2歳5ヶ月 13 ――― 不穏の光
結局私の症状を悪化させるだけだった“慰癒の竜泉”を後にした私たちは、ボガルニアとアルゴラに乗っけてもらい、一路 人族領へと向かっていました。
ロクスウォード勢力に力を貸していた竜族への制裁は済ませましたし、私たちがそのような動きを見せたことを竜族たちが各地で伝えれば、テロリスト集団の肩を持つような連中は減るでしょう。
そしてエクスリアとネメシィによって各地のアジトを潰されまくったロクスウォード勢力が、現在どこで何をしているのか……それを調べる必要があります。
「私は私で、奴らの動向を独自に調べてみようと思ってるわ」
複雑精緻に編み込んだピンク色の髪をなびかせながら、ルルーさんがそう言いました。
『先ほども言ったが、我ら竜族も魔族領の各地に散って、情報を集めてくるとしよう』
私たちを乗せたボガルニアがそう続けると、私たちと一緒にいるヴェヌスも、その真っ白な頭を何度も振って頷きます。
魔導師として以前から情報収集を専門としていたルルーさんや、空からの人海戦術を取れる竜族に任せておけば、いずれ有用な情報も集まることでしょう。
少なくとも、現在はろくに魔法も使えない私がじたばたするよりは、よっぽど有意義なはずです。
私も、私のできることを探しましょう。
私が働かずに、大好きな家族に囲まれながら過ごす平穏な日常は、もうすぐ手が届くところまで来ているはずなのです。
と、そこで私はふと、すぐ近くに座って風避けの結界を張ってくれているソティちゃんを振り返りました。
彼女は光の加減で大きく色の変わる不思議な髪をなびかせて、そのどこか見覚えのある幼い顔を、悩ましげに歪めています。
「ねぇ、ソティちゃんはこれから、どうするの?」
私の問いかけに、彼女は不意を突かれたように目を丸くさせてから、困ったように笑いました。
「どうしようかなぁ。もう私の目的はだいたい果たしたから、帰っても良いんだけど……」
「そうなの? ただわたしたちについてきてただけにおもえるけど」
「あー、うん。お―――セフィリアちゃんにただついて行くことが目的だったからねぇ」
なんとも言い辛そうに頭を掻きながら、ソティちゃんはそんなことを言いました。
私たちについて来ることが目的だった? 一体どういう事でしょう?
普通ならここで、じつは彼女がロクスウォード勢力のスパイだったとか、そういうことを疑うものなのかもしれませんが……しかしなぜか、彼女が私たちの敵であるという想定が、まったくできないんですよねぇ……。なんていうか、私たちの味方で当然、みたいな感覚があるのです。
そんなわけで、私は彼女の言葉を深く追及するでもなく、「そっか」とだけ返します。これからどうするのかは、彼女が決めることですしね。
「まぁどうするか決めるまでは、もうちょっとだけ一緒にいるよ。ね、いいでしょ?」
「うん、もちろん」
ひとまず答えを保留としたソティちゃんの言葉に、私は特に何も考えず了承します。
さて、では私はこれからどうしましょうか。
思えば私たちって、ロクスウォードたちの目的とか何も知らないんですよね。
こないだの戦いで捕まえた捕虜三人、竜人二人と妖精一匹。ルルーさんとルローラちゃんが彼らを尋問していろいろ吐かせたのですが、これと言って有用な情報は持っていなかったそうです。
とりあえず獣王の陵墓の魔神の渦を手に入れた後、ほかの魔神の渦を探し出して手に入れるという算段になっていたのだとか。
なぜ獣王の陵墓が一番最初だったのかは知りませんが、しかしその魔神の渦はうちのレジィが手に入れてしまったので、もしかするとロクスウォードたちの計画はいきなり出鼻を挫かれたのかもしれません。
もしそうなら、現在の奴らの沈黙は、計画が破綻してしまったことに起因するのでしょう。だったら愉快なのですが。
しかし、もしかすると奴らの計画は現在も、順調に進んでいる可能性もゼロではありません。あるいは、全然修正が容易な程度の状況かもしれません。
そうでなくても自棄っぱちになって暴れ出すかもしれませんし、まずは何を置いても敵の最終目標を把握することが必要なはず。
では、どうやってロクスウォードの目的を知るか……
「……レグペリュムに、いってみようか」
私の呟きに、すぐ隣にいたケイリスくんが耳聡く反応しました。
「イースベルク共和国の、鉱山都市レグペリュムですか? しかしあそこは共和国領とは名ばかりの、半ば完全に独立した自治領ですよ。よそ者は絶対に侵入を許さない排他的な方たちだと聞きますが」
「うーん……やっぱりそうかな? いちおう、レグペリュムのひとにコネはあるんだけど」
何気なく口にした私の言葉に、ケイリスくんは驚きの表情を浮かべました。最近のケイリスくんはとても感情豊かになってくれて、私は嬉しいです。
「レグペリュムに知り合いが……? ごくわずかな選ばれた商人たちだけが接触できると聞いていますが、さすがはお嬢様ですね……一体いつの間に」
「えへへ、まぁちょっとね」
話せば長くなるので適当に誤魔化した私は、それから真面目な表情でレグペリュム行きの目的を告げます。
「さいしょにロクスウォードがあらわれたっていう、レグペリュムのいせきがあるでしょ? そこをみせてもらえないかなって」
「ロクスウォードが発掘された遺跡……ヨグペジャロト遺跡ですね。なるほど、たしかにそこを訪ねれば、何か彼に関する情報が得られるかもしれません。問題は、そこに辿り着く方法ですが」
うーん、どうしたものでしょうか。レグペリュムの人たちが掘り返したロクスウォードが各地で暴れて、世界に混乱をもたらしているんですから、そこを突ついて譲歩を引き出せないでしょうか。
ここで帝国軍人である私たちが無茶をすると、ロクスウォードを倒したあとで帝国と共和国の国交問題になるかもしれませんし……
「しょうがない。ここは大統領にじじょうをはなして、おねがいしてみよっか」
「わかりました、ルグラスさんへは僕の方から話をつけますね。その後の行動を考えると、このまま首都プラザトスへ向かった方が良いでしょう」
「うん、そうだね。ボガルニア、おねがい」
ボガルニアに進路変更を告げると、『わかった、道案内は任せる』という返事が。そっか、魔族領最奥に住むドラゴンが、共和国首都の場所なんてわかりませんよね。
ついでに、ネルヴィアさん一人を乗っけてデレデレしてるアルゴラにも、進路変更を告げます。以前までならアルゴラのあの態度は制裁対象でしたが、今は多少のことなら目を瞑ってあげます。
「……私も行くよ」
するとそこで、今まで沈黙を守っていた……というよりボーっとしながら黙々と何か食べていたリュミーフォートさんが、そう囁きました。
……リュミーフォートさんについては、いろいろと謎が多いです。ロクスウォードの正体を探る上で、彼女の同行はむしろ望ましいものでした。
「何があるかわからないし、一応私も行くわよ。調査はその後でもできるし」
ルルーさんも同行を申し出てくれて、もちろん私の家族たちや、ネメシィも同行してくれることとなり、結局今のメンバー全員で鉱山都市レグペリュムを目的地と定め、共和国へ向かうこととなります。
と、その時。
「え……なに、あれ……?」
「……光の柱?」
空高くを飛行しながら移動する私たちの目に、不思議な光景が映りました。
それは、遠くの森から一直線に天高く伸びる、光の柱のように見えます。
『む……またか。もしや龍脈が解放されたのであろうか』
「え、なに? ボガルニア、どういうこと?」
ボガルニアが漏らした意味深な言葉を問いただすと、彼は思案げに目を細めながら答えを返してくれました。
『ついこの間も、あのような光を遠くに見たのだ。獣の森近くにある山から光が伸びたかと思うと、しばらくして消えて行った。それから途轍もない地響きが伝わっても来た』
獣の森? ……まさかそれって、獣王の陵墓のあった森のこと? 龍脈って、魔神の渦のことですよね? 私たちがあの魔神の渦を攻略した時も、外ではあんな光が空に向かって伸びていたのでしょうか。
となると、今あそこの近くには……
「どうする、ご主人? 行ってみるか?」
赤銅色の瞳を細めたレジィが、徐々に薄くなっていく光の柱を睨み付けながら訊ねてきます。
そんな彼の問いに、私はしばらく考えてから首を横に振りました。
敵はあの光の存在を知っているはずですから、すでに逃走を始めていることでしょう。
影に潜むことのできるアペリーラが逃げに徹したら、捕まえるのは容易ではありません。仮に手傷を負わせても、向こうには時間を巻き戻して回復させることのできるリルルがいます。
それにどれだけ敵の戦力を削ったところで、ロクスウォードを討たない限りはイタチごっこが続くだけです。
やはりロクスウォードの目的を調べ、先回りしてその達成を阻止するために動きましょう。
そうすればヤツらは、逃げることができなくなります。目的の達成が実質不可能となれば、それは即ちヤツらの敗北を意味するのですから。
「いこう、レグペリュムへ」
薄れゆく光の柱から視線を外した私の言葉に、みんなは真剣な面持ちで頷きました。
きっともう、この戦いはすでに取り返しのつかない段階まで来ていることを察しながら。
//次話から、最終章に突入します!
//…私が忘れてそうな伏線や設定がありましたら、こそっと教えてくださると嬉しいです…|ω・`)




