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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第五章 【魔族領】
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2歳5ヶ月 1 ――― 貢ぎたがる人たち



「ただいまぁ~」


 ネメシィの能力で生み出された、黒い板―――異なる空間同士を繋ぐ境界―――をくぐって、私とネメシィは帝都ベオラントから魔族領に停めてある馬車へと帰ってきました。

 帝都のお屋敷で私たちの帰りを待ってくれているお母さんとお父さん、それからお兄ちゃんたちに私の無事な姿を見せてから、その足でヴェルハザード皇帝陛下に状況報告を行ってきたのです。


 ちなみに心配性な彼らに余計な心労を抱えさせたくないため、私の病気については伏せています。もしかしたらお母さん辺りが何か勘付いたかもしれませんが、まぁ何も言われなかったので大丈夫でしょう。


 それから帝都ベオラントへは、ロクスウォード勢力による襲撃がすでに二回ほどあったそうです。しかしマグカルオさんが迅速かつ秘密裏に始末し、被害どころか騒ぎにすらなっていないのだとか。さすがは魔導師閣下です。

 そしてその襲撃の事実はマグカルオさんの魔法によって、ルルーさんやリュミーフォートさんにもリアルタイムで連絡していたとのこと。おそらく二人は私を心配させないために黙っていてくれたのでしょう。もちろんマグカルオさん一人では対処できない事態となれば、私にも教えてくれたでしょうけど。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「ただいまケイリスくん。なにかかわったことはなかった?」

「ええ、問題ありません」


 休憩中の馬車に戻ってきた私とネメシィを出迎えてくれたのは、ケイリスくんだけのようです。他のみんなはどこに行ったのかな?

 私がきょろきょろしていると、意図を汲んでくれたケイリスくんが先回りして答えてくれます。


「リュミーフォート魔導師閣下はネルヴィア様とレジィ様の鍛錬中、今日はソティ様もそれに参加しています。ルルー魔導師閣下は馬車最後尾の物置で、捕虜に……ええと、食事をとらせていると思います。あと、ルローラ様は寝室でお休み中です」


 ふーん。約一名を除き、みんな忙しくしてるみたいですね。

 すでに竜の里があるという山脈が窓の外に見えていますから、鍛錬はほどほどにしておいてほしいのですが……リュミーフォートさんにそんな気遣いを期待するのは無駄でしょうね。「え? 五分も休憩したのにどうして体力が全快してないの?」とか言い出しそう。


 そういえばソティちゃんも意外に接近戦ができるらしく、いつも腰に()いている短剣(ダガー)を器用に操り、さらに驚くほど洗練されている実践的な体術を駆使して戦います。

 歴戦の実力者と本気の殺し合いに臨むのは心もとないレベルだそうですが、それでも人間の兵士や魔族に襲われても捌ける水準にはあるのだとか。とはいえ本職は魔術師なので、あくまで護身程度だと本人は謙遜していますが。

 なので時折、今日のようにリュミーフォートさんの鍛錬に参加して、体が鈍らないようにしているみたいです。


 ルルーさんは、全身をこれでもかと縛り上げている捕虜たちに、食事をとらせているようです。

 以前、私も捕虜の様子を見てみたいと言ったことがあったのですが、ルルーさんにとても怖い笑顔で「まだダメ」と言われてしまいました。……“まだ”とは一体?

 そういえば一度、物置の扉が少しだけ開いていて、遠くからルルーさんが捕虜たちと向かい合っているところを見かけたことがあります。

 すぐに私の視線に気が付いたルルーさんに扉を閉められてしまい、何をしているのかはよくわかりませんでしたが……なぜか捕虜たちに魔法ですごく強い光を浴びせていたように見えました。あれは一体なんだったのでしょうか……?


 まぁいっか。殺すか殺さないかを、ルルーさんとリュミーフォートさんのジャンケンで決めたようなあいつらがどうなろうと、知ったことじゃありません。

 ……ちなみに私は内心でこっそりルルーさんの「殺す派」を応援していましたが、結果はリュミーフォートさんの「殺さない派」の勝利に終わりました。いいですけどね、別に。


 そんなことより、頼んでおいたものの確認をしましょう。


「ケイリスくん、れいのものは?」

「はい、こちらに」


 私が問えば、ケイリスくんは恭しい仕草で部屋の隅を示します。そこには、やけに豪奢な椅子が用意されていました。

 一目で最高級品とわかる黒い革張りに、曇り一つない金装飾で縁取られたその椅子は、まさしく“玉座”といった風情。肘掛けや脚、それに背もたれは眩いばかりの金色に輝いているというのに、それが成金趣味な下品さを感じさせない絶妙な装飾によって、洗練された芸術へと昇華していました。


 私はその玉座に半ば圧倒されながらも、どうだと言わんばかりに自信満々な表情のケイリスくんを振り返って、にっこりと微笑みます。


「うんっ! これじゃない♪」


 私の言葉を聞いたケイリスくんは「えっ!」と驚愕に目を見開いてしまいます。

 いやなんでそんな意外そうな顔してるんですか! 私が求めてるのがこれじゃないってことくらいわかるでしょうが!!


 私は「座り心地の良さそうな椅子を、倉庫とかから適当に見繕っておいて」と言ったのであって、決して「私の国を興すから、その謁見の間に置いておく玉座を準備しておいて」だなんて言っていないのですからっ!!

 っていうかこんなのどうやって用意したんですか!? どっかのお城を襲撃してきたのではあるまいね!?


 そんな私の疑問には、ケイリスくんが不服そうな表情で答えてくれました。


「お嬢様が椅子を探しているとルルー魔導師閣下にお伝えしたところ、馬車の物置に置いてあったこの椅子を持ってきてくださったんです」


 な、なんで馬車の物置にこんなものが……

 いやちょっと待てよ!? この馬車って皇室御用達の超一級馬車ですよね!? じゃあ昔の皇族がどこかに移動した先で、公務を果たす時のために用意しておいたマジモンの玉座なんじゃないですか!?

 仮にそうじゃなくても、こんな平民上がりの幼児においそれと渡していいようなものじゃないってことくらい、流石にわかるでしょうに! 指紋を付けただけで責任を問われかねないような代物ですよ!


「だめだめ! もっとふつうの、もくせいのやすいベビーチェアでいいんだよ! そこにクッションとかをてきとうにのっけるから!」

「それが……ルルー魔導師閣下曰く、『もしこの椅子が断られたら言いなさい、ちょっと隣の大陸まで飛んで、適当な国の玉座を取ってくるから』と言われていまして……」

「…………」


 ……やる。あの人ならそれくらいのこと余裕でやる。

 特に帝都ベオラントからじゃなくて、他の大陸の国からってところが妙にリアルで嫌です。これ多分冗談じゃ済みません。


 そういえば陛下とかマグカルオさんに聞いたことがあります。ルルーさんは気に入った相手に貢ぐのが大好きだと。

 かつてボズラーさんが「いつまでも騎士修道会の寮暮らしじゃなくて、いつかもっと広々とした家にメルシアを住ませてやるんだ」と漏らした翌日、現在彼らが住んでいる立派なお屋敷をルルーさんがポンと一括で購入してプレゼントしたという逸話があります。しかも家具一式すべて揃えたうえで、諸々の経費はすべてルルーさんに請求が行くように契約までして。

 流石に陛下に怒られたそうですが。


 これ多分、受け取っとかないとさらに面倒なことになるんだろうなぁ……


「……うん、わかった。ありがたくちょうだいするね」


 私がうな垂れながらそう返事すると、なぜかケイリスくんはいつもの怜悧な表情を嬉しそうに綻ばせました。


「なんでケイリスくんが そんなにうれしそうなの?」

「やっとお嬢様に相応しい家具が手に入りましたから」

「……わたしに、ふさわしい?」

「今のお嬢様のお屋敷は少し質素で、立地も日当たりも悪いですし、家具も一級品とは言えないじゃないですか。ハッキリ言ってお嬢様の地位や立場に即しているとは言えません」


 いやいやいや!? ばっちり即してるよ! むしろ広すぎて落ち着かないから、一番狭い部屋を私の部屋に選んだんだから!!

 そんな私の魂の叫びは、けれどもケイリスくんには通じません。彼はどこか遠くを見つめるようにうっとりしながら、自分の三つ編みを愛おしげに撫で始めます。


「この任務が終わったら、ボクは少々経営や投資にも手を出そうと考えています。そしてその稼ぎで、ボクがお嬢様に相応しい一級品を揃えて見せますから」


 ケイリスくん曰く、私に相応しいのだという玉座をチラリと見ました。

 ……こんなレベルの家具で埋め尽くされた屋敷って、一体どこを目指してるんですか。地獄の万魔殿(パンデモニウム)でもそこまで悪趣味じゃないですよ。


 まぁ今からケイリスくんの情熱に水を差すこともないでしょう。彼が本当にお金を稼ぎ始めたら、より有意義な活用法を一緒に考えていけばいいのです。

 それよりも経営とか投資とか、そっちの方が興味ありすぎます。ねぇねぇどういうプランなの? 私の知識チートが欲しくない? 有力なコンサルタントがほしいよね? しちゃうよ? コンサっちゃうよ私?


 私が目をギラギラさせていると、そこですぐ後ろから興奮気味の鼻息が聞こえてきます。


「経営! 楽しそう! そういう本も借りてくればよかった!」


 そう言って純白の翼をパタパタさせるのは、私を胸に抱いているネメシィです。

 彼女は私を抱えているのと反対側の手に提げている、たくさんの書物を詰めこんだ革袋に視線を向けます。


 私がかつて帝都の図書館を案内してからというもの、ネメシィは大の本好きとなってしまいました。どうやら地頭も相当良いらしく、文字なんてほとんど教えてもいないのに、今では難しい専門書でさえもスラスラ読めるようになっています。


「ねぇねぇ、ボクもなにか手伝いたいなぁ! お金はいらないから! ねっ、いいでしょ!?」

「は、はぁ……それは構いませんが」

「やったぁ!」


 知的好奇心に突き動かされてグイグイ迫っていくネメシィに、ケイリスくんはちょっぴりたじたじになっています。

 なんかこの子、いつの間にかうちの家族に馴染んできてるなぁ。持ち前の天真爛漫さが、彼女の前科を相殺しつつあるようです。


「ふふふ。じゃあ、さっさとあの竜族(トカゲ)どもをぶっ飛ばして、ロクスなんとかもぶっ飛ばして、エクスリアもぶっ殺して、みんなで帰ろうねっ!」


 そう言ってにっこりほほ笑むネメシィは、しかし目だけが笑っていませんでした。

 ふぇぇ……笑顔の下でめっちゃ怒ってるよぉ……


 まぁ竜族はどうやら私たちに舐めたことをしてくれたみたいですし、ロクスウォードも言わずもがな。

 そして黒い石を持ち逃げして姿を消し、今もどこかで私を襲撃する準備を整えているのであろうエクスリアに、ネメシィはホントもうご立腹のようです。「殺してやる」とか明言してますからね。


 エクスリアが今どこで何をしているのかはわかりませんが、あれからしばらく経つのに彼の消息は掴めません。さすがに遠距離から即死技をブッパしてくるとは思えませんが、この沈黙は正直不気味です。


 そしてロクスウォードの方も、(よう)として行方が知れません。

 ヤツの場合は、現状私を直接狙うよりも先に、どこかの魔神の渦(ルミニテ)を攻略して戦力の増強を図るか、あるいは人族領のどこかに奇襲をかけるかのどちらかを狙ってるはず。

 私たちは前回の奇襲を踏まえた警戒網を敷いていますし、人族領の各都市はすべてマグカルオさんが守護してくれています。


 これでどこかへの襲撃があれば、マグカルオさんから私たちへ即座に通知(サイン)が送られ、それを受け取った私たちはネメシィの空間接続によって瞬時にその場へ駆けつけます。

 あらゆる魔法を受け付けないリュミーフォートさんだけはその方法で移動することができませんけど、少なくとも私とルルーさんの魔導師二人で即応できるだけでもかなり有利です。


 と、そういった事情もあって、私たちはまず居場所がハッキリしている竜族の元へと向かっていました。

 本来竜族の里へ向かうにも、リュミーフォートさん以外はネメシィの能力でひとっ飛びだったのですが……せっかく時間もあることですから、途中途中でロクスウォードたちの情報収集などを行いつつ、ネルヴィアさんたちの鍛錬を行いながら移動することにしていました。

 なぜか最近の彼女たちは私に隠れて鍛錬を行っているようなので、二人がどれくらい強くなっているのかが楽しみです、


 とはいえ本来、戦いなんて起こらないに越したことはありません。

 私は竜族との間で面倒なことが起こらなければいいなぁ……などと思いながら、眼前に聳える険しい山脈、雲に隠れたその頂点へと目を向けました。


 けれど当然というべきか、世の中そう甘くはないということを、私は思い知ることとなるのです。



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