2歳2ヶ月 11 ――― ド紳士
私は急速に冷え込んでいく心を自覚しながら、おそらくとても虚ろな感じになっちゃってるであろう目を変態野郎に向けました。
「……おい変態。最期に言い残すことがあれば聞いてあげますよ」
そう言いながら、私がソティちゃんの抱き付いてる反対側の手に青白い業火を生み出すと……オークキングは酷く取り乱した様子で「待て待て待て! 話せばわかる!!」と叫びました。あなたの話は分かりたくないんですが。
リルルと私が初めて会った時、『ド変態で有名なオークキング』と称されていた意味が、ようやくわかりました。
「逆鱗の姫君!! 後生だ! この衣装をどうか着てくれぇ!!」
「黙れ変態!」
「変態じゃねぇ、オレっち様は紳士だ!」
「なにが紳士だ! 生まれてきた事を悔いろこの豚野郎ッ!!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
粟立つ腕をさすりながら叫ぶ私の罵倒に、オークキングを筆頭になぜか周囲のオークたちまでもが恍惚の表情を浮かべています。
前に会った時は、さすがにここまでの変態性は見せていなかったと思うのですが……
いえ、しかし普段のあの尊大な振る舞いと、清々しいまでの突き抜けっぷり……悲しいことに覚えがあるんですよね……。ねぇレジィ、魔族ってみんなこうなの?
それとも敵対するアペリーラがいなくなったことで、取り繕う必要が無くなったとかそういうことなのでしょうか?
「おふざけに付き合ってる暇はないよ。帰ろう、ソティちゃん」
「待て待て! 良い情報があるってのはマジだぜ!? これは誓う! 後悔はさせないぜ!?」
「もはやここに来たことを後悔し始めてるんだけど」
「おいおい、そんな腐敗した生ゴミに向けるような冷たい目で見るんじゃねぇよ! 興奮するだろ?」
「メンタル無敵かよ」
たった数分喋ってるだけなのに、とんでもない疲労感です。こんなに純度の高い変態を見るのは初めてなのか、私の腕に抱き付くソティちゃんはさっきから固まっちゃってます。
なんかもう無理やり情報を聞きだそうにも、単純に痛めつけるだけじゃ逆効果になっちゃいそうな気がしてきました。せっかく拷問にかけてもまったく心が痛まなそうな相手だというのに……
しかし一つだけ、あの変態共に大ダメージを与える方法を思いつきましたよ。
「あのさぁ……あなたたち、大きな勘違いをしてるよ」
「何? どういうことだ?」
大きなギョロ目を怪訝そうに細めるオークキングに、私は愉悦に口元を歪めながら、高らかに宣言しました。
「だって私、『男』だし!!」
この瞬間、確実に時間が止まりました。
誰一人としてピクリとも動かない空間で、木々のさざめきだけが鼓膜を震わせます。
やはりというかなんというか、私が女の子だと勘違いしていたらしいオークキングたちは……顎が外れそうなほどに大きく口を広げ、眼球がポロッとこぼれそうなほどに目を見開いていました。
この結果に、私は「ふふん」と得意げに鼻を鳴らし、したり顔です。
よしよし、やったぜ。ほら見てソティちゃん、あいつらの顔。笑っちゃうよね。
……え? なんでソティちゃんまでびっくりした顔してるの? あれ、ソティちゃんも知らなかったっけ? 「そういえばそうだった」? あ、知ってはいたのね? 忘れてただけ?
なんだか顔色が悪くなった気がするオークキングが震える声で、
「マ……マジなのか……?」
「うん、これはほんとにマジだよ。ちゃんと、ついてるしね」
不敵に笑う私とは対照的に、オークキングはついに頭を抱えてしまいます。
周囲のオークたちも「ナンテコトダ……」とか「オオ神ヨ……」とか言いながら打ちひしがれています。ざまーみなさい変態ども。
さて、情報を引き出すなら心が弱っている今でしょうか。
それとも飴と鞭理論に則って、誰か適当な美少女を連れて来るとでも嘘をついて情報を引き出しましょうか。どうせ二度とこいつらとは会うつもりはありませんし。
私が内心で邪悪なそろばんを叩いていると、ガクリと地面に膝をついていたオークキングが声を絞り出します。
「金銀を延ばして糸にしたかのような髪と、絹のように滑らかな白い肌……スラリと長い手足とほどよいくびれ、そして天界の住人を思わせるほど均整の取れた顔から繰り出される女王様な視線……」
「人の容姿を文学的に形容するなっ!」
「これが本当の本当に“男”だとぉ!? そんな……そんなの……―――」
「実際そうなんだから、しかたないでしょ。さ、その痛い趣味丸出しの衣装は諦めて、痛い目を見ないうちに情報を教えなさい。そうすれば……」
「“アリ”……だな……」
「……はぇ?」
深刻な顔で呟かれたオークキングの一言に、私は間の抜けた声をあげてしまいました。
今、なんて?
「見た目はどう見ても女の子! だってのにその実態は男の子!! 恥じらい! ギャップ! 背徳感ッ!!」
「いや、マジでなに言って……」
「おいオメェら!! これってアリじゃねぇか!? この情熱を持て余してんのはオレっち様だけか!? 逆にアリ!! いや、むしろアリ!?」
「オレモ、アリダト思ウ!!」
「賛成!!」
「サスガ、オークキング様!!」
私が女の子だと思っていた時よりもさらに盛り上がりを見せ始めるオーク族たちに、私は言葉を失い唖然とするばかりです。
もう勝手にお祭りモードではしゃぎだす彼らが「おっとこっの娘! おっとこっの娘!!」とオークキングを胴上げし始めたあたりで、私は心を無にして外界を拒絶しました。
こいつらの変態性、舐めてたわ……
こいつら、モノホンのド紳士です。




