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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
32/284

0歳11ヶ月 3 ―――三つの質問



「ん~、そうは言ってもねぇん……」


 オシャレ仁王像(マグカルオ)さんは、顎に人差し指をあてながら体をくねらせて、困ったような表情を浮かべます。


「アタシたち、この子のこと、まだほっとんど知らないわよぉ? せいぜい、村を襲ってきた盗賊を残忍な方法で虐殺した『鮮血の処刑人』って兵士たちに噂されてるのを聞いたくらいだし」


 鮮血の処刑人!?


「あら? 私が軍医たちから聞いたのは『白金色の悪夢』だったわよ?」


 白金色の悪夢!!?


 私が近衛兵さんたちにキッと視線を向けると、全員一斉に私から目を逸らしました。おい、あっち向いてホイやってるんじゃないだぞ!

 マグカルオさんとプチショートケーキ(ルルー)さんがさらっと口にした地獄的な異名に、私は戦慄しました。

 軍医経由ってことは、多分あの盗賊たちを治療した人たちが言ってたんだ……おそらく出所は私が最初に処刑……げふんげふん、捕縛したラバリットとかいう盗賊でしょうか。

 そして多分鮮血とかいう異名は、私の家が天井から床まで血染めになってしまっていたことが由来でしょう。あれは現場検証させられてた兵士が泣いてましたもん……


 と、とにかく今の私の心証が、魔導師様たちを含め帝都全員から悪いというのはわかりました。

 このままだと私は人格異常(サイコパス)魔術師として酷い待遇が約束されてしまいます!


 私は「で、では……!」と勇気を振り絞って提案しました。


「わたしにそれぞれ、ひとつずつ、しつもんをするというのは……どうでしょうか」


 その私の提案に、皇帝陛下は「ほう」と一つ唸って、ニヤリと笑いました。


「よかろう。では―――誰でもいい、この幼き悪夢の処刑人に質問をせよ」


 ちょっと! それだと質問しづらいでしょ陛下!!

 心なしか「悪夢の処刑人」ってところで噴き出しそうになってましたし! この人かなりドSだよ!!

 あと、ただでさえ心外な異名の悪いところ同士をくっつけないでください! エグさが増してるから!


 私が引きつった笑顔の裏で陛下を睨んでいると、背後から「質問」と呆気ない声が響きました。

 振り返ると、あまり何も考えてなさそうな目をしたハラペコ猫(リュミーフォート)さんが褐色の腕を挙げていました。

 陛下が「()い」と発言を許すと、リュミーフォートさんは八重歯の覗く口を開きます。


「どうして盗賊を殺さなかったの」


 それは何気ない質問のようでいて、かなり核心に迫った鋭い質問でした。

 思わず背中に嫌な汗をかきながら、私はどう答えたものかと熟考します。


 あれだけ悲惨な目に遭わせることができるのなら、いっそ殺してしまう方が楽でしょう。

 特に一番最初の盗賊は、『注射針(メディカルライフル)』で手足を撃ち抜くくらいなら、頭部を狙えば一発だったはずです。

 魔力だって無限ではないのですから、合理的に考えれば四発も撃って動きを封じるメリットは小さいはずです。


 それに村と帝都までは馬車で三日の距離です。鳩を飛ばしたとはいえ、帝都の兵士が村に到着したのは事件から三日と半日後でした。

 ただでさえ余裕のない貧困な村で、村を襲った盗賊たち六人の食事を賄うのは普通ありえません。

 盗賊を生かしておくメリットなんてありませんし、殺しても罪には問われないのですから。


 ではなぜ殺さなかったのか?


「……おにーちゃんとの、やくそくです」


 私の答えに、リュミーフォートさんは小首を傾げました。

 私は回答の補足説明を加えます。


「わたしは、おかーさんとおにーちゃんがころされかけて、とーぞくをころそうとしました。でも、おにーちゃんと『まほうでひとはころさない』とやくそくをしてて、おにーちゃんがとめてくれたんです」

「止められなかったら?」

「たぶん、もっとひどい“いみょう”がついてました」


 左右に並ぶ近衛兵さんたちが、ちょっとざわつきます。「あれ以上……!?」とか言わないのっ!


 リュミーフォートさんは少し考えてから、


「じゃあ魔物は殺すの」


 この質問は、私が軍事的に利用価値のある存在かを問うているものでしょう。

 そういう意味では当然ながら「殺さない」一択ですが、しかしそれ以前にお兄ちゃんとの約束があるので、やっぱり答えは一つです。

 お兄ちゃんは相手が人間だから殺すなと言ったわけではないと思います。

 “濡れぬ先こそ露をも厭え”……一度でも生き物を殺せば、きっと決定的な(タガ)が外れてしまうでしょう。

 ……それは、対象が人間でも魔物でも同じこと。


「ころさないです。たとえ、こうていへいかの、ごめいれいでも」


 私は皇帝陛下の目をまっすぐに見つめて、そう宣言しました。

 不思議なことに、射抜くような黄金の瞳にも、まったく物怖じしませんでした。


「……了解だよ」


 そう言いながら、リュミーフォートさんが一歩後ろに下がりました。 

 どうやら彼女の質問は終わったようです。


「なら次は、私ね」


 続いてルルーさんが真っ赤なロリータ靴をカツンと響かせて、一歩前に出ました。

 陛下が黙って頷くのを見て、ルルーさんはちっちゃな桃色の唇を開きます。


「アンタが今までで一番後悔していることを教えなさい。もちろん、正直にね」


 ……なんだか就活中の採用面接みたいな質問ですね。胃が痛くなってきました。

 しかしこれは単純に私の人間性を知ろうという意図の質問でしょうから、少しは気楽に答えられます。


 正直に、私が一番後悔していることは……やはり、あの夜のことでしょう。


「わたしのせいで、むらが、とーぞくにおそわれたことです」


 私の言葉に、ルルーさんは眉を顰めながら「どういうこと?」と続きを促しました。


「わたしが、ネルヴィアおねーちゃんみたいに、とーぞくはいるんだって、かんがえなかったから……わたしが、いちばんかんがえなくちゃいけなかったはずなのに……」

「どうして赤ん坊のアンタが?」

「わたしなら、とーぞくをどうにかするほうほうなんて、いくらでもかんがえられました。まほうも、ちえも、あったはずなんです。なのに、わたしは、なんにもしませんでした」

「だから、盗賊に村を襲われたのは、アンタのせいだっていうの?」

「……はい」


 これは私の正直な、率直な気持ちでした。

 私なら事前にどうとでもできたはずのことでした。仮に完全には防げなくとも、何も準備もしていなかった今回に比べれば、いくらでも状況は好転していたはずです。

 ネルヴィアさんが傷つきながら時間を稼ぐ必要もなかったかもしれません、お母さんや村長が大怪我を負うこともなかったかもしれません。

 ……あの後、私は自己嫌悪でお父さんの部屋に閉じこもってしまいました。


「もういいわ。次、マグカルオ」


 あまり望んでいた答えではなかったのか、ルルーさんはとても不機嫌そうな顔で投げやりにマグカルオさんへとパスしました。

 そしてそんな彼女のことを、マグカルオさんはなぜかとても優しげな表情で一瞥した後、一歩前へと踏み出しました。足デカっ……!


「はぁい、じゃあアタシの番ね。これ、本当ならいつもヴェル様が訊くことなんだけど、もうアタシが訊いちゃうわねん♪」


 マグカルオさんのその言葉に、皇帝陛下は目を丸くしました。

 それから、リュミーフォートさんとルルーさんも、マグカルオさんの顔を驚いて見上げます。

 えっ、何? 何の質問なんですか?

 近衛兵さんたちまでざわつく中で、マグカルオさんはその質問を口にしました。


「魔術師になったら、ヴェル様の名義で直属の部下を与えてもらえるんだけど……そうなったら何人欲しいかしらん?」


 直属の部下?

 それって、作戦行動とかを共にする部下って事でしょうか。

 それとも普段の雑務とかをやってくれる秘書みたいな人でしょうか。

 うーん、部下っていうくらいですから、貴族としての魔術師ではなくて、軍人としての魔術師の部下でしょう。

 となると、複数の作戦で運用できる部下。それも魔術師は少ないから、兵士や騎士のはず。


「……どういう にんむがあって、どんなてきとたたかうんですか?」

「大体は侵攻してくる魔物の撃退か、魔物の根城の攻略ねぇ。腕の立つ騎士が一人いれば、オークくらいなら一人で倒せるかもしれないわねん」


 オーク一人につき、優秀な騎士が一人……?

 しかも倒せるかもしれないって、じゃあ負けて死ぬかもしれないってことですか?


 …………。




「えっと……じゃあ、いらないです。もしやるなら、ひとりでやります」




 私がそう答えると、謁見の間は水を打ったような静寂に包まれました。


 ……えっ!? や、やばい! やらかしたっ!?


 私がブワっと大量の汗をかいて、心臓がヤバいビートを刻み始めた……その時。



「あっはははははははっ!!!」



 突然、マグカルオさんが腹を抱えて笑い始めました。

 見れば、その隣のルルーさんも口元に手を当ててクスクスと笑っていましたし、リュミーフォートさんはなぜか私たちに背中を向けていましたが、よく見れば肩を震わせていました。

 そして対照的に、玉座に腰掛けていた皇帝陛下は頭を抱えるようにしてうな垂れており、その隣でセルラード宰相が「……やれやれ」みたいに首を振っていました。


 マグカルオさんはじつに嬉しそうにしながら私の頭をやさしく撫でると、


「合格! 合格よぉアナタ! 素晴らしい逸材だわぁん♪」


 なんてことを言いだしました。

 私が状況を全く掴めずに困惑していると、まだちょっとおかしそうに笑っているルルーさんが説明をしてくれました。


「陛下は過保護だから、気に入った人とか貴重な人材には、とにかくたくさん部下をつけたがるのよ。それで普通の魔術師たちは多くの部下を抱えてるんだけど……」


 ルルーさんは、マグカルオさんとリュミーフォートさんへチラリと視線を走らせて、


「のちに『魔導師』となった私たち三人は全員、「部下とか邪魔だからいらない」って答えたの」


 そう言って再びクスクスと笑いだすルルーさんに、皇帝陛下が深々と溜息を吐きました。


「貴様ら……余の好意を(ことごと)無碍(むげ)にしおって……」


 玉座で凹んでる皇帝陛下を見ていると、ちょっと気の毒になってしまいました。

 えっと、五百人とか答えた方が良かったのでしょうか? でもほんとに邪魔だしなぁ。

 あ、そうだ!


「あ、あの……それなら、ネルヴィアおねーちゃんが、ぶかにほしいかなぁ……なんて……」


 私がささやかなフォローのつもりで提言すると、皇帝陛下はますます凹んで沈み込んでしまいました。あ、あれっ!? なんでぇ!?

 どうやら一国の皇帝が赤ん坊に気を遣われたのが堪えたらしく、魔導師様の三人もその光景にかなり笑っていました。


 そんなわけで私はその後、『魔術師』の称号と、男爵位。それからほとんど魔導師への内定みたいなものと、早くも『二つ名』を下賜(プレゼント)されたのでした。


 ……そこはかとなく、私に与えられた『二つ名』に皇帝陛下からのささやかな意趣晴らし(しかえし)を感じましたがね……。



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