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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第五章 【魔族領】
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2歳5ヶ月 2 ――― 竜の山脈



 ネメシィの空間接続によって馬車をまるごと帝都へ送還した私たちは一路、竜の里を目指して歩みを進めていました。

 本来なら馬車と同じく空間接続で山の頂上まで飛んで行ってもいいのですが、今回は徒歩で向かうこととなりました。理由は三つ。リュミーフォートさんの意見と、ルルーさんの打算と、私の心配です。


 リュミーフォートさん曰く、「こんな山も登れないくらい貧弱なら留守番していた方がいい」とのこと。これは現在鍛錬中のネルヴィアさんやレジィだけでなく、ケイリスくんやソティちゃんに対しても言っているみたいでした。まぁ言葉通りの意味ではないと思いますが。

 そのため普段は魔法でふわふわ浮いて涼しい顔してるソティちゃんも、周りに付き合う形で地に足つけて歩いています。さすがに魔法無しでも戦えると言うだけあって、険しい山道も苦ではないようですね。

 しかし唯一ケイリスくんだけは結構堪えているようで、ジャケットを脱いでシャツの胸元を緩めながら、汗を拭って歩いています。無理しなくていいよと私が何度も呼びかけているのに、彼は頑として譲らずぜぇぜぇ言いながら歩き続けていました。


 ……ちなみにそんな状況においても歩いていないのが二人いて、ずばり私とルローラちゃんです。現在“ロヴェロさん”に変身しているルルーさんが、ルローラちゃんをおんぶして歩いています。これはルローラちゃんが「山を歩かなきゃお留守番? じゃあお留守番で!」と即答したため、交渉の要である彼女を連れて行くための措置です。

 漆黒の執事姿となったルルーさんは、何やら大きな荷物が入った麻袋のようなものまで引きずっており、そんな姿で登山というのはなんとも異様な風体でした。


 そして私はと言うと、リルルの呪いの首輪によって肉体年齢を中学生ほどにまで引き上げ、さらに宙に浮かび上がって移動する玉座に座ったまま、悠々とみんなの後ろをついて行ってました。

 この椅子は裏面の四か所と、背もたれの二か所。そこに神器グラムから分離させた、一円玉サイズの小さな金塊をくっつけて操ることで、バランスを取りながら浮かせているのです。


 通常状態の神器グラムには質量制限があり、際限なく巨大化させることはできないようです。なのでなるべく私の身を守る分のグラムを消費したくはないのですが、かと言って移動と防御を両立させるためにグラムを体に巻き付けるのは、痛いし痕になっちゃうので嫌です。

 そういった問題を解決するための方策として、私はケイリスくんにお願いして椅子を探してもらったのです。……こんな立派な椅子は求めていませんでしたが。

 リュミーフォートさんの方針に一人だけ真っ向から反抗する形ですが、頭脳労働特化の私は特別にお目こぼし頂けました。しめしめ。

 ちなみに先日作成した“黒い石”のペンダントは、少し離れたところに浮かせて携帯しています。いつ何が起こるかわかりませんからね。


「さっすがセフィリアちゃん! 椅子を浮かせるって発想はなかったな~」


 そう言いながら手放しで褒めてくれるのは、私の隣を歩くネメシィです。

 彼女はまるで舗装された平地でも歩くかのように 険しい山肌を軽い足取りで進んでいました。


 けれどもその姿は普段と大きく異なっており、明るく鮮やかなライトイエローの髪と、両腕を覆うように生える同色の羽毛。

 惜しげもなく晒される肉感的な肢体は、木の葉をより合わせた原始的な衣装に頼りなく覆われています。

 普段と違うショートカットヘアで縁取られたその顔も、妖艶な雰囲気を纏わせるパーツで飾られ、普段のネメシィとは似ても似つきません。

 ネメシィ個人が持つ四つの能力、その内の一つである“変身”。ロクスウォード勢力を壊滅させた際に一度だけ触れたハーピィ族の少女に、彼女は姿を変えているのです。


 それというのも、私たちがわざわざ竜の山脈を徒歩で登山している二つ目の理由……『竜族の出方を窺う』というルルーさんの目的を果たすためです。

 こうやって堂々と時間をかけて竜の里へ向かおうとすれば、竜族たちもどう対応するか吟味することができるでしょう。ましてや我々は、じつは竜族たちが遠回しに陥れようとした相手なのです。ならば私たちが彼らに良い感情を抱いていないということは、誰の目にも明らかでしょう。


 こちらへ出向いて謝罪をするならそれでよし。案内を寄越すなり、里まで招いて歓待するのも良いでしょう。

 何か事情があったのなら説明してもらって結構ですし、納得いく理由だったなら何か手伝いを申し出るにも吝かじゃありません


 ……ただし、攻撃を仕掛けてくるのであれば。

 その時は相応の態度と手段でもって対応することとなるでしょう。


 ルルーさんがただの付き人であるかのように装っているのも、ネメシィが弱い部類の魔族(ハーピィ)に扮しているのも、私が逆鱗(シャータン)の代名詞である幼児の姿から離れているのも……敵の油断を誘い、誠意の程を測り知るため。


 ……あと、ネメシィはかつてエクスリアと一緒に、この竜の里を訪れて大暴れし、竜族の首領である『竜王』を半殺しにした前科があります。

 その件で憎まれていて襲われるのも、恐れられて萎縮されるのも困るので、姿を変えているという面もあったり。


 そんな感じで私たちは、途中で何度か休憩を挟みつつ竜の山脈を登り続けました。

 そして出発時には地平線から登り始めたばかりだった太陽が、私たちの頭上で輝き始めた頃。


「……ん?」


 見間違いかと思って目を擦ってみますが、私の目が捉えたその影が消えることはありませんでした。

 そしてすでにリュミーフォートさんたち実力者はとっくに気が付いていて、警戒の色を滲ませています。


 私たちの視線の先では、草木の乏しい赤々とした山肌に、真っ白な人物が立ち尽くしていました。


 まるで風景画の一部に生じた塗り忘れのように、この強い日差しの中では目が痛くなるほど真っ白な髪と肌。それらを、同じく肌に負けないくらい真っ白な巫女装束で包んでいます。

 全体を通して儚げな少女といった風貌の中で異彩を放つ、側頭部から前方にねじ曲がりながら突き出すように生える二本の白い角と、臀部から伸びている長くて白い尻尾。

 頭のてっぺんから尻尾の先まで、すべてが真っ白で統一されている中で目立つのは、血のように真っ赤な赤い双眸。宝石のような煌めきを放つその瞳は、ぱっくりと縦に裂けた瞳孔を覗かせながらこちらをまっすぐに見つめていました。


 普段は金色の瞳を備えている竜族が“赤い瞳”となっている時……それは逆鱗状態に入っている証拠。そうネメシィやルルーさんに説明されていた私たちは、目の前の竜人がいつ襲い掛かって来ても良いように身構えます。

 そして、その真っ白な竜人少女はゆっくりとした足取りで私たちの元へ歩み寄り……



「皆さん、本当に申し訳ございませんでした……!」



 思わず聞き惚れてしまうくらい可憐な声でそう言って、深々と頭を下げたのです。


「……え?」


 思わず呆けた声を発してしまった私は、その少女の頭頂部をまじまじと見つめます。

 いきなり現れたかと思えば、これまた突然謝罪をしてくるだなんて、あまりにもいろいろ唐突すぎです。そもそも彼女は何者? 見た目に竜人だということはさすがにわかりますが……


「えっと、あの~……あなたはいったい……?」


 とりあえず少女が何者なのかを恐る恐る訊ねてみると、真っ白な竜人少女はガバッと頭を上げます。そして彼女は、その真っ赤な竜眼をうるうると潤ませながら答えました。


「も、申し訳ございません! わたくしの名はヴェヌス。この竜の里で『逆鱗の巫女』を務めております。皆さんには竜族が大変なご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございません。どうか竜族を代表して、謝罪をさせてくださいませ」


 逆鱗の巫女……ねぇ。“ヴェヌス”という聞き馴染みのある名前といい、なんだかめんどくさいことになりそうな予感がします。


 ヴェヌスと名乗った竜人の少女は言うだけ言うと、再び頭を勢いよく下げて謝罪を再開します。

 ええっと、うん……大陸を揺るがせるロクスウォードの暗躍において、竜族が私たちに悪意を持って影で手を回していたことは、こちらも把握しています。ですので最終的には竜族の代表に頭を下げさせるつもりでここを訪れたのですが……まさか先手必勝で誤ってくるとは予想だにしていませんでした。こちらの出鼻を挫く策略としては見事過ぎて、その謝罪の誠意を逆に損なっているほどです。

 実際のところ、プライドに鱗が生えてるような竜族が謝罪をしてくるだなんて、全くもって考えていなかったのです。


 どうしたものか……という微妙な空気が、私たちの間に流れます。

 どう考えても目の前の少女が責任者や黒幕といった雰囲気ではありませんし、これは彼女が独断で謝罪を行っているのか、それともほかの竜族に命令されて人柱のように放り出されたのか、判断に困ります。そしてそのどちらだったとしても、彼女の謝罪一つで「はいそうですか」と許してしまうという選択肢はありえません。


 なんだか悪質クレーマーにでもなったようで心苦しいですが、ここは「お前じゃ話にならん、責任者を出せ!」という旨をお伝えしようと、私が口を開きかけたところで……


「来る」


 私たちの先頭に立っていたリュミーフォートさんが、この日差しにおける登山でも汗一つかいていない涼しげな顔を空へ向けました。かなり前から上空を旋回して、こちらの様子を窺っているのはわかっていましたが……ついに動き出したようです。

 彼女の視線の先をしばらく注視していると、やがて遥か遠くの雲からいくつもの影が飛び出して、こちらへ近づいてくるのが見えます。あれはもしかして……


 案の定というべきか、“竜の山脈”の名に恥じないお出迎えでした。


 かつて私たちがイースベルク共和国で対峙した、黒いドラゴン。アレは尻尾まで含めれば全長十五メートルにも達していたように思いますけど、そんな黒竜と比較しても引けを取らない巨体が、大きな翼を広げ、次々と降下してきました。

 内臓を揺さぶるような衝撃と共に地面へと舞い降りたドラゴンたちは、その数じつに八体。並の人間だったらすでに生存を諦め走馬燈を見始めている頃でしょうが、あいにくとそんな常識的な感性を持った者はここにいません。辛うじてケイリスくんがちょっと緊張してるくらいです。

 かく言う私も、「久しぶりに見たけど、やっぱ迫力あるな~」という感想を抱くのがせいぜいでした。


 私たちを囲むように着地した計八体ものドラゴンたちは、グルグルと喉を鳴らしながらこちらを威嚇し、その巨大な金眼で油断なく睨み付けてきます。

 私たちの近くに降りて来た、緋色の鱗を持つ一際大きなドラゴンが、おもむろにその凶悪な歯の並ぶ口を開きました。


『急にいなくなったと思えば、またこんなことを……いい加減にしろヴェヌス』

「ボガルニアさん……」


 ボガルニアと呼ばれたドラゴンは、その巨大な尻尾を私たちとヴェヌスの間に挿しこむと、彼女を自分の方へ引き寄せる形で距離を取らせます。


『……何をしに来た、人の子よ』


 くすんだ緋色の鱗を持つ巨竜ボガルニアが、迫力ある声色を響かせました。そして私たちを、その鋭い眼光でジロリと睥睨し……ひと通り視線を走らせたあと、私のことを二度見しました。あ、うん、人間の子供が空飛ぶ玉座にふんぞり返ってたらびっくりしますよね。なんかごめんなさい。

 と、そんな緋色のドラゴンが発した問いに対し、竜の尻尾に抱き寄せられたヴェヌスが非難の声を上げました。


「ボガルニアさん! わたくしたちが彼らに迷惑をかけてしまったのですから、誠意をもって謝罪し、許しを請わなければなりません! ここはどうかわたくしにお任せください!」


 わざわざ私たちから彼女を引き離した緋色のドラゴンを押しのけるようにして、ヴェヌスはその純白の長い髪と尻尾を振り乱しながら尻尾を逃れ、私たちの目の前に駆け寄ってきます。


「仲間が無作法をいたしました、申し訳ございません。それも含めて、どうかお気の済むまでわたくしを痛めつけてくださいませ」

『ヴェヌス! 何を……』

「ただ、誠に勝手な申し出とわかってはおりますが、どうか今回のことは、それで手打ちとして頂けないでしょうか……!」


 そう言って再び深々と平身低頭となるヴェヌスに、私はどうしたものかと頭を抱えてしまいます。

 しかしそこで、黒い執事姿のルルーさんが一歩進み出たかと思うと、先ほどボガルニアと呼ばれていた緋色のドラゴンに顔を向けて問いを発しました。


「我々は、褐色銀髪の男……ロクスウォードという名の人間を探しています。そして貴方がたはロクスウォードをご存知ですね?」


 ルルーさんの問いかけに、緋色のドラゴンは一瞬目を細めたように見えました。


『……知らんな』

「そうですか、それは大変なことです。何せ竜族とロクスウォードが繋がっている証拠を掴んだからこそ、我々がこうしてこの場所を訪ねているのですから」

『……』


 緋色のドラゴンの視線が、ルルーさんの手によって引きずられている麻袋に向けられます。その袋はとても大きくて、ちょうど中には二人くらい大人が入っているようなシルエットで……って、まさかアレの中身って。


「ご存じないと仰るのなら、是非とも入念に調査すべきでしょうね。よろしければ我々も協力致しますよ?」


 ルルーさんは、自分よりも遥かに巨大なドラゴンを前にしても、営業スマイルをまったく崩さずに渡り合っていました。そして白い少女は不安げに両者の顔色を窺っています。

 ドラゴンは底知れないルルーさんの雰囲気を訝しみながらも、探るような目つきで口を開きます。


『……貴様らが、そのロクスウォードの手先でないという保証はどこにある』

「おや、まるでロクスウォードが悪者であるかのような口ぶりですね? 貴方はロクスウォードなど知らないと答え、私は褐色銀髪の男であるとしか申し上げておりませんが」

『先ほど貴様たちは、ロクスウォードを探していると……』

「探しているとは言いましたが、敵対していると口にした覚えはありませんね」

『それは……』

「さらに言うなら、竜族とロクスウォードが繋がっている証拠を持ってきたと申し上げたはずです。ならば我々がロクスウォードの手先であった方が、貴方がたにとって喜ばしいことのはずでは?」


 ルルーさんの話術に追いつめられ、いよいよ緋色のドラゴンは口を閉ざしてしまいました。

 けれどもそんなことを気にした様子もないルルーさんは、整った顔立ちで涼しげに微笑みながらさらに踏み込みます。


「大方、一部の過激派が勝手にロクスウォードと繋がり、それを疎ましく思っている貴方がたのような竜族と勢力を二分しているといったところなのでしょう?」


 白い竜人少女と緋色のドラゴンは、わずかに息を呑んだような反応を見せ、目を見開きます。その反応がすでに雄弁な肯定と言えましょう。

 そして、私たちが事前に思い描いていたシナリオ通りの状況を、竜族は辿っていたようです。


 ……ならば付け入る隙はある。


「ご存知の通り、ロクスウォードというのは魔族の実力者をかき集めて戦争を引き起こそうとしている人間です。我々と敵対し、そして襲撃してきた者たちの中にも、竜人が二人混じっていました。さらに別の者が本拠地を襲撃した際、多くのドラゴンや竜人を見かけたと聞いています」

『……』

「率直にお尋ねしますが、この指示は竜王が?」


 ルルーさんの問いに、周囲のドラゴンが殺気立つのが見て取れます。

 案の定、緋色のドラゴンは緩やかに巨大な頭を横に振りました。


『竜王様は現在、“慰癒(いゆ)竜泉(りゅうせん)”で療養しておられる』

「慰癒の竜泉?」

『竜族に伝わる秘湯で、あらゆる怪我や病に効くと言われている』

「なるほど。そして主要な側近や有力な忠臣たちも、竜王の護衛や身の回りの世話のためについて行ってしまい、残された貴方たちに混乱が広がっているというわけですか」

『……そうだ。だからこそ野心を燻らせた馬鹿が台頭する隙が生じる』


 その憎々しげな表情と辛らつな言葉で、現在の竜族の状況が伺い知れるというものですね。

 ならば私たちと彼らの利害は概ね一致していると言っていいでしょう。


「これから我々は、貴方がたの里へ伺うつもりです。目的はロクスウォードと繋がった竜族の思惑と立ち位置の確認。そして場合によってはケジメを取って頂こうと思っております。―――邪魔されますか?」


 にこやかに投げかけられた問いに、ドラゴンたちはにわかに仲間内で視線を走らせ、それから緋色のドラゴンへと目を向けました。どうやら彼がこの中で最も強く偉い個体のようですね。

 そんな緋色のドラゴンは暫し瞑目した後、ゆっくりと金色の瞳を開きました。


『思い上がった恥知らず共に灸を据えてくれるというなら、喜んで我らの里へ案内しよう』

『よろしいのですか、ボガルニア様』

『良い。責任は私が取る』


 伺うような周りのドラゴンの問いにも、緋色のドラゴンは鷹揚に頷きを返しました。それから思わしげな視線を投げかけるヴェヌスを無視する形で、私たちにチラリと目を向けます。


『それに……竜王様もおられない現状で、これほどの手合いを暴れさせるわけにもいかぬしな』


 ボガルニアのその言葉に、周りのドラゴンたちは緊張した面持ちでリュミーフォートさんを見つめます。

 褐色銀髪、黒の軍帽と軍服を身に付けた人族の女。人族最強、“鍛錬(バルビュート)”のリュミーフォート・ユジャノン。伝え聞いたその容姿だけで、魔族にとっては畏怖の対象となるのでしょう。もちろん魔族最強種とも呼ばれるドラゴンならば、彼女の内包する実力の一端を窺い知ることもできるかもしれません。


『では、このまま我々が貴様たちを里まで運んでしまおう。飛べない者は私の背中に乗るといい』


 ボガルニアがその緋色の身体を山肌に屈めると、他のドラゴンたちが『ボガルニア様!』と何やら非難じみた叫びをあげました。この場で一番偉い、それも誇り高い竜族がそんな雑用めいたことを率先して行ったのが、周囲を動揺させているのでしょう。まったく、周囲に気を遣わせるなんて、上に立つ者としての自覚が足りませんね。

 そして、どうしたものかと視線をさまよわせているうちの子たちに代わり、私がボガルニアの提案に答えました。


「いえ、私たちはこのままゆっくりと登って行きます」

『遠慮する必要はない。それに竜族の誇りに賭けて、騙し討ちのような卑怯な真似もしない』

「違います。人間は急激に標高の高い場所へ移動したりすると、体調を崩してしまうんです」


 ふと周囲を確認してみれば、私の言葉に納得を示してくれたのはソティちゃんだけのようです。やはりまだこの世界において、高山病は認知されていないのでしょうか。

 リュミーフォートさんは修行のために、ルルーさんは様子見のために登山を提案しましたが、私は高山病対策のためにその案を支持していました。


 竜の山脈は標高自体はそれほどではないとはいえ、雲を貫く程度には高い山です。それをドラゴンの飛行速度やネメシィ空間接続でひとっ飛びしたら、気圧の変化が激しすぎて死ねます。

 何気に生まれも育ちも高地である私ならばともかく、他の人たちはさすがにこんな標高は不慣れでしょう。飛行魔法を使っている時に併用している気圧制御術式も使えない現状、リスクが高いと判断せざるを得ません。

 なので大事を取って、何度も休憩を挟みながら軽い高地順応を試みつつ、竜の里を目指したいのです。


 とはいえ先を急ぎたいという気持ちもありますし、この山はかなり傾斜も激しく体力と酸素の消耗が激しそうなので、ここからは私がみんなを運んで移動しましょう。

 さながら魔法の絨毯のように薄く広げた神器グラムを浮かび上がらせると、竜族からどよめきが上がります。

 それから頂上にあるという竜の里で再会することを約束し、私たちは竜族と一旦別れました。ヴェヌスはまだ私たちに謝罪を受け入れてもらっていないと言って、この場に残りたがっていましたが……最後にはしびれを切らせた緋竜ボガルニアに掴まれ、強制的に連れて行かれちゃいます。


 そうして山登りを再開した私たちは、途中で昼食や休憩を何度か挟みながら気休め程度に身体を慣らしていき……それから数時間後、陽がそれなりに傾きかけてきた頃に、竜の里へと辿りついたのでした。



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