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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第五章 【魔族領】
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2歳5ヶ月 5 ――― レジィ vs 風竜ソピーディアス



『それでは『竜舞の儀』、第二の試合を執り行います。―――始めッ!!』


 開始の合図と同時に、風竜ソピーディアスはその大きな翼を広げて地面を蹴りました。

 油断も慢心もなく全力で羽ばたいたソピーディアスは、すぐに地上からは手出しできない高度にまで達します。お、大人げね~!

 ……あれ? 硬い上に遠距離攻撃手段もあるだろうドラゴンが上空に行っちゃったよ? これ詰んだくさくない?


 本来なら開眼(シャンテラ)を使ってでも飛行を阻止すべきだったレジィは、しかしソピーディアスが上空へ行くまで黙って眺めていました。


『行くぞ』


 上空からそんな声が響いたかと思うと、直後に暴風が吹き荒れました。

 ソピーディアスが地上に向けて放ったのは、有り体に言ってしまえば“空気”。けれどもその勢いは凄まじく、射線を避けて大きく距離を取ったレジィが身体をすくわれて、数メートルは吹き飛ばされるほどです。


 ちなみにドラゴンは成長して成竜となると、ドラゴンブレスという種族特性を獲得するのだとか。だからある程度の実力があるドラゴンは、そのすべてが開眼(シャンテラ)を持っているようなものだと考えて概ね間違いありません。ネメシィ談。

 これこそが、竜族が魔族最強種と呼ばれる所以(ゆえん)の一つですね。


 かつて戦った黒竜は光を吸収する黒い熱風、さきほどの氷竜は冷気の息吹、そして現在戦っている風竜ソピーディアスは、どうやら凄まじい烈風を放つようです。


 先ほどの戦いで地面に張り付いた霜や氷が、上空から放たれる暴風に次々と巻き上げられて剥がされていきます。

 そんな中、身体が浮き上がるたび器用に身体を捻って着地していたレジィは、しばらく考え込むように上空のソピーディアスを見上げていたかと思うと、おもむろに地面へ手をつきました。


 そして次の瞬間、黒々とした光沢を放つ水晶が、レジィを中心に爆発的な勢いで地面を伝い周囲へと広がっていきます。


「えっ!?」


 その衝撃的な光景に、玉座でふんぞり返っていた私は驚きの声を上げながら身を乗り出しました。

 あれはまさか、獣王の陵墓でヨナルポカが発現していた能力!? なんでレジィがあれを使えるの!?


 私の疑問と動揺に気が付いたのか、すぐ隣で私にべったりくっついていたネルヴィアさんが、苦笑交じりに説明してくれます。


「ヨナルポカが死んだ後、奴が手に入れていた魔神の渦(ルミニテ)の魔力がレジィに移ったそうですよ。能力まで受け継いでいることに気が付いたのは、結構経ってからだったそうですが」


 ヨナルポカの魔力が、レジィに……?

 そういえば、ヨナルポカが狙っていた魔神の渦(ルミニテ)の魔力をレジィが先に奪ったことで、ヨナルポカはその残りカスのような魔力を手にしてしまったのでした。

 その魔力の器となっていたヨナルポカが死亡したことで、近くにいた同じ魔力を持つレジィに吸い寄せられたということでしょうか? 魔力ってそんな磁石みたいな動きするの?


 視線をレジィへと戻せば、まるで地面に出現した黒い海から、無数の槍が滲み出てくるかのような光景が広がっています。その中心に佇むレジィの両目は煌々と金色に輝いていて、まるで彼が別の高次な存在にでもなってしまったかのようです。


 広大な火口の約半分ほどが黒水晶の海に飲み込まれたところで、戦場にさらなる動きがありました。

 黒々と広がる空間から突如、太さ三メートルには届こうかという超巨大な黒水晶の柱が五本も飛び出し、すさまじい速度で上空のソピーディアスへと襲い掛かります。

 しかしいくら速いとは言っても、さすがに距離もありますし、空中は飛竜の独壇場。ソピーディアスは緑色の残像を残す勢いで素早く旋回し、迫り来る黒水晶の槍を見事にかわし切って見せました。


 しかし地上へ視線を戻すと、そこにレジィの姿が見あたりません。


「……あれ? レジィはどこ?」

「あそこですよ、セフィ様」


 私の疑問にすかさず答えてくれたネルヴィアさんは、そう言って上空の一点を指差します。

 するとそこには、ちょうどソピーディアスの背中に降り立ったレジィの姿が見られました。


「えっ、いつの間に!?」

「ふふ。あの黒い柱を足場にして登って行ったんですよ」


 な、なるほど……あの黒水晶の柱は攻撃のためじゃなくて、上空への足掛かりとして放ったのですか。よく見れば黒水晶の柱には、足を引っかけるための小枝のような水晶も等間隔に生えています。大胆に見えて芸が細かいですね。

 しかし高速機動という能力を併用しているとはいえ、一瞬であの上空まで辿りつくとは……


 そんなことを暢気に考えていると、上空のソピーディアスに異変が起こりました。

 突如として背後に降り立った敵に驚いたソピーディアスが、背中のレジィを振り落とそうと動き出す直前……どこからともなく現れた赤銅色の鎖が、緑竜の身体をあっという間に雁字搦めにしてしまったのです。翼を動かせなくなった緑竜は、地上へ落下していくしかありません。


 しかしそこで終わらないのが魔族の戦い。

 ソピーディアスの背中から飛びのいたレジィは、先ほど地上から伸ばした黒水晶の柱の側面に張り付くと、まるで限界まで引き絞った弓のように全身へ力を漲らせます。


 そして起こる異変―――レジィの小さなシルエットが黒く膨れ上がったかと思うと、見る見るうちに全身を黒水晶が覆っていきました。

 腕が覆われ、足が覆われ、まるでアイルゥちゃんの纏う重装甲冑のような姿となった時、足場としていた水晶柱を蹴るレジィ。


 そのまま弾丸のような速度で放たれたレジィの身体は、さらに空中で爆発的に膨れ上がったかに見え、一つの巨大な黒い流星へと姿を変えます。

 レジィは黒い軌跡を空間に焼き付けるほどの超高速で、聖鎖(グレイプニル)に囚われ落下中のソピーディアスの顔面へと直撃しました。

 まともに激突した竜麟と黒水晶がお互い派手に砕け散ったかと思うと、ソピーディアスの巨体が激しく回転しながら落下の速度をさらに上げます。


 一方で激突の反動により勢いを殺したレジィは、全身から生み出していた黒水晶の鎧を分離すると、それらを足場にして跳躍。再び黒水晶の巨柱まで戻ってから、何度も柱と柱の間で壁キックを繰り返して高度を落としていき、何事もなかったかのように地上へと着地しました。


「風竜だかなんだか知らねぇけど、『疾風』を冠するオレ様に楯突いたのが運の尽きだな」


 レジィのそんな独白から数秒後、為す術なく地上に叩きつけられたソピーディアスは、白目を剥いたままピクピクと痙攣して動かなくなります。ドラゴンが丈夫なのはわかってますが、それでもあれはすごい痛そう……


 それから黒水晶と聖鎖(グレイプニル)が見る見るうちに消滅した頃、ようやく我に返ったらしい審判役の灰竜が、慌てて甲高い声を響かせました。


『しょ、勝者、獣人族!!』


 審判役の勝利者宣言が響き渡るも、その中で声を発する竜族はいませんでした。皆一様に口を噤み、目の前の惨状をただ呆然と眺めている様子です。

 まぁ圧倒的弱者と見なされている人族と獣人族が、ドラゴンを一方的に屠ったのです。その衝撃はそれだけ凄まじいものだったということでしょう。二人の勝利を信じていた私でさえ、「まさかここまでとは……」と驚いているくらいですから。


「ご主人~~~!!」


 風竜との戦闘時よりも速いような気がする速度で、レジィが戻ってきました。そして私の目の前で急停止すると、尻尾をちぎれんばかりにブンブンと振って期待に満ちた表情を浮かべます。

 玉座から降りた私が「おいで」と両手を広げれば、レジィは嬉しそうに私の胸へと飛び込んできました。鼻息が荒い。


「よしよし、よく頑張ったね。まさか黒水晶の能力が使えるようになってたとは驚いたよ」

「へへへ~。ご主人をびっくりさせようと思って、こっそり練習したんだ」


 そう言ってお日様のような笑顔ではにかむレジィを、私は髪が乱れるくらい撫でまわしてあげました。これにはレジィも気持ちよさそうにご満悦です。

 するとそんな甘ったるい空気を読まず、緋竜ボガルニアが声をかけてきました。


『獣人よ、お前はたしか『疾風』と呼ばれていたか? まさかあれほど多くの能力を―――』

「うるっせぇな! 今オレ様がご主人と話してるとこだろうが!! 邪魔すんじゃねぇよ!!」

『…………』


 なんか急にキレて暴言を吐き始めるレジィの髪を、私は乱暴に引っ掴みました。


「こら。そんな口の利き方しないの」

「あぅ……ご主人ひどい……」


 口ではそう言いつつも嬉しそうにうっとりしているレジィに、緋竜ボガルニアと竜人少女ヴェヌスは若干引き気味です。

 ……いえ、ヴェヌスの方は気持ち頬を赤らめているように見えますね。これまで多くのおマゾさんを相手にしてきた私にはわかります。この子もソッチ側の子だ……!

 そして彼女はどこか熱っぽい視線をボガルニアに向けており……ほほう、もしやこれは?


「次は私だね」


 そんな呟きが聞こえたかと思うと、特徴的な黒い外套を靡かせたリュミーフォートさんが、堂々たる足取りで火口中央へ向けて歩き出します。弟子であるネルヴィアさんやレジィの戦いぶりに満足しているのか、その表情はどこか嬉しそうです。


 一方、遠くでこちらを睨み付けている紫のドラゴン、毒竜ナルガーゾは、忌々しげに歯噛みしている様子でした。それもそのはず、すでにこちらが二勝している状況で、次なる対戦者は人族最強のリュミーフォートさんなのですから。

 私を戦わせないために二人が頑張ってくれたのですから、最後はリュミーフォートさんがバシッと決めてくれるでしょう。


 私はすでに勝った気分になって、三つの望みはどうするべきかな~なんて考えていました。しかしそんな私の耳に届いたのは、緋竜ボガルニアの思わしげな声色です。


『……次はとうとう、暴竜グラキデリアか……。人族最強(バルビュート)なら恐らく大丈夫だとは思うが、果たしてどうなるか……』

「え? 次の相手はそんなに強いの?」


 驚いて私が問い返すと、ボガルニアは言い辛そうに目を細めながらも、どこか遠い目をしながら首肯しました。


『強いと言えば、強い。純粋な単体戦力としては、この山脈を取り仕切る我ら“四天”でさえもかなり手を焼くだろう。そして“暴竜”の呼び名が示すように、恐ろしく凶暴で性格にも難がある。あの闇竜ロンザルキム以上と言えば、その気性の荒さは想像できるだろうか』


 闇竜ロンザルキム……あの弱者を虐殺することを至上の愉悦としていた黒竜以上とか、なんかもう想像したくもありません。


 しかしそれなら竜王に放逐されてもおかしくないのではないでしょうか? どうしてこの山脈に留まり、あまつさえこんな試合に投入されたりするのでしょうか?

 私の疑問を予想していたのか、緋竜ボガルニアはすぐにその答えを提示してくれました。


『……奴は今代の『逆鱗(シャータン)』筆頭と言われていてな。竜王様のお言葉さえ無視するような奴だが、しかし逆鱗の巫女……このヴェヌスに大層熱をあげていて、彼女の言葉だけは聞くのだ。だからその実力を鑑みて、放逐を免れている』


 そう告げる緋竜ボガルニアの視線を受けて、純白の竜人少女ヴェヌスは複雑そうな表情で俯いてしまいました。


「今代の『逆鱗(シャータン)』ってなに? あれは一代限り、あのシャータンドラゴンを指す呼び名じゃないの?」

『本来はそうだ。だが今では、その代の竜族の中で最も強力な個体となりうるドラゴンを逆鱗(シャータン)と称し、その扱いに注意するという風習が生まれたのだ』

「じゃあ、逆鱗の巫女ってもしかして……?」


 私がさらなる疑問を投げかけると、ボガルニアは大きく頷いてそれに回答してくれます。


『神代の時代、シャータンが人間の娘と恋に落ちたという話は知っているな?』

「まぁ、訳あってその辺りには詳しいよ。それで? その人間と同じ名前を付けられてる彼女は、いったいどんな役割を担っているの?」

『結論から言えば、いつか再びシャータンドラゴンのように強力な個体が誕生した際、その手綱を握っておくための制御装置として生み出された役割なのだ』


 そのとんでもない答えに驚いた私は、思わずヴェヌスの顔色を窺いました。彼女は沈痛な面持ちで顔を伏せており、純白の両手を握りしめていました。その様子はどう贔屓目に見ても、自身の役目に誇りをもっているようには見えません。


「まさか強いドラゴンが生まれた時、そいつが暴れたり人族に寝返ったりしないように、恋をさせて竜族に縛り付けるための生贄役……とか言わないよね?」

『……言葉を飾らずに言えば、まさしくその通りだ。暴竜グラキデリアが生まれるまでは、私が逆鱗筆頭とされてヴェヌスと共に生活していた』


 緋竜ボガルニアがそう口にした時、ヴェヌスは一番悲痛な表情を浮かべたように見えました。

 もしも私の勘が正しかったなら、その表情にも納得です。そして暴竜グラキデリアとは上手くいっていないのだろうことも容易に想像が出来ました。


「どうしてヴェヌスが巫女に選ばれたの? 魔族は強さに惹かれるんでしょ? だったら相手の竜が気に入らないことには……」

『ヴェヌスの竜種は生まれつき再生力が非常に強く、よほどのことがない限り死ぬことはない。そして出生率は低いものの、その特長はほぼ確実に子へと遺伝する。魔族は強い者を慕うが、雌の場合には強い子を産む素養がある個体も、同じくらい重宝されるのだ。それは本能で嗅ぎ分けることができ、だからこそヴェヌスは竜族に愛される』

「……動物的だね」

『それに“白児”は病に弱いが、そこは遺伝しないのでさほど問題とならぬ。むしろ白児であれば種族特性が強まるのだから、これ以上の母体はない。さらに言うなら、普通の個体では凶暴な竜が暴れた時にすぐ命を落としてしまい、役目を果たせぬのだ』


 ……つまり彼女自身の性格がどうとかじゃなくて、彼女がたまたま便利な性質を持っていたから、凶暴なドラゴンのお目付け役として犠牲となることを強いられているの?

 その話を近くで聞いていた、同じく一族の掟の犠牲者であるルルーさんが、忌々しげな目をしていました。


「竜族に重宝されるってわりには、さっきあの紫のやつに思いっきりぶっ飛ばされてなかった?」

『……毒竜(ナルガーゾ)の奴は、私の同期でな。犬猿の仲とも言える私にヴェヌスが宛てがわれたことで、嫉妬や劣等感からヴェヌスを憎悪しているのだ』


 ふぅん。実力で上回って寝取ってやろう、くらいの気概は見せられないものなのかね。

 それを言うなら、目の前のボガルニアにも思うところはありますが。


 と、その時。

 私たちが立っている火口、その上空を巨大な影が覆いました。


 そしてとてつもない地響きと共に火口の中央へと降り立ったソレは、すでに血走った深紅の瞳をギョロリと動かして、周囲を睥睨します。

 その姿は、とにかく巨大。他のドラゴンと比べて歪なシルエットを象る漆黒の巨体は、全長二十メートルはあろうという緋竜ボガルニアのほとんど倍ほどもあるように見えました。地上に降り立っただけで足元の地面が砕け、その爪が深々と突き刺さります。


 そして深紅に染まる逆鱗の瞳が、目の前のリュミーフォートさんに注がれました。


『テメェが、この俺様の雌を奪おうって人間かァ!! 生きて帰れると思ってんじゃねェぞ雑魚がァ!!』


 何やら支離滅裂なことを言い出しましたが、おそらくあの紫竜の手下に、そのようなことを吹き込まれでもしたのでしょう。ヴェヌスの言うことしか聞かないのなら、ヴェヌスの名前を利用すれば操ることもできるはずです。


『死にやがれ虫ケラァァアアア!!』


 いきなり巨大な右腕を振り上げた暴竜は、何の躊躇もなくリュミーフォートさんへと振り下ろしました。

 けたたましい轟音と地響きがまき散らされ、砕けた大地が舞い上がります。しかしその破壊の奔流に対してリュミーフォートさんは、なぜか防御も回避も一切行わず、その身体を深々と地面にめり込ませていました。


「リュ、リュミーフォートさん!?」


 ちょっ……あれ死んだんじゃ……!? い、いや、さすがにリュミーフォートさんならアレくらい避けられたはずですし、じゃあわざと? でもあのドラゴンが動きを封じる開眼(シャンテラ)を持っているのかもしてませんし……


 あまりに唐突な状況に、私たちや周囲のドラゴンたちが唖然として息を呑む中……


「開始の合図を」


 囁くような、けれども凛と耳に届いてくるリュミーフォートさんの呟きが響きました。その声に、審判役らしき灰竜は衝撃から立ち直って我に返ります。

 けれどもすでに攻撃が行われ、もう試合がどうとかそういう状況ではないためか、灰竜は困惑したようにオロオロと視線を彷徨わせていました。


 そうこうしている間に、激昂した暴竜グラキデリアは何度も巨大な腕を振り下ろしてきます。

 もはや爆発と形容すべき猛攻が何度も火口を抉り、その破片が周囲一帯へとまき散らされました。こちらへ飛来してくる石の礫は、ソティちゃんが魔法で防いでくれましたが……あれを無抵抗で食らい続けているリュミーフォートさんは、タダでは済まないはずです! ちょっとアレ大丈夫なんですか!? 止めた方がいいんじゃない!?


 唯一、暴竜グラキデリアに言うことを聞かせることができるのだというヴェヌスが、その一方的な破壊の嵐を止めるために口を開こうとしたところ……なぜかルルーさんがヴェヌスに立ちはだかって、それを制しました。……ルルーさん、一体どうして?

 なぜ止められたのかがわからず困惑する私たちに構わず、ネルヴィアさんやレジィも真剣な面持ちで爆心地を見つめています。


 荒れ狂う暴竜の連撃が一瞬止み、それから大きく振りかぶった右腕から一際強烈な一撃が放たれました。

 地面どころか空気さえもが震えるほどの一撃に、周囲のドラゴンたちも息を呑む気配が伝わってきます。


 立ち込める土煙が晴れた先では、暴竜グラキデリアの巨大な右腕に潰されたリュミーフォートさんが、粉々になった地面に仰向けで埋もれていました。

 思わず私が助けに走ろうとした……その時。


「開始の合図を」


 さっきと何一つ変わらない囁きが、火口内に響き渡ります。

 下手をすれば死んだんじゃないかとさえ思われていたリュミーフォートさんは、防御や反撃、回避すらせずに砕けた地面へと横たわっていました。


 そして虐殺にも等しい猛攻を繰り返していた暴竜グラキデリアさえも目を見開いた時、三度目の囁きが響きました。


「開始の、合図を」


 その言葉にびくりと全身を震わせた審判役の灰竜が、その甲高い声を全力で振り絞ります。


『だっ、第三の試合、始めぇえええーッ!!』


 その瞬間。


 合図と同時に、暴竜グラキデリアの山のような巨体が吹き飛ばされました。


 今の一瞬で何が行われたのか、私にはまったく見えませんでしたが……とにかく暴竜の右腕に潰されて倒れ伏していたリュミーフォートさんが消え、次の瞬間には激しい振動と共に暴竜がひっくり返っていたのです。

 そして無様に転倒したグラキデリアが、その血走った竜眼をリュミーフォートさんへと向けた時……


 彼女はいつもと何ひとつ変わらない無表情で―――けれどもビリビリと空間が軋むほどの闘気を纏いながら―――黒い外套の内側より、彼女の代名詞ともいえる『魔剣』を引き抜いたのです。



「抜剣―――『空在遊剣(くうざいゆうけん)フォリスレピア』」




//次回、人族最強の戦い

//次の更新は、土日ごろの予定です。

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