルさんは目を見開いて、ネルヴィアさんに意外そうな視線を送っていました。

 帝都では、夜獣盗賊団は私一人で壊滅させたみたいな扱いになっていますからね。


「ネルヴィアさんは、いちりゅうのきしです。わたしがほしょうしますし、そしてこれから、それをしょうめいしてみせます」


 私は身を乗り出し、ソーディルさんの目をまっすぐに見つめて言い放ちました。

 その宣言を聞いたソーディルさんはしばし沈黙して、それからなんとも言えない表情で、ネルヴィアさんを見つめました。


「……素晴らしい主人に仕えることは、騎士として最高の栄誉だ。ネリー、私の目が、そして判断が間違っていた。許してくれ……」

「……おとう、さま……」


 元々が涙脆いネルヴィアさんは、自分に頭を下げる父親の姿を見て、もう涙腺のタガが外れたとばかりに滂沱と涙を流していました。

 それでもしきりに涙を拭いながら、彼女は懸命に言葉を紡ぎます。


「わたっ……わたし、あの村に行けて、よかったって、思ってるんです……。セフィ様に、会えて……ぐすっ……それからっ、みんな、みんな素敵な人たちで……!」

「……お前はこんなにも、強かったのだな……。私は父親失格だ。騎士の道以外に進みたいと思ったのなら、いつでも言うといい。お前の未来を、全力で応援させてくれ」

「いいえ、騎士として、セフィ様にお仕えすることが……いまの、私の生きる意味です……!」

「……そうか。もしも、お前さえよければ……いつでも、この家に帰ってきてほしい」

「はいっ……!!」


 それから私とネルヴィアさんは、あの村でのいろんな出来事を話しました。

 ソーディルさんは終始興味深げに、穏やかで嬉しそうな笑みを絶やさずに聞いていました。

 この様子を見る限り、もう私が何かをしなくても、あとは親子同士で上手くやっていけそうですね。


 その後、しばらくして外の陽が傾いてきた頃、私たちはそろそろお(いとま)することにしました。

 騎士団長も魔導師様も、お忙しいでしょうしね。

 ネルヴィアさんはこのまま家に残っても良いと言ったのですが、昨日までと同様に、私とお兄ちゃんが借りている病院近くの宿屋に引き続き住むと言い張ったので、彼女の好きにさせることにしました。

 お兄ちゃんと二人っきりとか、自分でも何をしだすかわかりませんしね。


 そしてルナヴェント邸から発った私たちがベオラント城方面へと向かっている最中、齧っていたパンを丸呑みしたリュミーフォートさんが、マントの中から何かを取りだしてネルヴィアさんに差し出しました。


「あげる」


 それはどうやら、ロングソードみたいでした。いつもネルヴィアさんが腰に差しているものと、ほとんど長さは変わらないように見えます。

 ただし鞘の装飾や細工がかなり凝っていて、ひと目で高級品と分かるような代物でしたが。

 ……っていうか、それはどこから取り出したんですか? 絶対さっきまでマントの下にそんなの持ってませんでしたよね……?

 いきなり剣を差しだされて、「えっ、あのっ……!?」と狼狽えているネルヴィアさんに、騎士団長は「わっはっは!」と大きな声で笑って、


鍛錬(バルビュート)のユジャノン卿から剣を賜るなんて、騎士団隊長クラスでもまずないぞ? せっかくだ、ありがたく受け取っておくといい!」


 と、さらっととんでもない情報を補足する騎士団長。

 そんなに名誉なことなんだ、これ。……すごいなぁ、ネルヴィアさん。

 騎士団長の説明を聞いて、ますます顔を真っ赤にさせたり青ざめさせたりしていたネルヴィアさんでしたが、緊張でガチガチになりながらも、どうにか長剣を受け取りました。


「迅重猛剣フランページュ。傑作だよ」


 そう言って、ちょっと自慢気に胸を張るリュミーフォートさん。

 それから私の方を振り返った彼女は、私と目線を合わせるようにしてしゃがみこむと、


「応援してるよ」


 と言いながら、私の頭を撫で……


 ちょっ、なっ……ええっ!?


 リュミーフォートさんは私の目の前でしゃがみこんでいるため、私の位置からだとマントの中身が丸見えになっていました。


 あなた、そのマントの中、パンツしか身につけてないんですかっ!?

 し、しかも紐が……! 面積が……!!


 私の驚愕などまったく意に介さず、リュミーフォートさんはしれっと立ち上がると、そのままスタスタと先に進んで行ってしまいました。


 ……な、なんだか、知ってはならない秘密を知ってしまったような気がします……。



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