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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
最終章 【大陸決戦】
282/284

2歳7ヶ月 2 ――― 怪物の生る樹



 エルフの里から出て、森の中を歩き続けること暫し。なんとなく森の中の雰囲気が変わったような気がして、私はふと顔を上げました。

 そんな私の反応に気が付いたのか、ケイリスくんが「植生(しょくせい)が少し変わりましたね」と遠回しに説明をしてくれます。さすがはデキる執事。


 するとそんな私たちのやり取りを聞いていたルルーさんが、『執事ロヴェロ』に扮していた姿をやめて、本来のショートケーキ風な甘ロリファッションに戻りながら補足してくれました。


「植物の種類が変わったというよりは、神樹の魔力の影響を受けて突然変異を起こしているという方が正確ね。ほら、ちょうど今のセフィリアみたいなものなんじゃない?」


 なんか植物と同列で語られるのは釈然としませんが、まぁ言わんとしていることは分かります。

 私が魔力過多の影響で視力を失いつつあるのと同じように、植物も長い年月をかけて過剰な魔力を浴び続けた影響で、その生態に異常を来たしているということでしょう。


「ということは、もうすぐ……?」

「ええ、『神樹跡』が近づいて来たってことね」


 私の問いに頷いたルルーさんが、なんとも言えない表情で「またここに戻ってくるなんてね……」と呟きました。

 神樹跡が近いのなら、そろそろルルーさんに詳しい情報を聞いておいた方が良いでしょうか。魔神の渦(ルミニテ)の門番は、人知を超えた術式で侵入者を阻んでくるので危険ですからね。


 と、そんなことを思って口を開きかけた私は、そそくさとこちらに近づいてくるソティちゃんに気が付きました。

 そして私を抱いて歩くルローラちゃんの隣に並ぶと、ソティちゃんは他の人にはあまり聞こえないような声量で私に囁いてきます。


「……ねぇ、セフィリアちゃん。ほんとに、その……過去に戻る術式を探すつもりなの?」

「え? うん、そうだね。こそこそにげるロクスウォードをたたきつぶしには、それがいちばんてっとりばやいとおもうし」


 私が間髪入れずにそう答えると、ソティちゃんはなんだか気まずそうに目を逸らし、何かを言いかけて、それを思いとどまって、最終的に「うぅ~~~!」と頭を抱えてしまいました。

 そういえば今回の作戦が立案されたとき、ソティちゃんだけは賛成せずに微妙な表情を浮かべているばかりだったように思います。

 かといって表立って反対意見を出すでもなく、同行を拒否するわけでもなくこうして付いて来てくれていたので、消極的に賛成しているのかと楽観的に考えていましたが……そういうわけでもなさそうです。


「なにか、きになることでもあるの?」

「ええっと……セフィリアちゃんは、『タイムパラドックス』って言って……いや、さすがに通じないか。ええっと……」

「タイムパラドックス? それならわかるけど」

「えっ……!」


 私がタイムパラドックスという概念を知っていることに、ソティちゃんは非常に驚いた反応を見せました。

 しかし驚いたのは私の方も同じです。どうして彼女がそんなSFチックな知識を有しているのでしょうか? 相変わらず謎な少女です。


「し、知ってるのなら話は早いけど、過去に戻るっていうのはかなり大きなリスクを伴う……と思うんだよ。仮にロクスウォードを過去で始末したとして、そしたらロクスウォードの存在を知らないセフィリアちゃんは過去に戻らないから、どんなことが起きるのかわからないでしょ? 今更だけど、ちょっと過去に戻るのはやめた方が良いんじゃないかなぁ……なんて」

「……」


 ソティちゃんの言うことは、なるほどごもっともです。この世界の人間にそんな高次元の指摘をされるとは思いませんでしたが、その指摘は的を射ていると言っていいでしょう。

 しかし私が気になったのはそこではなく、もっと根本的な部分でした。


「まるで、『過去に戻る術式』がみつかることは、だいぜんていとしてしゃべってるね? わたしたちはそれがそんざいするのか、しないのかをたしかめるために、こうしてここをおとずれているのに」


 私の探るような指摘に、ソティちゃんは一瞬だけ表情を硬直させて、ゆっくりと私から視線を逸らしながらいつも通りの声色で答えます。


「ううん、そんなつもりじゃなかったんだけど。もし術式が存在したとしても、使うのが危ないのなら、探す意味もないんじゃないかなぁって。ほら、魔神の渦(ルミニテ)って危険だし」

「それでもそんざいするのなら、きりふだとしててにいれておくことに、そんはないんじゃないかな?」

「…………うん、そうだね」


 かなり歯切れ悪く頷いたソティちゃんに、私はなんとなく言い知れない違和感のようなものを感じていました。

 まるでその術式が有用ではないと知っているかのような、その態度は気にかかります。


 私が彼女の考えていることをハッキリさせようと思い、私を抱いているルローラちゃんに視線を向けると……ソティちゃんは突然慌てたように「じ、じつはね!」と大きめの声を発しました。


「私のお……魔法の師匠がね、似たような術式を知ってたの! 私は教えてもらえてないんだけど! でも師匠が言うには、『過去に行くことはできる。ただし過去は決して変えられない』って言ってて……だから過去の改変は無暗に手を出していいものじゃないんだってさ」


 ソティちゃんの言うことが本当なら、たとえ過去に行く術式が発見されたとしても、それを使用することは多大なリスクを背負うわりに、そのメリットは限りなくゼロに等しいということになります。

 ならばソティちゃんがここで私たちを引き留めることには納得ですし、私も同意見です。


 しかし……


「ソティちゃんの、おししょうさまって、なにものなの……?」

「うっ……」


 結局そこなのです。過去に戻ることができるほどの凄腕魔術師ならば、大陸中に名を轟かせていてもおかしくはないでしょう。いえ、たとえ別大陸に住んでいたとしても噂が伝わってくるほどの有名人であるはず。


 ソティちゃんの言葉を信じるには、まずそのお師匠様とやらが信用に足るほどの魔術師である根拠が欲しいところです。

 でなければ、帝国魔導師ですらよくわからない術式を知っているなどとは……少々、信憑性に欠けるというものでしょう。


 私の疑惑の視線にたじろいだソティちゃんが、それでも私の目をまっすぐ見て、迷いのない口調で言い放ちます。


「私の師匠は……有史以来、最強最高の魔法使いだよ。たとえ今のセフィリアちゃんが全力を出しても、絶対に勝てない。知識でも実力でも、遠く及ばないと確信を持って言える」

「……そんなに?」


 自惚れるわけではありませんが、私が本気で戦えば大抵の敵は完封することができると思っています。私の知らない未知の能力で初見殺しをされたらどうしようもありませんが、手段を選ばなければ大陸ごと沈めることだってできるでしょう。

 しかしソティちゃんはそれでも、確信をもってその師匠とやらのほうが強いで言っています。それには相応の根拠があるのでしょう。


「知らないとは思うけど、師匠は『夜天の魔女』とか呼ばれていて、『夜』を召喚して敵を葬り去る無敵の能力がある。……それを使わなくたって、あらゆる魔法を()っていて、あらゆる魔法を使いこなす、全知全能の反則生命体なの。その師匠が無理っていうんだから、過去の改変は無理なんだよ!」


 ソティちゃんの口ぶりには若干身内の贔屓目みたいなものを感じないでもありませんが、しかしこれまで私と一緒に行動して、私がこれまで上げてきた功績も全部ではないにせよ知っているはずのソティちゃんが、ここまで言うのです。本当に私とその師匠が戦ったら、私に勝機はないのかもしれません。

 ……っていうか『夜を召喚』ってなに? 意味不明すぎるんですけど。


 私がそんな的外れなことを考えていると、そこで近くにいたルルーさんが話に割り込んできます。


「ちょっと、ソティ。いいかしら?」

「あ、はい……なんでしょう」

「アンタ、そこまでの確信をもって過去に戻る術式が無意味だと考えてるのに、どうして帝都で話し合ってた時に言わなかったのよ」

「うっ……! そ、それは……その、不用意なことを言いたくなかったというか……」


 急に歯切れが悪くなって焦り出すソティちゃんに、ルルーさんが厳しい視線を向けた……その時。


 突然ルルーさんがその場から一瞬で消え去ると、次の瞬間には私たちが歩いて向かっていた進行方向から、ドサリと重いものが落下するような音が響きます。

 音源へ視線を向けると、そこにはルルーさんの後ろ姿と、それからバラバラになった巨大な木片? のようなものが散らばっていました。


「おかしいわね……まだ『神樹跡』にも着いてないのに、『山羊(メム)』が現れるだなんて」


 山羊(メム)……? それって神樹跡に出て来るっていう、侵入者に襲い掛かる怪物でしたよね?

 ルルーさんの足元に転がっている木片は、なるほど樹木や蔦などで無理やり動物を形成したら、こんな感じになるのかもしれないといった風貌です。というかバラバラに切り刻まれているのに、ちょっとウネウネ動いてて気持ち悪い! まだ生きてるの!?

 青黒い蔦や枝が触手のようで、おぞましいデザインをしています。


「ここはまだ『神樹跡』ではないんですか?」

「ええ。見たらわかるくらい普通の森とは明らかに違うから、着けばさすがに気が付くわよ。……だけど本来なら山羊(メム)は神樹跡に足を踏み入れてから出現するはずなのに、こんなに離れた場所から出現し始めるのはおかしいわ」


 ルルーさんの怪訝そうな表情と説明に、私は「まさか……」と表情を引きつらせます。

 そんな私と同じ結論に至ったのか、ルルーさんとルローラちゃんも表情を強張らせました。


「すでに()()がいるってわけ?」


 どうやら今回の作戦も、平穏無事には終わりそうもないようです。

 何が起こっているのかは見当もつきませんが、とにかく急いだほうが良いかもしれません。


 私がルローラちゃんの肩越しに後ろを振り返ると、私の家族たちが真剣な表情で頷きを返してくれます。

 それだけで意思の疎通を済ませた私たちは、ルルーさんを先頭にして深い森の中を駆け抜けていくのでした。




 ・・・・・・




 『神樹跡』に着けばすぐにわかると言ったルルーさんの言葉は、なるほどよくわかりました。


 そこは、およそ五、六メートルほどの黒々とした『段差』の上に広がる森でした。

 段差の側面に杭のようなものが一定間隔で打ち付けられており、それを階段のように登っていくことで『段差』の上にあがることができるようです。


 ここにたどり着くまでに二十体ほどの山羊(メム)を切り刻んでくれたルルーさんが、前方を指さして私たちを振り返ります。


「あの黒いのが『神樹』よ。見てのとおり、もう原形を保っていないけどね」

「くろいの? ええっと……」


 どこまで続いているのかわからない、黒くて高い段差。そしてその上に生える不気味なほどに捻じくれた木々……

 どこにも神樹っぽいものは見当たりませんが、どれのことでしょうか?


 私が不思議そうにしているのを見たルルーさんが、困ったように肩をすくめます。


「だから、アレよアレ。あそこにある黒い壁みたいな段差。アレが神樹の切り株なのよ」

「ええっ!?」


 ルルーさんとルローラちゃん以外の、私を含めた全員が驚きの表情を浮かべました。

 あの段差が切り株……? 見通す限りどこまで続いているのかわからないほど超巨大な段差は、それが一つの生物であると認識するのには無理があるサイズ感です。

 なぜ神樹()などと呼ばれているのかはなんとなくわかりましたが、あれが切り株だと言うのなら、それこそあれが一本の樹だった頃は、いったいどれほど巨大だったのでしょうか? 頂点が雲より低いということはなかったはずです。


「あの切り株に足を踏み入れた瞬間から、神樹はその生物の魔力を吸い取って養分に変えて、山羊(メム)を生み出すのよ。だから山羊(メム)の質や量は、ここを訪れた者の力量に比例する」

「ええっと、もしかして……?」


 その不穏な説明に私が青褪めると、ルルーさんは苦笑しながら私の懸念に肯定を示しました。


「このメンバーで乗り込んだ時、どんな恐ろしい地獄絵図になるかは想像もできないわ。生まれ落ちた山羊(メム)は暴れ回るわよ。覚悟しなさい」


 そう言うが早いか、ルルーさんはさっさと神樹へ近づいて行って、巨大な切り株に打ち込まれた杭を階段代わりに登って行ってしまいました。


 不安そうな表情で顔を見合わせた私たちですが、いつまでもここで足踏みをしているわけにはいきません。

 私たちはルルーさんに続く形で、階段状になった杭に恐る恐る足をかけて登っていきます。


 まずネルヴィアさんが先頭を歩き、それにケイリスくんとレジィが続きました。

 少し離れたところからその様子を見ていた私は、切り株の上に生えている捻じ曲がった不気味な木々から、果実のようなものがグジュグジュと急激に生み出され、落下していくのを目にします。

 そして果実を内側から突き破るかのように青黒い触手じみた蔦か根のようなものが伸び、瞬く間に体高二メートルほどの不気味な動物―――山羊(メム)に姿を変えました。


 体表は不気味に蠢く繊維のようなものに覆われていて、それは動物の毛皮のようにも、あるいは毛羽立つ植物の根っこのようにも見えます。

 見たところ顔や頭部らしい部位は存在しているようには見えず、代わりに目や口のようにも見える粗雑な亀裂が、さながら瞬きや咀嚼をするかのようにパクパクと開閉しているさまは、見ていると頭がおかしくなりそうな光景でした。

 族長さんは「不気味な動物のようなもの」と言っていましたが、私が見る限りソレはどんな動物にも似通っていない、どう説明したら良いものか悩んでしまうような造形をしていました。


 そのおぞましい姿を見たネルヴィアさんが思わず後ずさる中、ケイリスくんも神樹の切り株に足を踏み入れます。すると小さな果実が一つ実っただけで、そこから現れた不気味な山羊(メム)もかなり小さなものでした。ケイリスくんは戦闘要員じゃありませんしね。

 レジィがケイリスくんに続いて神樹に足を踏み込むと、十数個の果実が実って大きな山羊(メム)が現れています。


 そしてリュミーフォートさんとソティちゃんが神樹跡へ同時に踏み込んだ途端、見渡せる範囲に存在するすべての捻じくれた樹木から、数え切れないほどの果実が実って落ちました。どうやらこの現象は、空中を移動していても回避は不可能みたいです。

 そこから発生した山羊(メム)は体高五メートルを優に超え、編み込むように絡まりあった触手ははち切れんばかり筋肉を思わせます。さすがに最高クラスの魔術師から生まれた山羊(メム)は、見るからに強そうですね。


「……さて、ゆーしゃ様はどうなっちゃうことやら」


 神樹跡から少し離れた空中にグラムで浮かんでいた私とルローラちゃんは、げんなりしながらも神樹へと近づいていきます。

 同じ魔導師であるリュミーフォートさんが無数の山羊(メム)を生み出してしまったところに、私まで乗り込んだら収集が付かなくなってしまうのではないかという懸念はありました。

 とはいえ獣王の陵墓の無限ループ地獄みたいな罠があったら、私がいないと大変なことになるかもしれません。ここで私だけ外から高みの見物というわけにもいきません。


 渋々覚悟を決めた私が神樹跡へ近づくと、まだ私は神樹の切り株に降り立ってもいないのに、捻じくれた黒い木々がまるで狂乱するかのように暴れ出しました。

 その異様な状況に思わずグラムを停止させた私でしたが、苦痛にのたうち回るみたいに暴れる黒い樹木の全体から、アンバランスなほどに巨大な果実が生まれていきます。その大きさは、果実だけで三メートルを超えていました。


 そして黒い木々の枝が果実の重みに耐えきれずにへし折れたところで、青黒い触手が果実を突き破り山羊(メム)の姿を形作っていきます。

 しかし、その姿は……


「嘘……こんなにおっきいの、見たことない……」


 私を抱えるルローラちゃんが、うわごとのようにそう呟くのを聞きながら、私は顔を引きつらせます。

 私の魔力を吸って生み出された山羊(メム)は、平均でも体高十メートル。果実を生み出す捻じくれた黒い木々すらも踏み潰しかねない、ちょっとした建造物のようなサイズでした。

 脈打つ触手のような蔦や根は、それ一本ずつが大木のような質量を備えています。ミミズのようにのたうち回るあれに掠りでもしたら、人間なんて簡単にバラバラになってしまうでしょう。


 空中で唖然としていた私とルローラちゃんでしたが、そうこうしているうちに山羊(メム)の大群がネルヴィアさんたちの方へと駆け出していくのが見えました。

 いったいどこから出ているのかわからない絶叫を上げる山羊(メム)たちは、狂ったように蔦や枝のような手足を振り回しながら殺到してきます。


「みんな、きをつけて!」


 警戒を促した私が迎撃に移ろうとした瞬間、ネルヴィアさんが聖剣レーヴァテインを振るって凄まじい烈風を生み出し、三メートル級の山羊(メム)を薙ぎ払います。

 さらにレジィが軽く腕を振るうのに合わせて、神樹から無数の黒水晶の槍が飛び出し、山羊(メム)の足元を串刺しにしていきました。


「さすが! たよりになるね、ふたりとも!」


 私がそう声をかけると、ネルヴィアさんとレジィはこちらを振り返り、嬉しそうにはにかみます。


 するとそんな彼らの背後で、倒れた山羊(メム)たちが巨大な体をあっさりと起こしたり、あるいは貫かれた足を引き千切り、代わりの手足を生やしてこちらに再び突撃してきました。

 対するネルヴィアさんがフランページュを抜き放ち、レジィが腰を落として身構えた……その時。


 雷でも落ちたかと錯覚するほどの轟音と共に、巨大な山羊(メム)たちが粉々に吹き飛びながら宙を舞いました。

 その爆心地にいたのは、ピンク色の小柄な少女、ルルーさんです。


「アンタたち、なに(ヌル)い攻撃してんのよ! こいつらは植物でできた自立人形(ゴーレム)だから、原形が残ってる限りいつまでも襲ってくるわよ! 所詮は神樹の一部! 人間で言ったら髪の毛みたいなものなんだから、容赦なく消し飛ばしなさい!!」


 そう言って私たちを叱咤するルルーさんが小さな手を振るうたび、周囲の山羊(メム)たちは冗談みたいにポンポン吹っ飛んでいきます。

 しかし十メートル超えの山羊(メム)は一筋縄ではいかないらしく、殴り飛ばされれば周囲に蔦を伸ばして踏みとどまり、真っ二つにされれば断面から身体を生やして二体に増殖するという、非常にガッツ溢れる不死身っぷりを見せつけてくれました。まったく、誰があんな厄介な怪物を生み出したのでしょうか。はい、私ですね。


 植物の弱点は火属性とファンタジーでは相場が決まっていますが、でも実際の木って案外燃えないんですよね。それにあんなアクティブに動き回る植物を燃やしたら、二次災害でエルフの森ごとなくなっちゃいそうです。

 べつに倒したら経験値が入るわけでもないし、相手にするだけ無駄ですね。


「とにかく、ここをとっぱしよう!」


 私はグラムを金網状に変化するように念じると、間近に迫った山羊(メム)の群れを左右に力ずくで押しのけました。


 捻じくれた黒い木々ごと薙ぎ払い、無理やり切り開いた空白地帯を私たちは走ります。

 時折金網の隙間から枝や蔦が伸びてきますが、それらはうちの頼もしい子たちや魔導師のお二人が即座に切り刻んで、神樹の森を駆け抜けていきました。


 ……グラムの金網越しとはいえ、絶叫する巨大生物たちに囲まれて殺意を向けられるのはかなり心臓に悪いです。パニック映画みたいな光景でした。

 こんな場所に長時間いたら頭がおかしくなりそうなので、私を抱きかかえてくれているルローラちゃんと、ついでに他のみんなより足の遅いケイリスくんをグラムで拾い上げて、前を走るみんなに続きます。


 それからどれくらい走ったものか、次々と生み落とされる山羊(メム)を薙ぎ払いながら駆け続けることしばし。

 ようやく山羊(メム)を生み落とす黒い木々が少なくなってきた辺りで、もはや土石流のように迫っていた山羊(メム)たちの追走が止みました。


 だいぶ長い時間、結構な距離を走っていたような気がしますが、息を乱しているような人はいませんでした。

 軽く人間を卒業している魔導師の二人と、魔法の補助があるソティちゃん、そして獣人族であるレジィは、まぁわかります。でも計五本の剣を抱えて走っていた普通の人間であるはずのネルヴィアさんまで涼しい顔してるのはおかしくない?

 リュミーフォートさんの『鍛錬』を受け続けているのは知ってますが、ここまで人間離れしちゃうのでしょうか。


「ふぅ。まずは第一段階クリアってとこね」


 嘆息するルルーさんの言葉に振り返ると、彼女は蠢いている山羊(メム)の群れを視界の端に捕らえながら肩をすくめました。

 どうやら山羊(メム)たちは一定区画よりこちら側へは来られないみたいです。縄張りみたいなのが決まっているのでしょうか?


「だけどここから先が本番よ。気を引き締めなさい」

「『虹色の球体』……でしたっけ?」

「ええ。触ったら跡形もなく消え去ると言われてる、謎の物体よ。試しに木片を投げつけてみたことがあるけど、たしかに消滅していたわね」


 ふむ。それがどんな大きさなのかはよくわかりませんが、悪意を持って攻撃を仕掛けてきたりとかしなければいいのですが。


「それは、おいかけてきたりとかはするのでしょうか?」

「いえ、そんなことはないわ。ただふわふわ浮いてるだけの存在よ。……ああ、でもそれは私がエルフ族だからかもしれないわね」


 なるほど、たしかにあり得そうな話です。さっきの山羊(メム)もエルフ族には反応しないらしいですしね。この神樹跡という場所において、エルフ族であるか否かという問題は重要みたいですし。


「とにかく先に行ってみましょ」


 ルルーさんの先導で再び歩き出した私たちは、数分後にとある場所へと辿り着きました。

 そこはどこまでも平坦に続いていた神樹の足場に突如として現れた、巨大な『穴』のような場所です。


 どこへ通じているのかわからないその穴から噴き出してくるのは、虹色に煌めく無数のシャボン玉みたいな物質でした。大小さまざまなシャボン玉は、大きいものでは十数メートルほど、小さいものでは数センチ程度のようです。


 私はルルーさんたちの説明を聞いて、勝手に虹色の球体とやらは一つの巨大な鉄球を想像していたのですが、それが全くの見当外れであることを思い知りました。

 まるで神樹が呼吸をしているかのように一定の間隔で、巨大な穴の底から大量に放出されるシャボン玉。それらはある程度まで舞い上がったところで重力に従うかのように降りてきて、再び神樹に吸収されているようでした。


 本来であれば、そのある種幻想的とも言える光景に感嘆するなり、尻込みするなりといった反応をしているところだったのですが……けれども私たちはそれどころではなく、我々の視線の先でこちらを振り返った()()()()に警戒を露わにしていました。


 本来、この区画に足を踏み入れることがないはずの、無数の山羊(メム)たち。

 そして……それらに囲まれながら、けれども襲われることもなく無防備に立ち尽くしている三つの人影。


「お姉ちゃん……それに、ルル……」


 信じられない、といった表情でこちらを見つめているのが、ルルーさんやルローラちゃんたちと同じエルフ族でありながら、各地で様々な人たちを引っ掻き回している迷惑娘、リルルでした。

 彼女はトレードマークとも言える黒ゴス風衣装を身に纏って、思わず、といったように後ずさります。


 そしてそんな彼女の両脇に佇むのは、全身をフード付きコートで覆い隠した黒ずくめの男と、無数の金属鎧の部品を強引に繋ぎ合わせたみたいな謎オブジェに腰掛ける女性でした。


 その異様な風貌と、そして彼らの放つ剣呑な雰囲気に、私は―――これから始まるである戦いは、避けられないものであることを確信したのです。



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