2歳6ヶ月 4 ――― 鉱山都市レグペリュム
//難産でした・・・(´・ω・`)
共和国首都プラザトスから、鉱山都市レグペリュムまでの移動中。
馬車でおよそ三日ほどの道程をのんびり進んでいた私は、途中の休憩で動物たちに囲まれていました。
以前なら私の身体から漏れだしているという魔力のせいで、決してあり得なかった光景でしょう。
魔導師様たち曰く、体外に漏れる魔力というのは訓練次第で抑えることができるそうです。
しかし私はそんな方法知りませんし、知っていても魔力量が多すぎて一朝一夕にマスターできるものではないとのことです。
そもそも私、そういう感覚的に会得するようなものって不得手なんですよね。
だから前世でも運動音痴でしたし、戦闘でも魔法による補助を得てからじゃないと決して戦おうとはしません。
しかし現在は、私の身体から漏れる金色の魔力……これが私本来の魔力をカモフラージュしてくれているみたいで、動物たちが逃げ惑うことがなくなったのです。
むしろ私の傍が安全であると認識しているのか、積極的に近づいてくるくらい。
「ふふふ、かわいいねぇ」
「そうですね。なんだか癒されちゃいます」
お昼の休憩中に馬車から少し離れたところにいる私は、ネルヴィアさんに抱っこされながら寛いでいました。
するとそこへ小動物たちがどこからともなく湧いて来て、私の周囲に集まってきたのです。
たまに狼とか熊っぽいのも来ますけど、そういうのは馬車の中でまた何か食べてるリュミーフォートさんがひと睨みすると、すごすごと退散していきます。
ウサギとかリスみたいなちっちゃい動物たちが、木の実とか果物とかを持って来てちびちび食べてたり、雑草をもしゃもしゃ食べてたりする光景は癒されます。
野生の動物に触るのは衛生的にちょっと躊躇われるので撫でたりはしませんが、いつかはペットとかを飼ってみたいものです。
と、そんな和やかな休憩を挟みつつ、私たちは鉱山都市レグペリュムまであと少しというところまで来ていました。
かつて私たちが共和国を旅していた頃とは馬車の質が全く違うので、思ったよりもお早いお着きのようですね。
私は家族のみんなにローテーションで抱っこされたり、私の椅子になる権利を巡って取り合いされたりしながら、レグペリュムに着いたらどのように動くかを考えていました。
すると向かいに座っていたリバリー魔導隊の少女―――名をミルカちゃんと言い、リバリー魔導隊で最年少である十五歳の女の子だそうです―――が、そのくりくりした目を私に向けて話しかけてきました。
「はぇ~、パパとママに聞いてたよりも、ずっと人間味のある方だったんスねぇ」
「……わたしのひょうばんは、そんなにわるいですか?」
私が冗談交じりに恨みがましい視線を向けると、途端に青ざめたミルカちゃんは、大袈裟なくらい首と両手をブンブンと横に振ります。
「いえいえいえ! なんというか、人知を超えた存在みたいな噂で持ちきりだったっスから、てっきり浮世離れした感じの方なのかと……!」
「べつに、ふつうだとおもいますけど」
「そ、そっスね! 普通だと思うっスよ! だから皆さん、その怖い顔をやめてほしいっス! チビりそうっスよ!」
皆さん? 怖い顔?
ミルカちゃんの怯えっぷりを不思議に思った私が振り返ると、近くに密集するみたいに座っているネルヴィアさん、レジィ、ケイリスくんはいつもと変わらず優しい表情を浮かべています。ルローラちゃんだけは呆れたような顔を三人に向けていますが。
「べつに、こわいかおなんてしてませんよ?」
「……あ、あはは……そ、そっスね……アタシが悪かったっス」
チラチラとみんなの顔色を窺いながら、ミルカちゃんは青い顔を逸らしました。ちょっと変わった子なのかな?
「セフィリア殿、レグペリュムが見えてきたぞ」
巨大な黒馬にまたがり馬車と並走していたダンディ隊長―――正確にはダンディ師団長らしいですけど、こっちのほうがしっくりくるので―――が、外から呼びかけてきました。
その声に釣られて馬車の窓から顔を出すと、ちょうど鬱蒼と茂った山林を抜け、見渡す限りに広がる草原と、なだらかな丘陵地。そしてその遥か向こうにそびえる岩壁に寄り添うようにして、ところどころが古風に赤茶けた白亜の街並みが見られました。
視力の弱まっている私にはまだぼんやりとしか見えませんが、今からあの街を訪れるのが楽しみです。前回私たちがここを通った時、あの街はスルーしましたからね。いつか来たいと思っていたのです。
まぁ何事もなく、というわけにはいかないでしょうがね……
「止まれぃ! 何者じゃ!!」
馬車と、それを取り囲む騎馬でレグペリュムへと近づいて行った私たちを出迎えたのは、しわがれた大声量の警告でした。
私は『着替え』を終えた姿で窓からチラリと外を覗くと、そこには小学生ほどの背丈しかない、褐色の肌と筋骨隆々とした体格の男が仁王立ちしていました。その背後には十数名の同じようなおじさんたちが整列しています。
頭にはねじり鉢巻きをして、手にはわざわざ巨大なハンマーを携えている辺り、穏当な出迎えとは言えないでしょう。
私たちの乗る馬車を操っていたリバリー魔導隊の小隊長さんが停車させると、周囲に散っていたリバリー魔導隊の二人と、ダンディ隊長を含めた騎士団の五人が、私たちを守るように馬車を取り囲みます。
馬車の中にいたリバリー魔導隊最年少のミルカちゃんも、その愛らしい外見に似つかわしくない軍人の目つきで腰を浮かせています。
私たちの中では一番地位の高いらしいダンディ隊長が、ルグラス大統領から預かった指令書を掲げました。
「我々は共和国軍、リバリー魔導隊ならびに第三師団騎士隊とその補佐官による調査隊である。以前このレグペリュムから現れた謎の男に関する再調査を行いに来た」
ダンディ隊長が深みのあるダンディボイスでそう告げると、前方に展開している小さなおじさんたちはその顔を怒りのためにか赤く染めあげました。
そして彼らの先頭で仁王立ちしている偉そうな小さいおじさんが、代表して口を開きます。
「なぁにが調査じゃ、くだらん! 何度来ようと変わらん! 貴様らなんぞを街に入れるわけなかろうが! さっさと帰れぃ!!」
「今回の任務は共和国大統領の命によるもの。それを拒むということは―――」
「くどいわッ!! 貴様らと話すことなぞない!」
……うそ、こんなに聞く耳持たないの? 閉鎖的にも程がありません?
こんなんでよく今までやって来られましたね。いくら技術力があるからって、それは鍛冶や彫金なんかの技術であって、それらも生活必需品というよりかは贅沢品の部類のはずです。
つまりイースベルク共和国が経済制裁を加えれば、あっという間に干上がるでしょう。見たところ農耕とか畜産も盛んではないようですし。
それともそれらの事情を覆すだけのバックボーンが、この街にあるというのでしょうか?
「……これはダメね。話にならないわ」
馬車の中から様子を窺っていたルルーさんが、つまらなそうな目をしながらそんな感想を漏らしました。同感です。
私も、現在中学生くらいにまで変化させている身体を窓から離して、ため息交じりにみんなを振り返ります。
「ここは一旦引き上げて、夜になってからこっそり忍び込んじゃおっか」
「セフィ様、それなら私たちにお任せください」
早くも正攻法での調査を諦めかけている私に、ネルヴィアさんが潜入部隊への名乗りを上げました。
まぁ魔法なしだと、私なんて役立たず以外の何物でもありませんからね。極論、こういった潜入任務なんて、ルローラちゃんとルルーさんの二人がいれば万事上手くいくでしょうし。
「けど、一応できる限りのことはしておこっか。お姉ちゃん、ちょっと『レーヴァテイン』を貸してもらえる?」
「え、は、はい」
五本の刀剣……長剣・魔剣・聖剣・妖刀・竜刀を装備して武蔵坊弁慶みたいになってるネルヴィアさんが、そのうちの『聖剣レーヴァテイン』を鞘ごと取り外して私に差し出しました。ありがとね。
ちなみに私以外がこの剣に触ると、彼女はたとえ身内だろうと容赦なく斬りかかります。
私はレーヴァテインを手にすると、そのまま仲間たちが詰めて待機している馬車の扉を開けて、剣呑な雰囲気が漂う外に降ります。
急に現れた私の姿に、レグペリュムの職人たちが驚きの表情を浮かべますが……中でも二度見するくらい驚いていたのが、ダンディ隊長です。私がリバリー魔導隊の隊服を、ミルカちゃんに借りて着込んでいたためでしょう。
「初めまして、レグペリュムのみなさん」
あえて名乗らず、立場も明かさないようにしながら、私は先頭で交渉していたダンディ隊長の隣に並びます。
私がこの服を着ているのは、この中学生ほどになった姿で着られる服を持っていなかったためです。ほら、幼児の姿で交渉しても、相手に不信感を与えてしまうかもしれませんしね。
……決して私をリバリー魔導隊の一員だと誤認させるような意図はありません。ええ、ありませんとも。
「レグペリュムにいる私の個人的な知り合いは、あの黒い男……ロクスウォードを敵視していたように見えましたが、もしかしてレグペリュムの総意としては、彼を庇うつもりなのでしょうか?」
私がわざと聖剣レーヴァテイン―――かつて私が個人的なツテで知り合いになったレグペリュムの職人さんに作ってもらった剣―――をちらつかせながらそう言うと、先ほどからダンディ隊長に帰れ帰れと叫んでいた小さいおじさんが目を眇めました。
「なんじゃ、お前さんは……それに、その剣……鞘の意匠はミルファト家のものか?」
「ええ。以前、プラザトスでたまたま会う機会がありまして。彼女にお願いして造ってもらいました。ロクスウォードをぶっとばすことと、鍛冶用の魔導具を提供することを交換条件にして」
私の言葉に、小さいおじさんたちは目を見開いて驚愕を露わにします。
私たちと対峙する小さいおじさんたちの中で、一部頭を抱えてしまっている人たちは……もしかしてミルファト家と関係のある立場なのでしょうか。
「今、あのロクスウォードという男は世界と敵対しています。帝国と共和国はおろか、魔族すらも敵に回しています。……ですから少し慎重に言葉を選ぶようにお願いします。このレグペリュムという街が大陸を敵に回すかどうかが、あなたたちの判断に委ねられているのですから」
私が少しだけ声を低くしながら脅しをかけると、小さいおじさんたちは豊かな髭の下で唇を引き結んで、少し緊張感を滲ませました。
交渉を優位に進めるための脅し文句でしたが、特に嘘はついていません。彼らがロクスウォードの仲間を自称するようなら、今後また遺跡からロクスウォードと同じようなのが次々に現れて、テロを起こし続ける恐れがあります。そんなことは許容できません。
だったらあの遺跡ごと、この街には地図から消えてもらうのがいいでしょう。
……そして躊躇なく都市そのものを人質にして脅迫を始めた私を、隣に佇むダンディ隊長が若干引き気味な表情で見つめています。
「セ、セフィリア殿。さすがにそれは……」
「なに甘いこと言ってるんですか、師団長さん。事態は一刻を争うんですよ?」
「まずは事情を聞いてからでも遅くはない。ここは私に任せてはくれまいか」
「……んー、わかりました」
私は最後に彼らを一瞥して魔力で威圧すると、そのまま馬車の近くへと引っ込みました。
物騒なことを言う私が後ろに下がったことで、小さいおじさんたちの緊張が少し緩んだように見えます。
片方が恫喝して、もう片方がそれを宥めることで相手の警戒を解く。刑事ドラマの取り調べとかでもよくある手口ですね。
「申し訳ない。彼女は、例の黒い男から直接襲撃を受けていてな。それに彼女の言うように、このままでは大陸中に被害が広がって行くばかりだ。次に後手に回れば、今度こそ多くの命が奪われるかもしれん。一体あの男は何者なのか、知っている限りで構わぬから情報を提供してもらいたい」
うまいですね。彼らがロクスウォードに関して何か知っているのなら、その情報がヨグペジョロト遺跡の調査の代わりとなる可能性はあり得ます。狙ったかどうかはわかりませんが、要求のハードルを下げることで相手の譲歩を引き出す、良い交渉です。
そしてさりげなく私のことを“彼女”と言うあたり、いろいろ察してくれているようです。できる男は違いますね。
最初は会話すら成立しなかったところに、私の手にしたレーヴァテインから会話の糸口を掴み、恫喝ののちに要求を譲歩。
ここまで頑張ってみたところで、ようやく小さいおじさんが重い口を開きました。
「……あのお方……ロクスウォード様は本来、我ら一族の末裔がお守りしなければならないお方じゃ」
「末裔? その口振りでは、奴がこの街の貴族のような出自であるということだろうか。奴は遺跡から突然現れたと聞いているのだが」
「お主ら人族で言うところの貴族なんぞと同じにされては敵わんが、高貴な存在であるのは確かじゃ。あの方々は古来より、この大陸を守護してくださった偉大なる戦士。長い眠りより目覚め、今こうして我らに牙を剥いているのは、おそらく前回の『降臨』で、貴様ら人族に手酷く裏切られたためであろう」
裏切られた? 降臨? なんだか重要そうなワードが一気に出てきて、処理が追いつきません。
しかしどうやらロクスウォードは人族に裏切られたせいで、こうして各地を暗躍してテロを引き起こそうとしているようです。
しかし気になるのが、先ほどから小さいおじさんたちは私たちのことを“人族”と呼び、まるで自分たちは人族ではないかのような言い回しをしています。これは言葉のままで真に受けてもいいのでしょうか?
「裏切られた……とは一体、どういった意味なのだ?」
「ふん、過去の文献でもあさってみるが良いわ。そして自分たちの愚かな行いを悔いるが良い。あのお方の怒りに触れるのも自業自得じゃな」
小さいおじさんはそう言いながら鼻で笑うと、担いでいた巨大なハンマーを地面に叩きつけます。
「さぁ、もう話すことはない! そもそもこの場所は貴様ら人族が立ち入って良い領域ではない! それは古来より定められていることじゃ!! 即刻立ち去れぃ!!」
……ロクスウォードは人族への復讐を動機として動いている? そしてそれは過去に人族により裏切られてことが原因?
ロクスウォードは遺跡で長いこと眠っていて、以前にも目覚めたことがあった? それをレグペリュムの住人たちが守り続けている?
つまり彼らが外部と接触を断ち続けているのも、それを共和国が黙認しているのも、レグペリュムがずっと昔からそういう役割を担っているから?
……これだけじゃ情報が足りない。せめてロクスウォードたちがどうしてそんなシステムで動いているのかと、ロクスウォードを人族が裏切ったという出来事の背景を知らないことには、ヤツの動向は読めません。
「……ルローラちゃん、お願い」
「ん、りょーかい」
私が馬車の中へと呼びかけると、やや気の抜ける声と共にルローラちゃんが下りてきてくれました。
これで私が再び脅迫を交えながらいくつか質問し、それに合わせてルローラちゃんが魔眼を発動させれば必要な情報は手に入るでしょう。本当に彼女の能力はチートです。
しかし、そこで予想外の出来事が起こりました。
「お、おぉ……貴女様は……!」
私が小さいおじさんに質問をしようと口を開きかけたところで、彼とその後ろに控えたおじさんたちが、信じられないものを見たように目を見開き、呆然としていました。
え、ルローラちゃんこの人達と知り合いなの? なんて驚きつつ後ろを振り返った私は、そこでルローラちゃんの後ろから一緒に降りてきたリュミーフォートさんの姿を目に留めました。
「今の話、詳しく聞かせて」
いつもと変わらない囁くような声色でそう言ったリュミーフォートさんは、しかし普段の無気力そうな表情を険しく歪めていました。




