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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第五章 【魔族領】
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2歳5ヶ月 3 ――― 竜王の峰



 遥か太古より存在し、現代に至るまで魔族最強の種族との呼び声高い“竜族”。そんな彼らが居を構えるのは、雲を貫く巨大な山と、その周囲を囲むようにして存在する四つの山が織りなす“竜の山脈”です。

 元より極端な魔族領の天候ですが、この竜の山脈はそんな次元に収まらないほど輪にかけて極端すぎます。周囲の四つの山は、猛火が燃え盛り、氷雪が吹雪き、暴風が荒れ狂い、猛毒が渦巻いているのですから。


 そんな物騒な山々に囲われた中央の山は、比較的穏やかです。ただし山の斜面自体が険しく、また上に行けば行くほど、鉄もまったく通さないくらい強靭な“竜響岩(りゅうきょうがん)”という鉱石が多くなるため、まともな登山装備で踏破する事は不可能に近いでしょう。あとついでに空を竜が巡回しているので、見つかったら殺されますし。


 とはいえ、地形や竜を完全に無視できる私たちを阻めるものなどありません。

 それどころか珍しい植物を観察したり、澄んだ空気と綺麗な眺めの中でお弁当を食べたり、硬いもので擦ると竜の咆哮を思わせる音を響かせる“竜響岩”を殴って遊んだりと、わりかしピクニック気分で登り切ったのでした。


 そうして辿り着いた、竜の山脈中央の山、その頂上―――通称“竜王の峰”。

 そこではすでに私たちの訪れを待ち構えるようにして、周囲四方の山からも飛来して終結した数多のドラゴンたちが、並々ならぬ緊張感でもって出迎えてくれました。


 “竜王の峰”は尖った山頂ではなく、山のてっぺんを大きく抉り取ったかのような火口がぽっかりを口を開けています。おそらく火山だった頃の名残なのでしょうが、見たところ火山ガスの類は出ておらず、リュミーフォートさんやルルーさんも問題ないと言っているので大丈夫でしょう。


 そんな火口の内側には無数の穴が口を開けていて、その一つ一つが竜の住処となっているみたいです。今はすべての穴から巨大な竜たちや、あるいは竜人たちが顔を覗かせていました。ドラゴンの表情なんてよくわかりませんが、緊張や警戒といった反応であることは間違いなさそうです。


 火口内に足を踏みいれる前に、私は頬を撫でる暖かい空気の感触に驚きました。

 この竜王の峰は標高が高く気圧が低いこともあり、強い日差しの中にあってなお肌寒い気温です。ところが火口から吹き上げて来る空気はかなり温かく、それらはどうやら竜たちが顔を覗かせている穴から噴き出しているようでした。

 異臭の類は感じませんので、おそらくどこか地上に繋がっている穴を通ってきた空気が、地熱によって暖められてここへ噴き出しているのでしょう。これによって少しは気圧がマシになってればいいのですが。


 私がそんなことを考えていると、私たちから見て正面に位置する火口内壁から、かなり大きな紫色のドラゴンが這い出てきました。距離もありますし目測ではありますが、もしかすると二十メートルくらいはあるかもしれません。さっきの緋竜ボガルニアと同じくらいのサイズ感ですね。


『おいおい、そこの猿どもよ。まさかこの神聖な“竜王の峰”に、貴様ら如きが足を踏み入れようなどと考えてはいるまいね?』


 なんかすっごい偉そうな紫色のドラゴンがそう言うと同時に、リュミーフォートさんは何食わぬ顔で足を踏み出し、火口を下りて行ってしまいました。マ、マイペースぅ~~!

 まぁあっちがケンカを売って来て、私たちはそれに文句をつけに来ているわけですから、ここで相手の思惑を汲んであげる筋合いなんてありません。

 私もみんなが乗ったままのグラムを操作して、火口を下るリュミーフォートさんに続きました。


 その途中、ルルーさんの背中に乗っているルローラちゃんが、一瞬眼帯を外してから口を開きます。


「……毒竜ナルガーゾ。口から吐く息を猛毒に変える能力。あいつが今立ってる位置はちょうど風上になっていて、正面に立つとこっそり毒を吸わされるよ」

「うわぁ、姑息なやり口だね」


 今は私の結界もないことですし、大人しくルローラちゃんの忠告通り正面を避け、背中に空気を感じる位置に移動しました。ついでにいつでも結界を張れるように、心の準備だけはしておきます。みんなに怒られても、安全が第一です。


 わざわざこれ見よがしに正面を避けた私たちに、紫のドラゴンは不愉快そうに目を細めました。


『この俺の忠告を無視するとは、よほど死にたいらしいね』

「貴方こそ、ご自分の立場が分かっておられないようですね」


 私のグラムからそっと降りたルルーさんが、背中のルローラちゃんを置いてからリュミーフォートさんの隣に並びます。


「竜族がロクスウォードの誘いに乗り、その戦力を貸し出したことはわかっています」

『わざわざこんなところまで来て、そんな下らん言いがかりを付けに来たというわけかい? ご苦労なことだね』

「こちらとしても不躾な訪問だと思っております。ですので、手土産をお持ちしました」


 ルルーさんはそう言うと、その執事服を纏った細身の体からは想像もつかない腕力で、ここまで引きずって来ていた大きな麻袋を放り投げました。

 大きく弧を描いた麻袋の口は解かれており、紫のドラゴンの目の前に落下したところで、その中身をぶちまけます。


 袋の中から出てきたのは、私たちが倒して捕らえた、『隠伏』のファジリアークと、『凶爪』のヨングという、二体の竜人でした。

 ルルーさんが捕らえた『隠伏』のファジリアークに加え、私の長距離狙撃によって吹っ飛ばされて新たに捕まえた、『凶爪』の竜人(ヨング)と、『空穿』の妖精(ピリアナ)。ルルーさんはこのために、そのうちの二体を馬車から引っ張り出してきたようです。


 全身がズタボロで血まみれになっている上に、開かれた目を虚ろに彷徨わせたまま横たわっている竜人たち。そんな奴らの姿を目にしたドラゴンや竜人たちは、皆一様に息を呑んでいました。

 紫のドラゴンが黙り込んだのを満足げに眺めながら、ルルーさんはにっこりと営業スマイルを浮かべます。


「彼らに“優しく”質問して、なぜロクスウォードに従うような真似をしていたのか、その理由を聞き出したのですよ。そうしたところ、なんでも『ナルガーゾ』とかいうドラゴンが、竜族内でも血の気の多い連中を唆して、ロクスウォードに協力して暴れるように指示したという話ではありませんか」

『……』

「生憎ですが、生きてこの場に連れて来られたのは、そのお二人だけです。あとのドラゴンや竜人の皆さんは……“遠いところ”へ旅立たれてしまいました。もう二度と会うこともないでしょう」


 ルルーさんの言葉通り、他のドラゴンや竜族はすべて半殺しにされた上で、空間接続によって別の大陸に飛ばしてやったとネメシィが言っていました。なので“遠いところ”へ旅立ってしまった彼らとは、二度と会うこともないでしょう。嘘は言っていません。

 しかしルルーさんの意味深な言葉選びのせいで、竜族は仲間が皆殺しにされたと勘違いしたことでしょう。彼らは殺気立つか、あるいは恐れ慄くといった反応を見せています。


「ああ、誤解なさらないでくださいね。我々は問答無用で貴方がたを襲撃しに来たわけではありません。一つの確認と、そして一つの約束を交わしに来た……それだけです」

『なんだって……?』

「確認というのは、今後も竜族はそういった方針……つまりロクスウォードなどの勢力に協力をしていくつもりなのか、ということです。この確認に『是』と答えるのであれば、我々が持ちかける“約束”はそのまま“要求”となります」


 つまり、今後もロクスウォードとかに協力していくつもりがないのであれば、『人族と敵対したり破壊活動の幇助(ほうじょ)をしない』という約束をしてもらう。そうでないなら、この場で無理やりにでも要求を呑ませる……という意味でしょうか。


 しかしプライドの高い魔族の、さらにその頂点ともいえる竜族。それもまぁまぁ偉い立場にいるらしい紫竜が、そんな高圧的な交渉に応じるとは思えません。

 案の定、紫竜は巨大な口を引き裂くように歪めて、クツクツと喉を鳴らします。


『その口振り……まるで我々に勝てるかのように聞こえるよ。魔族の頂点である竜族の拠点、その中心部で我らに喧嘩を売って、まさか生きて帰れると思ってはいまいね』

「もちろん、彼我の戦力を客観的に比較してまったく問題ないと判断したため、この場を訪れました」


 まったく悪びれた様子もなく言い切ったルルーさんに、いよいよ紫竜は不愉快そうに顔を歪めますが……しかしその視線はリュミーフォートさんに注がれており、怒りに任せて暴れ出すといった行動には至りません。さすがに彼女を前にして無謀な突貫をするほど馬鹿ではないようです。

 まぁ私たちがここを訪れる原因を作った時点で馬鹿だと思ってますけど。


 しばらく考え込むように金の瞳を細めていた紫竜が、やがて不意に口元を歪めたかと思うと、もったいぶった風に語り始めました。


『ふむ……その強がりの真偽を確かめるのもいいがね。生憎とこの竜の山脈において、殺し合いは禁じられているのだよ。……ああ、しかし。『竜舞の儀』ならばその掟にも抵触しないか』


 わざとらしい口ぶりでそう語った紫竜に、なぜかルルーさんもわざとらしい口調で「ほぅ、『竜舞の儀』とはいったい?」と、まるで深夜の通販番組の合いの手みたいな相槌を打ちます。


『星の巡りが一巡するたび、我々が祖先の御霊を慰めるために行う儀式だよ。それぞれの山を治めている“四天”の竜たちと、この山を統べる竜王様。彼らの配下からそれぞれ五体ずつ竜を選び、この場所で戦わせるのさ。わかるとは思うが、先に三勝した方が勝ちだ。たまに事故で命を落とす輩もいるが、貴様らは随分と腕に自信があるようだから心配は要るまいね?』

「なるほど。つまりその儀式に倣い、我々で五名ずつを選んで戦わせるというわけですか」


 いや全然“なるほど”じゃありませんけど。なんでちょっとルルーさん乗り気なんですか? わざわざそんなかったるいことしなくても、リュミーフォートさん一人に突撃してもらえば万事解決でしょうに。

 しかしそんな私の疑問も、次に何気なく放たれた言葉によって解消されることとなりました。


「ではこういうのはどうでしょう? どちらかが三勝して『竜舞の儀』が終わった後、互いの勝利数に応じた数だけ、相手に望みを叶えさせるというのは?」

『……なるほど、面白い。ちなみにだが、相手の望みを打ち消す、という望みも可能なのかね?』

「ええ、もちろん。一人分の望みを使って、相手の望みを一人分だけ打ち消すことは可能とすべきでしょう」


 ルルーさんが澱みなく答えると、紫竜も満足げに口元を歪めます。

 まさかルルーさん、さっきのわざとらしい誘導といい、最初からこの流れを狙っていたのでしょうか?


 先ほど出合った純白の竜人少女や、緋竜ボガルニアのように、ロクスウォード勢力への協力など望んでいない竜族だって多いでしょう。ロクスウォードへの戦力提供は、一部の過激派の暴走だという話ですしね。

 このまま正面切っての争いとなれば、そういった穏健派の竜族ともなし崩し的に戦うことになっていたはずです。それを避けるために、このような試合形式で戦う数を制限し、さらにはプライドの高い竜族に『公正なる儀式の結果』として要求を順守させようという腹なのでしょう。


『それで、こちらは概ね選出が決まっているが……そちらは誰を選ぶつもりなのかね?』


 探るような目つきの紫竜に対し、ここではルルーさんの代わりにリュミーフォートさんが声を上げました。


「私が三番目に戦う。そしてセフィリアが四番目」


 そう言ってまっすぐに私を見つめてくるリュミーフォートさんに、私は思わず「え?」と聞き返してしまいました。

 これに目の色を変えて猛反発の構えを見せたのが、ネルヴィアさんたちです。


「リュミーフォート様!! セフィリア様は……」

「一番目はネルヴィアで、二番目がレジィ。セフィリアに戦わせたくないなら、セフィリアを守りたいなら、その前に三勝すれば問題ない」


 リュミーフォートさんのその言葉に、彼女の意図を察したネルヴィアさんとレジィは互いに顔を見合わせ、それから口を引き結びました。その目に灯る闘志から、彼女たちが覚悟を決めたことが伝わってきます。

 というかむしろ、私としてはネルヴィアさんたちが戦うことの方が心配なのですが。


 でも面と向かってその心配を口にしたら、まるで二人の実力を信用していないみたいです。それに二人はここ最近死にもの狂いで鍛錬に励んでいますし、だからこそリュミーフォートさんも二人をけしかけるような真似をしたのでしょう。それはわかります。

 でもやっぱり心配だし、なにも初戦がドラゴンじゃなくてもいいと思います! なので二人が察してくれるように念じながら視線を送ってみると、それに気が付いたネルヴィアさんがグッと拳を握りしめながら、


「ご安心ください、セフィ様! そんな目をなさらずとも、必ずやセフィ様まで回すことなく終わらせて見せます!」


 ああ全然伝わってない……

 たしかに今の私がドラゴンと戦ったら死にそうですけど、そのことを心配してたわけじゃないです。

 しかしそんな私の想いは、「じゃあボクが五番目で!」というネメシィの無邪気な言葉にかき消されてしまいました。


 そして私たちの話を聞いていた紫竜は愉快そうに笑いを噛み殺しながら、ならばと向こうの選出メンバーを発表します。


『では一試合目は氷竜アルゴラ。二試合目は風竜ソピーディアス。三試合目は暴竜グラキデリア。……そして四試合目は、炎竜ボガルニア……貴様が戦え』


 紫竜はそう言って、少し離れたところで事態を見守っていた緋色のドラゴンへと視線を投げました。

 するとボガルニアは不快げに目を細めながら、咎めるような声色を発します。


『なぜ私が、貴様の勝手に始めたことの尻拭いをせねばならない』

『元はと言えば、貴様が先ほどバルビュートに恐れを為し逃げ帰って来なければ、こんな面倒なことをせずに済んだのだよ。尻拭いされているのはどちらか考えるのだな、無能め』

『彼らは、ロクスウォードとかいう人族に媚びて軍門に下るなどという、竜族の誇りすら捨てたどこぞの馬鹿に灸を据えてくれると言った。だから私は竜族内に巣食う害虫駆除のため、彼らの通行を許可したのだ』

『人族の軍門に下る? これだから頭の足りない奴は困るね。あの者に協力した同胞たちは、弱いくせに血の気が多いばかりで足並みを乱す無能が多かった。奴らがあの者の誘いに賛同していたものだから、だったら好きにしろと放り出したにすぎん。竜王様が、あの闇竜ロンザルキムを放逐したのと同じようにな』


 闇竜ロンザルキム? 放逐した?

 ……今、ものすごぉ~く嫌な考えが思い浮かんじゃったんですけど。


 あと、あの紫竜の目的はそれだけじゃなく、私やネメシィへの嫌がらせがしたかったのだということも判明しています。人族のくせに『逆鱗(シャータン)』を名乗る私や、竜族を蹂躙したエクスリアに嫌がらせをするため、私たちが敵対しているロクスウォードに手を貸したんだってさ。ほんと迷惑なことしてくれやがります。


 私がにわかにげんなりしている間に、紫竜と緋竜の口論はエスカレートしていきます。

 そしてそんな不毛な争いに口を挟んだのは、誰あろう例の白い竜人少女、ヴェヌスでした。


「皆さん、やめてくださいっ!!」


 この広大な火口に響き渡るような声に、紫竜と緋竜は口論をやめて彼女に視線を向けます。

 それから緋竜の傍にいた彼女は躊躇なく駆け出して紫竜の目の前に立つと、その細くて白い両手を大きく広げます。


「彼らと戦うなんてやめてください! 元はと言えば我々が、周囲への影響を考えずに行ってしまったことではありませんか!」

『……おいおい、いつから『逆鱗の巫女』っていうのは、“四天”であるこの俺に意見できるほど偉くなったのかね』

「意見など……ナルガーゾ様、ただわたくしは―――」

『黙っていろ劣等種が!! 竜族でありながら人族を思わせるその容姿が、見ていて虫唾が走るんだよ!!』


 尚も取り縋ろうとしていた竜人少女のヴェヌスに、紫竜は叫びながら右腕を振るいました。それだけで血飛沫が上がり、少女の小さく細い身体は冗談のように吹き飛んでしまいます。

 あわや地面に叩きつけられそうになったところで、しかし緋竜ボガルニアがその巨体に似合わない凄まじい俊敏さで駆け寄り、大きな翼で優しく受け止めました。

 あまりの出来事に息を呑んでいた私は、それを見てほっと息を吐き出します。くそ、なんて奴だあのドラゴン……!


『貴様ッ……!! 掟に準じて逆鱗の巫女を果たそうとしている彼女に、なんたる侮辱!!』

『ハッ。何が巫女だ、いずれ狂った竜に供物とされるためだけに飼っている欠陥品だろうに。まるで獣人族のように中途半端な容姿が穢らわしいと言っているんだよ』

『……もはや赦してはおかぬ!! 掟など知ったことか! この場で私が貴様を―――』


 緋竜ボガルニアが何か言い返そうとしたところで、不意に口論が途絶え、紫竜と緋竜が同時に私たちの方へ首を向けました。何やら目を見開いて驚いているみたいですが、一体どうしたのでしょう?

 あれ? 気が付くと私の仲間たちも、私のことを見ています。どうしたの?


 よくわからないけど、いいから早くその何とかの儀とやらを始めてくれないかなぁ。

 もう三つの要求のうち、一つは決めたからさ。


「ねぇ、ぐだぐだ言ってないでさ。四番目がそこの赤いので、五番目が紫のお前でしょ? じゃあさっさと一番目のドラゴンを連れてきなよ」


 無意識で貧乏揺すりをしていたらしい足を止めながら、私は二体のドラゴンに呼びかけました。

 するとドラゴンたちは硬直から復帰して、バツが悪そうに口を開きます。


『だとさ、ボガルニア。仮にも俺と同じ“四天”なら、棄権や敗北なぞ許さないよ』

『……ほざけ、ナルガーゾ。後で覚えていることだ』


 緋竜は翼で受け止めた少女を労りつつ、紫竜から離れていきました。


 それから私はネルヴィアさんとレジィに、笑顔を投げかけます。


「二人とも。ホントはドラゴンと戦うなんてしてほしくないけど、二人のことを信じているから止めないよ。だから気を付けて戦っておいで」

「は、はい! セフィ様の信頼に―――」

「あとそれから、人族(・・)獣人族(・・・)が、竜族を叩きのめすところが見たいなぁ。……見せてくれるよね?」


 私が柔らかな笑顔を浮かべながらそう訊くと、二人はなぜかブルリと背筋を震わせてから、「は、はいッ!!」と大声で返事をしました。

 ふふふ、そんなに気合を入れなくてもいいのに。ふふふふ。


 私たちがそのようなやり取りをしている間に、伝令役っぽいドラゴンに連れられて、青白く綺麗な鱗から白い煙を立ち上らせているドラゴンが降りてきました。

 緋竜や紫竜よりも少し小さめに見えますが、その落ち着き払った態度と振る舞いは、実力者であることを物語っているようにも見えます。


『お呼びでしょうか、ナルガーゾ殿?』

『よく来てくれたね、氷竜(アルゴラ)。話は大体聞いているだろうけど、貴様には人族と戦ってもらうよ』

『私で宜しいのですか? 人族となんて戦ったら殺してしまいますよ』

『どうにも彼らは我々のことを侮っているようでね。氷竜派のナンバー2の実力を見せてやってくれ』

『はぁ……まぁ、いいですけど』


 アルゴラと呼ばれた青い竜は、あまり納得がいってない風に頷きながらも、こちらへ歩いてきました。

 対してこちらの一番手、ネルヴィアさんも軽く柔軟体操を終えて歩き出します。


 私は近くにいたソティちゃんに呼びかけ、気圧上昇か酸素濃度上昇の魔法は扱えるかと訊いてみました。すると彼女は限定範囲なら可能との答えを返してくれたので、ひとまず安心します。

 これでネルヴィアさんが激しい運動の末に高山病になっても、この場で休ませることができそうです。


 火口の中心から大きく距離を取った私たちと、互いの陣営からゆっくりと歩み寄っていくネルヴィアさんと氷竜アルゴラ。

 やがて両者の距離が十メートル程となったところで歩みを止め、空色の瞳と竜の金眼が交錯します。


 するとどこからともなく現れた全長三メートルほどの灰色の竜が、二人の頭上を飛び回りながら甲高い声で叫びました、



『それでは『竜舞の儀』、第一の試合を執り行います。―――始めッ!!』




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