2歳4ヶ月 2 ――― 黒と金の下ごしらえ
//この度「神童セフィリアの下剋上プログラム」が書籍化することとなりました!
//詳細については活動報告に記しておりますので、そちらをご参照ください。
獣人族たちを人族領へと送り届け、昨日ようやく魔族領へと戻ってきた私たち。ガタゴトと牽かれる馬車のリビング、そのソファに私たちは座っていました。
「こちらの裾を、縫い合わせればいいんですか?」
「うん、それで、そとがわの……そうそう、そこをこうして……」
私はまったりと宙に浮きながら、私の帝国軍服に縫い針を刺しているケイリスくんを見下ろし、指示を飛ばしていました。
そのすぐ傍では可愛らしいメイド服に身を包んだネメシィが、背中の白い翼を羽ばたかせて私たちに優しく風を送ってくれています。おかげで魔族領に戻って来てから辟易していた高温多湿な気候も、どうにか我慢することができていました。魔法が使えたら一発で解決なのになぁ。
お昼ご飯を食べ終えたばかりの程よいまどろみの中で、私はチクチクと手際よく縫い取られていく黒い軍服を満足げに見守っていました。
そんな長閑な昼下がり、私たちが今いる馬車のリビング部分に、ネルヴィアさんが顔を覗かせました。ところどころがボロボロで薄汚れていて、ついさっきまでリュミーフォートさんの鍛錬を受けていたことが一目瞭然です。
あんまり無理はしないでと言っているのですが、ロクスウォード勢力の奇襲で私が窮地に立たされ、さらには持病まで抱えてしまった今、彼女は一分一秒でも早く強くなって私を守れるようになりたいのだそうです。なんて健気で良い子なのでしょうか。泣けてきます。
そんなネルヴィアさんは、私がソファの近くで宙に置いているのを見かけた途端、悲しそうな表情を浮かべて声を荒げました。
「セフィ様! 魔法は使わないでくださいと、あれほど……!」
「違いますよ、ネルヴィア様。これは服の内側に仕込んだグラムで浮いているそうです」
私に詰め寄ろうとしたネルヴィアさんへ、すかさずケイリスくんが抗弁してくれます。
その言葉を証明するかのように、私は服の隙間から黄金色の塊を覗かせました。
どうやら変幻自在の黄金である神器グラムは、私が獣王の陵墓を守っていた“門番”に与えられた魔力……もとい金色の微光によって動かしているらしく、私自身の魔力を消費しているわけではないようなのです。
そのため魔力中毒によって衰弱している私にも、神器グラムの操作だけは許されていました。
「早とちりしてしまって申し訳ありません、セフィ様っ……!」
ネルヴィアさんそう言いながら、恥ずかしそうに頬を染めて平謝りしてきます。
しょんぼりしてしまった彼女に私は苦笑しながら、そっと頭を撫でてあげます。それだけで暗くなっていた表情は花が咲くようにパッと明るくなり、元気を取り戻してくれます。ほんと癒されるますわぁ……
そんなネルヴィアさんの様子を、隣で私を扇いでくれているネメシィが微笑ましげに見守っていました。
そしてそれに気が付いて、再び頬を染めながらはにかむネルヴィアさん。
最初こそ私に関する諸事情によってギスギスしていた彼女たちですが、しかし元々が穏やかで控えめな性格同士の二人は、話してみると非常に気が合ったようです。私が間を取り持ってあげれば、すぐに意気投合して友達になってしまいました。お互い友人が少ないためか、たまにちょっと引くくらい仲良しさんです。
と、そこでネルヴィアさんは初めて気が付いたように、ケイリスくんの手元へと視線を向けました。
「ケイリスさん、それはセフィ様の軍服ですか……?」
「ええ。お嬢様の要望で、少し手直ししているところです」
ケイリスくんの言葉通り、私はさきほど彼にお願いして、軍服にちょっとした小細工を仕込んでいたところです。これが完成すれば、魔法の使えない私でも少しは自衛を行うことができるでしょう。
しかしそれにはもう一つ、必要となるアイテムがあります。
私はグラムで象った金のネックレスにはめ込んだ“黒い石”を、そっと撫でました。
私たちが倒して捕虜にしたロクスウォード勢力の三人から絞り出した、黒い石の性質。
彼らによるとどうやら、黒い石は人や魔族に触れている間、その者の魔力をゆっくりと吸い取っていくそうです。
そうして魔力を吸った黒い石に、今度は持ち主の血液を吸わせます。すると所有者登録のようなものが行われるそうで、所有者の発動した魔法や開眼を無効化しなくなるのだとか。
一つの石に複数の者が所有者登録を行うこともできますが、登録にも最低限染みこませないといけない血液量が決まっていて、複数人の場合は相応に石のサイズが大きくなってしまいます。しかし仲間の能力を無効化してしまうことのないように、一緒に戦う際は事前に全員分登録せねばならず、なかなか面倒な仕様みたいです。
そのうえ所有者登録を行った黒い石は性質が大きく変化して、効果範囲が約十メートルほどにまで広がる代わりに、割るか砕くか、あるいは所有者が一定時間ごとに魔力を注がなかった場合、ただの石ころと化してしまいます。
これらの事実を踏まえると、普段から気軽に使えそうなアイテムではなさそうですね。効果を失った石は再利用できないそうですし、黒い石自体も補充が効かないようですから。
「セフィ様、やはりそんな石は捨ててしまった方がよろしいのでは……? 敵が使っていたような怪しげなものです、どんな副作用があるか……」
「いろいろと しらべはしたし、それよりもおおきなメリットがあるからね。りようしない手はないよ」
そう、大きなメリット。
一部崩落を免れた獣王の陵墓内部や、その近辺にロクスウォードたちが撒いていた黒い石。それらの中には、まだ所有者登録が行われておらず効力を保ったままの新品が紛れ込んでいました。
回収したそれらを調べる中で、どうやら所有者登録を行っていない黒い石は大きさによって効果範囲が異なるらしく、今私が身に付けている小さな石の効果範囲は、約一メートルほど。
つまり現状魔法を使えない私にとっては、魔法攻撃に対するささやかな防御手段となりうるわけです。
前線には出ず、戦闘も行わないとはいえ、今の私は半ば“囮”として征伐隊に同行している身の上です。となれば最大限自衛の手段を揃えておくに越したことはないでしょう。
「……まぁ、わたしの“騎士”がいるかぎり、これをつかうことはないとおもうけどね」
私がそう言って悪戯っぽく微笑むと、ネルヴィアさんはハッとしたように目を見開き、それから「お任せくださいっ!!」と嬉しそうに敬礼しました。
近頃のネルヴィアさんは本当に鬼気迫る勢いで修行に明け暮れているので、これはリップサービスとかではなく割と本気です。今の彼女なら、かつて戦った黒竜にだってタイマンで勝ててしまうのではないでしょうか……。
イースベルク共和国の英雄、『竜騎士ネルヴィア』は伊達じゃありません。
ルルーさんによって回復した傷は、もう黒い石を近づけても傷が開いたりはしないことを確認しています。
どうやらルルーさんがマッサージを行ってくれた際、代謝を高めて細胞をすべて入れ替えてくれたみたいです。
以前に比べてこちらの警戒度は格段に上がっていますし、私の魔法結界がなくなった代わりに、ネメシィという反則級の助っ人が周囲を警戒してくれています。
これで再びロクスウォードが襲って来ても、以前よりはずっと余裕をもって対処できるでしょう。
しかし、そんな風に私が心の平穏を取り戻し始めた、その夜。
それを嘲笑うかのように衝撃的な提案が、リュミーフォートさんにより行われたのです。
「竜の里に行くよ」
……今、なんて?




