2歳6ヶ月 5 ――― 古の英雄
「記憶が……なるほど、そういうことだったのですな」
さながらモップのように豊かな髭を蓄えた小さいおじさんが、神妙な顔をして頷きました。
場所は鉱山都市レグペリュムの中央、太守館の応接間。
目の前で私たちと向かい合っているのは、この館の主であり、この鉱山都市の太守でもあるダルニアというおじさんです。
そして私たちを警戒するように取り囲んでここまで案内した彼らと会話を進めていると、意外な事実が判明しました。
どうやらリュミーフォートさんは、いわゆる『記憶喪失』であるそうです。
この中で彼女と最も長い付き合いであるルルーさん曰く、リュミーフォートさんの記憶がないのは出会った当初からだったそうです。
自分が何者かもわからず、名前と戦い方だけしか覚えていなかった彼女は、ふらふらと足の向くままに大陸をさまよい続け、やがて帝都ベオラントの付近に出没したのだとか。
その当時のことを語ってくれたルルーさんは深々と溜息をつきながら、リュミーフォートさんにジトッとした視線を向けます。
「リュミィったら、ただでさえ『魔神』騒動のせいで帝都が混乱してた時期に現れて、あろうことか帝都の兵士たちを襲い始めたのよ」
「……違う。襲ってきたのは兵士たち。正当な防衛」
「食べ物の匂いに釣られてアンタの方から寄ってきたんでしょ! アンタを無力化するために私とヴェルとマグカルオがどれだけ苦労したか……!」
つい最近、巨大なドラゴンを山ごと斬り崩したリュミーフォートさんのデタラメな戦闘力を思えば、むしろよくこの人族最強を止められたものだと感心してしまいます。
そんな風にルルーさんを尊敬のまなざしで見つめていると、その視線に気が付いたらしいルルーさんはバツが悪そうに眉根を寄せながら、
「言っとくけど勝ってないわよ。私もマグカルオも瀕死だったし。最後はリュミィが自滅しただけ」
そう言うルルーさんはそれ以上これについて語るつもりはないらしく、脱線した話を元に戻すべくダルニアさんに視線を向けました。
ダルニアさんはリュミーフォートさんの過去話を興味深そうに聞いていた様子で、「なるほどのぅ」としわがれた声で呟きました。
「かつて帝国の方に『魔神』が現れたという噂は聞いておった。ほかの噂ならまだしも、儂らが『魔神』にかけて出遅れるなぞ、あってはならん事じゃからな」
「と、言うと?」
リュミーフォートさんを真ん中にしてソファへ座る私たちの中で、ダンディ隊長が先を促すように相槌を打ちます。
それに気を悪くするわけでもなく、先ほどとは打って変わって落ち着いた雰囲気のダルニアさんが、口髭に覆われて見えなくなった唇を開きました。
「儂らは、『勇者』の末裔じゃからな」
そしてダルニアさんが放ったその一言に、私たちは目を瞠りました。
勇者? それって、勇者教に語り継がれている伝説の……?
そう考えたのは私だけではなかったようでしたが、しかしそんな私たちに、ダルニアさんはつまらなそうに鼻を鳴らしました。
「お主らの考えているような、神話上の不確かなものではないわい。これはれっきとした史実じゃ。遥か昔から受け継がれとる。ロクスウォード様やリュミーフォート様が存在していることが、何よりの証拠じゃ」
「どういうこと?」
記憶喪失なのだというリュミーフォートさんは、そのダルニアさんの言葉に身体を前のめりにさせる勢いで詰め寄ります。
普段の態度からは想像できませんでしたが、彼女は『自分は何者なのか?』という真実を、思いのほか切実に希求しているみたいです。
「私は、なんなの?」
いつも無気力で、空っぽな暗金色の瞳。その瞳をいつになく真剣に細めた彼女は、自身の根幹に迫る質問を口にしました。
それを受けたダルニアさんも真剣な面持ちで、もったいぶることもなくその答えを返します。
「リュミーフォート様……貴女様は一言で申し上げるならば、『勇者』と言う他ありますまい」
「……勇者?」
呆然とダルニアさんの言葉を繰り返したリュミーフォートさんは、なぜか一瞬私のことを見て、それから再び前に向き直りました。
そしてダルニアさんも、それだけでは説明不足であることがわかっているのでしょう。不思議そうに首を傾げている私たちのために、先ほどの言葉を補います。
「儂らが『勇者』の末裔であるというのは、先ほど言った通りじゃ。古来より、人の世に大いなる災いをもたらす存在が襲って来た時、必ず現れて人々を救済する。……その『システム』を守り後世へと受け継いで行くのが、儂らレグペリュムに住まう一族の役目なのじゃ」
「勇者の……システム?」
「左様。ずば抜けて強大な力を持った魔族の首魁や、ましてや魔神と呼ばれる災害に対して、人はあまりに無力じゃ。人の中にも時折抜きんでて強力な者も居ようが、その寿命は短い。来たるべき災いの時、その者がちょうどその場に居合わせるとも限らん。ならば、どうするか……」
ダルニアさんの語ったとんでもない事実に、私は愕然とします。
突如として遺跡から現れたロクスウォード。そして『魔神』とやらが帝国を襲った際、記憶を失っていながらもまるで誘われるようにその場に遭遇したリュミーフォートさん。
そして今のダルニアさんの言葉を合わせて考えるに、導き出されるのは恐ろしい事実でした。
「まさか、あの遺跡は……『勇者』の保管所なの?」
私の言葉に、仲間たちはハッとしたような顔で驚きを示します。
そしてダルニアさんはと言うと、神妙な面持ちで静かに頷いただけでした。
「ヨグペジョロト寝殿の中には、長き時を超えて眠り続けることのできる棺が存在しておる。じゃから―――かつて『魔神』を退けるに至った強大な者を、いざという時にいつでも呼び起こせるように守っておるのじゃ」
ダルニアさんの口から語られたその事実を聞いて、私は小さな拳を握りしめました。
身体から魔力が漏れ出しているのを、自分でも感じます。
……じゃあリュミーフォートさんやロクスウォードは、大昔に人族のために『魔神』と戦って倒した英雄ってこと?
そして再び同じようなことが起こった時、倒せる人がいなかったらマズいから、その時が来るまでずっとずっと、長い時の中を眠り続けてもらっている?
起きるたびに家族や友人が死んでて、知り合いが一人もいない中で、他の誰にも倒せないような規格外な敵の前に放り出されて、ようやく倒したと思ったらまた棺の中に詰め込まれて眠り続ける……?
「ふざ、けてる……!! 人をなんだと思ってるの!? そんなっ、便利な兵器みたいに扱って……!!」
思わず立ち上がった私は、考えるよりも先に口をついて出た非難をダルニアさんに叩きつけました。
けれども、現在中学生ほどの体格となった私よりも小柄な、小学生くらいの背丈しかないダルニアさんは、どこか悲しそうな目で私を黙って見上げるばかりで、何も反論しようとしません。
それでも私が続けて口を開こうとした時、急に腕を引っ張られた私はよろめいて、後ろに倒れ込んでしまいました。
しかしお尻や背中に感じた感触はソファのそれではなく、体温を伴っています。驚いて振り返った私が見たのは、すぐ近くに迫るリュミーフォートさんの顔。その顔に浮かんでいたのは、普段の無表情とは違い、どこか困ったような、けれども嬉しそうな苦笑でした。
私を後ろから抱きすくめるような形のまま、リュミーフォートさんはダルニアさんに向き直ります。
「話は分かったよ。それで、ロクスウォードはどうして人族に敵対しているの?」
リュミ―フォートさんの端的な問いに、ダルニアさんはわずかに逡巡した様子を見せるものの、やがて重い口を開き始めました。
「前回ロクスウォード様が目覚め、強大な魔族を倒した際……当時の人族の王がロクスウォード様の力を独占しようと、罠に嵌めたのじゃ」
「罠?」
「ロクスウォード様と共に戦っていた女性を人質にして、支配下に置こうとしたらしい。無論、人族風情がロクスウォード様を拘束できるわけもなかったが、その争いの中で女性は命を落としたと言い伝えられておる」
ロクスウォードの実力はよくわかりませんが、仮にリュミーフォートさんと同等の力を持っていると仮定したなら、その人族の王とやらが欲するのも理解はできます。納得はできませんが。
そして事故だったのか、それとも手に入らないロクスウォードへの当てつけだったのかは知りませんが、結果としてロクスウォードが憎からず思っていたらしいその女性が命を落とし、ロクスウォードは人族と敵対するに至ったと。
「……あれ? じゃあどうしてロクスウォードは大人しく遺跡の中で眠ってたんですか? 暴れるならその当時、その国に対して暴れればよかったのに」
私がそんな疑問を口にすると、ダルニアさんはリュミーフォートさんをチラリと窺って、少し言い辛そうにしながらも答えてくれました。
「まさしくその通り、ロクスウォード様は当時、その国を滅ぼさんばかりの勢いで攻撃を行ったらしい。王族は軒並み息絶え、国の崩壊も遠くない状況まで至ったのじゃ。そこでロクスウォード様を止めたのが、リュミーフォート様じゃった」
「……私?」
「国を相手に力を振るい疲弊していたロクスウォード様は、突如現れたリュミーフォート様に倒された。そうして再び棺に封印されたロクスウォード様は、その棺ごと遺跡の奥深くへ移動させられ、この時代となるまで眠り続けていたというわけじゃ」
そしてその時、ロクスウォードとの戦いでリュミーフォートさんも負傷していたそうです。その時の傷が記憶喪失の原因なのではないかというのが、ダルニアさんの見解です。
そこまで語ったダルニアさんは、そのモップのような白髭をもっさもっさと撫でながら、申し訳なさそうに白く伸びた眉を八の字にしました。
「おそらくロクスウォード様の棺が存在していた部屋の付近が崩落していたのは、偶然ではなくリュミーフォート様が行った『封印』だったのじゃろう。それを儂らが、他の風化した箇所と同じく自然に崩落したものと思い、掘り起こしてしまった」
「だけどロクスウォードは、時代が変わっても、人族への憎しみを抱き続けたままだったんだね」
「……その通りじゃったようですな」
死んでしまったという例の女性は、ロクスウォードの恋人か何かだったのでしょうか? 少なくとも原因となった王族たちを殺しても尚、憎しみが収まらないほどには大切な存在だったようです。
しかしその境遇に同情はしても、支持はできません。
私たちにとってロクスウォードは平和を乱すテロリストであり、倒すべき敵です。
その認識は私たちの間で共通しているようで、続いてリュミーフォートさんが核心となる質問を投げかけました。
「ロクスウォードは魔神の渦の魔力で何をしようとしているの?」
リュミーフォートさんが魔神の渦の名を口にした途端、ダルニアさんの皺だらけで細い目が大きく見開かれ、息を呑む気配が伝わってきました。
「魔神の渦……じゃと……まさか、そこまで……」
「何か知っているなら教えて」
愕然としながらも小さな声で呟きを漏らすダルニアさんでしたが、リュミーフォートさんに促され、緊張を滲ませながら衝撃の事実を口にしました。
「魔神の渦とは、時代の節目ごとに姿を現し災いを振りまく『魔神』の力を分散させ、真の力を発揮させないために施された封印なのじゃ」
「封印? 魔力が漏れ出しているのではなくてですか?」
「この大地の下を流れる大きな魔力の流れ……龍脈などと言われることもあるが、そういった流れには特性がある。魔力の多い場所に引き寄せられるという特性じゃ」
魔力の多い場所……つまり長年かけて少しずつ漏れ出した魔力が溜まっている場所には、より多くの魔力が流れ込んで、やがて魔神の渦と呼ばれるようになるということ?
多ければ多いほど、魔力を引き寄せる力が強くなる……巨大な惑星ほど引力が大きくなるのと、似たようなものでしょうか。
「魔神の渦は大陸の各地に存在するが、どれか一つを解放すれば、そこに流れ込んでいた分の魔力が別の個所に流れ込むようになるじゃろう。場所の特定も容易になるじゃろうし、得られる魔力も大きくなるはずじゃ」
「じゃあ、ロクスウォードはその増えていく魔力を狙って……?」
「……かもしれんが、もっと恐ろしいことも考えられる」
私の問いに、ダルニアさんは眉間に深い皺を刻みながら、絞り出すようにその可能性を語りました。
「『魔神』という災害は、一定の周期で発生を繰り返していると言ったじゃろう。それは魔神の渦に蓄積した魔力が一定の量を超えた時に現れると考えられておる。出現する位置が、魔神の渦の近くであることが多いからの」
「……っ!!」
「気づいたか、察しの良い娘じゃ。もしかするとロクスウォード様は、各地の魔神の渦をすべて解放することで、『魔神』を呼び出そうとしているのやもしれん」
それは……最悪の想定ですが、しかしとても合理的な戦術です。すくなくとも魔神の渦の魔力を手に入れて自分たちで戦いを挑んで来るよりも、ずっと確実に『破滅』を引き起こすことができるでしょう。
もしもロクスウォードの仲間たちが破滅願望を持った集団とかでないならば、建前上は自分たちで戦うことを謳っているかもしれませんが、ロクスウォードだけは真の目的を腹の内に抱えていてもおかしくはありません。
「さっきも言うたが、これまで自然発生した『魔神』は魔神の渦に自然に溜まった魔力によって呼び出された……必要最低限の魔力によって現れた、言わば不完全な顕現じゃ。魔神の渦が各地に存在しているのは、発生の頻度を抑えると共に、魔神の力を削ぐことにも一役買っていたのじゃからな」
「ということは……」
「左様。もし短い期間の内に魔神の渦を大量に解放などしようものならば、呼び出される魔神の強さはこれまでの比ではなかろう。神話の時代まで遡っても、歴史上最強の魔神が現れる可能性は大いにあり得るはずじゃ」
ロクスウォードのやつ、そんな大それたことを考えていたなんて……。
もしそれが現実となった場合、かなりの大災害となることは間違いないでしょう。魔神というのが何なのかは詳しく知りませんが、これまでの魔神だって、勇者システムなんてものを生み出す必要に迫られるくらいには、とてうもない強さだったのでしょう。
それを人為的に強化するとなれば、酷いことにならないはずがないのです。
「す、すみません、ちょっといいですか……?」
すると今まで黙って話を聞いていたネルヴィアさんが、恐る恐ると言った様子で手を上げていました。
「なんじゃ?」
「あの、そこまでちゃんと『魔神』の出現条件などがわかっているのに、どうしてそれを誰も知らないのでしょう? きちんと制度を整えれば、魔神を出現させなくてもすむのではないでしょうか?」
ネルヴィアさんの問いに対して、ダルニアさんは呆れたように溜息をついて、首を横に振ります。
「人族の住む場所に魔神の渦がないのは、かつて魔神が現れるたびに出現地点をすべて潰していったからじゃろう。どのようにして潰したのか、その方法は今となっては失われておるがの。……じゃが、つい最近まで戦争をしていた魔族領の魔神の渦には手出しできんじゃろう」
「あ……」
「仮に手出しできるようになっても、百年もすれば馬鹿な人間が必ず現れて、それを利用しようと企み災いを振りまくようになる。そう考えた我らの祖先が、対処療法として勇者システムを生み出したのじゃろう。要は、愚かな人間のせいじゃ」
まぁ、一理あります。人間は喉元を過ぎれば簡単に痛みを忘れますからね。痛みを知っている世代がみんな寿命で死ねば、馬鹿なことを考える人が現れても不思議ではありません。
それに強さを追い求める魔族だって、魔神の渦の位置を知れば手に入れたいと思うことでしょう。ちょうど、この間私たちが撃退したヨナルポカのように。
「しかしこれは少し問題じゃぞ。たしか十年ほど前に魔神が現れた際は、帝国の近くに出現したはずじゃ。つまり魔族領の魔神の渦には魔力があまり溜まってはおらんかったということになる。ロクスウォード様の目的が儂の考え通りならば、その達成のために開放する必要がある魔神の渦の数は、思いのほか少ないのやもしれぬ」
どうして魔族領の魔神の渦に魔力が溜まっていなかったのでしょうか? 魔神の渦が溜まるのは長い年月を必要とするらしいですが、では誰かが魔神の渦を解放して回っていた……?
とは言っても、魔神の渦の魔力を吸収して得られる力は強大です。もしもそんなことをすれば、その魔族はかなり強力な能力をいくつも手に入れて、有名になっているはず……
……かなり強力な能力を複数持って、有名に……?
「…………あっ」
エクスリア!! ネメシィ!! お前らかぁぁああああああっ!!!
そりゃロクスウォードも二人を勧誘しに行くよ! ヤツの目的を考えたらドンピシャで最高の人材なんですから!! むしろすでにかなり貢献しちゃってます!!
もう! なにやってのさ! 余計なことしてぇ!!
「まぁ、そう悲観することもない。魔族領の深部にあるという、『とある魔神の渦』は歴史上、いまだかつて誰も攻略できたことがないはずじゃ。しかしそこから魔神が現れたという記録はない」
「え? でも解放されなかったら魔力が溜まり続けて魔神が出てくるんじゃ……?」
「そのはずじゃかな……一説には、そこには周囲の魔力を無限に吸い取る『神の武装』が安置されておるらしい」
神の武装……ですか。またとんでもないキーワードが出てきましたね。ロクスウォードの手に渡ったら大変なことになりそうです。
「じゃあ、他の魔神の渦をすべて解放したとしても、そこに魔力が集まれば魔神は出現しないの?」
「いや、その場所以外のどこかを一箇所解放せずにおけば、出現自体はさせられるじゃろう。じゃが、少なくともその魔神の渦にも魔力は流れ込み、ある程度は軽減させられるかもしれん」
「なるほど、上手くすれば魔神の力を半減くらいはさせられそうですね」
「逆に言えば、もしもそこを解放されればかなりマズイことになろうが、いかにロクスウォード様といえと、あれを攻略するのには、どれだけ早くとも数年はかかるじゃろう」
数年……大陸が滅亡しかねないリミットとしては楽観視できない数字ですが、しかしロクスウォードを止めるための期間が数年と考えるなら、かなり猶予はあると言っていいでしょう。
それに数年という期間は、ロクスウォードがその魔神の渦の攻略にかかりきりになった場合を想定しているはずです。だったら私たちの探索から逃れながら、妨害を潜り抜けながらの攻略となれば、さらに期間も難易度も跳ね上がると見ていいでしょう。
ちょっと肩の荷が下りた気分で、私はダルニアさんに訊ねました。
「で、その魔神の渦はどんな場所なんですか?」
「うむ。儂も詳しい場所は知らんが、山奥の秘境と聞く。獣王ラキフェールが没した場所と言い伝えられており、『獣王の陵墓』などと呼ばれておるらしい」
「……」
「……」
「…………む? どうしたんじゃ、皆そのようにうな垂れて?」
事情を知らないダルニアさんは不思議そうに訊ねてきますが、私たちはそれどころではありません。
私はしばらく頭を抱えていましたが、やがて意を決して、口を開きました。
「……すみません。そこはこないだ、私たちが攻略しちゃいました……」
絞り出すようにして私がそう言うと、ダルニアさんはモップのような髭の下で、ぽっかりと口を大きく開けて、放心してしまいました。
「……れ、歴史上、誰も攻略できたことがない場所じゃぞ……? 何かの間違いではないか?」
「獣王の陵墓と呼ばれる山奥の洞窟で、入った瞬間に身体が傷つく空間を突破して、黒水晶の巨人を倒しました。そこで手に入れたのが、コレです……」
そう言って私は、服の内側から黄金の流動体を引きずり出します。それは私の手の中で瞬く間に姿を変えて、黄金の剣に変化しました。
それを見た途端、ダルニアさんが唖然としたままソファの背もたれに背中を預け、沈み込んでしまいます。
「場所も試練も言い伝えと一致しておる……神の兵装については文献に詳細は載っておらんかったが、持ち主を選ぶと聞いておる」
「私以外には誰も抜けませんでした。多分、私が試練を攻略したから……」
「……そうか。周囲の魔力を吸い取るらしいが、持ち歩いても平気なのかの?」
「私は魔力量がおかしいらしいので」
「…………そうか」
私もダルニアさんもそれっきり口を閉ざして、室内には沈黙が満ちます。
墓守の試練を攻略したのも私、神器グラムに選ばれたのも私、獣王の陵墓を崩落させたのも私……
……やらかし具合で言ったら、エクスリアたちよりよっぽど重大じゃないですか……。




