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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第五章 【魔族領】
272/284

2歳5ヶ月 11 ――― 魔性の女



 翌日。

 小型の竜人用に設えられた簡易宿舎で朝日を浴びた私は、続々と起き出す家族や仲間たちに挨拶をしながら、二歳児の姿へと戻った身体でゆったりと伸びをしました。

 あ~よく寝た……とは言えませんね。ほとんど睡眠を必要としない前世からの体質によって、深夜には目が覚めて魔術理論の構築で暇潰しをしてましたし。


 今日は私たち全員で竜王ゼルギルガルドに会いに行って、一部の竜族の暴走について報告し、釘を刺すという予定となっています。

 毒竜ナルガーゾが竜族の戦力をテロリスト集団に横流しして、間接的に私たちへ被害を与えたことや、なんやかんやあってナルガーゾを別の大陸へ追放したことなどは、伝えておかないとまずいことになるかもしれませんし、

 緋竜ボガルニアや氷竜アルゴラ曰く、竜王はそれで怒るような性質(タチ)ではないとのことですから、さっさと手下たちをまとめて混乱を収めてくれるようにお願いします。


 そんなわけで緋竜ボガルニアが竜王にアポを取りに行ってくれている間、私たちはまったりと朝食を楽しんでいました。

 この朝食は、リュミーフォートさんのマントからなぜか無限に湧いてくる食材を、ケイリスくんやルルーさんが料理してくれたものです。


 相変わらず絶品な二人の料理に舌鼓を打った私は、その席で自分の身体に起こっていることを報告しました。

 というのも、昨日慰癒の竜泉に浸かってからというもの、私の視力に劇的な変化が表れていたためです。

 その変化とは……


「し、視力がさらに落ちた……!?」

「……うん」


 驚きに目を瞠るみんなの視線を受けて、私は気まずさに視線を泳がせます。

 そしてネルヴィアさんを筆頭に、みんながすぐさま私のそばに駆け寄ってきて、私の瞳を覗き込みました。以前はたしか右側の紫色の瞳に、ぽつぽつと青い斑紋が滲んでいたという話でしたっけ。


「青の斑紋どころか、もう右側の瞳は完全に青く染まってます……!」

「おい、青の中に緑色も見えないか?」

「……無事だった左側の目も、藍色っぽくなってきてますよ」


 私は自分では見えない瞳が、どうやらエライことになってるらしい事実を、今さらながらに知ります。

 紫の中に青の斑紋が浮かんでいたという左目はすでに完全な碧眼となり、その中に緑色の斑紋が浮かび始めている。そしてまだ紫色を保っていたはずの右目も、青の斑紋が浮かび始めているとのことでした。


 ネルヴィアさんたちが、あの温泉の効能を知っていそうな竜人少女(ヴェヌス)に視線を向けると、彼女は怯えるように縮こまりながら、自分にも理由はさっぱりわからない旨を主張します。

 代わりに口を開いたのは、唯一この症状に関する知識を持っているソティちゃんでした。


「……青い瞳をもつ人の場合、ほとんどはその青色が完全に緑に変わったとき、失明すると言われてるよ。環境じゃなくて自分の強すぎる魔力で症状が進行する例は初めて見たけど、視力も実際に低下してるし、つまりそういうことなんだと思う」


 深刻な表情を浮かべたソティちゃんの言葉に、私の家族たちは打ちのめされたかのように俯いてしまいます。

 そして一際悔しそうに唇を噛んだネルヴィアさんが、絞り出すような声で、


「私が……ここに案内しろと、言ったからっ……」


 それは自分を責めるような、痛みを伴う独白でした。

 私はすぐに首を横に振って、ネルヴィアさんの手をギュッと握ります。


「だれのせいとかじゃないよ。ためしてみるまでは、だれにもけっかはわからなかったじゃない。もしかしたらなおってたかもしれなかったし、なんにもかわらなかったかもしれなかったでしょ?」

「で、でも……それでセフィ様の目が……!」

「とにかく、ついでにこのおんせんのこうかを、りゅうおうにきいてみよう? もしかしたらボガルニアたちが、なにかをかんちがいしてたのかもしれないし」


 ひとまず気休めのような言葉でその場を収めた私は、ちょうどそのタイミングで私たちのいる簡易宿舎の庭へと降り立った巨竜を横目に捉えます。

 私の家族がそんな彼―――緋竜ボガルニアに鋭い視線を向けるのは、最初に『どんな傷や病気も癒す温泉』とか言い出したのは彼だったからでしょうか。

 なんとも不穏な雰囲気に、戻ってきたばかりのボガルニアは困惑しておろおろしています。


 私はべつに彼が悪いとも思ってはいないので、助け舟を出すことにしました。


「ボガルニア、りゅうおうはなんだって?」

『あ、ああ……竜王様はお前たちとお会いになると仰られている。すぐに移動するので準備をしてくれ』


 ボガルニアの言葉に、ルルーさんとケイリスくんは食器などの片づけを始め、ネルヴィアさんは外していた鎧や剣を装備して、それぞれが出発の準備を進めます。

 私も神器グラムを仕込んだ玉座を浮かせて取り寄せていると、ボガルニアは何やら落ち着かない様子でそわそわしていたかと思うと、おもむろにヴェヌスへ向かって呼びかけました。


『……ヴェヌスよ。少し、話がある。外に出てきてくれないか』

「え? は、はいっ!」


 突然呼びつけられたヴェヌスは困惑した様子でしたが、しかし彼のことを憎からず思っている彼女のことですから、すぐに気を取り直して、外で待つボガルニアの元へと嬉しそうに向かっていきました。

 そして軽い地響きを伴いつつ簡易宿舎から離れていくボガルニアとヴェヌスの後ろ姿に、私はデバガメ根性を押さえこみながらも「やっとか……」と溜息をついたのでした。


 ヴェヌスは竜族的な感性では結構人気で倍率が高いようですが、しかし彼女の様子を見ている限りでは、その気持ちが誰に向いているかは明白です。

 あとはボガルニアがバシっと決めてくれれば、丸く収まるのではないでしょうか。というかここまで来て日和(ヒヨ)ったら、ヴェヌスには見切りを付けるよう促した方が良いかもしれません。


 するとボガルニアと入れ替わるようにして宿舎を覗き込んだ氷竜アルゴラが、こちらもそわそわした様子で口を開きます。


『……ね、ねぇネルヴィア。私もちょっといいかな? 渡したい物が……』

「アルゴラぁ!!」


 黄金(グラム)の剣を無数にブン投げた私に、アルゴラは『うわあっぶな!?』と悲鳴を上げて飛び退きました。

 こいつ、懲りないやつだなぁ……! 


「セフィ様、どうかされましたか?」


 私がアルゴラをどう料理してやろうかと思案しつつ睨み付けていると、すぐ後ろからネルヴィアさんが不思議そうな顔で訊ねてきました。


「いや、またアルゴラがネルヴィアさんにはなすこととか、わたすものとかいいだして……!」

「そうなんですか! ではちょっと行ってきますね」

「え?」


 私の説明に表情を弾ませたネルヴィアさんは、にっこりと微笑んでから嬉しそうな足取りで宿舎から飛び出し、アルゴラの元へと駆け寄って行きます。

 えっ、えっ? なにその反応? いつからアイツそんな、ネルヴィアさんの中のカースト上位に躍り出たの?


 私が言い知れない恐怖に立ち竦んでいるうちに、私の視線の先でネルヴィアさんとアルゴラが楽しそうに会話している声が聞こえました。


「お話というのは?」

『あ、うん……それはまた今度で。それより渡したい物なんだけど、これ』

「わぁ! これって宝石ですか!?」

『そう。あっちの島で採れる希少なやつだよ。それからそっちの石は、魔族の鍛冶師の中で有名な、砥石(といし)に使われる特殊な鉱石なんだよ』

「そんな貴重なもの、頂いても良いんですか……?」

『も、もちろん! そのために取ってきたんだから、遠慮しなくていいし、好きに使ってよ』

「ありがとうございます、アルゴラ!」


 花が咲くような輝く笑顔を浮かべたネルヴィアさんに、アルゴラはちょっとたじろくような仕草をして、照れくさそうにそっぽを向きました。

 それからスキップでもしそうな様子のネルヴィアさんが、私の元に戻ってきます。私は内心のもやもやとか焦りを表に出さないように努めながら、彼女を迎えました。


「セフィ様、いっぱい貴重なものを頂きました!」

「あ、うん……そうだね、すてきだね。よかったね……」

「……? どうかされましたか、セフィ様?」


 それでもやっぱり反応がぎこちなくなってしまったせいか、ネルヴィアさんは不思議そうに小首を傾げて、私のことを覗き込んできます。しまった、子供っぽい焼きもちがバレたか……?

 しかしネルヴィアさんはハッと目を見開くと、得心いったという風ににっこりと微笑みます。


「もしかして、どれか欲しいものでもありましたか? ではセフィ様、どうぞ!」

「え?」


 曇り一つない満面の笑みのまま、ネルヴィアさんは両手いっぱいの宝石―――それも大きさや純度が並外れてる、めちゃくちゃ希少っぽいもの―――を、私の眼前に差し出してきました。


「いや……それ、おねーちゃんが、いま、もらったものだよね?」

「はい、そうですが?」


 だからどうしたと言わんばかりにきょとんとしているネルヴィアさんに、私は背筋に冷たいものが流れるのを感じました。

 ネルヴィアさんの脇から覗く、宿舎の外でいまだに照れてるアルゴラの横顔を見て、なんとも言えない気分に支配されます。

 ア……アルゴラぁ……!


 すると私が沈痛な面持ちで黙りこんでしまったことで失敗に気が付いたのか、ネルヴィアさんは途端に申し訳なさそうな表情を浮かべました。

 良かった、気が付いてくれたみたい……。


「そ、そうですよね、ごめんなさい……私ってば、こんな……」

「ううん、きがついてくれたならよかったよ」

「ええ―――こんな宝石の形で渡されても、困っちゃいますよね」

「……うん?」

「将来セフィ様のために使えそうなものだけ残して、残りは換金しましょう! お金にしておかないと、セフィ様が使えませんからね!」


 なんだその発想!? 悪魔か!?


「いやいやいや! そういうのわたし、かんしんしないなぁ~! これおねーちゃんがもらったヤツだからね? まごころこめて、プレゼントされたヤツだからね!?」

「は、はぁ……」

「ほらよくかんがえてみて……!? もしかりに、わたしがおねーちゃんからもらったプレゼントをうって、おかねにかえたらさ! どうおもう!?」

「それは私がセフィ様のお好みをきちんと把握しておらず、わざわざ換金させるような手間をかけさせてしまったことを申し訳なく思います。しかしプレゼントを捨てられたりせずに、どんな形でも有効活用して頂けたなら私は嬉しいです。そして以降はそのようなことがないように、厳選に厳選を重ねたプレゼントと、加えて十分な金銭をお贈りするようにします」


 …………だ、だめたこの子……訓練され過ぎている……!

 尽くし方が重すぎて、もはや常人とは価値観が隔絶されているのか!? それともアルゴラが眼中に無さすぎるの!? いやまぁあんなデカいドラゴンと恋仲になるっていうのは、たしかにちょっと御伽話(ファンタジー)めいてるけどさ!


「そ、そっかぁ~……★ でもそのほうせきは、いちおう、とっとこうね……?」

「はい、わかりました! そうですよね、お金にはまだ困っていませんし、宝石のままでも使い道があるかもしれませんしね」

「う、うん、そうそう、そのとおり……」


 今度からは、ちょっとだけ……アルゴラにも優しくしてあげようかな……


 そうして私が謎の罪悪感に苛まれつつも、それぞれ出立の準備を整えた私たちの元に、ボガルニアとヴェヌスの二人が戻ってきました。

 二人はなんだか見ているこっちがむず痒くなるくらい初々しい距離感で……ボガルニアの『話』とやらが、ヴェヌスにとって長らく待ち望んでいたものだったのであろうことは、容易に想像がつきました。


 ふふ、いいなぁ。ああいう甘酸っぱいの。ちょっと憧れちゃうよ。


 ……さっきえげつないものを見ちゃったから、なんか余計に……ね。

 だ、大丈夫大丈夫。アルゴラだってほら、地道にポイント稼いでいけば、ワンチャンあるって……


『コホン。……すまない、待たせてしまったな。準備ができているようなら、私の背中に乗ってくれ』


 ちょっと照れくさそうにしているボガルニアに、なんとなくみんな事情を察したのか、微笑ましげな視線を向けます。

 それから、ぞろぞろとボガルニアの背中によじのぼった私たち。

 頬を染めつつも嬉しそうな表情を必死に抑え込もうとしているらしいヴェヌスに、私はちっちゃな声で、


「……よかったね、ヴェヌス」

「あ、あぅ……はい、その、すごく……うれしいです」


 両手の人差し指をつんつんさせながら恥ずかしがるヴェヌスに、私はさらにほっこりした気分になりました。


 そしていざ出発という段になって、私はネルヴィアさんがボガルニアの背中に居ないことに気が付きます。

 見ればどうやら、今回も少し離れたところでアルゴラの背中に乗って楽しそうにお話ししていました。


『ねぇ、ネルヴィア。琳華氷晶(フェレクシオン)っていう世界一美しいって言われる結晶と、百夜(アダミシア)鉱っていうあらゆる金属を不思議な力で弾くという鉱石、もし手に入るならどっちがいい?』

「え、そんなものがあるんですか!? すごい! どっちも見てみたいです!」

『そ、そっか、どっちもかぁ……! わかった、うん…………がんばる』


 アルゴラぁ……!!(泣)



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