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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第五章 【魔族領】
256/284

2歳3ヶ月 8 ――― 獣王の力



 一斉に飛び出した二人は、まずアイルゥちゃんがそのままヨナルポカへとまっすぐに迫り、そしてレジィは少し迂回するようにしてヨナルポカの側面へと素早く駆けました。

 ヨナルポカが首に下げる黒い石の効果が効いているらしく、レジィは『四倍速機動』という開眼(シャンテラ)を使用することができません。そのためいつものような目にも留まらぬ速さでの連撃は行えず、手堅く攻めるつもりなのでしょう。


 私も試しに手元で魔法を発動させようとしてみましたが、あっさりと不発に終わりました。魔法無効化はばっちり私にも有効なようです。もしかしたら私なら……とか甘いことを考えてもいたのですが、そう上手くはいかないようです。

 そうなるといつもの防御結界も機能しなくなるわけで、二歳児の肉体しか持たない私なんて石を投げられただけで死んでしまいます。


 目の前で繰り広げられるレジィ達の戦いを注視しているネルヴィアさんを振り返り、私は思い切って彼女にお願いすることにしました。


「おねーちゃん。ここではわたし、まほうがつかえない」

「え? あ、はい! あの黒い石の効果ですね?」

「うん。だから……わたしをまもってね」


 彼女の目をまっすぐ見つめてそうお願いしてみると、彼女は薄暗い中でもはっきりと分かるくらい頬を紅潮させ、堪えきれないといったように口角を上げました。


「は、はいっ!! この命に代えてもお守りします!!」


 そう言うや否や、彼女はスラリとロングソードを抜剣すると、私の斜め前を陣取り油断なく身構えました。

 さすがに命に代えてまでお守りされたくはありませんが、いざそういう状況になれば彼女は本当に命を賭して私を守ろうとしてしまうでしょう。


 と、そこで少し離れたところから、ロヴェロさんの声が響きます。


「皆様、まずは魔法無効化圏内から脱出することが先決かと。その場所ですと戦いの余波に巻き込まれてしまいます」


 見れば、ロヴェロさんはすでにルローラちゃんやソティちゃんを連れて、洞窟の入り口近くまで避難していました。いつの間に……


 黒い石の有効圏は十メートル前後だというのが、変態紳士(オークキング)からの情報です。ならば四方約二〇メートルしかないこの空間内では、魔法は一切使えないということ。

 ならばロヴェロさんの言う通り、洞窟の入り口に隠れているのが賢い選択でしょう。


 私たちは手負いの獣人たちを促してから、全員でそそくさと洞窟の入り口へと向かいます。

 先ほど手に入れた黄金(グラム)に軽く念じてみると、それは瞬く間に黄金の王冠へと形を変えて、私の頭に乗っかりました。まったく重さを感じない割りに、頭を振ってみても全然落ちないようです。


 そしてヨナルポカから目測で約十メートルほど離れたところで、薄暗かった視界が突然明転し、目が眩む明るさに包まれます。どうやらここまでが黒石の効果範囲のようです。


 ……オークキングの話によると、黒い男(ロクスウォード)や吸血女帝アペリーラが手にしていたのは、指輪やネックレスに嵌め込んだ小石程度の黒石だったはず。

 そんなサイズでも有効範囲が十メートルだったというのに、ヨナルポカが首に下げている拳ほどのサイズの黒石でも、有効範囲は変わらない……?

 有効範囲以外の部分で性能が違うのか、はたまた性能の悪い石を掴まされたのか。


「グォォオオオオオオアアアアアッ!!」


 私たちから少し離れた薄暗い空間へと目を向ければ、洞窟中に響かんばかりの咆哮と共に、ヨナルポカがアイルゥちゃんへ突進を仕掛けています。

 しかしいかに全長六メートルの巨体から繰り出される突進といえど、かつて私の風の槍(クリアランス)を真正面から受け止めたこともあるアイルゥちゃんには、さしたる効果を発揮しないようです。

 アイルゥちゃんは易々と受け止めたヨナルポカの顔面に拳を叩きこむと、その巨体を大きく後退させました。


 それからレジィはの方は素早く黄金の間を駆け抜けつつ、要所要所で隙を突きながらヨナルポカの身体へ爪を突き立てているようです。

 開眼(シャンテラ)を失っても素の速度が尋常ではないレジィは、そう滅多のことでは攻撃を受けたりはしないでしょう。そして大抵の攻撃ではビクともしないアイルゥちゃんも、危なげなく戦えているようです。


 しかしレジィやアイルゥちゃんの攻撃もまた、ヨナルポカにダメージを与えているようには見えません。


「ちょこまかと鬱陶しい虫螻蛄(ムシケラ)どもめ!! まずは貴様からだッ!!」


 そう叫んだヨナルポカは素早く身を屈めると、尻尾の代わりに生えた黒い蛇が、アイルゥちゃんに向かって大きく口を開きました。

 直後、蛇の口からねっとりと絡みつくような黒い煙が勢いよく吐き出され、アイルゥちゃんへと直進していきます。

 「アイルゥ!」というレジィの叫び声に反応するかのように、アイルゥちゃんは真横へ駆けることで黒い煙を躱しました。的を外した煙はアイルゥちゃんがいた場所を通過すると、その先にあった黄金を包み込みます。


 ロヴェロさんが集めた情報によると、あのヨナルポカが吐き出す黒い煙は、接触した対象を脆くさせてしまう効果があるようです。あれを喰らった状態で先ほどのような突進を受ければ、たとえ強靭な肉体を誇るアイルゥちゃんでも致命傷を負ってしまうかもしれません。


 ヨナルポカは真っ当に戦っては分が悪いと判断したのか、“黒霧”の二つ名に違わず、尻尾の黒蛇から煙を連発し始めました。

 どうやら粘性の高いこの煙は、発射されてからしばらく大気中に残留する性質があるようです。例えるなら、水中で放たれたタコの墨みたいな感じ。

 その性質のせいで、やや機動力に劣るアイルゥちゃんは、次第に逃げ場を失っていきます。


 そんなアイルゥちゃんをサポートするため、レジィが何度も横から爪を突き立てているようなのですが、しかしヨナルポカの黒い毛皮に阻まれて、ダメージが通っていないようです。

 いくら開眼(シャンテラ)が封じられて運動エネルギーが減衰しているとはいえ、本気を出せばアイルゥちゃんにもダメージを与えられるレジィが攻めあぐねるなんて……


 私と似たような疑問を覚えているのか、隣にいるネルヴィアさんも難しい顔をしています。

 しかしそんな私たちの疑問は、ヨナルポカの行動が解消してくれました。


 しばらくレジィやアイルゥちゃんと交戦していたヨナルポカはおもむろに飛び上がり、二人から大きく距離を取ったかと思うと、対象を脆くさせる黒い煙を自分に向けて浴びせたのです。

 その不可解な行動に困惑しつつもレジィがヨナルポカへ攻撃を仕掛けると、やはりレジィの爪はその毛皮に弾かれ、ヨナルポカがカウンターで繰り出した爪に危うく切り裂かれそうになっていました。


 今の現象が意味するところは、一つ。

 脆性を操るあの霧は、対象を脆くさせるだけでなく頑丈にさせることもできるということ。


 先ほどアイルゥちゃんの巨大戦斧にぶん殴られてもぴんぴんしてたのは、おそらくここへ飛び込んでくる前に、あらかじめ自身へ黒い霧を浴びせていたのでしょう。

 そしてそんな能力のトリックをわざわざバラすような行動を取るということは、あの能力には制限時間があり、先ほどはそれが切れかけていたということ。


「なるほどな。“硬ぇ霧”と“柔らけぇ霧”が使えるってことか」


 レジィもその事実をなんとなく感覚で理解したようで、あながち的は外していない呟きを漏らしました。

 彼は足元に落ちていた黄金の兜と手甲を拾い上げて装備しました。金ってかなり重い割に柔らかいはずですが、あんな装備で戦うつもりなのでしょうか……?


 レジィは右手にだけ嵌めた手甲の感覚を確かめながら、視線の先で爛々と双眸を光らせるヨナルポカを眺めつつ口を開きました。


「やっぱおかしいな。たしかに厄介な開眼(シャンテラ)だし、まぁまぁ強い。つっても、敵が吐き出してきた怪しい煙をわざわざ浴びるヤツなんざいるわけねぇ。となると……やっぱ族長がお前程度のヤツに負けるのは納得がいかねぇんだよな」

「クックッ……それがいたんだよ。敵の吐き出してきた、怪しい煙を浴びる間抜けがな」


 レジィの呟いた疑問に対して、ヨナルポカは愉悦に口元を歪めながら答えます。


「私はこう囁いただけだ。『今からあの里を襲えば、何匹死ぬかな』となァ!! そうしたらあの無能、大人しく私の黒霧を喰らいやがったのだ! 他のヤツらを見逃す条件として提示した黒霧(ソレ)を、愚かにも真に受けてな!!」


 おかしくって仕方がないといった風に語られたあまりに下衆な真実に、私は魔法を放ちそうになる衝動を抑えるのに必死でした。

 しかし実の娘であるアイルゥちゃんの怒りは、私なんかの比ではないはずです。ヤツの言葉が正しければ、前族長さんが亡くなった間接的な要因は、他でもない獣人族の自分たちを人質に取られたことだったのですから。

 アイルゥちゃんは俯いて拳を握りしめ、激情を吐き出すように叫びました。


「貴様ッ!! それでも魔族か!? 恥を知れ卑怯者が!! 貴様のようなッ……貴様のような……!!」

「負け犬の遠吠えだな! 弱者の泣き言なぞ、いちいち聞くにも値せん!」


 その言葉にとうとうブチギレたアイルゥちゃんが駆け出そうと身をかがめた、その時。


「で、お前は律儀に族長との約束を守って、オレ様たちを見逃してくれたわけか?」


 そのレジィの言葉に、ヨナルポカは明確に目元をピクリと痙攣させて笑みを消しました。


「相変わらずクズな人族みてぇに小物臭い戦い方する雑魚なお前が、頑張って(こす)い脳みそ振り絞ってせっかく族長に勝てたわけだ、おめでとさん。……で? お前は律儀に約束を守ってオレ様たちを見逃してくれたわけか?」

「…………」

「違うよな? 族長の覚悟を嗤えるお前が、そんな約束を守るわけがない。じゃあどうして里のすぐ目の前まで来ておいて、オレ様たちに何もせずにすごすご退散したんだ?」


 レジィは小馬鹿にするような声色でそう訊ねながらも、やがて断定的な口調と共にヨナルポカの足元を指差しました。


「お前、ずっと“右前脚を引きずってる”よな?」

「―――ッ!?」

「気づいてないとでも思ったか? あんま馬鹿にしてんじゃねぇぞボケが。わざわざ煙を喰らってもらっといて、それなのに足をへし折られた気分はどうだ? こんな怪我じゃ勝てねぇからって、オレ様たちを諦めて、泣きながら巣まで帰んのは楽しかったか?」


 私はまったく気が付きませんでしたが、どうやら直接戦っていたレジィには敵の後遺症など筒抜けだったようです。

 どんな手を使ったのかは知りませんが、前の族長さんはヨナルポカの黒霧を浴びて尚、続く致命の攻撃を受けるまでにヨナルポカの足をへし折っていたようです。それも、後遺症が残るレベルで。

 怪我をしたのが前足だということを考えるに、霧を浴びた前族長さんにトドメを刺そうと攻撃した前足へ反撃を受けたといったところでしょうか。


 ヨナルポカが約束なんて守らないことを見通していた前族長さんは、それでもヤツを里から引き返させるために死力を賭して戦ったのでしょう。

 彼は本当に、最後の最後まで獣人族の『族長』だったようです。


「族長のおかげでオレ様たちは、全員生きて今日を迎えた! そして族長が死ぬ前に残したメッセージのおかげで、オレ様たちはお前に辿り着いた! お前は族長に負けたんだクソっ垂れ!!」


 レジィの勝ち誇った叫びを聞いて、ヨナルポカは真っ赤に血走った両目を限界まで見開きながら身を屈めました。


「黙れ虫螻蛄(ムシケラ)ァァァアアアアアアア!!」


 途端に尻尾の黒蛇から放たれた黒霧は、先ほどまでとは比べ物にならない規模でした。

 空気に滞留する黒い霧は次から次へと吐き出され続け、あっという間にヨナルポカの姿を覆い隠してしまいます。


「行くぞアイルゥ! 覚悟は良いか!!」

「当然だ!!」


 今や黒くて巨大な毛玉のようなものに覆われたヨナルポカへ向かって、二人は勢いよく駆け出しました。

 それとほぼ同時に、ヨナルポカの周囲で滞留していた黒い霧が大きな動きを見せます。

 霧は内側から爆発的な勢いで拡散すると、そのまま周囲へと広がって行きました。見れば、どうやらヨナルポカが内側から黒い翼で扇いで吹き散らしているようです。


 全方位へ等しく広がって行く黒い霧は二人へと迫りますが、レジィは足元に敷き詰められた黄金の床板をめくり上げて壁とすることで防ぎ、そしてアイルゥちゃんはそのまま黒い壁となって迫る霧に向かってまっすぐ突っ込んで行きました。


「はぁぁああああッ!!」


 アイルゥちゃんは担いだ巨大戦斧を思いっきり振りかぶると、戦斧の側面で殴りつけるような格好で振り下ろしました。するとまるで団扇で扇いだかのように黒い霧は弾かれると、ヨナルポカの元まで続く道がまっすぐに拓かれます。

 しかし勢いそのままにその道を突き進んだアイルゥちゃんを見て、ヨナルポカはその口元を不敵に歪めました。


 直後、ヨナルポカは周囲へと満遍なく吐き出していた霧を、アイルゥちゃんに向けて一点集中させたのです。

 先ほどの攻防によって、左右にはまだ黒い霧が満ちている状況。つまり逃げ場はありません。


 一体どうするのかと思っていると、アイルゥちゃんは再び戦斧を団扇代わりに風を起こしました。けれども今度は黒い霧が次から次へと迫ってくる上に、ヨナルポカも翼を操り風を送り込んできます。

 あと一歩でヨナルポカの元へ辿り着くという時に、アイルゥちゃんが振りかぶった戦斧は砕け散ってしまいました。


「クハハハ!! これで終わりだァァア!!」


 そう叫ぶヨナルポカが新たに吐き出した黒い霧を、アイルゥちゃんは左右に滞留していた黒い霧へと突っ込むことで回避しました。

 二人の攻防によって霧はいくらか薄まっていたようですが、それでも十分と考えているのか、ヨナルポカは凄惨な笑みを浮かべます。


「死ねッ!!」


 黒い霧の中から飛び出してきたアイルゥちゃんへ振り下ろされる、ヨナルポカの右前脚。鋭く巨大な爪を備えたその一撃はアイルゥちゃんを正確に捉え、甲冑をバラバラに粉砕してしまいました。


 私の背後に控えた獣人たちが短い悲鳴を上げるのを聞きながら、私は目の前の光景を信じられない思いで見つめていました。


 ヨナルポカの鋭利な爪ごと、その巨大な前足を……アイルゥちゃんの小さな両手が受け止めていたのです。砕けたのは、直接黒い霧を浴びた甲冑部分だけ。何重にも分厚い甲冑を着込んでいたのが功を奏した結果です。


「なッ―――」


 その光景に目を見開いたヨナルポカが硬直した、その間隙を縫うようにして―――アイルゥちゃんの振り上げた左足がヨナルポカの右前脚に叩きこまれ、鈍い音と共にへし折ってしまいました。


「グギャァァアアッ!?」


 ヨナルポカが堪らずバランスを崩し姿勢を低くしたところで、レジィが音もなくヨナルポカの目の前に現れました。気がつけば、周囲の黒い霧はほとんどが散って空気に溶けています。


 するとレジィは、小脇に抱えていた黄金の兜をヨナルポカの首元へ素早く押し当てると、黄金の手甲を嵌めた右腕を思いっきり振り抜き、押し当てた兜へと叩きこみました。



 その瞬間、何かが砕け散るような甲高い音と共に、暗闇に包まれていたヨナルポカの周囲が一気に明るくなったのです。



 レジィが殴りつけた黄金の兜はまるでガラスのように、いとも呆気なく砕け散りました。そしてレジィの装備した黄金の手甲は、その先にあるヨナルポカの首筋へ深々と突き刺さっていたのです。

 ヨナルポカが首に下げていた銀の鎖がジャラジャラと地面へ落下したことで、私はようやくレジィが『首』ではなく、ヨナルポカが首に下げていた『黒石』を攻撃したのだと気が付きました。

 黒石が破壊されたことで、私の照明魔法が復活して周囲は光に満たされます。


 レジィが勢いよく腕を引き抜いた瞬間、溢れ出す黒々とした血液と一緒に、ほんの一瞬だけ黒い霧が見えました。

 それが見間違いでなかったとすれば、おそらくレジィは黄金の兜で黒い霧を掬い取って(・・・・・)、頑丈なヨナルポカへの攻撃に利用したのでしょう。

 その証拠に、レジィが嵌めていた黄金の手甲は、さきほどの兜と同様に砕け散ってしまいました。


 ヨナルポカは首から血を流しながらも、まだ無事な三本の足で起き上がってレジィたちから距離を取ろうとします。

 そんなヨナルポカをどこまでも冷たい瞳で見据えながら、レジィは呆れたように口を開きました。


「オレ様に開眼(シャンテラ)が戻った以上、何をやっても無駄だ。テメーはもう終わってんだよボケ」


 もはや戦いは終わったと言わんばかりのレジィの態度に、重装甲冑を砕かれてほぼ全裸を晒しているアイルゥちゃんも神妙に頷きます。

 しかしヨナルポカはそんなことなど意にも介さない様子で、どこか狂気を感じさせる表情を浮かべました。


「クッ……クククッ! 無駄? 終わった? 何を言っている!? まだ始まってもいないというのに!!」

「は? なに言ってんだお前?」

「忘れたのか!? この私がここを訪れた時のことを! ここを訪れた理由を!!」


 ヨナルポカのその言葉に、私はハッとします。

 ヤツがここに姿を現した時、この部屋に渦巻いていた金色の霧……魔神の渦(ルミニテ)を手に入れていたのでした。

 『力が漲る』とか言っていましたから、てっきり今までの力は魔神の渦(ルミニテ)による強化を含んだものかと思っていましたが……


「もはやこの私は、分靈体(エステリア)を超えた存在! 七魔獣の! 獣王の力を手にしているのだッ!!」


 変化は劇的で、それでいて迅速でした。


 黄金に覆われていた洞窟内が、突如として黒く塗り潰されていきます。

 よく見れば、それは突如として洞窟の内壁から生えてきた、黒水晶でした。

 黒水晶はパキパキと音を立てながら、本来の結晶速度や成長環境などをあらかた無視し、ほんの数秒ほどで洞窟内を埋め尽くしてしまいます。


「レジィ!」


 私は周囲の仲間たちを結界で保護しながら、ヨナルポカと対峙する家族へと呼びかけます。


「まけたら、ゆるさないからねっ1!」


 そんな私の応援に、戦闘中であることも、敵の目の前に立っていることも忘れたかのように、レジィはポカンと目を見開いて固まってしまいました。

 けれどもすぐに我に返ったレジィは、なぜか本当に嬉しそうに笑うと、ヨナルポカとの最終局面へと挑みます。


「グォオォオオオオオッ!!!」


 ヨナルポカの一際凄まじい咆哮へ呼応するかのように、空間を埋め尽くした黒水晶が凄まじい勢いでその長さを伸ばし、無数の槍となってレジィとアイルゥちゃんに迫りました。

 二人はその場から素早く離れると、次々と放たれる黒水晶の槍を回避していきます。


 けれども開眼(シャンテラ)が解禁となったレジィはともかく、元々回避能力が高いわけでもないアイルゥちゃんには厳しい猛攻だったようです。

 強靭な皮膚や筋肉を持つアイルゥちゃんは、致命傷を受けることこそ無くても、全方位から目にも留まらぬ速さで黒水晶に埋め尽くされれば、すぐに身動きが取れなくなってしまいます。

 次々と放たれる黒水晶の槍によって完全に覆われ、アイルゥちゃんの姿はあっと言う間に見えなくなってしまいました。


「アイルゥ!」


 黒水晶の巨柱に囚われたアイルゥちゃんにレジィが気を取られた一瞬、空中へ飛びあがっていたレジィが足場にしようとした黒水晶が、別の黒水晶とぶつかって砕け散りました。


「っ!」


 そしてその時を待っていたかのように、天井から放たれた直径五〇センチはあろうかという巨大な黒水晶が、空中で無防備な体勢のレジィに高速で激突し、その小さな身体を地面へと叩きつけました。


「レジィ!?」


 思わず叫んだ私の声にも返事はなく、黒水晶に覆われた地面へ転がったレジィは、小さく呻き声をあげるばかりです。


 そしてそんなレジィにゆっくりと近づくのは、中途からへし折れた右の前足を庇いながら歩くヨナルポカでした。


「クハハハハッ! そうだ、この力だ! これさえあれば私は獣王となれるのだ!」


 自身の力に陶酔しきった様子のヨナルポカは、狂ったような笑い声をあげ続けています。

 そんな中、どうにか身体を起こしたレジィは、地面に座り込んだまま俯いていました。先ほどの衝撃で帽子は吹き飛び、髪と同色の獣耳が覗いています。


「……そんな力じゃ、お前は王になんてなれねーよ」


 レジィの漏らした呟きに、ヨナルポカは不愉快そうに目を細めました。

 しかしそんなヨナルポカの反応にも構わず、ぽつぽつと言葉を紡ぐレジィ。


「お前がまっすぐ“渦”に向かってるのを見て、アレがご主人の言ってたルミニテってヤツなんだとわかった。それをお前に取られちゃいけないってこともな」

「……なんだ? 何を言っている?」

「だからオレ様はお前の邪魔をするために、咄嗟に飛び込んで……そしてお前にわざと吹っ飛ばされて、あの“渦”の中に飛び込んだ」


 レジィが紡ぐ言葉は抑揚が無く、じつに何気ない語り口で、けれどもその内容は恐るべきものでした。


 それではヨナルポカが手にしたこの力は、魔神の渦(ルミニテ)が蓄えた力そのものではなく。


 まるでヨナルポカが魔神の渦(ルミニテ)の力を手にする前に、すでにレジィが魔神の渦(ルミニテ)の蓄えた力の大半を手にしていたかのような―――




「やっとしっくりきた(・・・・・・)




 その言葉と同時に、俯いて座り込んだままのレジィに異変が起こりました。


 彼の後頭部辺りを中心に、まるで天使の輪っかのような光輪が出現したのです。

 頭よりも一回りほど大きいくらいの光輪は金色に輝いていて、そのリング上を小さな光球が一つ、ゆっくりと移動し回転していました。


「なんだ……その輪は……」

「教えても意味ないだろ」


 そう淡白に返答したレジィが、俯いていた顔をゆっくりと上げました。するとその横顔から微かに見えた彼の瞳は、煌々と金色に輝いていたのです。


 その視線に気圧されるように一歩後ずさったヨナルポカでしたが、すぐにその双眸へと殺意の炎を再燃させます。

 それとほぼ同時に、レジィの後方にある壁面から、一本の黒水晶が音もなく高速で伸びました。

 ヨナルポカと向かい合っているレジィからは完全に死角となる攻撃に、私はレジィの名を叫ぼうとしますが……


 レジィは前を向いたまま、わずかに首を傾けるだけで、その一撃をあっさりと回避してしまったのです。


「―――なっ」


 ヨナルポカの表情が驚愕に染まる中、座り込んでいたレジィの姿が一瞬で掻き消えると、ヨナルポカの目の前に出現します。

 それに対しヨナルポカは、咄嗟に全方位から黒水晶の槍を放ちますが……レジィはこの攻撃もわずかに身体を捻るだけですべて回避し、さらにはヨナルポカの折れた右前脚へ強烈な蹴りを放ちました。

 ヨナルポカが苦悶の絶叫を響かせる中、レジィは表情一つ変えずに「ふん」と鼻を鳴らします。


「これで終わりだ」


 そう言いながらレジィが取り出したのは、かつて私がレジィにプレゼントした魔導具、聖鎖グレイプニル。

 三本の鎖を中央で束ねたリングに指を通してくるくる回すレジィは、それを無造作に真上へと放り投げます。


 すると聖鎖(グレイプニル)は空中で三つに増殖し、そして三つに増えた聖鎖(グレイプニル)はそれぞれがさらに増殖。瞬く間にその数を増やしていきます。

 レジィはオリジナルだけを手元に残すと、増殖した聖鎖(グレイプニル)を次々に中空へと放り投げ始めました。聖鎖(グレイプニル)はそれぞれが持つ強烈な磁力によって引き寄せ合い、反発し合い、まったく予想できない不規則な動きで蠢きながら、着実にヨナルポカの周囲を取り囲んでいきます。

 幾何級数的に増殖を繰り返す無数の鎖は、さながら巨大な触手のように激しく蠢き、のたうち回り、荒れ狂う大時化(おおしけ)の海のように暴れ回りながら空間を制圧していきました。


 さすがにこの魔導具の性質を理解したらしいヨナルポカが慌てて周囲を見渡しますが、一見適当に放り投げられたかのように見える聖鎖(グレイプニル)は、まるで計算され尽くされたかのような的確さでヨナルポカの逃げ道を塞ぎ、さらには逃れようもない圧倒的な物量で押し寄せていきました。

 まるでヨナルポカがどこに逃げようとして、どんな行動をするのか、そのすべてを見透かしているかのように奇跡的な包囲網。

 結局、一歩たりとも動くことができないままにヨナルポカは赤銅色の鎖に呑まれ、一瞬のうちに雁字搦めに囚われてしまったのです。


 近くにそびえていた、アイルゥちゃんが閉じ込められている黒水晶の巨柱に磔となったヨナルポカを、レジィは真正面からつまらなそうに見上げます。


「お前の負けだ。痛い目見たくなかったら大人しくしてろ」


 必死に鎖の呪縛から抜け出そうともがいていたヨナルポカは、そんなレジィの忠告を聞いて何を思ったのか、嘲るような笑い声を上げました。


「ククッ、クハハ! 負け? この私が負けだと!? 虫螻蛄風情が……世迷言を抜かすなァァアア!!」


 膂力による脱出が不可能と悟ったらしいヨナルポカは、ならばと尻尾の黒蛇を自分の方へ向け、そのまま自分の身体ごと黒い霧に包み込んでしまいました。

 一瞬自暴自棄にでもなったのかと思いましたが、ヨナルポカはあらかじめ自身の肉体の脆性をありったけ下げて、全身を頑丈にしているはず。ならば鎖を破壊するための黒い霧を多少浴びたところで、活動に影響はないのかもしれません。


 そうして霧に覆われたヨナルポカは全身の力を振り絞り、自身を覆う聖鎖(グレイプニル)を粉々に粉砕しました。


「クハハ! この程度の拘束で私を……―――ッ!?」


 鎖を砕いたヨナルポカはしかし、鎖の束縛から脱出することは叶いません。

 脆性を操られ粉々に砕かれた聖鎖(グレイプニル)は、けれども強烈な磁力を失ってはいません。当然ながら、粉々に砕けた鎖はそれぞれが即座に連結し合い、新たな鎖となってヨナルポカの全身にまとわりつき束縛してしまいました。


「グ、オォォオ!? なんだこれはァ!?」

「鎖よりも、もっと別の心配した方が良いぞ」


 レジィがそう言うが早いか、直後、ヨナルポカが磔にされている黒水晶の柱が突然爆発し、ヨナルポカの巨体が凄まじい勢いで吹き飛ばされました。

 一体なにが起こったのかと目を凝らせば、黒水晶の柱から灰褐色の裸体を晒したアイルゥちゃんが現れました。

 ヨナルポカが聖鎖(グレイプニル)から脱出しようと自身に黒い霧をかけた際、一緒に霧を浴びてしまった黒水晶の檻までもが脆くなり、彼女の脱出を手助けしてしまったのでしょう。


「だから言っただろ。“これで終わりだ”って」


 レジィはそう言いながら、アイルゥちゃんの攻撃を受けて洞窟の内壁に叩きつけられたヨナルポカへと歩み寄ります。彼の頭頂部で燦然と輝いていた光輪が、煌めく粒子となって消失しました。


 レジィが聖鎖(グレイプニル)を解除すると、ヨナルポカの全身を戒めていた赤銅色の鎖が、跡形もなく消失します。

 先ほど自分で肉体の強度を弱めてしまったヨナルポカは、全身に黒水晶の破片が突き刺さった痛々しい姿で横たわっています。


 そのままレジィかアイルゥちゃんがトドメを刺すのかと思って見ていると、二人は何事か話し合った後、私たちの方を振り返りました。


「ご主人、ちょっと来てくれ! ルローラもだ!」


 一瞬、どうしてこの場面で私とルローラちゃんがあの二人に呼ばれたのかと疑問に思いましたが、すぐにレジィたちの意図を理解します。

 ヨナルポカが黒い男(ロクスウォード)の勢力と繋がっていることは、ほぼ確定しています。ですからヨナルポカから情報を抜き取れるだけ抜き取っておこうということでしょう。


 彼らの仇討ちに水を差すのもどうかと思って情報は半ば諦めていたのですが、彼らが良いと言ってくれているのですから、お言葉に甘えるとしましょう。


 私たちは結局全員でヨナルポカの近くまで移動することにしました。私が黒水晶を消滅させる結界を張っているため、黄金の床板を覆う黒水晶を削り取りながらぞろぞろと進んでいきます。


 ちなみに相変わらずアイルゥちゃんは重装甲冑の下に際どい下着……というか細い布きれしか着ておらず、その布きれも黒水晶の槍に切り裂かれて、完全なる全裸。そのため現在はレジィがいつも腰に巻き付けている、長袖のシャツを羽織っただけという際どい格好です。


 近くで見たヨナルポカはやっぱりすごく大きくて、こんなのが魔法を無効化する石を持って突撃して来たんだと改めて考えると、今さらながらにすごく恐ろしくなってしまいます。

 ヨナルポカは金色の瞳をうっすらと開いたまま、口から血を流して横たわっています。

 その姿に若干の痛々しさを感じないでもないですが、こいつがやって来たことを思えば、同情の余地などありません。


 私は獣人族のみんなを見回しながら、ちょっとトーンを落とした声で訊ねます。


「……それで、こいつはころす?」


 私がそう訊ねると、みんなは少し驚いたような反応を見せました。

 むしろその反応に私が困惑していると、レジィがやや言い辛そうに口を開きます。


「いや、でも……ご主人、殺しはやらないんだろ……?」

わたしは(・・・・)ね。でもみんながどうしてもっていうなら、とめないよ?」


 あっけらかんと言い放った私の言葉に、なんだかみんなザワザワし始めちゃいました。


 そっか、私の不殺主義についてみんなに詳しく説明したことってあんまりなかったっけ?

 良い機会かもしれませんので、私はみんなに自身の立ち位置について説明することにしました。


 そもそも私が人を、ひいては生き物を魔法で殺さないと決めているのは、お兄ちゃんにそうお願いされたからです。私自身が博愛主義というわけではありません。

 そうでなければ今頃、少なくとも例の盗賊団は皆殺しにしていたことでしょうし。


 しかしだからこそ、イースベルク共和国で黒竜に村を滅ぼされ、復讐に憑りつかれていた偽勇者クリヲトちゃんのことも止めませんでしたし、もしもケイリスくんが伯父と兄を殺してほしいと泣きついて来たら、きっと私はそれを実行に移していたでしょう。

 かつて夜獣盗賊団を殲滅することに人生を捧げていたボズラーさんに対しても、まったく悪感情など抱いてはいません。


 私は自身の過去や経験から、復讐を否定しないというスタンスです。

 だからといって積極的に復讐を推奨するつもりなど毛頭ありませんし、復讐という行為を正当化するつもりもありません。殺しは殺し、それは復讐も変わりはありません。

 でも、他人の過去や気持ちを知りもしないくせに、正義ぶって静止したくはないだけです。


 ……誰の目から見ても明らかなくらい逆恨みだったり八つ当たりだったりした場合は、さすがにどうかと思いますけど。


 と、そのようなことを伝えたところ、みんな難しい顔をして考え込むような仕草をしてしまいます。

 あれれ、そんなに考え込むようなことでしょうか? 彼らは魔族ということもあって、満場一致で()()れムードかと思っていたのですが。

 それとも同じく“不殺主義”であるリュミーフォートさんに遠慮しているとか? リュミーフォートさんはちょっと眉間に皺を寄せながらも、口出しはせず場を見守る構えのようです。


 ちなみに今回私の口から「殺すかどうか」を訊ねたのも、みんなが私に遠慮しないようにする配慮のつもりでした。

 さすがにちょっと言い出し辛いかもなと思ったわけですが、もしかしたら逆効果だったりしたのでしょうか?


 しばらく彼らの答えを待っていたところ、やがて彼らを代表してアイルゥちゃんが一歩進み出ると、私をまっすぐに見つめてきました。


「セフィリア殿。貴殿の協力のおかげで、父上の仇を討つことができた。まずはそれについて、礼を言わせてくれ」


 そう言ってアイルゥちゃんは、深々と頭を下げました。それに続くように獣人族のみんなも頭を下げ始めます。


「い、いや、べつにわたしはそんな……」

「おいアイルゥ、ご主人はこういう時、お礼を言われると困るんだぞ。いつも自分は大したことやってないって言って逃げるんだ」


 レジィがフォローなのかそうじゃないのかよくわからない説明をして、アイルゥちゃんの頭を上げさせます。いやまぁ、今回私はほんとに何もしてませんしね。お礼なんて言われても困ります。

 するとアイルゥちゃんは気を取り直すように小さく咳払いをすると、


「それでも今日まで私は、貴殿の言葉に何度も救われたのだ。心から感謝し、敬愛している」

「うっ……そんな、おおげさだよ」

「そんなことはない。それに今回のことだけでなく、我ら獣人族を受け入れ、保護までしてもらったこと……いくら感謝しても足りぬほどだ。どうやってこの恩を返せば良いのか、見当もつかぬ」

「いや、そんなのきにしないでも……」


 なんだかあんまりにも大袈裟な物言いに、背中が痒くなっちゃいそうです。アイルゥちゃんは生真面目な性格だから、つい肩に力が入り過ぎてるんだろうなぁ。


「ひいては我ら獣人族、貴殿の……ご主人様の意思に従い、食糧と自衛以外における不殺をここに誓う。今やご主人様の配下である我らの軽率な行動は、ご主人様の立場を危ぶませるもの。我らをご主人様の忠実なる下僕として、お傍に置いてください」


 そう言ってアイルゥちゃんは、ケイリスくんに抱かれた私の目の前に跪きました。

 するとすかさず他の獣人たちも競い合うように私を取り囲んで、一斉に跪きます。なにこれ、どういう状況……? 

 レジィまでその中に混じって、期待を込めた熱っぽい視線を送ってくるものですから、私は仕方なく、彼らが期待しているであろう言葉を選びました。


「……わたしのめいれいには、ぜったいふくじゅう! ぜんいん、いのちをささげなさい!!」

「「「はっ!!」」」


 ちょっと悪乗りして仰々しい言葉を使った私に、みんなはとても嬉しそうに、ともすれば狂信的な熱視線で了解の意を叫びました。

 こうなったらこの子たち、しばらく熱は収まりそうもありませんね。あとで踏んであげないと。


「さて……じゃあアイルゥちゃん、ヨナルポカはころさないってことでいいんだね?」

「うむ、そうだな。この傷ならば放っておいても死ぬことはあるまい。また悪さをしないか少し心配だが」

「たしかにそれもそうだね。じゃあしっぽのヘビをもぎとって、だんめんをやきつぶしておこう。これで、のうりょくはつかえないね」

「……ご主人様は時々、我々魔族でもゾッとするような発想を笑顔で披露してくれるな……」


 ヨナルポカが悪さをしないように能力を封じるにあたって、最も合理的な方策を口にしただけなのですが……なぜかアイルゥちゃんを引かせてしまいました。解せぬ。


 さて、それじゃあヨナルポカから情報を抜き取るとしますか。


「ルローラちゃん」

「はいはい、任せてよ」


 私の呼びかけに応じて、ルローラちゃんはその眼帯を取り去り、その下に隠された翡翠色の魔眼を解放しました。

 現在ルローラちゃんの外見年齢は、およそ中学生くらい。さきほどの“門番”の試練でかなり魔力を浪費してしまったのが痛いですが、それでもここで尋問を行うのに不足はないでしょう。


「ヨナルポカ。あなたがぞくちょうさんをころしたときのこと、どれくらいおぼえてる?」

「…………」


 横たわったまま弱々しい呼吸を繰り返すヨナルポカは、うっすらと開けたままの目で私を見つめています。私の質問に対し答えはありませんでしたが、それは別に問題ではありません。

 ちらりとルローラちゃんを窺うと、彼女は私を視界に入れないようにしながら、小さく親指を立てました。ちゃんと情報は引き出せているようです。


「じゃあ、つぎのしつもん。リルルっていうなまえの、くろいおんなにあったことはある?」


 私のその問いに、ルローラちゃんの肩が小さく跳ねました。そしてしばらくヨナルポカのことを見つめていた彼女が、驚愕に目を瞠ります。やっぱり何か関わってるのか、あの子……。

 ヨナルポカが族長さんを殺害した直後、リルルは獣人族の里の近くに居ました。ならばきっと何かしらの関わりがあるのではと思いましたが、どうやら案の定だったようです。


 私は溜息を堪えながらも、最も重要な質問を口にしました。


「さいごのしつもん。あなたはロクスウォードとかいう、はだのくろいおとこにあったことがあるよね? そいつはいったいなにもので、どこにいて、なにをするつもりなの?」


 私がヨナルポカにそう訊ねた、直後。




 突如飛来した漆黒の大剣が、横たわるヨナルポカの身体を抉り飛ばしました。




「―――なっ!?」


 長さ三メートル、幅五〇センチはあろうかという黒々とした大剣は、ヨナルポカの頭部に深々と突き刺さったばかりでなく、そのまま胴体を千切り飛ばしながら貫通し、その向こうにあった黄金の壁に突き刺さりました。


 花吹雪のように舞う血肉の嵐の中、すぐ近くでガランガランと金属質な音が響きます。

 そちらへ顔を向けると、そこにはいつの間にか私の近くに移動していたリュミーフォートさんの後ろ姿と、それから彼女が叩き落としたのであろう黒い大剣が計三本、地面に落下したところでした。


 そして、その向こう……リュミーフォートさんの背中越しに見えたのは、この洞窟では唯一の出入り口……そこに立つ、一人の男でした。

 背中へ流した野性的な銀髪に、浅黒い肌。筋肉質でしなやかな手足。

 上半身は裸で金装飾過多な首飾りをジャラジャラと付け、ゆったりとした民族的なズボンには細やかな幾何学模様が描かれた腰布を巻きつけています。


 その姿は、まさしく話に聞いていた特徴そのもの。


「…………ロクス、ウォード……」


 私が思わず呟いた声により、この場を緊張が支配します。

 さらに黒い男(ロクスウォード)の背後からは、私の照明魔法を拒絶する魔法無効化の闇がぞろぞろと溢れ出し……わずかな光源を元に目を凝らせば、闇の中には複数の魔族の姿が見受けられます。



 それはあまりにも唐突な―――黒幕(ラスボス)勢力の登場でした。




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