表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第五章 【魔族領】
270/284

2歳5ヶ月 9 ――― 竜たちの想い

//活動報告にて、神童セフィリアの広告イラストが公開中です!

//表紙のセフィリアとネルヴィアが掲載されていますので、ぜひご覧ください!



「さて、と。それじゃあそろそろ、お(いとま)しよっか」


 私がそのように号令をかけると、みんなも快く頷いてくれました。

 すでに陽はすっかり沈んでいて、夜の帳が落ちた竜王の峰は、お隣にそびえて煌々と燃え盛る“炎竜の峰”によって、ぼんやりと照らされています。


『……もう良いのか?』


 そう訊ねてきた緋竜ボガルニアは巨体を屈めて、ネルヴィアさんを心配するようにのぞき込んできました。

 そんな彼の気遣いに、つい先ほどようやくいつもの元気を取り戻してくれたネルヴィアさんが、照れくさそうに小さく頷きを返します。


 と、そこへ……ドシドシと重厚な足音を響かせて、数体の大きな竜人を引き連れた氷竜アルゴラが近づいてきました。

 そしてアルゴラは、その巨体に似合わない少年のような声を遠慮がちに発します。


『ネルヴィア……だっけ。さっきは、その……ありがとう』

「え? 何のことですか?」

『さ、さっきの炎を、私たちに届かないように斬ってくれただろ!』


 緋竜ボガルニアと比べたら半分ほどの大きさとはいえ、人族と比べたら氷竜アルゴラも随分と大きな体躯です。しかしそれでも、もじもじと躊躇いがちに感謝を告げる彼は、実際よりも小さく見えました。


『それに君がアイツと戦ってくれなかったら、アイツはここで暴れてたんだろ? もしそうなってたら、私たちもタダじゃ済まなかったと思うしさ』

「いえ、そんな……彼の狙いは私だったみたいですし……」

『それでもだよ。だから感謝の印として、これを受け取ってよ』


 そう言って氷竜アルゴラが目配せをすると、傍らに立っていた体高三メートルほどの竜人が、ネルヴィアさんにとあるものを差し出してきました。


「これは……?」

『この山脈で採れる“竜響岩”っていう岩を加工して造る剣でね。“鳴竜刀(めいりゅうとう)”って言うんだけど。本来は一人前って認められた竜人しか持たされないものなんだよ』


 見ればその武器は、氷竜アルゴラの纏う竜鱗のように、白く透き通った蒼色の……大剣? 戦斧? 薙刀? 槍? いろんな武器をごちゃごちゃに混ぜ合わせたような、刀剣のキメラとでも言うべき複雑な形状をしていました。

 それは人族の鍛冶師が作り出すような精緻で型通りの形状ではありませんでしたが、鉄をも遥かに凌ぐと言われる超硬度の竜響岩を、無理やり削り出して造った武骨で荒々しい造形は、これはこれでとても趣があるように思えます。


 まるで竜の牙や爪が複雑に絡み合っているかのような形状のソレは、しかし設計段階で竜人の巨体を想定して造られているのか、ネルヴィアさんが持つにはかなり大きいです。彼女の背丈の一.五倍くらいはあるんじゃないでしょうか。

 それでも素材が普通の金属ではないためか見た目ほど重くはないようで、ネルヴィアさんはそれをバトンのようにクルクル回して、具合を確かめています。


「こ、こんなものを頂いてもよろしいんでしょうか……?」

『いいんだよ。君が持ってる魔剣みたいに大した能力はないけど、それを持ってるだけで竜に連なる魔族は、君を仲間や賓客として扱うよ。それはそういう“証”だから』


 つまりこの剣は、竜族の間で伝わる身分証明書みたいなものなんでしょうか?

 よく見ると強そうな竜族たちはみんな当たり前みたいに、似たような剣を腰に下げています。いえ、ネルヴィアさんの貰った剣の方が立派かな……?

 もし彼らが普段、そのままの装備で魔族領を歩いているのであれば、竜族以外の他の魔族たちにも暗黙の了解として、ネルヴィアさんの立場が伝わるような気もします。


 そんなことを漠然と思いつつ、私は近くにいた純白(アルビノ)の竜人少女ヴェヌスに、ふと気になったことを訊ねました。


「ねぇ、さっきこの近くで見かけた竜響岩は、黒っぽい色だと思ったんだけど……」

「そうですね、この竜王の峰で採れる竜響岩は黒色です。ですからアルゴラ様がお持ちになった鳴竜刀は、氷竜の峰で採掘された岩を使っています」


 ……採掘される場所で、色が違うって事ですか。じゃあ他にも赤とか緑とか紫もあるのでしょうね。

 竜族たちの色とりどりな鱗をボーっと眺めていた私に、ヴェヌスの傍らで蹲る緋竜ボガルニアが、どこか楽しげな表情で補足してくれます。


『そしてあの鳴竜刀は、竜響岩で造られているだけあって、強く叩くと竜の咆哮のような音を響かせる。そのため竜人の戦士たちは、その音で連絡を取り合ったり、危険を知らせたり、救難信号を出したりするのだ。竜族はかなり離れた場所からでも、その音を聞きつけることができるからな』

「ふーん、そうなんだ」

『そのことから、異性にこれを贈るということは、相手の危機に必ず駆けつけると約束する熱烈な愛情表現とされている』

「……ふーん」


 ボガルニアの説明を聞いた私は、静かに氷竜アルゴラの方へと振り返ります。おい、アルゴラぁ……

 彼は私と目が合った瞬間に、その巨体を飛び上がらせました。それから『いやいやいや! 違うって! ただの感謝の気持ちだから!!』と全力でかぶりを振ります。ほんとかよ?


 でもその横で、滅多に人族が手にすることはないであろう希少な武器を手に入れて、うきうきと喜んでいるネルヴィアさんを見たら、とてもじゃありませんが返しなさいだなんて言えません。

 ……っていうかネルヴィアさん、帯びてる刀剣がどんどん増えていくんですけど、あなたはどこを目指しているのですか? 弁慶にでもなるつもりなの?

 自前の名剣、魔剣、聖剣ときて、さっき受け継いだ妖刀に、竜刀まで加わって、なんかもう人族領の街に戻ったら、関所で危険人物として引き止められそうなビジュアルになっています。


「……まぁいっか。それで、“慰癒の竜泉”っていうところに連れてってもらえるのかな?」

『うむ、そういった約束であったな。全員私の背中に乗ると良い、運んでやろう』


 そう言って緋竜ボガルニアが身を低くさせると、周囲の竜族たちがざわつきました。彼らから漏れ聞こえてくる声を拾うに、どうやら炎竜派のトップが人族を背中に乗せて使いっ走りをする様が、衝撃的だったようです。


 私は近くのケイリスくんを呼びつけて、彼を玉座に座らせた上で、その膝の上に乗っかりました。他の人たちならともかく、彼だけは一般人ですからね。竜の背中にしがみついて長距離飛行とかは耐えられないでしょう。

 照れくさそうに「あ、ありがとうございます……」と萎縮しつつも、後ろから私のおなかに腕を回してギュッとしてくれるケイリスくん。私はそんな彼に笑いかけてから、他のみんなにはボガルニアの背中に乗るよう促します。若干数名、ケイリスくんに羨ましそうな視線を向ける子もいましたが、すぐに気を取り直してボガルニアの背中をよじ登って行きました。

 ちなみに寝ぼすけエルフのルローラちゃんは、ルルーさんの背中で気持ちよさそうに寝ています。……どれだけ太い神経してるんでしょうか。


 そして名残惜しそうに私を見ていたネルヴィアさんが、ようやく諦めてボガルニアの元へと向かおうとすると……


『ネ、ネルヴィア……なんなら私が乗せてってあげようか? その鳴竜刀の使い方とか、竜族に伝わる合図の出し方とか、教えてあげるよ』

「ほんとですか! ぜひお願いします!」


 なんか向こうでは、氷竜アルゴラが刀をダシにして、ネルヴィアさんを(かどわ)かそうとしています。

 おいアルゴラぁ……! ネルヴィアさんに粉をかけたかったら、まず私を倒してからにしろよ!


 ……でもネルヴィアさんが瞳をキラキラ輝かせながら「よろしいですか、セフィ様?」とお伺いを立てて来たら、思わず頷いてしまいました。だってあんなに可愛くおねだりされたら、そりゃ突っぱねるなんて無理だよ!


 小賢しい青トカゲの蛮行に私が苛立っていると、視界の端で暴竜グラキデリアが起き上がるのが見えました。そしてその足元には、彼を見上げるリュミーフォートさんがいます。


「なかなか筋は良かったよ。でも圧倒的に実戦経験が足りないね。生まれ持った力だけで戦うのは、いつか限界が来るものだよ。上には上がいる。もっと高みを目指すなら、経験豊富な竜たちに教えを乞うて、技を磨かなくちゃいけないね。そしてあなたは強いのだから、手加減を覚える必要がある」

『……グゥゥ、アンタが言うなら、わかった……』


 あの暴れん坊だったグラキデリアが、翼や尻尾をぺたっと地面につけてしょぼくれている様子に、他の竜族たちは信じられないものを見るような目で見守っています。やっぱり魔族は強者に服従なんですね。

 そしてグラキデリアの特訓に付き合わされる哀れな犠牲者は、一体誰になるのでしょうか……


 リュミーフォートさんの脳内にアフターケアという言葉は存在しないらしく、彼女は暴竜グラキデリアに先輩を敬うよう約束させると満足して、こちらに戻ってきました。


 ネルヴィアさん以外の全員が緋竜ボガルニアの背中に乗り込むと、私もボガルニアの背中に玉座を固定してから、ケイリスくんの肩に頭を預けます。

 するとボガルニアの足元で、「わ、わたくしもご一緒させては頂けないでしょうか……!」という声が聞こえてきました。私が声に振り返ると、そこには不安そうにこちらを見上げるヴェヌスが、それでも紅い竜眼を逸らさずに私をまっすぐ見つめていました。


「えっと、べつにいいけど……」

「あ、ありがとうございます! ボガルニアさん、失礼いたします……!」


 私が承諾するや否や、ヴェヌスはその白い髪をと尻尾を靡かせながら、ボガルニアの背中に飛び乗ってきました。


「ボガルニア、なるべく低い場所をゆっくり飛んでね。アルゴラもね」

『うむ、承知した』

『わかってるって』


 巨大な赤い翼を広げたボガルニアとアルゴラが羽ばたくと、その巨体はゆっくりと宙に浮かび、竜王の峰を一望できる高さまで到達しました。

 それから竜の山脈を軽々とひとっ飛びして越えると、星空に照らされた夜の魔族領を眼下に一望しながら、“慰癒の竜泉”を目指します。


 強烈な風圧をソティちゃんが魔法で遮断してくれていることに感謝しながら、私は玉座の傍らに座り込んでいるヴェヌスに視線を向けました。


「それで、わざわざついて来るなんて、何か用なの?」

「あ、いえその……もう少し、あなた様たちとお話がしてみたくって……」


 そう言ってもじもじし始めるヴェヌスに、私は毒気を抜けれたような心地で「そっか」と苦笑します。

 おそらく目的地までは結構時間があるでしょうし、彼女とのお話に付き合うのも良いでしょう。私も竜族の文化とかには興味がありますし、いろいろ聞いてみたいと思っていたところです。


 そうして私とヴェヌスが話に花を咲かせ始めた頃……

 一方で私たちから離れた場所を飛んでいる氷竜アルゴラとネルヴィアさんは、楽しそうに曲芸じみた飛び方をしたり、鳴竜刀を打ち鳴らしたり、ドラゴンブレスを吐き出したり、なんか騒がしくはしゃいでいました。

 それを横目で眺めていたボガルニアが、愉快そうに口を開きます。


『やれやれ、それにしてもネルヴィア殿も罪な女だな』

「え? 何が?」

『自分の住んでいる山で採れた竜響岩で造った……つまり自分の竜鱗と同じ色の鳴竜刀を贈るというのは、相手を自分色に染めあげたいという独占欲の表れだ。普通の竜人であれば、あれを受け取った時点でプロポーズに合意したにも等しい』


 アルゴラァァアアア!! お前ちょっとあとでホント覚えとけよアルゴラァ!!


 私は目的地に着いたら速攻であの忌々しい刀をへし折ってやろうかと、半分以上本気で検討しながら、夜の遊覧飛行を楽しんだのでした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ