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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第五章 【魔族領】
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2歳3ヶ月 6 ――― 黄金の古代神器



 温かい何かが身体に流れ込んでくるような感覚に意識を向けていた私は、周囲で呆気にとられたように私を見つめるみんなの視線に気が付きました。

 うん、そりゃそうですよね……みんなからしたら、私が自己紹介しただけで巨人が消えちゃったようにしか見えませんもんね。

 私がこの空間で起こっていたであろう現象を説明しようとすると、しかしネルヴィアさんが恐る恐る私のことを指差しながら、


「セフィ様……その、それはいったい……?」

「え?」


 何かおかしなところでもあるのかと、私は自分の身体を見回して……


 あれ? なんか光ってない?

 気のせい? いやいやいや、光ってる光ってる! ぼんやり金色に光って、なんかラメみたいなのを撒き散らしてる!!


 ……もしかしてさっきの巨人の黒い霧が、身体に流れ込んできたせい?

 私が自身に起こった異常に困惑していると、不意に『ビキンッ』と硬質なものが砕けるような音が響きました。

 見れば黒水晶が無数に生える洞窟の内壁に亀裂が……いや、違う? 亀裂は壁じゃなくて、まるで空間そのものに走っているように見えます。

 亀裂は急速に広がって行くと、やがて私たちを取り囲んでいた亀裂から空間が剥がれ、甲高い音と共に砕け散りました。


 砕け散った空間の向こうには、先ほどまで私たちがいた黒水晶の洞窟が広がっています。

 ……ループ空間が砕け散って、ようやく現実時間へ帰って来られたということでしょうか。


 砕け散った空間の向こうから現れたリュミーフォートさんが、「えっ」という小さな呟きと共に、ボロボロになった私たちを見て目を見開いています。そりゃ一度もループしてないリュミーフォートさんには意味不明な状況でしょう。黒水晶の巨人も消えちゃってますし。私はなぜか光ってるし。


「もどってこられたぁ……」


 そう言って黒水晶の地面に座り込んだ私の言葉を皮切りに、ネルヴィアさんやレジィ、それから獣人のみんなも深々と溜息をついて、その場にへたり込みました。どうやらみんなの疲労は思ったより限界に近かったみたいです。


 これが魔神の渦(ルミニテ)の門番……恐ろしいギミックでした。こんなの誰が解けるんでしょう。


 疲れてへたり込んでいる私に、ネルヴィアさんとレジィ、それからケイリスくんが集まってきて、腕の傷を心配してくれます。三人ともそれはもう慌てふためきながら、ケイリスくんが持っていたらしい包帯で応急処置をしてくれました。

 見れば、ロヴェロさんはルローラちゃんに何事か話しかけて無事を確認しているらしく、またアイルゥちゃんは獣人族の怪我の状況を聞き取りして、指示を出しています。さすが族長。


 そんなこんなで軽く休憩を挟んでから、私たちはドーム状に広がる洞窟内を奥に進んでみることにしました。

 まず真っ先に目に着く、超巨大な黒水晶を近くで確認してみることにします。地面から生えて天高くそびえる黒水晶はさながらちょっとしたビルのようで、一体どれほどの年月をかけて成長したものなのか、考えるのも馬鹿らしいほどです。……アレ持って帰ったら、一生遊んで暮らせるかな?


 ケイリスくんに抱っこされた私を先頭に黒水晶へ近づいて行くと、ある程度まで近づいたところで、なにやら不穏な地響きが鳴り始めます。

 突然のことに私たちが狼狽えていると、目の前にそびえていた黒水晶の巨塔に亀裂が走り、何をする間もなく粉々に砕け散ってしまいました。

 そこへ入れ替わるように現れたのは、黒水晶でできた階段と、さらなる地下へと続く洞穴。


 背筋が寒くなるような闇を湛えた穴の奥を覗きながら、私を抱くケイリスくんが神妙な顔をして呟きます。


「……さきほどの地響きは、この地下へと続く洞窟が生まれる音だったのでしょうね」


 つまり、ただ単にあの巨人を無視して水晶の巨塔を破壊したり、リュミーフォートさんのように魔法無効でゴリ押ししても、この先には辿り着けなかったというわけですか。

 きちんと正規の手順で謎解きをすることが、この先への通行証代わりなのでしょう。


 この先に、魔族の力を覚醒させる魔神の渦(ルミニテ)があるのでしょうか……?


「いってみよう」


 私は魔法で手元に照明を生み出して階段の奥を照らしながら、みんなを振り返って言います。


 外から黒水晶の空間へ辿り着くまではかなり歩きましたが、しかし新たに現れた洞窟は案外短いものでした。罠を警戒しながら数分ほど歩けば、もうその向こうに新たな空間の広がりが見えてきます。

 そして薄暗い洞窟内の天井に魔法で光を灯すと、そこには驚きの光景が広がっていました。


「これは……」


 そこは、思わず目が眩んでしまうほどの、『黄金の部屋』でした。


 金の冠、金の剣、金の錫杖、金の机、金の椅子。

 積み重ねられた金の延べ棒に、床を覆うのは金のタイル。

 右も左も、下も上も、四方約二〇メートルほどのすべてが黄金で埋め尽くされています。


 この世の富がすべてこの場所に集約されているかのような光景が、そこにはありました。


「こ、こんなお宝があるなんて……!」

「帝都ベオラントの宝物庫が寂れて見えるような光景ですね」

「これを全て持ち帰ったら、ヴェリシオン帝国は安泰でしょうか」


 ネルヴィアさんやケイリスくん、ロヴェロさんがわりと俗物的な感想を漏らす中、しかし私はそれらにさしたる感想を持ちえませんでした。

 先ほどまで黒水晶を持ち帰ったら一財産築けるなぐへへとか考えていたというのに、なぜだか目の前の黄金には全く興味がわかなかったのです。


 しかし黄金の中の一部、うず高く積まれた財宝の片隅にひっそりと突き立てられている黄金の剣からは、目が離せなくなりました。

 他にも剣なんてたくさんありますし、そもそも私は大して剣に興味はありません。だというのに、あの一本の剣だけは、他のどうでもいい財宝たちとは全く違うものだというのが、何故だか直感的に分かったのです。


「ケイリスくん、あれ。あの剣」


 私を抱えるケイリスくんをぺちぺち叩いて、彼にそこへ近づくよう急かします。すると『剣』という言葉に反応したのか、ネルヴィアさんとリュミーフォートさんも私たちについて来ました。さすが刀剣マニアと魔剣鍛冶師。


 近づいてみると、その剣は刀身の八割くらいが黄金の岩に突き刺さっていました。

 そしてやっぱりその剣は、他とはまったく違う存在だというのがハッキリとわかりました。リュミーフォートさんも何かに気が付いたのか、「なに、これ」と珍しく眉間に皺を寄せています。


「ケイリスくん、ちょっとそれぬいてみて」

「え……これは岩と一体化しているのではないですか?」

「してないよ。ぜんぜんちがう」


 黄金の剣と黄金の岩は、気配がまったく違います。だから全然一体化してません。

 それをどう伝えようかと悩んでいると、ネルヴィアさんが「では私が抜きます!」と元気よく剣の柄に手をかけました。彼女はさっきからうずうずしてるみたいでしたし、早くあの剣に触ってみたかったのでしょう。可愛い。


「よっ……あれ。えいっ! ふっ! ぐぐっ!! このッ!! はぁあああ!!!」


 後半はちょっと淑女としてどうなのって感じの野太い掛け声でしたが、しかし剣はまったく抜ける気配がありません。

 肩で息をしながら地面に崩れ落ちてしまったネルヴィアさんに変わって、今度はリュミーフォートさんが「じゃあ私がやるよ」と囁いて、剣に手をかけました。貴女もさっきからそわそわしてましたもんね。


「ふっ……む。えいっ……むむ。……しっ! はあッ!! くあっ!!!」


 まったくビクともしない黄金の剣から手を放したリュミーフォートさんは、見たことないくらい冷たい目つきで剣を見下ろすと、「岩の方を砕いたほうが合理的」と呟いて拳を振りかぶり、そしてロヴェロさんに後頭部を殴られて顔面から床にたたきつけられました。


「……痛い」

「貴女の腕力で殴ったら、刺さってる剣の方まで砕けてしまうでしょうに」


 ちょっと赤くなった鼻を押さえて涙目になってるリュミーフォートさんに、メガネをクイッと上げたロヴェロさんが至極真っ当なお説教をしてくれます。さすが常識人枠。

 しかしあの筋肉達磨(マグカルオさん)をただの蹴りで十メートル以上も吹っ飛ばす膂力がある、人族最強のリュミーフォートさんが抜けないとなると、もう誰にも抜けないのではないでしょうか。


 リュミーフォートさんの言った通り、ここは剣を傷つけないように黄金の岩を溶かすなり分解するなりしたほうが良さそうですね。

 私がどの術式を使用するか考えていると、そこでちょっと試しに剣をぐいぐい引っ張っていたケイリスくんが、「お嬢様も試してみませんか?」と言って、私を剣に近づけてくれました。


「い、いやいや。あのふたりでダメなんだから、むりにきまってるよ」

「まぁ物は試しですよ。ほら、よく物語とかでは『選ばれし者にしか抜けない剣』とかあるじゃないですか。ああいうのかもしれませんよ」


 平静を装ってはいるものの、ケイリスくんの目にはハッキリと期待の熱が宿っていました。そんな期待されても……とは思いましたが、まぁ数秒で終わることですから、試してみても良いですかね。

 私は「じゃあいくよ」と言って剣の柄に手を伸ばすと、ケイリスくんに抱かれて踏ん張りの利かない体勢のまま剣を引っ張りました。


「えいっ」


 すぽっ。


 あ、抜けた。



「………………」

「………………」

「………………」

「………………」


 えっ、何この空気。


 剣はまったく重さを感じさせず、まるで私の手に吸い付くかのようにしっくりきています。

 剣を抜くときにちょっと剣の刃が岩に引っかかったように見えましたが、黄金で出来た岩はさながら紙粘土のように歪んで、剣の行く手を遮ることはありませんでした。


「さ、さすが、セフィ様……」


 ネルヴィアさんは尊敬と喜び半分、理不尽さと遣り切れなさ半分といった微妙な表情で、私を讃えてくれます。

 一方、目を丸くさせて固まっていたリュミーフォートさんの方は、やがてその涼しげな目つきを鋭くさせて、ちょっとほっぺを膨らませました。


「えっ……なんですかリュミーフォートさん?」

「べつに」

「なんか、おこってますか?」

「怒ってない」


 そっぽを向いたリュミーフォートさんに、ロヴェロさんは「なに拗ねてんですか」と呆れたような目をしています。


 そして鞘もないし、かさばるしで、この黄金の剣をどうしたものか……と思いながら見つめていると、次の瞬間、剣はぐにゃりとその形を変えて、質量保存とか諸々の法則を無視しながら、一瞬にしてその形状を王冠へと変えてしまいました。

 それを見ていた全員が呆気に取られて固まっている中、黄金の王冠は一人でに私の手から離れて浮かび上がると、私の頭の上にちょこんと乗っかりました。


「……えっと?」


 え、なにこれ?

 突然の現象に困惑して身動きが取れずにいると、そこへふわふわと空中を漂っていたソティちゃんが近づいて来て、私の頭の上の王冠に驚きの視線を向けます。


「うわっ、それ神器『グラム』じゃん! ここで見つけたんだ!?」

「じんぎ……グラム? ソティちゃん、これがなにかしってるの?」

「え? あっ、やばっ……!?」


 うっかり失言をしてしまった、みたいな仕草で慌てるソティちゃんにジーっと視線を向けると、おろおろしていた彼女はやがて、観念したように白状しました。


「えっと、それはね……持ち主が思った通りの形状、思った通りの動きをしてくれる武器……のようなものなんだよ。最強の矛であり、最強の盾。……まぁ、セフィリアちゃんの場合は魔法使った方がずっと強いんだけど」


 私の思った通りの形状、思った通りの動き?


 私は気になって、頭上にある王冠を手に取ると、試しに『薔薇』を思い浮かべました。

 すると王冠は再び急激にその形を変えると、私の思った通りの黄金の薔薇になります。


「お~」


 さらに宙へ浮かぶように念じてみると、その通りに薔薇が浮かび上がりました。


「おお~」


 ……だからなに?

 面白いけど戦闘ではあんまり使えそうにないですね。攻撃も防御も魔法で事足りてますし。

 そんな私の感想を察したのか、ソティちゃんは苦笑いしながら、


「まぁ、やっぱ魔法があれば十分だよね……。でも封魔石の範囲内でも使えるから、魔術一点特化のセフィリアちゃんにとってはかなり便利だよ?」

「ふーませき?」

「あっ!? な、なんでもない!!」


 封魔石っていうのは、多分ロクスウォード勢力が用いてくる魔法封じの黒い石のことでしょうか?

 もしそうだとしたら、たしかに魔法を封じられたら詰む私にとっては便利かもしれません。ちゃんと使いこなせるように練習しておかないと。


 私が黄金の薔薇をいろんな形に変形させて遊んでいると、そこで不可解な現象が発生します。


 壁から、床から、天井から、辺りに散らばる黄金から、なにやら金色に煌めく霧のようなものが集まり始めました。

 それは黄金の散らばるこの空間の中央付近で渦巻くと、少しずつ大きくなっていきます。


「なにあれ……!?」

「え? どれですか?」


 私のあげた驚きの声に、ケイリスくんは不思議そうに辺りを見回します。いやいや、どこもかしこも金色の霧だらけじゃないですか!

 しかし周りのみんなも、なにか妙な気配が集まっていることは察しているものの、その正体である金色の霧は私にしか見えていないようでした。


「きんいろのけむりみたいなのが、あつまってる! みんな、こっちきて!!」


 この広間へ入ってきた入り口付近で遊んでいた獣人たちが、私の声を聞いて慌ててこちらへ駆けてきます。

 黄金の剣……『グラム』が刺さっていた部屋の隅っこに全員が集まると、そこでリュミーフォートさんは周囲に気を配りながら口を開きました。


「何か来る」

「え? どこからですか?」

「入り口」


 そう言ってリュミーフォートさんが視線を向けたのは、この広間に入ってくる時に私たちが通った洞窟です。

 それから数秒後、私を庇うように立っているネルヴィアさんとレジィがほぼ同時に肩を震わせて、臨戦態勢を取りました。彼女たちも何らかの気配を察知したようです。


 アイルゥちゃんが手負いの獣人たちを私たちの後ろに誘導しているのを横目で見ながら、私はケイリスくんの腕の中で身構えました。


「……ッ!?」


 それは、まるで黒い壁でした。

 私が天井に灯した明かりを拒絶するかのような闇が室内を満たすと、途端に私たちの周囲も漆黒に覆われます。……自家発光してる私の周囲以外は。


 これはまさか……私の照明魔法が無効化されている!?

 ということは、この闇の中心には……!


「野郎、まさか……!!」


 一寸先さえ見えない闇の中で、レジィのそんな叫びが響きました。

 そして地面を強く蹴るような音と、何かが高速が動いたかのような風圧。


「レジィ!?」


 咄嗟に叫んだ私の声が洞窟内に反響した直後―――先ほど周囲から染み出した金色の霧が集まり渦巻いていた場所から、強烈な光が放たれました。

 目も眩むような閃光が徐々に弱まっていくと、先ほどまで完全な暗闇に覆われていた室内は一転して、室内全てが淡く発する金色の光によって照らし出されています。


 そして、部屋の中央には―――


 体長六メートルは下らないであろう巨体を備えた、豹のような獣―――ロヴェロさん曰くブラックジャガーだそうですが―――が立っていました。

 周囲の景色が映り込むほど艶やかな黒い毛並みに覆われ、その背中からは漆黒の翼を生やし、尻尾は黒い鱗に覆われた巨大な蛇。


 まさにお手本のような合成獣(キマイラ)―――“ヨナルポカ”が、その表情を邪悪な愉悦に歪めていたのです。


 そんなキマイラの足元から、床に散らばる黄金に埋もれていたレジィが這い出てきました。

 急に飛び出して行ったレジィの無事がわかってホッとする一方、私はおよそ考え得る最悪の可能性に眉を顰めます。


 魔族に強烈な能力を覚醒させる魔神の渦(ルミニテ)を、横取りされたという可能性に。



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