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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第五章 【魔族領】
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2歳5ヶ月 7 ――― 首のない剣客



 ネルヴィアさんに降参を促された氷竜アルゴラと、私の降参によって難を逃れた炎竜ボガルニア。彼ら以外の三体のドラゴンが未だに意識を取り戻さないまま、あちこちで倒れ伏しています。


 毒竜ナルガーゾの軽率な思惑から始まった今回の試合は、私たちの勝利という形で幕を閉じたわけです。私は何もしてないけど!


「さて。これで私たちは竜族に三つ、言うことを聞かせることができるわけだね」


 改めて私がそう言うと、この惨状に青ざめて萎縮しきりな竜族たちが、ビクリと私に視線を向けます。

 そもそも私たちがここを訪れたのは、毒竜ナルガーゾが竜族の問題児たちをロクスウォード勢力に差し向けて、私たちへ間接的な攻撃を行ってきたためでした。そんな私たちが竜族に対して好意的なはずもなく、一体どれほど過酷な命令を下されるのか戦々恐々としているようです。


 私は、こちらの出方を緊張の面持ちで窺っていた緋竜ボガルニアに訊ねます。


「あのナルガーゾとかいうドラゴンのやってきたことや言ってたことは、竜族の総意なのかな?」

『まさか! 言い訳に聞こえるかもしれぬが、あれはナルガーゾのヤツが独断で行ったことだ。我々にあなたたちと敵対する意思など無い』


 私たちの実力を目の当たりにしてか、若干腰が引け気味なボガルニアがそう言い切りました。べつに彼を疑ってるわけではありませんが、彼の足元に佇むアルビノの竜人少女、ヴェヌスも激しく首を縦に振っているので嘘ではなさそうです。


「独断ねぇ……。ずいぶん偉そうだったけど、あいつがここで一番強いの?」

『一応は、この竜王の峰を取り囲む四つの山脈、それらを統べる“四天”の一翼だけあり、実力者ではある。だがヤツが増長している最たる要因は、ヤツが暴れ出すと毒の息吹で同胞たちが命を落としかねないため、周囲がヤツに対して強く出られないことにある』


 ……戦えば勝てるだろうけど、周囲が毒で汚染されちゃうから手出しできないってことか。厄介な能力だね。

 あれが改心するようなタマとは思えないし、今回のことで逆恨みされても面倒だから、彼には退場してもらうことにしましょう。


「みんな。一つ目の命令は、今回の騒ぎの元凶であるナルガーゾの追放でいいかな?」


 私が仲間たちの顔を見渡して問えば、みんなすぐに頷きを返してくれました。どうやら今回のことは私の裁量に任せてくれるようです。


「ネメシィ」

「はいはーい♪」


 私の合図に朗らかな声を返したネメシィが、空中に大きな黒い板のようなものを生み出しました。ネメシィ個人が使用できる四つの能力の一つ、“空間接続”です。

 彼女が訪れたことのある場所ならどこにでも接続できる黒い板に、ネメシィは毒竜ナルガーゾの首根っこを掴んで放り込みました。

 ボロボロになって白目を剥いたナルガーゾは、なすがままに黒い板へと吸い込まれていき、どこぞへと消えてしまいます。


「……ちなみに、どこに捨てたの?」

「捨てた先で暴れられても困るから、前にボクとエクスリアが住んでた“腐敗大陸”に捨てたよ」

「腐敗大陸?」

「この世界に実在してる地獄みたいな場所だよ。あそこはあらゆる常識が通じない魔境だから、刺激的な余生が送れると思うな」


 ……そ、それはまた凄い場所に送りましたね。


 いともたやすく竜族の最高幹部を消し去ってしまった私たちに、周囲でこちらを窺っている竜族たちがざわざわと慄きます。

 私がネメシィから視線を外して周囲へ目を向ければ、竜族たちは一斉に目を逸らして岩陰に身を縮こまらせました。これだけ脅かしておけば、もうロクスウォードのような存在に手を貸すこともなくなるでしょう。


「私はもう満足なんだけど、みんなは他に何かある?」


 ひとまずナルガーゾの追放で溜飲の下がった私は、残る二つの命令を他のみんなに委ねるつもりで問いました。私は実質何もやっていないので、ここは試合の功労者に譲った方がいいと考えたのです。

 すると私の言葉に、ネルヴィアさんがすかさず口を開きました。


「では、竜王が向かったという“慰癒の竜泉”へ案内してください!」


 ネルヴィアさんのその言葉で私は、そういえばボガルニアがそのようなことを言っていたのを思い出しました。

 たしかあらゆる怪我や病気に効くとか言ってましたっけ? まだ竜王はそこにいるんでしょうか?


 私が若干うろ覚えの記憶を辿っていると、そこで玉座に座る私のもとへ寄ってきたネルヴィアさんが、キラキラした目で顔を近づけてきました。


「セフィ様、これで少しはセフィ様のお身体の具合も良くなるかもしれません!」

「……!」


 ネルヴィアさんのその言葉に、私は一瞬ポカンとしてしまいます。

 そして気が付くと、私はネルヴィアさんの頭を胸に抱きしめていました。


「……ありがとね、お姉ちゃん」

「セフィ様……えへへ」


 蕩けるような顔になったネルヴィアさんと、私は笑い合いました。


 ……まぁ、私の病気に詳しいソティちゃんが苦い顔をしているので、その竜泉とやらに浸かったからといって快復するわけではないのでしょう。

 以前ルルーさんが私の目を治そうとしてくれた時、そもそも元凶である私の魔力が落ち着かないことには、すぐまた元通りになってしまうと言っていましたもんね。


 でも私が嬉しかったのは病気がどうこうではなく、私のためを想ってくれる家族の気持ちなのです!


『慰癒の竜泉か……わかった、今回のことを竜王様に報告せねばならぬし、ちょうど良い。私が案内するとしよう』

「うん、ありがとう」

『それで、最後の望みはどうする?』

「ん~……みんな、他に何かある?」


 私の問いに、ネルヴィアさんとレジィは好きなようにしてくれと判断を委ねてきましたし、リュミーフォートさんも「べつに」と興味なさげに果物を齧り始めました。


 一応ルルーさんにも目を向けてみたものの、彼女は軽く肩をすくめるばかり。ネメシィもニコニコしながら私の次なる言葉を待っています。


 うーん、どうしたものでしょう。


「ねぇ、ヴェヌス」

「は、はいっ!?」


 私が傍らの竜人少女に声をかけると、彼女は真っ白な全身をビクッと跳ねさせながら返事しました。おかしいな、私は戦ってないはずなのに怯えられてるぞ……?


「あなたは『逆鱗の巫女』って役割に、誇りを持っているのかな?」

「え……」

「いつかあの暴竜グラキデリアとかいうのと夫婦になって、子供を作って……それを望んでるの?」


 私がまっすぐに見つめながら問いかけると、ヴェヌスは真っ赤な瞳を微かに震わせながら、返事の代わりに無言で俯いてしまいます。

 私はそんな彼女の沈黙を無視して、今度は緋竜ボガルニアへと目を向けました。


「あなたもヴェヌスが『逆鱗の巫女』で良かったと思う? あなたより強いっていうグラキデリアに嫁いでいくことが誇らしいの?」

『……それは』


 緋竜ボガルニアは躊躇いがちに何かを言いかけて、しかし悔しそうに口を閉ざしました。

 他人事ではあるのですが、しかし私はボガルニアのその反応に、少なからずガッカリしてしまいます。


「……なんだ、ここで即答するかと思ったのに。大事に思ってるのはヴェヌスの方だけか」


 私は念を入れて挑発じみた言葉をかけてみますが、ボガルニアはギリッと歯を食いしばるばかりで何も言い返しません。

 ヴェヌスが縋るような目を向けているというのに、それに対する答えもないようです。


 ヴェヌスがボガルニアのことを憎からず思っていることは、彼女の反応を見ていればわかりました。しかしボガルニアの方はどう思っているのかを、私は知りたかったのです。

 魔族というのは強ければ強いほど欲望に正直ですから、好きなら好き、嫌いなら嫌いとハッキリ口にします。どうやらボガルニアは魔族にしては珍しいくらい理性的であるようですが、けれども今ここで自分の気持ちを口にしないというのは、理性的というよりもヘタレにしか見えません。


 たしかに魔族最強種とも言われる竜族、その中でも“四天”とかいう最高幹部ともなると、竜族に伝わる習わしを否定するようなことは言えないのかもしれません。

 慕ってくれる部下だっているのでしょうし、立場や責任というものに縛られて、ままならないこともあるのでしょう。


 しかし、そうやって自分の気持ちを殺して組織に準ずる様は、前世の自分を見ているかのようで……無性にむかむかしました。


「ボガルニアさん……」

『……』


 か細く響いたヴェヌスの声に、ボガルニアは目を伏せて沈黙するばかり。


 ……まぁ、とはいえ私が無理やり解決させてしまうのも、それは何か違う気がします。もっと明確な言葉や態度で示されない限りは、こちらから手出しすることもないでしょう。


 私は深々と溜息をつきながら、玉座の背もたれに体重を預けます。

 もはや興味を失ったと言わんばかりな私の反応に、ヴェヌスは悲しげな目をしながら唇を噛みました。とはいえ私に踏み込めるのはここまでです。


「さて、もう行こっか」


 あまり長居し過ぎて高山病になってもイヤですから、もうそろそろ引き上げるとしましょう。


 私はもうここに用はないと、すっかりボロボロになってしまった竜王の峰を後にしようとした……その時。




「いやはや、見事、見事! 真、感服致した!」




 そんな陽気な声が、どこからともなく響いてきました。


 私は近くにいたネルヴィアさんが顔を向けている方向へと目をやって、それから呆気に取られてしまいました。

 竜王の峰の火口を取り囲む、山頂の外周。火口内部に立っている私たちからは見上げるような形となるその場所に、真っ黒な人影が立っていたのです。


 禍々しい瘴気のような黒煙を身に纏うその影は、一言で言えば“騎士”でした。


 わりとスタンダードな甲冑の上から、かつては華美であったことを窺わせるボロボロなマントを羽織った騎士。腰にはこれまたスタンダードな長剣と、それからどこか日本刀に似たフォルムの刀をそれぞれ()いていました。


 そして何よりも目を引くのは、本来人間であればそこにあるはずの“頭部”が存在しない点でしょう。

 その存在をありていに言い表すのなら―――首なし騎士(デュラハン)


「何やら愉快な事が始まりそうであったため、しばし観戦致しておったが……(それがし)は感動致した!!」


 ガチャガチャと手甲を叩き合わせて拍手しながら降りてくるデュラハンは、どこから発しているのかよくわからない声を愉快げに響かせます。

 そして相手が何者なのかさっぱりわからない私たちに、彼はふと気が付いたように「ああ」と暢気な声をあげて、


「これは失礼(つかまつ)った。某は『灼刃(しゃくじん)』のスレイアル。デュラハンと呼ばれることもある魔族にして、執念の具現とされる悪霊よ」


 そう言いながら火口の内部まで降りてきたデュラハン―――スレイアルは、じつに何気ない口振りで、衝撃的な言葉を口走ります。


「あの男……ロクスウォードという男に誘いをかけられ、今ここに、こうして参った次第である」

「……!?」


 ロクスウォード……!? こいつ、あの勢力の生き残りか!!

 私たちはヤツに対する警戒を一気に上げ、臨戦態勢に突入します。


 ソティちゃんが即座に照明魔法を頭上に発動して、周囲の影と私たちの影を切り離しました。

 そして私は神器グラムを戦闘モードに移行させ、周りのみんなも静かに腰を落として襲撃に備えます。


 しかしスレイアルの方はと言うと、「待て待て、話を聞くのだ!」と気負った様子もなく手を振りました。


「確かに某はロクスウォードと手を組んだが、それは某の目的である……強き騎士と戦い死に場所を得ること、それを果たすために過ぎぬ。だからこそ以前、貴殿らへの襲撃の際に招集をかけられたが参加しなかったのだ。奇襲などという美学のない戦闘に興じる神経は、つくづく理解しかねたのでな」


 ……うーん、なんかわりと理性的な性格っぽい?

 敵の言うことをあまり真に受けるわけにもいきませんが、なんとなく今までの敵たちとは違った印象を受けました。


「そしてついに某は、我が呪われし歪な生の幕引きに相応しい騎士を見つけたのだ! そこの金髪の娘よ、名を何と申す!」

「えっ、えっ……も、もしかして私ですか……?」

「そうだ、麗しき女騎士よ」


 デュラハンのスレイアルは躊躇なく火口の中央へと躍り出ると、腰に差していた何の変哲もないロングソードをすらりと抜いて、天に掲げました。


「我が名はスレイアル・ボンデストラータ! かつてジュラハキア公国に剣を捧げし騎士である!!」

「は、はぁ……私はネルヴィア・ルナヴェントです。セフィリア様に剣と命と心を捧げています」


 やけにテンションの高いスレイアルに押し切られるような形で、ネルヴィアさんが自己紹介に応じました。そして彼女が当然のような口ぶりで語った内容が、なんかちょっと重い……


 ネルヴィアさんの口上を聞いたスレイアルは、首から上が無いにもかかわらず、ネルヴィアさんから私へと視線を移したのが感じられました。


「ふむ……話に聞いていた容姿とはやや異なるが、状況から見て貴殿がセフィリアか。……これほどの騎士に真なる忠誠を捧げられるとは、流石は噂に名高い“逆鱗(シャータン)”といったところであるな」


 スレイアルが何気なく口にしたその言葉に、周囲で事態の行く末を見守っていたたくさんの竜族たちが、一斉に悲鳴じみたどよめきを発しました。

 私たちのすぐ近くにいたボガルニアやヴェヌスも、驚愕の目を私に向けます。


 けれども私はそれに取り合わず、玉座に座ったままスレイアルを睨み付けました。


「それで、私の大事な大事な騎士と戦いたいって?」

「いかにも。某は強き者との戦いを求めるが、それは誰でも良いというわけではない。真の騎士道に準ずる剣の徒に、我が全力をぶつけて散りたいのだ」

「あなたの想いはわかったよ、立派立派。……で? 私たちがそれに付き合わなくちゃならない理由はなんなの?」


 射抜くように睨み付けた私の言葉に、スレイアルは黙って佇んでいます。答えられるわけありませんよね、私たちにメリットなんて無いんですから。


「今ここには、あなたを瞬殺して跡形もなく消し去れるだけの戦力がある。それなのに、あなたに付き合わなくちゃいけない理由はなに?」

「ふむ……それを言われると弱いな。たしかに某では逆鱗(シャータン)鍛錬(バルビュート)も『死神』も、まったく歯が立たないであろう。だが、跡形もなくというのは不可能だ。某の本体は鎧ではなく霊体。物理的な攻撃で消耗しようと、執念の続く限りいずれ復活するだろう」


 スレイアルはそう言いながらロングソードを納刀すると、うぅむと腕を組み始めました。


「しかし我が宿願を果たすにあたり、この機を逃す手はない……。仕方あるまい、真に不本意ながら、ここにいる竜族たちを人質とさせてもらおう。戦いに応じてもらえるならば、この場にいる彼らに手は出さぬと約束する。逆に言えば……」


 スレイアルの声が一段階低くなったかと思うと、その身に纏う黒い煙のようなものが膨れ上がりました。

 私はそれに対して何も感じませんでしたが、しかし周囲のドラゴンたちの反応を見るに、彼らが命の危機を感じるほどの殺気だったのでしょう。

 実際、彼はロクスウォードが直々に勧誘したという二つ名持ちです。こうして堂々と姿を現した以上、ドラゴンの群れを相手取るくらい容易いと考えているはず。あのデュラハンが本気になれば、決して少なくない被害が撒き散らされるでしょう。


 しかし私はそれを踏まえても、玉座に浅く腰かけたまま薄く笑いました。


「人質? なると思うの? テロリスト集団に大量の戦力を横流しして、間接的に私の大切な家族を害してくれた竜族を、私が家族の安全より優先するとでも?」


 私が冷たい目で凄んで見せれば、周囲の竜族たちが苦い顔をしながら一歩後ずさります。


 まぁ本当のところを言えば、ヤツが竜族に手出しをしようものなら、リュミーフォートさん辺りが動くでしょう。それに私もネメシィにお願いして、アイツを海のど真ん中にでも転送してもらうつもりです。

 しかし敵に少しでも弱みを見せるわけにもいかないので、敢えてきつい言葉で竜族たちを突き放しました。実際、ネルヴィアさんが危険な目に遭うくらいなら、竜族を見捨てる方を選びます。


 しかし私に人質は通用しなくても、ネルヴィアさんには通用します。彼女は優しすぎる子だから。


 ネルヴィアさんが複雑そうな表情で私を見つめていますが、優先順位を間違えるわけにはいきません。たとえ彼女の勝利を信じていたとしても、わざわざ無駄にリスクを背負う必要なんてないのですから。


 しばし困ったように唸っていたスレイアルでしたが、そこで彼はふと思い出したかのようにネルヴィアさんへと向き直りました。


「ところでネルヴィア殿。ルミーチェ・ルナヴェントという名に聞き覚えはないだろうか?」

「えっ……! ルミ兄様を知っているのですか?」

「やはりそうであったか! 家名が同じであることから、もしやと思ったが……。某は一度戦場で、あの騎士と剣を交えたことがある。恐ろしいまでに基本に忠実であり、なればこそ全くと言っていいほど隙のない美しい剣技であった。残念ながら途中で邪魔が入り、勝負は流れてしまったが……実を言えば某がロクスウォードに手を貸すことに決めたのは、ルミーチェ・ルナヴェントと再戦できるのではないかと思ったためなのだ」


 スレイアルは懐かしい記憶に思いを馳せるように、遠くを見つめ……るかのような仕草をします。首から上が無いですからね。


「しかし彼は魔剣の類を持っておらず、また人の身を逸脱した能力や魔術を備えているわけでもなさそうであった。あれでは某の“灼刃(しゃくじん)”を受ければひとたまりもない。それだけが唯一気がかりだったのであるが……その問題を、ネルヴィア殿がすべて解決してくれた!」

「私が……?」

「先ほどのドラゴンブレスを斬り裂いた絶技! あれほどの腕前があるのなら、某が本気を出そうとも凌ぐことは敵おう。あとは剣技の腕前だけであるが……そちらはどうであろうな?」


 やや挑発じみた響きの言葉に、ネルヴィアさんの瞳に闘志が宿るのが見えた気がしました。


「私は……自分の力に自信がありません。誰にでも勝てるだなんて、そんなことは言えません。……だけどっ!」


 ロングソードの柄に手をかけたネルヴィアさんは、必死に、懸命に、絞り出すような声で叫びます。


「私はもっと強くなりたい! セフィ様をお守りできるように! セフィ様が守りたいものを代わりに守れるように!! セフィ様が、これ以上命を削らなくても良いようにっ……!!」


 まるで血が混じったかのように痛々しい悲痛なその声は、これまで彼女がどれだけ苦しんで、思い悩んで来たかが伝わってくるかのようで……

 騎士修道会の試験でさえも魔物の命を奪えなかった優しすぎる彼女が、それでもドラゴンや魔族の軍勢たちを相手に剣を振るってきたのは、すべて私のためで―――


 彼女の吐き出した決意に、私は鼻の奥がツンと痛むのを感じていると……不意に私の肩を掴む手がありました。振り返ると、そこにはいつの間にか玉座の傍に来ていたリュミーフォートさんが立っています。


「やらせてみたい。敵はなかなかの手練れだけど、今のネルヴィアなら十分通用する」

「……リュミーフォートさん」

「いざとなったら私が割って入る。ルルーもいる。大丈夫だよ」


 リュミーフォートさんは、その暗金色(ガーネット)の瞳で私をジッと見つめてきます。それはまるでお願いをするかのような視線でした。

 彼女の隣では、今は執事の姿を取っているルルーさんが、小さく頷きます。ネルヴィアさんが怪我を負ってもすぐに治してくれるということでしょうか。


「ねぇ、セフィリアちゃん。もし危なかったらボクも動くよ。だってネルヴィアちゃんは、その……ボクの、と、友達だもん」


 まだ友達というものに慣れていないらしいネメシィが、顔を真っ赤にしながらそう言い放ちました。最後の方はゴニョゴニョしちゃってましたけど。

 亜音速で移動できるネメシィがそう言ってくれた以上、どんな状況からでもネルヴィアさんを救い出してくれるでしょう。

 それにいざとなれば私が魔法を使ってでも、ネルヴィアさんの身は守ります。


 こんなにお膳立てされてしまえば、これ以上の過保護はネルヴィアさんへの信用を疑われてしまいますね。


 私はネルヴィアさんに目を向けました。

 彼女は真剣な眼差しで私をジッと見つめて、私の言葉を待っています。


 どうせ送り出すのなら、彼女が最も気持ちよく足を踏み出せる言葉をかけましょう。




「我が騎士、ネルヴィア・ルナヴェント! 敵を打ち斃し、私に勝利を捧げなさい!!」


「はっ!! 御心のままに!!」




 ネルヴィアさんは私に仰々しく剣を捧げ持つと、それから踵を返してスレイアルの元へと歩み寄って行きます。

 スレイアルの方も、先ほど収めたロングソードをすらりと抜き放って、一歩足を踏み出しました。


「なるほど、良き主君に恵まれている」

「当然です。だから私も命を懸けられる」


 お互いに異質な剣を持っていながら、二人は敢えて何の変哲もないロングソードを構えます。


「スレイアル・ボンデストラータ……参る!!」

「ネルヴィア・ルナヴェント、行きます!!」


 そして二人の騎士は同時に駆け出し、壮絶な剣戟(けんげき)を振るい始めたのでした。



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