2歳5ヶ月 10 ――― 温泉回
//現在活動報告にて、セフィリアのラフ画を公開中です。
//ご興味のある方は、ぜひご覧になってください!
「はふぅ~~~」
カポーン……というお約束の効果音が反響する幻聴を聞きながら、私は現在、立ち上る湯気に巻かれて寛いでいました。
満天の星空の下、視界を遮る物のない大自然と、その先に広がる漆黒のオーシャンビュー。
ここは“慰癒の竜泉”。天然温泉が湧き出す、絶海の孤島です。
島のいたるところから温泉が湧き出しているというこの孤島は、常に竜族により監視されていて、関係者以外の立ち入りを固く禁じています。
今回は竜族の最高幹部である緋竜ボガルニアと、氷竜派で二位の実力を持つアルゴラのおかげもあり、ほとんど顔パスで島へ踏み込むことができましたけど。
現在時刻はおよそ深夜零時を回ったあたりでしょうか。ほぼ休憩なしで竜の山脈からここまで飛んできて、さきほどようやく到着しました。
この島独自の植生に属する“燐光苔”に覆われ、ぼんやりと発光している岩による温泉のライトアップは幻想的です。
そんな美しい景色がほとんど貸し切り状態になっていると聞いた私たちは、先の戦闘で汗や土によって汚れてしまった身体を、早速清めようという話になったわけです。
ちなみにここで療養中だという竜王ゼルギルガルドは、島の中央部にあるという寝床ですでに就寝中とのことで、出くわすことはありませんでした。
「いやー、極楽極楽。気持ちいいねぇ、二人とも」
「…………ああ」
「…………そうですね」
現在、中学生くらいの大人形態のままである私は、温泉に浸かって“うにょーん”と伸びきりリラックス中。そんな私から数メートルほど離れたところで、レジィとケイリスくんが湯船で並んで正座しています。
レジィは頭に生やした獣耳をペタンと寝かしちゃってますし、ケイリスくんは三つ編みを解いた自分の髪を忙しなく撫でつけていました。
ちなみに二人は腰にタオルを巻いているだけなのですが、私はまるで女子みたいに胸まで隠す形で大きなタオルを巻かされていました。これはケイリスくんが言うには、貴族はたとえ男であっても、こういった場でなるべく肌を晒すことはないのだそうです。へ~、そうなんだぁ。初めて聞きました。
しかしせっかくの露天風呂なのに、あのレジィとケイリスくんのお通夜ムードはどうにかならないものか……と言いたいところですけど、まぁ私が彼らの立場だったとしても落ち着かなかったと思います。なぜなら……
「わぁ、ネルヴィアちゃんやっぱり大きいね! ちょっと触ってもいいかなぁ?」
「えっ? ネメシィさん、それは……ひゃん!?」
「うわぁ~、重~い! 柔らか~い!」
「ちょっ、ネメシィさん!? もうっ!」
私たちが浸かっているところから、ちょっとだけ離れた別のお湯で、ネルヴィアさんとネメシィがイチャついてるのが湯煙越しに見えます。
この慰癒の竜泉にはどうやら男湯とか女湯といった概念はないらしく、仕切りや壁のようなものも当然ありません。
そうとは知らずに男女で別れて温泉に浸かろうとしたところ、まぁ当然の帰結というかなんというか、こうしてお風呂でばったり出くわして、混浴紛いなシチュエーションが実現してしまったわけです。
ネルヴィアさんとネメシィが乳繰り合っているすぐ傍で、たゆんたゆんと揺れる二人の立派な山脈を見つめるルローラちゃんの目が、速やかに濁り腐っていきます。あぁ……
するとそんな人生の無常を噛みしめているルローラちゃんの目の前で、なんか不自然なくらいいつもより胸元を盛ってるルルーさんが、これ見よがしに両腕で寄せて上げてました。うわぁ……
「ねぇ、ルルー? ルルーちゃん? なんで胸大きくしてるの? それ魔法だよね? なんでそういうことするの? そんなにお姉ちゃんのこと嫌いなの?」
「……ふっ」
「鼻で笑った!! お姉ちゃんを鼻で笑ったなぁ!? 戦争だぞソレは!!」
現在中学生くらいの容姿であるルローラちゃんが勢いよく立ち上がると、その身体はタオルを巻いていることを差し引いたとしても、悲しいほどに……その、つるーん、ぺたーんって感じです。いえ、“無”ではないですけどね? でもネタにするのも躊躇われるくらいリアルなレベルのぺたーんです。
ルローラちゃんがぎゃんぎゃん喚いているその横では、リュミーフォートさんとソティちゃんがぐでーんと温泉の縁に寄りかかっています。
タオルも巻かずに褐色の長い手足を投げ出すリュミーフォートさんは、なんだか目が離せなくなるような大人の色気を醸し出していました。
そんな彼女たちの傍では、成り行きでついて来た竜人少女のヴェヌスが、静かにちょこんと湯に浸かっています。その表情はとてもリラックスしていて、近くで騒いでる子たちを微笑ましげに眺めているようです。
ちなみに私たちが温泉に入ると言ったとき、どさくさに紛れて一緒に入ろうとしたボガルニアとアルゴラは、私が神器グラムで叩きのめしておきました。うちの可愛い可愛い子たちの肌を、誰が見せてやるものか。生まれ変わって出直して来い。
彼らは今頃、巨竜専用の大温泉に浸かっていることでしょう。
と、そこで私が女子たちに視線をやっていることに気が付いたのか、ネルヴィアさんが私に向けて元気に手を振ってきます。
「セフィ様~! やっぱりこっちにいらっしゃいませんかー!」
向こうの湯にはたくさんの女の子たちが浸かっていて、随分華やかな絵面となっています。
対するこっちは、私、レジィ、ケイリスくん。そのうち二人は私からなぜか距離を取り、さらに顔を背けて正座で黙りこんでいるため、なんだか空気がどんよりしています。
でもいくらネルヴィアさんたちに誘われたって、私はあの華やかな空間に入って行く勇気はありません。
前世では学校でも会社でも男ばっかりな環境で育ってきたため、ああいうすごく良い匂いがしそうな空間には耐性が無いのです……
もちろんそれ以前に私は“男子”なわけですから? レジィやケイリスくんがああやって気まずそうに俯いている気持ちも良~くわかります。大人の私でもコレなんですから、思春期の二人にはさぞや気まずいことでしょうとも。
そんなわけで私は苦笑しながら、ネルヴィアさんの誘いに対して首を横に振りました。
「ううん、私はほら、男子だから! こっちでいいよ!」
「セフィ様なら構わないって話になってるので、大丈夫ですよー!」
「いや私が構うんだけどね!?」
なんだか向こうの女子たちには、年頃の娘らしい危機感というものが欠如しているようです。まぁ万が一 私が襲いかかったとしても、普通に返り討ちに遭いそうですけども。
向こうの温泉から熱い視線を送ってくるネルヴィアさんから視線を外して、私はこっちの男子二人に向き直りました。
「よし、じゃあお背中流しっこしようか!」
「なにが『じゃあ』なのかわかりませんけど、やりませんよ」
「えっ、なんで!?」
「……いろいろ危ないからです」
じりじりと距離を詰める私から、ケイリスくんが後ずさりして距離を取りつつ答えます。一体なにが危ないのでしょうか?
ああ、もしかして私たちがそういう家族的イベントを始めたら、ネルヴィアさんが釣られてこっちに来ちゃうかもしれないってことでしょうか? たしかにそれは危ないですね。
この温泉という場で、あの胸部の凶器を無防備に揺らす彼女の接近を許したら、思春期の二人は大変なことになっちゃいそうです。
「……なんかご主人、ぜんぜん見当違いな納得してそうだぞ。ケイリス」
「いつものことですよ……僕たちの方で気を付けましょう、レジィ様」
なんか二人でこそこそ話し出すレジィとケイリスくん。しかも多分失礼なこと言ってる。ムッ。
「なになに、私だけ除け者かな? キ・ズ・つ・く・なぁ~!」
私はそう言いながら、温泉の隅に追い詰めた二人にガバッと飛びかかりました!
逃げようとする二人の首に腕を回して、思いっきりぎゅーぎゅーと抱き寄せます! 気分は若者に絡む豪快なおっさんです。
「ほら捕まえたぁ!」
「うわぁ!? 何してんですかお嬢様!」
「ちょっ、ご主人やめろって! やばいって!」
場の雰囲気にのまれてすっかり修学旅行気分となった私は童心に帰り、子供っぽいじゃれ合いに思いっきり興じました。私の腕の中にいる二人は、私に怪我をさせないようにしているのか身体に触ってこないため抵抗が弱く、ばちゃばちゃともつれ合うばかりです。
あぁ、いいなぁ。癒されるなぁ。私はこういうのを求めてたんですよ。気の置けない親友とか、遠慮のいらない家族とか、そういうかけがえのない人たちとふざけ合える、そんな暮らしを望んでいたのです。
「ああっ!? セフィ様だめです!!」
「ちょっとちょっと、ゆーしゃ様! 二人が道を踏み外しちゃったらどうするのさ」
しかし私の癒しのひと時は、タオルを巻いた状態で駆けつけてきたネルヴィアさんとルローラちゃんに引き剥がされて、終わりを迎えました。
ネルヴィアさんの細腕からは想像もできないほどに力強く抱えられた私は、気が付くとお姫様抱っこのような格好で持ち運ばれ、そのまま二人によって女子ゾーンへと運ばれていきます。
男子二人とのスキンシップを中断させられたのは残念ですが、まぁこの美少女二人とイチャつくのもそれはそれで一興です。二人ともお風呂に入るために長い髪をまとめてアップにしているためか、いつもと印象が違います。ああ可愛い。一日中ずっと愛でてたい。
と、私が速やかに頭の切り替えを行っていると、そそくさと女子ゾーンへ移動していたネルヴィアさんの足が止まります。見れば、レジィがネルヴィアさんの肩を掴んで引き止めていました。
途端に、ピリッとした空気が漂います。
「……この手はなんですかレジィ。あなたが間違いを犯さないように配慮してあげてるんですよ」
「……なんだ間違いってボケコラ。そんなのねーよ。いいからご主人を置いてけ。困ってんだろ」
ネルヴィアさんのおっとり穏やかな垂れ目に剣呑な色が混じり、レジィの尻尾の毛が静かに逆立っていきます。
ほらもう二人はすーぐケンカするんだから。しょうがないなぁ。
私を抱えるネルヴィアさんの腕を押し返して、私は湯船の中に足を下ろして着地します。それからちょっと残念そうに眉尻を下げるネルヴィアさんと、期待に表情を輝かせるレジィの手をそれぞれ引っ張り、さっきみたいに二人を抱き寄せます。
「ほーらまた捕まえたぁ! もう逃がさないよ!」
「わっ、セフィ様!?」
「ご、ご主人!?」
温泉で温まって血行が良くなったのか、ほんのり顔を赤らめた二人が驚きに目を瞠りながら、息がかかりそうなほど間近から見つめてきます。
なんか最近命の危機に陥ったり、戦いに巻き込まれたり、私の病気が発覚したり、いろいろ心労を引き起こすような物騒なことが立て続けに起こっていたように思います。
そのせいでネルヴィアさんとの仲がピリピリしかけたり、レジィがめちゃくちゃ落ち込んでたり、ケイリスくんが甘えんぼになったり、みんなにも多大なストレスを与えてしまいました。
ルローラちゃんだって、妹のルルーさんとはまだ仲直りができていないそうです。平気そうに見えても、心中穏やかではないでしょう。
私はちょっと離れたところであわあわしてるケイリスくんと、やれやれみたいな感じで苦笑してるルローラちゃんの腕も引っ張って、二人を抱き寄せました。
「お、お嬢様!? ダメですって……!」
「うわっ。もう、ゆーしゃ様ってば……」
「あははっ! まぁまぁいいじゃない、家族なんだから!」
私がそう言うと、ネルヴィアさんやレジィ、ケイリスくんは嬉しそうにはにかんで、それから「しょうがないなぁ」みたいな感じで遠慮がちに抱き返してくれます。
そしてルローラちゃんはというと、眼帯に覆われていない左目をパチクリさせてから、なぜか顔を真っ赤にさせました。
「ルローラちゃん、どうかした? もしかしてのぼせちゃった?」
「え、と……アタシも、家族でいいの……?」
「……え? うん、良いに決まってるでしょ? 急にどうしたの?」
突然おかしなことを言い出したルローラちゃんに私が驚いて聞き返すと、彼女はその宝石みたいに綺麗な青い左目を嬉しそうに細めてから、私の背中に腕を回してくれました。
デレた! ルローラちゃんがデレましたで!
「ずるい! ねぇセフィリアちゃん、ボクもボクもー!!」
「うわぁ!?」
私たちが内輪で抱き合いながらイチャついていると、それに焼きもちでも焼いたのか、ネメシィが私たちにタックルしてきて、そのまま全員で湯船に水没しました。
いきなりお湯に放り込まれて一瞬焦ったものの、倒れた直後にはネルヴィアさんとレジィが真っ先に私をお湯の外に引き上げてくれて、お湯を飲まずに済みます。
そしてバカなことをやってる私たちを離れたところから見ていたその他の四人は、そんな私たちの様子を微笑ましげに見守っているのでした。




