2歳5ヶ月 8 ――― 騎士の誇り
//現在、活動報告にてネルヴィアさんのラフ画を公開中です。
//ご興味ある方は、ぜひご覧ください!
弾かれるように駆け出したネルヴィアさんと、デュラハンのスレイアル。二人は彼我の距離を一瞬で縮めると、その剣を同時に閃かせます。
しかしネルヴィアさんの方はフェイントだったようで、斬りかかる振りをしてスレイアルの剣をかわした彼女は、勢いそのままにロングソードを横に薙ぎました。
鋭い風切り音を伴った斬撃は吸い込まれるようにスレイアルへと迫りますが、彼が振り向きざまに差し込んだ剣によって阻まれ、甲高い金属音を響かせます。
剣の交錯は一瞬。続けてスレイアルは深く腰を落としながら、目にも留まらない連撃を仕掛けました。対するネルヴィアさんは、矢のように迫る無数の刺突を最小限の動きで見事に躱し、弾き、それどころか鋭い反撃まで仕掛けます。
スレイアルは刺突の雨から瞬時に大振りで力強い一撃に切り替えて、勢いよく剣を振り下ろしました。
「ぬんッ!!」
「う、くっ……!」
とっさにネルヴィアさんは頭上に掲げた剣で防ぎますが、想像以上の威力だったのでしょう。苦しげに呻きながら一歩後ずさりました。
そして勢い付いたスレイアルが、返す刀で斬り上げて追撃を行う直前。ネルヴィアさんが腕を高く構え、身体を半身にさせる独特の構えを取ったかと思うと、スレイアルの斬り上げを巧みに逸らし、さらにはその隙を突いてカウンターを仕掛けます。
「はぁぁ!!」
「むっ……」
剣筋を逸らされたことで僅かにバランスを崩したスレイアルは、そのカウンターを躱しきれないと踏んだのでしょう。咄嗟に前へと飛び出し、剣の柄を握る自分の拳をネルヴィアさんの手元にぶつけることで攻撃を潰し、さらによろめいたネルヴィアさんへと、剣をバットのようにフルスイングして叩きつけました。
ギリギリ剣で防いだネルヴィアさんでしたが、勢いまでは殺しきれません。一瞬両足が浮くほどの威力に吹き飛ばされ、派手に転倒してしまいます。
地面を転がりつつも素早く立ち上がったネルヴィアさんへ、スレイアルの連撃が襲いかかりました。
上下左右、鋭くも力強い太刀筋を絶え間なく浴びせかけ、ネルヴィアさんに息を整える隙を与えません。
しかしネルヴィアさんも負けてはおらず、すぐにスレイアルの連撃に目が慣れたのか、彼の猛攻を器用に躱したり逸らしたりする合間に、こちらからも鋭い剣戦を放ち反撃し始めました。
もはやロングソードの刀身が目に見えないほどの応酬。
ピュンッ、ヒュオッ、という風が斬り裂かれる音が両者から無数に生み出されては、銀色の閃きが二人の間で瞬いていました。
そこに時折金属がぶつかり合う甲高い音が響くたび、オレンジ色の火花が舞い散ります。
「二人とも、すごく強いんだね……」
思わず私が漏らした幼稚な感想に、隣で観戦していたリュミーフォートさんが小さく頷くと、
「だけど、どっちも本気じゃないね」
「え? まぁ、魔剣は使ってませんけど……」
「そうじゃない。ネルヴィアはいつもカウンターを狙いたがるけど、本来はもっと強引で荒々しい戦い方の方が性に合ってる」
淡々とした口調でそう語るリュミーフォートさんは、視線の先でスレイアルの攻撃を受け流しながら、時折反撃を加えているネルヴィアさんを見つめて目を細めます。
ネルヴィアさんが、いつもカウンター狙い? 今までそんな風に感じたことはありませんでしたが、そうなんでしょうか?
でもたしかに言われてみれば、夜獣盗賊団の団長ベリアーを倒した時には、相手が斬りかかってきたところを躱してから、すかさずカウンターで斬りつけていました。共和国で戦った、ケイリスくんの兄であるゴルザス。アイツとの戦いでも、ネルヴィアさんはカウンターで戦っていたように思います。
直接本人に聞いたことはありませんけど、もしかしてそれは彼女の優しさに起因しているのではないでしょうか。
基本的におっとりしていて心優しいネルヴィアさんは、自分から突っかかることはありません。ですから戦うにしても、『殴られたから殴り返す』というスタンスを貫いているのでしょうか。
そしてそれが、彼女の枷になっている……?
「くっ……!」
思考に耽りかけた私の耳に、ネルヴィアさんの苦しげな声が届きました。
ハッとして目の前の戦いに意識を戻すと、スレイアルの猛攻を捌き損ねたネルヴィアさんの頬に、一筋の切り傷が走っていました。あの鎧、あとで絶対殺す。
そしてその負傷による僅かな怯みに乗じて、スレイアルは一際鋭く重たい一撃を振り抜き、ネルヴィアさんの身体を吹き飛ばしました。
今度は転倒することなく着地することができたネルヴィアさんでしたが、息もつかせぬ猛攻に呼吸を荒げ、汗も滲んでいるように見えます。
対するスレイアルは、ネルヴィアさんへの追撃すらも放棄しており余裕綽々です。
先ほどまでの剣の応酬が一旦落ち着き、スレイアルが剣を下ろして構えを解くと、釣られてネルヴィアさんもわずかに雰囲気を弛緩させました。
そしてスレイアルが、やや苛立ちさえ滲ませた口調で言い放ちます。
「ネルヴィア殿よ、何を躊躇っている? 何を恐れている? それで勝てるほど、某は甘くはないぞ」
「……私が、恐れている……?」
「某がルミーチェ・ルナヴェントの話を持ち出したためか? 先ほどのドラゴンとの戦いに比べて随分と、流派の“型通り”の動きに縛られてはいないだろうか」
スレイアルの言葉に、ネルヴィアさんはハッとしたように目を見開きます。
私にはまったくわかりませんが、剣の道を歩む者としては、通じるものがあったのでしょうか?
「確かにルナヴェント流の剣技には、守りの極致、切り返しの極意とも言える技もあろう。しかし今、某が戦いたいのはネルヴィア殿の全力である。わざわざ動き辛い不相応な鎧を纏う必要などあるまい」
「……でも、あなたは騎士道に準じた戦いを望んでいるのでは?」
「馬鹿にしてもらっては困る!! 守るべき主君をお守りするため、持てる総ての手を尽くすことを卑怯などとは言わぬ! 騎士の生き様とは小手先の剣技で決まるものではない。その心意気で決まるものだ!」
拳を握って熱弁するスレイアルの言葉に、剣を握るネルヴィアさんの手に力がこもります。
「某のように、守るべき主君も国も亡び、総てを失いたくないのであれば……全力を振り絞りかかってくるがいい!」
ネルヴィアさんに向けてビシッと剣先を向けたスレイアルの男気に、私は内心だけで感嘆します。
なんというか、本当に勝つことじゃなくて戦うことが目的なんだなって思い知らされたためです。
ネルヴィアさんは彼の言葉をしっかりと受け止めるように目を伏せて、それからその空色の瞳を力強く見開きました。
「先ほど、物理的な攻撃で死ぬことはないと言っていましたが本当ですか?」
「うむ。某に傷を負わせることができるのは、某の魂に響く攻撃だけである。いかに苛烈な攻撃で鎧を破壊しようと、いかなる痛苦も感じはせぬ。逆に魂の込められた一閃は、鎧に僅かな傷をつけるだけであっても“浄化”への道しるべとなろう」
……つまり正々堂々の戦いで「してやられた!」と感心するような攻撃じゃないと、ダメージは通らないということでしょうか。さすがはゴースト系の魔族、特殊な生態をしています。
そしてそれを聞いたネルヴィアさんは薄く微笑んだかと思うと……その穏やかな雰囲気を一変させて、強烈な闘気を発し始めました。
「それを聞いて安心しました。では―――行きます」
「うむ、来るがいい!」
スレイアルは深く腰を落とし、先ほどまでと同じ構えを取りましたが、ネルヴィアさんの方は対照的に、まるで構えを解くかのようにだらりと両腕を下ろして脱力し、ゆらゆらと左右に揺れ始めます。
あれはまるで、かつて共和国で黒竜を一方的に殴り倒した時の……
ネルヴィアさんの独特な構えに、僅かに動揺した様子のスレイアルでしたが、彼はすぐに油断なく構え直します。
両者はしばし睨み合うように向かい合っていましたが……今回先に動き出したのはネルヴィアさんの方でした。
躊躇や遠慮、回避や防御といった余計な要素を徹底的に排除した、清々しいまでに一直線な突撃。あまりに明け透けな疾駆に面食らった様子のスレイアルは、しかしすぐに気を取り直して冷静な反撃を行いました。
「その程度で意表を突いたつもりか!」
構えもへったくれもないネルヴィアさんの突貫へ、カウンター気味に剣を振るうスレイアル。しかしその瞬間、スレイアルが放った横薙ぎの一閃を、ネルヴィアさんは地面スレスレまで身を屈めて回避します。その動きは素早く、それでいてあまりに滑らかな体捌きのためスレイアルの反応が一瞬遅れるほどでした。
直後にネルヴィアさんが振るった剣は、スレイアルの側腰部ギリギリで彼の剣に阻まれ火花を散らします。
「くっ……今のは……!?」
拮抗する剣ごと薙ぎ払うように振るわれたスレイアルの剣を、ネルヴィアさんは身体を後ろに九十度近く反らすことで回避します。
まさかこの距離、このタイミングで、防御ではなく回避をされるとは思わなかったらしく、スレイアルの体勢がわずかに崩れました。
曲芸じみた回避を披露したネルヴィアさんは続けて身体を回転させ、思いっきり打ち上げるような形で斬り上げを行います。その勢いが乗った一撃を防ぐため、スレイアルが慌てて剣を引き戻したところで、けれどもネルヴィアさんは手首を回して剣筋を強引に逸らし、剣を握るスレイアルの手首を強かに打ち付けました。
ギャインッ、という鈍い金属音が響き、スレイアルの右手が大きく弾かれました。辛うじて左手によって剣を手放すことはなかったものの、一歩間違えばそのまま勝負が決まりかねない一閃です。
ネルヴィアさんの猛攻はそこで終わらず、今の一撃からさらに身体をもう一回転させ、体勢を崩しているスレイアルへと、全体重を乗せた一閃を放つ―――と見せかけて、身構えるスレイアルの目の前を剣が空振りしたかと思えば、代わりにネルヴィアさんの回し蹴りがスレイアルの軸足に直撃しました。
重い一撃に備えて踏ん張っていたであろう足を思いっきり払われたスレイアルは、「何っ!?」と呻き声をあげながらよろめき、膝をついてしまいます。
「はぁぁあああっ!!」
膝をついて防御も回避もままならないスレイアルへ、ネルヴィアさんは裂帛の気合と共に凄まじい刺突の雨を降らせました。
それは私の見間違いでなければ、つい先ほどスレイアルが放っていた剣技に見えたのですが、まさか一度見ただけで真似して見せたというのでしょうか?
「ぐッ、おぉおおっ!?」
ただでさえ防ぎにくい刺突技を、膝立ちの状態で捌き切るなんて流石に不可能なようで、スレイアルはいくつか手痛い突きをその鎧に浴びながら、辛うじて後ろに飛びすさることで窮地を脱しました。剣が当たって傷ついた鎧から、黒い煙のようなものが噴き出しています。
けれども畳みかけるように一瞬で間合いを詰めたネルヴィアさんは、突進の勢いを乗せた一閃でスレイアルの剣を大きく弾き、さらにがら空きとなった胴体へと全体重を乗せた蹴りをお見舞いして吹っ飛ばします。
「がはっ……! ……なんと足癖の悪い……!」
焦りつつもどこか愉快そうなスレイアルの呟きには応じず、ネルヴィアさんは淡々と彼を追いつめるべく前へ前へと駆けて行きます。先ほどまでとは打って変わって、後退し続けるスレイアルをネルヴィアさんが責め立て続ける構図が続いていました。
「でたらめな剣筋だ。奇怪な体捌きだ。突飛な立ち回りだ。……だが、無駄がない! これがネルヴィア殿の真髄か!!」
「ルナヴェント流は、まどろっこしいんです。それに対人特化し過ぎて、魔族相手には汎用性も合理性も欠けてしまいます」
どうにか体勢を立て直したスレイアルへ、それでも全くスピードを緩めずに突貫していくネルヴィアさん。彼女はそのまま迎撃に身構えるスレイアルへと突っ込んで行って……その直前で地面を滑りながら、ルナヴェント流のカウンターの構えを取りました。
本来なら待ち受けるはずのカウンターの構えのまま突撃してくるネルヴィアさんに、スレイアルは戸惑いつつも横薙ぎの攻撃を放ちます。けれどもその一撃にネルヴィアさんは剣の腹を静かに添え、優しく剣筋を逸らしてしまいました。傍から見ていたら、まるでスレイアルの方が自分から攻撃を外したように見えるほど自然な受け流しです。
そして大きな隙を見せたスレイアルに、とうとうネルヴィアさんは強烈な一閃を叩きこみました。
ギャリィィンッ!! という金属音が響き渡ると同時に、スレイアルの胸部へ刻まれた傷から黒い煙が噴き出します。
さきほどから攻撃が当たるたびに噴き出しているアレは、人間で言う血液のようなものなのでしょうか? 有効な攻撃によって“浄化”が進むと言っていましたし、ダメージは入っていそうな感じですが……
しかしそこで、攻撃のために大きな隙を晒したネルヴィアさんに、スレイアルの反撃が襲いかかりました。もしかすると流れを変えるために、最初からダメージ覚悟のカウンターを狙っていたのかもしれません。
地面を踏みしめて無理やり姿勢を整えたスレイアルは、剣を振り抜いたネルヴィアさんの手元を狙って剣を振り抜き、そのロングソードを真上へと弾き飛ばしてしまいました。
「……っ」
「覚悟ッ!!」
千載一遇の好機とばかりに、スレイアルは振り上げた剣を、無手のネルヴィアさんへと振り下ろします。
地面に亀裂が走るほどの踏み込みによる突撃は、咄嗟に後ろへ跳んで回避する素振りを見せたネルヴィアさんへと一瞬で肉薄し……
しかし重心を後ろに倒して回避しようとしているように思われたネルヴィアさんが、膝から下の脚力だけで無理やり前方に跳んだかと思うと、こちらへ飛び込んでくるスレイアルの懐に潜り込みました。
そして剣を握る腕を引き寄せ、軸足を蹴り払い、身を捻る勢いとスレイアル自身の運動エネルギー利用し、その重厚な鎧ごとブン投げてしまったのです。
そのあまりに美しい投げっぷりは合気道を彷彿とさせるもので、重そうな鎧があっさりと宙を舞う光景は、いっそシュールでさえありました。
しかも先ほどスレイアルによって真上に弾かれ、そしてたった今降ってきたロングソードを、ネルヴィアさんはほとんど見もせずにキャッチすると、背中から地面に落下したスレイアルの胸元に、その切っ先をピタリと押し付けました。
……人間同士の戦いであれば、誰がどう見ても決着です。少なくとも実力の差は明らかでした。
デュラハンの性質上、見た目にはダメージがどれほどなのか分かりづらいですが、それでもここまで一方的にしてやられれば、案外潔く負けを認めたりとかしないでしょうか?
「……フ、フフフッ! 見事! 見事! これはどうしたことだ? 某がここまで見事に手玉に取られるとは! なんたる痛快! なんたる僥倖!」
スレイアルは仰向けのままひとしきり哄笑すると、そのままゆっくりと立ち上がって土埃を払い始めました。
敵対してるはずのネルヴィアさんに思いっきり背を向けていますが、恐らく今後ろから攻撃してもスレイアルの性質上、ダメージを与えることはできないのでしょう。
やがてゆっくりとネルヴィアさんを振り返ったスレイアルは、手にしていたロングソードを静かに鞘へと戻しました。
「うっかり小手調べで満足して浄化されるところであった。出し惜しみなどせず、持てる全力で挑むとしよう」
スレイアルはそう言いながら、腰に佩いたもう一本の剣……日本刀のように見えるそれに手をかけ、すらりと抜き放ちます。
傾きつつある陽の光を反射して煌めく刀身は、燃え盛るような刃文に彩られた美しいものでした。思わずといったように感嘆の息を漏らしたネルヴィアさんに、スレイアルは満足げに小さく笑います。
「妖刀“火焔”。その刃はあらゆるものを透過し、そして透過した箇所へ三日三晩におよぶ焼けつくような苦痛を与え続ける。防ぐこと敵わず、耐えること能わず、ただ回避こそが唯一の対処法である」
透過? 苦痛を与え続ける? 剣や鎧をすり抜けて、身体に傷をつけることなく痛みを与える妖刀……といったところでしょうか?
刀が肉体も透過するのであれば、通常の刀傷みたいに体表だけが傷むといったことはないでしょう。胴を斬られれば内臓にまで激痛を引き起こし、立っていることさえできなくなるはずです。
それが三日三晩続くとなれば、たった一撃で必殺にも等しい手傷と言えましょう。
スレイアルの話を黙って聞いていたネルヴィアさんは、やがて手にしていたロングソードを鞘へと戻し、それから魔剣・迅重猛剣フランページュを抜き放ちました。
「躱すしかないのであれば、躱すだけの話です」
「ならば示してみせよ!!」
言葉と同時に地面を蹴って駆け出したスレイアルが、その妖刀を振り抜きます。
紙一重で躱してみせたネルヴィアさんですが、その直後にはもう一閃、さらにもう一閃と、一呼吸の内に何度も必殺の剣閃が襲いかかってきました。
先ほどまでのように剣で受け止めたり、あるいは逸らしたりなどといったことは、“透過”という性質の前には用を為しません。
そんな厄介な連撃の合間に、先ほどの意趣返しとばかりにスレイアルは拳や蹴りを交え、ネルヴィアさんを攻め立てます。
そしていくら鍛えているとは言っても少女であるネルヴィアさんと違い、重厚な鎧そのものを軽々と操る魔族のスレイアルでは、その一撃の重みはまったく違います。
スレイアルの蹴りを辛うじて魔剣で受け止めたネルヴィアさんが、その勢いに負けて三メートルも宙を舞い、地面を転がりました。フランページュには衝撃を殺す機構が備わっているため、ダメージ自体はないようですが、大きな隙を晒してしまったネルヴィアさんに、スレイアルがすかさず迫ります。
「ふッ!!」
するとネルヴィアさんはおもむろに魔剣を振りかぶり、明らかにスレイアルへ命中しないような間合いで振り下ろしました。
ボッ!! という凶悪な音を伴った一撃は、まさに爆発といった轟音を撒き散らしながら地面を広範囲に叩き割り、今まさにスレイアルが踏み込もうとしていた地面をめくり上げました。
その一撃を大きく横に跳んで躱したスレイアルが、すかさずその隙を突こうと肉薄しますが、彼は思わず足を止めて、また横に大きく飛び退きます。そして彼の残像を、高速で飛来した礫片が貫きました。
ネルヴィアさんは魔剣で地面を叩き割ると同時に、空中へ浮かび上がった岩盤の破片を魔剣の側面で撃ち出したのです。
どういう剣捌きをすれば実現できるのか、超重量を誇るフランページュを一瞬で何度も振り抜き、まるで弾丸のように高速で放たれた石礫がスレイアルに次々と殺到します。
スレイアルは細かなステップを刻んでそれらを器用に躱しつつ、殺人ノックの間隙を縫うようにして再びネルヴィアさんの間合いへと飛び込みました。
その刹那、彼は妖刀“火焔”を鞘に戻し、刀を身体で隠すように腰を捻ります。
「かァアッ!!」
強靭な踏み込みと裂帛の気合で放たれたのは、神速の抜刀術でした。私の目には、振ったと認識した瞬間には刀が振り終わっていました。
直前でネルヴィアさんが大きく後ろに飛び退かなければ、回避する術はなかったかもしれません。
「くっ……!」
しかしそれでもギリギリで刀が掠ってしまったのか、ネルヴィアさんは苦悶の表情を浮かべています。
よく見れば彼女の左側の二の腕に、服や鎧の上から赤い“線”が走っていました。
「……思ったより、ずっと痛いですね。今夜は眠れないかもしれません」
「うむ。昔は拷問に使われていたような妖刀であったと聞く。趣味は悪いが、無駄に血を流すことのない点は気に入っている」
スレイアルはそう言いながら、先ほどのネルヴィアさんの一撃でめくれ上がった岩盤に向かって、何度か刀を振るいました。
すると妖刀は抵抗なく岩盤を透過し、その表面にいくつかの赤い線を走らせます。妖刀が透過した場所は、あんな風に赤い線が走るのでしょうか?
「さて、話は終わりだ。行くぞ!!」
その大きな身体で矢のように駆けるスレイアルは、妖刀“火焔”をこれ見よがしに振りかぶりながらネルヴィアさんへと迫ります。
しかしネルヴィアさんの方も一転攻勢に出るべく、魔剣を構えながら前へと駆け出しました。
刀を逸らすことができないとはいえ、純粋な技量ではネルヴィアさんが上回っています。なのでスレイアルが振るった刀を、ネルヴィアさんは人間離れした柔軟な身のこなしで回避し、長い金髪に赤い線を生み出しただけに留めました。
代わりにネルヴィアさんが振るったフランページュは、その凶悪な重量に遠心力を加えた圧倒的な破壊力でスレイアルに迫ります。
そしてついにネルヴィアさんの魔剣は見事にスレイアルを捉え、辛うじて妖刀の柄と、そして反対側の腕をクッションにしたとはいえ、必殺の一撃が叩きこまれます。
「……っ!?」
しかし、ドラゴンですら吹き飛ばすフランページュの一撃を、スレイアルはその場から一歩も動かずに受け止めていました。魔剣が直撃した瞬間、スレイアルの足元の地面が広範囲に爆発しましたが、それだけです。スレイアルの腕がへし折れたりした様子すらありません。……いったいどういうこと?
そしてフランページュのフルスイングによって最大級の隙を晒してしまったネルヴィアさんに、スレイアルはすかさず妖刀“火焔”を振りかぶります。
咄嗟に距離を取ろうとしたネルヴィアさんでしたが、先ほどの防御と同時にスレイアルはフランページュの刀身を掴んでおり、離そうとしません。
「―――しッ!!」
するとネルヴィアさんは、至近距離で振り下ろされた妖刀の柄ごとスレイアルの手首を掴み、先ほどと同じようにスレイアルを投げようと身を捻りました。
しかしさすがにスレイアルの方も学習し、重心を崩されることのないよう、ネルヴィアさんに引っ張られた腕を大きく後ろに引いて抵抗します。
……が、スレイアルが腕を引くのに合わせてあっさりと掴んだ手首を離すと、さらにはフランページュまでも躊躇なく手放し、彼女は深く腰を落としました。
そして強烈な踏み込みと共に、突然手首を離されて後ろに倒れ込みそうになっているスレイアルへ、肩と背中を叩きつけるかのように全身で体当たりを仕掛けます。
「ぐおッ!?」
直撃を受けたスレイアルは堪らず吹き飛び、押さえこんでいたフランページュを手放しました。その好機を見逃さずにネルヴィアさんは魔剣を拾うと、仰向けに倒れ込んだスレイアルに向かって駆け寄り、大きく跳躍して魔剣を振りかぶります。
スレイアルは先ほどとは違い腕で防御するようなこともなく、慌てて身体を反転させるとその場から飛びのきました。
直後、広範囲に地面が爆発するほどの一撃が振り下ろされます。地面が裂けてめくれ上がり、そんな中をスレイアルは転がりながら距離を取っていました。
そして彼が体勢を整える前に、ネルヴィアさんはめくれ上がった岩盤に魔剣を叩きつけ、散弾のごとく凶器の雨として撃ち出します。
「ぬゥウッ!」
高速で飛来する礫片は、長年ドラゴンたちに踏み固められてきただけあって硬質です。それが目にも留まらぬ速さで、しかも面制圧のように迫るのはかなりの脅威でしょう。
“透過”の性質のせいで防御に向かない妖刀を一旦鞘に戻したスレイアルは、ロングソードを抜き放って高速で振るい、自分に直撃するものだけを辛うじて撃ち落としました。
……しかし、その直後に轟音と共に飛来した二メートル超えの巨岩までは対処できず、小さく呻き声を漏らしながらも真横に飛び込み、これをギリギリで躱します。
「はぁぁあああああっ!!」
「―――ッ!!」
間髪入れずにスレイアルへと飛びかかったネルヴィアさんは、剣を手にしていません。私がスレイアルの回避に気を取られている間に、鞘へと戻していたのでしょうか。
そんな彼女は鞘に納められている剣の柄に手を添えたまま、その剣を隠すかのように腰を捻っています。それはつい先ほどスレイアルが行っていた構えで……
スレイアルもそのことに気が付いたのか、すでに間近へと迫っている彼女へと向き直り、油断なく身構えます。
そして次の瞬間、ロングソードで抜刀術を再現して見せたネルヴィアさんの剣閃がスレイアルへと放たれ―――
「あぐっ……!?」
しかしネルヴィアさんの剣は空を切り、代わりにスレイアルが腰から瞬時に抜刀術で抜き放った“火焔”が、ネルヴィアさんの太ももに浅く赤い線を刻んでいました。
「遅い。この“抜き斬り”は、剣に反りがなければ完成せぬよ」
そう短く告げたスレイアルは、痛みで膝を付きかけているネルヴィアさんに向かって再び“火焔”を振るいます。辛うじてそれを躱したネルヴィアさんでしたが、スレイアルは立て続けに身を捻ると、妖刀でネルヴィアさんの首を狙い、彼女がそれを屈んで躱したところに回し蹴りを放ちました。
先ほどはフランページュによって辛うじて防ぐことができましたが、今ネルヴィアさんが手にしているのはただのロングソードです。直撃すれば剣ごと腕をへし折られかねません。
しかしそうするしかなかったのか、ネルヴィアさんはスレイアルの回し蹴りをロングソードと、それから反対側の腕を盾にして……
スレイアルの蹴りが直撃した瞬間、ネルヴィアさんの足元に亀裂が走り、そして彼女はその蹴りを一歩も引かずに耐えきりました。
「何だと!? まさかそんなッ!?」
「地面に衝撃を逃がす……やってみれば大したことではありませんね」
スレイアルの蹴りが直撃した瞬間、彼女は両足を地面に強く叩きつけていたように見えましたが……あれのことを言っているのでしょうか?
一瞬ネルヴィアさんに気圧されたスレイアルでしたが、すぐに気を取り直して妖刀を彼女の足元に振るいました。さすがにこれは防御することができず、ネルヴィアさんは大人しく身を捻りながら宙へと身を躱します。
そして、空から降ってきたフランページュを空中でキャッチしたネルヴィアさんは、勢いそのままに魔剣を振り下ろしました。
「!?」
もはや言葉もなく両腕をクロスさせて頭上に掲げたスレイアルは、ネルヴィアさんの振り下ろすフランページュの直撃に合わせて両足で地面を踏み鳴らします。
……けれどもフランページュはスレイアルの身体をギリギリ逸れて空振りすると、その足元の地面を爆発させました。
硬い岩盤は“畳返し”のような要領でめくれ上がると、その上に立っていたスレイアルの身体をわずかに宙へと投げ出します。
そう……彼の両足が、地面から離れたのです。
「しまっ―――!?」
「るぁぁああああっ!!!」
直後、空中で身動きが取れず、衝撃を地面に逃がすこともできないスレイアルが、フランページュの直撃を受けて凄まじい勢いで吹き飛びました。
鐘を打つような重い金属音と共に宙を舞ったスレイアルは、その身体から黒い煙のようなものを大量に噴出させながら弧を描き、二十メートルほど向こうに落下します。
人間だったら上半身だけお空に旅行してしまうような一撃でしたが、さすがに相手は『物理攻撃では死なない』と豪語する霊体の魔族。スレイアルはよろよろと起き上がると、すでにそちらへ追撃のために駆け出しているネルヴィアさんへと向き直ります。
しかし左腕と胸部は大きくひしゃげており、胸に広がった亀裂からは、絶えず黒い霧が漏れ出しています。
「……不覚。……フフ……ここまで追い詰められようとは。流石は某の見込んだ騎士よ」
そんな小さな呟きと共に、スレイアルの右腕が、そしてその手に握られた“火焔”が、赤熱しました。
「―――灼刃」
赤々と光り輝く“火焔”がひとたび振るわれると、その剣先から凄まじい熱気を孕んだ爆炎が迸り、紅蓮の壁となってネルヴィアさんへと迫りました。
「なっ!?」
すかさずフランページュを足元に突き刺したネルヴィアさんは、腰に佩いた剣、その最後の一本に手をかけます。
その途端、渦巻く猛炎の一部が切り取られたかのように縦に裂けました。
「流石だ。真に、掛け値無く」
腕と刀を熱によって発光させながら、スレイアルはしみじみとそう語ります。彼の周囲はあまりの熱気で、空間がメラメラと歪んでいます。
対するネルヴィアさんは、炎を斬り裂いた聖剣レーヴァテインを鞘へと戻しながら、地面に突き刺した魔剣フランページュを引っこ抜きました。
それを見たスレイアルは、赤熱する妖刀“火焔”を縦横無尽に振り回して豪炎の斬撃を飛ばします。
「ぬォァアアアアアアッ!!」
剣の軌跡に添って生み出される炎の斬撃は、速度こそそれほどではないにしても、当たればただでは済まないでしょう。その証拠に炎の斬撃が当たった岩が、プスプスと不吉な音を立てて溶けだしています。
ネルヴィアさんはそんな炎の斬撃を、軽い身のこなしで躱しながら前へと進みます。
次々と飛来する炎を、身を屈めたり、高く跳んだり、横に飛び退いたり、躱しきれないと思えば、フランページュで地面をめくり上げて盾にすることで防いでいました。
さらには盾代わりにした岩盤を思いっきり殴り飛ばすことで撃ち出して、炎の斬撃を撃ち出していたスレイアルを牽制します。
弾丸のような速度で撃ち出される石礫と、あらゆるものを焼き尽くさんと飛来する炎の斬撃。
すでにボロボロになった戦いの場を風のように駆ける二人は、それぞれの遠距離攻撃を放ちながら駆け巡り、徐々に距離を詰めていきます。
この場に居る誰もが、決着が近いことを予感していました。
そして炎の斬撃を一息に六つも放ったスレイアルが、それから一際眩い赤熱と共に、視界を埋め尽くすほどの爆炎を放ちました。
炎の斬撃を六つすべて躱した後、津波のように押し寄せる爆炎を、ネルヴィアさんは岩の後ろでやり過ごそうとして……けれども一瞬背後を振り返り、自分の後ろに氷竜アルゴラや数体の竜族がいることに気が付いた彼女は、レーヴァテインに手をかけました。
「はぁあああああッ!!」
目にも留まらぬ斬撃が炎の奔流を斬り裂き、どうにか彼女と背後の竜族たちは難を逃れます。
そしてレーヴァテインを鞘に戻した彼女は、一直線にスレイアルの元へと駆け出しました。
スレイアルの方は待ち構えるつもりらしく、いくつか炎の斬撃や爆炎の津波を放ちますが、ネルヴィアさんはそれらをことごとく斬り伏せて、前へ前へと突き進みます。
やがてついに両者が目と鼻の先へと肉薄したところで、スレイアルは妖刀“火焔”を左手持ちに変えながら、残る右手でロングソードによる抜刀術を放ちます。もちろんその剣も炎を纏っており、ネルヴィアさんの足元を焼き尽くさんと、地面を舐めるように迫りました。
ネルヴィアさんはそれを躊躇なく跳んで躱すと、勢いそのままに魔剣フランページュを構えてスレイアルの元へと飛び込みます。
しかしそこへ、スレイアルは狙い澄ましたかのように左手の“火焔”を振るい、空中で身動きの取れないネルヴィアさんに炎の斬撃を放ちました。
私はきっとレーヴァテインで斬り裂くのだろうと思っており、そしてスレイアルもきっとその想定で身構えていたのでしょうが、ネルヴィアさんの行動はその斜め上を行くものでした。
彼女は空中でフランページュを振り回すと、その重量に引っ張られてガクンと軌道を変え、空中で二回目のジャンプをして斬撃を躱したのです。重量を自在に変えることのできるフランページュだからこそ可能な、ネルヴィアさんだけに許された空中機動です。
そのまま呆気にとられるスレイアルの頭上を飛び越えたネルヴィアさんは、すれ違いざまに腰のロングソードを抜き放ち、真上からスレイアルに向かって投げつけました。
その剣は寸分違わずスレイアルの鎧、その右膝の関節部分に突き刺さり、構造上身動きを取れなくさせてしまいます。
「ぐ、ぬ、ォオオッ!!」
そして背後に着地したネルヴィアさんに、右足を動かすことのできないスレイアルは辛うじて振り返り、“火焔”から爆炎を放ちました。
しかし、まるで空間ごと切り取られたかのように爆炎が真っ二つに裂け、その紅蓮のカーテンからレーヴァテインを振り抜いたネルヴィアさんが現れます。
「ォォオオオオオオオオオオオッ!!!」
雄叫びを上げたスレイアルが、レーヴァテインを振り抜いたばかりのネルヴィアさんの、その最後にして最大の隙を狙わんと剣を振り下ろし……
その直前、身体を素早く一回転させたネルヴィアさんの、二度目の斬撃が放たれました。
「灼刃!!」
大地を揺るがすほどの衝撃と爆音を伴い、ネルヴィアさんのレーヴァテインから放たれた爆炎が斬撃を象り、スレイアルを一刀のもとに斬り伏せました。
その威力はすさまじく、スレイアル本人が放っていた“灼刃”の数倍の炎が圧縮され、鎧に包まれたその身体を遥か上空へと吹き飛ばしました。
数秒後。数メートル先に落下してきたスレイアルは、腰から肩にかけてぐつぐつと溶け出しており、剣も妖刀も取り落とした状態のまま手足を投げ出し、横たわっています。
ネルヴィアさんはそんな彼にゆっくりと歩み寄りながら、先ほどまで炎を纏っていたレーヴァテインの硝子の刀身をさっと眺めた後、それを一撫でしてから鞘に戻しました。
仰向けに倒れてピクリとも動かないスレイアルをネルヴィアさんが覗き込むと、溶けた裂傷から黒い霧を吹き出し続けるスレイアルが、掠れた声を発し始めます。
「なんと……この某が、“灼刃”に斃れるとは……フフ……なんたる皮肉よ」
「このレーヴァテインは、一度目の斬撃で斬り裂いたものを、二度目の斬撃で倍加して放つんです」
ネルヴィアさんの補足説明に、スレイアルは「なるほど、あっぱれである」と漏らしました。
それから彼は満足げに深く息を吐くと、晴れ晴れとした声音でネルヴィアさんに語りかけます。
「礼を言う……ネルヴィア殿。これで、何一つとして未練はない……ようやく……ようやく主様の元へ逝ける……」
「死んで……しまうのですか?」
「それは、少し違う……某はとうの昔に死んでいたのだ……某の魂を救ってくれたこと、心より感謝する……ありがとう」
ついさっき会ったばかりで、一方的に戦いを挑まれただけの間柄だというのに、朽ちゆくスレイアルを見つめるネルヴィアさんの瞳には涙が浮かんでいました。
それに気が付いたらしいスレイアルは、くつくつと小さく笑みを漏らします。
「某を哀れに思うのなら……どうか、この妖刀“火焔”を……連れて行ってやってはくれぬか」
「……いいんですか?」
「剣は、振るわれてこそであろう……そしてどうか某の代わりに、ネルヴィア殿の歩む未来を……見届けさせてやってほしい」
スレイアルの言葉に小さく頷いたネルヴィアさんは、地面に転がっていた妖刀“火焔”を拾い上げました。
「……“火焔”による痛みは……その鞘で撫でれば消える」
ついでにもたらされたその情報に、ネルヴィアさんは自身の二の腕に走る赤い線に指先で触れて、頷きます。
やがてスレイアルの傷口から立ち上る黒い煙に、白くてキラキラと輝く煙が混じり始めました。
魂とか霊体とかに詳しい訳ではありませんが、私たちはそれによって、スレイアルの浄化が最終段階に入ったのだと直感します。
「……ああ……温かい……本当に、久方ぶりだ……」
その言葉を最後に、スレイアルが言葉を発することは二度とありませんでした。
彼の身体から抜け出した白く輝く煙は空へと昇ってゆき、やがて見えなくなりました。
スレイアルが宿っていた鎧は役目を終えたとばかりにボロボロと朽ち果てて崩れ去り、後には妖刀“火焔”の鞘だけが残ります。
ネルヴィアさんはそれを拾い上げて自身の傷口に押し当てると、皮膚に走る赤い線が消えたのを確認して、妖刀“火焔”を納刀。鞘を他の剣と同じように腰に差してから、私たちの方へ歩いて戻ってきました。
ネルヴィアさんはわき目も振らずにまっすぐ私の方へと歩いて来て、悲しげな上目遣いで見つめてきました。
「お疲れさま」
「……はい、セフィ様」
見るからに元気のないネルヴィアさんの様子に、周囲のみんなも静かに私たちの様子を見守ってくれました。
それから私はネルヴィアさんを手招きすると、いそいそと近づいて来た彼女をギュッと抱きしめまます。
初めて敵を殺した―――その実態がどうであれ、彼女はそう受け取っているのでしょう―――ことに動揺し、少し震えている彼女を強く抱きしめて、優しく頭を撫でてあげます。
「スレイアルを救ってあげたんだね。偉いよ」
「……わた、わたし、は……」
「疲れたでしょう。ゆっくり休んでね、ネリー」
そう言って私が彼女の背中を優しくとんとん叩くと、ネルヴィアさんは小さく嗚咽を漏らして、私の服を濡らしました。
それから私は、陽が山の向こうに沈み、優しすぎる彼女が落ち着くまで、傍に寄り添って慰めの言葉をかけ続けたのでした。




