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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
34/284

0歳11ヶ月 5



「だからね、もっとおねーちゃんには“せつど”をもってもらわないと!」

「は、はぁ……」


 私は病院の廊下を歩きながら、果物の詰め合わせを抱えたネルヴィアさんの隣をトテトテと歩いていました。

 そしてお母さんの病室までの道すがら、ネルヴィアさんに節度や自制心の大切さを得々と説いてあげたのです。

 すべては、ネルヴィアさんが第二の狂信者(バシュハル)と化さないために!


「こんどから、むやみにだきついたり、なまえをさけんだり、やたらとしんぱいしたりしないように! いいね、おねーちゃん?」

「は、はい……気をつけます」


 私に怒られてシュンとしてしまうネルヴィアさんを見て、ちょっと可哀想になってしまいますが……これも彼女のためです。

 ここは心を鬼にしなければなりません!


 それと同時に、私も彼女の模範となれるよう、節度や自制心を持って日々を過ごすことを心に決めました!


「あっ、セフィ」


 お母さんの病室近くのトイレから、お兄ちゃんが出てきました。




「おにいちゃんっ!!」




 視覚情報が脳へと届けられるよりも早く、私の身体はお兄ちゃんの胸に飛び込んでいました。

 お兄ちゃんの「うわぁ!?」という声を聞きながら、私はお兄ちゃんの身体に異状がないかを確認します。


「おにーちゃん!! だいじょうぶ!? へんなひとに、こえをかけられなかった!? あぶないことはなかった!? いやなことされてない!?」

「お、おちつけってセフィ! だいじょうぶだから、ちょっとはなせって!」


 そう言って、「まったく……」と照れくさそうにそっぽを向くお兄ちゃん。

 しかしすぐにお兄ちゃんは私の頭を撫でて、「でも、しんぱいしてくれて、ありがとな」と呟きました。


 ううっ……!? このちょっと突き放してからデレる高等テク……!

 お兄ちゃんが将来、女泣かせになっちゃわないか心配です。

 たびたび自分の外見を悪用している私が言えたことではありませんが。


 でも、あの一件以来、どこにいたってお兄ちゃんとお母さんのことが心配で仕方がないんです。

 いつ、どこに危険があるかわかりません。

 失われた命は、何があったって元には戻らないのです。心配し過ぎるってことはありません。

 私がお兄ちゃんの手を固く握って離さずにいると、お兄ちゃんは優しい表情で「だいじょうぶだよ」と言ってくれます。

 それでもやっぱり、あの夜の恐怖はそう簡単に薄れはしないようです。


 ふと振り返ると、ネルヴィアさんが複雑そうな表情で、ほっぺを膨らませていました。

 ネルヴィアさん? どうかしましたか?

 ん? そういえばさっき、何かをネルヴィアさんに言って、私も何かを決意していたような……なんだっけ?


 まぁ、思い出せないということは大したことではないのでしょう。

 私はお兄ちゃんが開けてくれた扉から、お母さんの病室へと足を踏み入れました。


「……セフィ!」


 患者服を身にまとったお母さんが、私の顔を見るなり嬉しそうな顔を浮かべます。

 とはいえ背中の傷が開くといけませんから、仰向けでベッドに横たわったままですけど。

 背中を怪我したのだからうつ伏せで寝るものなのかと思っていましたが、必ずしもそういうわけではないようです。

 お母さんに痛くはないのかと聞いたところ、村では薄い布で寝ていたので、ベッドはとても柔らかくて痛くもないし快適だと笑っていました。


 ……でも、患者服の隙間から見える包帯を見る度に、私はいつも泣きそうになってしまいます。


 お兄ちゃんとお母さんをちゃんと守れなかったショックによって、村で塞ぎこんでいた時ほどではないにしても……やはり私の心に刻まれた傷は、簡単には癒えないようです。

 ううん、癒えてはいけないのです。

 ずっと胸に抱えて、心に戒めて、同じ過ちを二度と繰り返さないようにしなければなりません。


 つい私の表情が強張っていたのか、お兄ちゃんが私の肩を抱き寄せてくれました。

 それで、ちょっとだけ重たい心が安らいだような気がします。


 ネルヴィアさんに持ち上げてもらって、私はお母さんのベッドに登りました。下からだとお母さんの顔さえよく見えませんからね。

 私の顔を見て穏やかに微笑むお母さん。その隣に添い寝して、私はお母さんが気になっているであろうことを報告します。


「おかーさん。わたし、もうすぐ“だんしゃく”になるみたい。……よろこんでくれる?」

「もちろんよ! 私の子が男爵様なんて、こんなに誇らしいことはないわ」

「……えへへ。まじゅつしさまにもなっちゃったけど、ほんかくてきに ていとではたらきはじめるのは、にかげつごからなんだって」

「そう……」


 さすがに私が帝都で働き始めるということには、お母さんは表情を曇らせます。

 戦時中の貴族の仕事と言えば、最前線で戦うことですからね……。母親としては複雑でしょう。


 でも大丈夫だよお母さん! あの手この手を駆使して、全力で働かないように頑張るから!

 高貴さの強いる義務ノブレス・オブリージュ? はぁん? 知りませんな。

 世の中は綺麗ごとだけじゃ渡って行けないのですよ! 死んで花実が咲くものか! 命あっての物種です!


 私は前世で、文字通り死ぬほど(・・・・)働いたんです。

 もう働いて死ぬのは勘弁なんです。


 だからお母さん、安心してね。

 この世界では、お母さんを残して死んだりしないから。

 家族を泣かせたりなんて、絶対、しないからね。



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