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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
35/284

0歳11ヶ月 6



 史上最年少……というか、乳幼児が授爵するという前代未聞の話題性もあって、私の叙爵式には多くの人たちが見物に集まったみたいでした。

 なんだか私のおぞましい異名や、決して穏やかでない『二つ名』が広まってしまったせいで、帝国上層部でもいろいろと物議を醸したそうですが……

 ともあれ、どうにか私は晴れて、貴族になることができたみたいです。


 ……ちなみにお母さんは意地でも式を見に来ると最後まで譲らず主張していましたが、またすぐに、今度は公爵位の叙爵式を見せてあげるから、と説得したところ、なんとか諦めてくれました。

 もしお母さんが式を見に来ていたら、周りがドン引きするくらい号泣しながら私の名前を叫ぶ様子が目に浮かぶようです。

 まぁ、その気持ちもわからないではありませんし……正直、悪い気はしませんけどね。

 でも背中の傷が開くくらいハッスルされては敵いませんので、今回は大人しくしていてもらいました。


 それにしても、生後十一ヵ月で男爵かぁ。

 神童でいられる七歳までに確固たる地位を確立するという私の目論見を考えれば、まずまずの滑り出しではないでしょうか。

 本当はもっと戦争の形勢が人族側に傾いて、勝利は目前という状況になってから授爵するつもりだったのですが、そう何もかも思い通りにはいかないようです。

 とはいえ貴族になったからといって、必ずしも危険な仕事ばかりさせられるというわけではないはずです。

 それに私が本格的に男爵としての仕事を回されるのは、私の“授乳”が終わる二ヶ月後ですしね。


 叙爵式が終わると、今度は帝国軍前線部隊上層部へのご挨拶が待っていました。


 騎士団の団長や隊長クラスの人たちや、私と同じ魔術師の人たちが、全体の約半数ほど集まってくれたそうです。

 戦時中なのにすごい出席率ですね……それだけ今回の授爵が普通ではないということでしょうか。

 ベオラント城内の会議室に集まった彼らを前にして、私は簡単なご挨拶をする運びとなりました。


「はじめまして、セフィリアともうします。まだ“じゃくはいもの”ですが、ていこくのため、みをとして せいしんせいい じんりょくいたします。いご、よろしくおねがいいたします」


 あまり舐められてもいけないと思ったので、なんだか赤ん坊らしからぬ言い回しになってしまいました。列席者の皆さんも、これにはかなり驚いていたようです。

 そしてもちろん、帝国のために身を賭して誠心誠意の尽力をするつもりなんて毛頭ありません。

 お国のために働いて死ぬなんてまっぴらです。家族を泣かせるくらいなら、敵前逃亡だって上等です。


 私の上っ面だけのご挨拶に、列席者から拍手が送られます。

 まぁ、まだ彼らの前でこれといった活躍をしたわけでもないですし……雰囲気に流されて拍手しているだけでしょう。

 私の授爵を決めたのは皇帝陛下ですしね。その決定に表立って反抗する気概のある人はいないようです。


 ……あ、いいえ。一人、あからさまなヤツがいますね。

 会議室の拍手がやむと同時に、“彼”は不愉快そうな表情を隠そうともせず、「はんっ」と聞こえよがしに鼻で笑いました。


「いつから帝国軍は、おままごと(・・・・・)を推奨するようになったんです?」


 彼のその言葉に、周囲の人たちはみんな一様に眉を顰めたり、視線を鋭くさせています。

 どうやら、いわゆる“問題児”みたいですね。


 彼は見た目それなりに若く、せいぜい二十代半ばといったところです。

 皇帝陛下と同年代、と言われれば軽んじることはできませんが、しかしそれでも、周囲の人たちに比べれば、明らかな若造です。

 服装や顔ぶれを見るに、おそらく彼が座っている席の辺りには魔術師が集まっているようなので、彼もそうなのでしょう。

 それゆえに、同じ魔術師というステージに赤ん坊が上がってきた事が耐えられない、といったところでしょうか。

 その青年は赤みがかった金髪をかき上げ、端正な顔立ちを挑発的に歪めながらこちらに視線を向けています。所作(しょさ)の端々に、いかにもプライドの高いお坊ちゃんといった感じが滲み出ています。

 『魔術師団長』だという三十代半ばの女性が、「口を慎みなさい、ボズラー」と厳しく咎めますが、しかしボズラーと呼ばれたその青年も譲りません。


「でも団長。帝国の民とか、他の国の奴らとかが、あのガキんちょを見てどう思うでしょうね? 帝国は大丈夫なのかって心配されるんじゃないですか?」

「セフィリア殿に実績と実力があることは、陛下がお認めになったことです。我々が口を挟むようなことではありません」

「ほら! つまり団長だって、自分の中では納得いってないんでしょう。陛下がお認めにならなかったら、こんなガキと同格扱いなんて我慢ならないってことだ。ましてや、『二つ名』まで賜ったそうじゃないですか。なにか裏があるんですよ、きっと」


 本人を前にしてここまでズバズバ言える心臓の強さは、なかなか感嘆に値するものがありますね。

 いえ、それほど彼のプライドには我慢ならなかったということでしょうか。

 私も逆の立場だったら、自分が長年努力して積み上げてきた立場の隣に、いきなり赤ん坊が座っていたら、思う所がないでもありませんし。

 それに私と同じことをお爺ちゃん魔術師がやっても、ここまで評価はされなかったでしょう。私が陛下に面白がられたのは、私が赤ん坊だから。つまり『神童』として扱われているからです。

 魔術師団長も、彼の言い分に内心では共感しているのでしょうか。続く言葉を継げずにいます。……呆れて声も出ないだけかもしれませんが。

 ここに魔導師様の三人がいたなら、どんな顔をしていたのでしょうか。


 陛下の勅命という理性と、自分たちの感情。どちらかを優先させなければならず、どちらかは抑え込まなければならない。魔術師団長とボズラーさんの違いは、その優先度の違いだけ。

 つまり、私はここにいる大多数の人たち……特に魔術師たちには認められていないのです。


 ……うん、まぁ、正直どうでもいいんですが。


 認められなければどうなるわけでもありませんし、実力を軽視されていれば、より簡単な仕事が回されるでしょう。私にとっても悪い話ではありません。

 それに、ボズラーさんの言った「なにか裏がある」という言葉は、なかなか鋭いところを突いています。

 皇帝陛下も宰相殿も魔導師様たちも口には出しませんでしたが、結局のところ、この魔術師の授爵システムには帝国の思惑が大いに絡んでいるのでしょうから。


 なので私は、この舐められたままのお飾り魔法乳幼児として窓際族にフェードアウトしようと思っていたのですが……


「おい、ガキんちょ。お前もなんか言ったらどうなんだよ」


 そう言ってニヤニヤと嗤うボズラーさんが私に発言を促してくれたことで、私は期せずしてこの場における議論の主導権を握ることができました。

 私には、ボズラーさんとの関係性を良いものにしようとか、そういった考えは全くありません。なのでここで彼に対しておべっかを使う意味も、もちろん皆無です。


 それよりも、私はこの騎士団と魔術師団の幹部たちの中に、私を好意的に見ている人間がどの程度いるのかを確かめる良い機会なのではないかと考えました。

 私は魔術師になったばかり、貴族になったばかりで、右も左もわかりません。いざとなったときに誰も頼れないという状況は、あまりよろしくないでしょう。

 魔導師様たちは各地を飛び回っているそうで多忙みたいですし、皇帝陛下や宰相殿とはあまりお目通りがかなわないでしょうし。


 ここで一人か二人、信頼できる有力者とのコネクションを築いておくのも、将来の地位を盤石なものとする上で悪くない一手となるはずです。

 ……それに私は、ネルヴィアさんの置かれている立場に関して手を打とうとも考えていました。そしてそのためには、それなり以上の実績を持った騎士とのコネクションが欲しいと思っていたところでもあったのです。

 これはまさしく、"渡りに船”といった状況でした。


 さて……そのためには、ここでちょっと皆さんの印象に残るようなことを言って、今後も付き合っていきたい相手だと思われたいものですね。

 幸いにもボズラーさんは"問題児"。彼の振る舞いに悪感情を抱いている人も、少なからずいることでしょう。

 だから彼と少しくらい対立したって、私の心証もそこまで悪化はしないはず。


 意地の悪い笑みを浮かべているボズラーさんへ視線を向けて、私はちろりと唇を舐めました。



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