表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第五章 【魔族領】
244/284

2歳2ヶ月 10 ――― ボボロザ樹海のオークキング



「やぁやぁ歓迎するぜ逆鱗(シャータン)の姫君よ! オレっち様の庭へようこそ!」


 陽の光があまり届かない陰鬱な樹海。その奥深くに響くのは、高音で耳障りなしゃがれ声でした。

 ひょろりと細長い痩躯をフォーマルなスーツに包む、三メートルをゆうに越そうかという異形。

 上向きの鼻と突き出した牙はさながら豚か猪を思わせますが、全体的には茶色く短い毛並みに覆われた猿のようにも見えます。


 かつて黒竜と戦ったボボロザ樹海の深奥にて、私はここを治める二大勢力の片割れである“オークキング”と対面していました。


「キヒヒ! アンタは見る目があるぜ。また再び、オレっち様へ会いに来るんだからな!」


 何やらよくわからないところでオークキングは気を良くしているらしく、やたらと歓迎ムードです。

 実際は話さえ聞けるならオークキングでもアペリーラでもどっちだって良かったのですが、適当に樹海を飛び回っていたらオーク族の見回りを見つけたので、成り行きでこちらから先に話を聞くことになった……という真実は伏せておくことにしましょう。


 オークキングは、頭の上に乗せた不格好な王冠もどきの位置を神経質そうに何度も微調整しながら、私たちの全身へと舐めるような視線を送ってきます。

 かつて私がここを訪れた時は、共和国(イースベルク)の騎士団へ同行させてもらうために十代半ばくらいの年齢に欺瞞していました。

 そのため私は今回の訪問に際しても、余計な混乱や行き違いを避けるために、リルルの首輪を用いて同じくらいの年齢へと変身しています。


 肉体的には間違いなく男子なのですが、腰まで届くほど長い白金の髪と華奢な体格、成長期を過ぎた少年にしては幼すぎる女顔と低すぎる身長、そして高く透き通った声。

 中性的を通り越して女性的ですらあるこの姿は、どうやらオークキングに私が女性であるという勘違いと共に、かなりの友好度を引き出しているようでした。


 それと同時に、ただいま私の腕にはソティちゃんが絡みついています。

 光の加減で大きく色が変わる不思議な長髪は、現在金と銀の中間くらいの、ちょうど私の髪と似たような色合いになっています。この髪色だと、彼女の青紫色の瞳と相まって、私の妹みたいにも見えるかもしれません。

 ここへ来る最中に私へ気を許してくれるようになったソティちゃんは、いやらしい視線を送ってくるオークキングに対して露骨に警戒し、(まなじり)をつり上げて威嚇を行ってくれています。


 現在私たちの目の前にはオークキング、周囲には数十体を超えるオーク族の群れがこちらを取り巻いている状態。

 普通だったらこちらが委縮してしまうシチュエーションだというのはわかっているつもりですが、けれどもどちらかと言うと周囲のオークたちの方が緊張しているように見えます。


「それで、逆鱗(シャータン)の姫様よ。オレっち様に何を訊きたい?」


 先ほどからやけに芝居がかった態度で私に敬意を表すオークキングはおどけたように、しかしその視線には一切の油断なく切り込んできました。

 戦争を武力一辺倒(ちからずく)で終結させた存在が、いきなり自分を訪ねて来たわけですからね。警戒するなと言うほうが無理な話でしょう。

 私はオーク族たちの警戒をほぐそうと、なるべく肩の力を抜いて投げやりな声色を発します。


「いえ、別に大したことではないんですけどね。ちょっと人探しをしてまして」

「人探し?」

「ええ。貴方もよくご存じのはずですが……リルルという少女です」


 私がリルルの名前を出した瞬間、オークキングの目元がピクッと動いたのを見逃しませんでした。

 しかし気を悪くしたとかそういったことではないらしく、心なしか先ほどより弛緩した声色で、オークキングはしゃがれ声を響かせます。


「アンタもあの場に居たから知ってるとは思うが、リルルちゃんはあっちの方に広がってる崖に落っこちたはずだぜ?」

「ということは、あれからリルルとの接触はないってことですね?」

「まぁ当然そうなるなぁ。つっても、あの崖は樹海の外にも繋がってはいるが、崖の底に通ってた川はずっと昔に干上がっちまってるはずだ。あそこから落ちて助かるとは思えねぇがなぁ」

「まず間違いなく生きてるそうですよ。信頼できる筋からの情報です」


 私の言葉に、オークキングはただでさえ大きいギョロッとした目を、さらに見開きました。

 エルフ族は能力(カタラ)という、魔族で言うところの開眼(シャンテラ)に相当する特殊な力を一人につき一つ持っています。

 そしてリルルの能力(カタラ)というのが、『対象の年齢に干渉する』というものなのだそうです。

 より正確には、自身が対象に手で直接触れている間に対象が取っていた行動を“条件”として定義し、それ以降対象がその条件を満たす度に、対象の年齢を変化させるというもの。


 そのためルローラちゃんに『魔力を使用するたびに年齢を巻き戻す』や『寝ている間はかなりの速度で歳を取る』という呪いをかけたり、私に『特定の首輪を首に嵌めた状態で首輪を右回転させると歳を取り、左回転させると若返る』という呪いをかけたりすることが可能だったわけです。

 そしてリルルは自分自身に『肉体が損傷した瞬間にほんの少しだけ若返る』という呪いをかけているらしく、崖から落ちようがドラゴンに焼き尽くされようが、瞬時に肉体の時間を巻き戻して“怪我をしていない時点の自分”に戻ることができるのだとか。

 つまり端的に言うなれば、“擬似的な不老不死”……これがリルルの能力の真髄なのです。


 そしてルローラちゃん曰く、“永遠に痛めつけ続ける”ことができる私の魔法を、リルルは何よりも恐れているそうです。

 たしかに私なら、リルルの規定した呪いの『条件』に抵触しないように攻撃することも、リルルが年齢を巻き戻しすぎて消滅するまで痛めつけ続けることも、リルルが身動きできない状況にして何百年も幽閉することだってできてしまうでしょう。

 そう考えると、リルルが私に魔法封じの首輪をつけた理由も納得ですね。これはリルルからしたら怖すぎます。


 ともあれ、オークキングがリルルの安否すら知らなかったのであれば、当然彼女の行方も知らないことでしょう。


「その様子では、どうやら知っていることはなさそうですね。突然訪ねて来てすみません。次がありますから、これで失礼しますね」

「おおっと! 待て待て、どこに行くつもりだ?」

「以前ここで会った、アペリーラという魔族にも話を聞いてみようかと」


 先ほどからの“逆鱗(シャータン)の姫君”とかいうふざけた呼び名の意味は分かりませんが、どうやら彼にとって私という存在は、ご機嫌を窺うに値する対象のようです。

 つまり彼がこの樹海で対立しているアペリーラよりも私からの評価が高ければ、それはアペリーラに対して優位に立つ要素となり得るでしょう。

 そしてそれは逆もまた然り。私に低い評価を下されることは相手に煽られる要因になるわけですから、ここで私を手ぶらで返したり、ましてやアペリーラのところに向かわせるわけにはいかないと推測したのですが……


 しかし私の推測に反して、オークキングはその醜悪な顔をニヤリと歪めました。


「いいや、もうこの樹海にアペリーラはいないぜ」

「……え?」

「嘘じゃねぇぜ。なんならこの樹海を捜し回ってみたらイイ。ここから西の方角に、アペリーラが住んでた洋館がある。そこを訪ねるなりすりゃ、本当かどうかわかるだろ」


 アペリーラがもういない? 私がここを出てからの数ヶ月で、彼女を始末したとでも言うのでしょうか?

 私がオークキングの言葉に困惑していると、私の腕に抱き付いていたソティちゃんが小さな声で「嘘は言ってないと思うよ」と囁きました。

 たしかにオークキングの自信満々なあの態度からは、嘘を言っているような気配が感じられません。


 アペリーラがここにいないのなら、オークキングから聞ける話がすべてということになります。しかしオークキングはリルルの安否すら知らなかった様子ですし……どうしたものでしょうか。

 私が頭を悩ませていると、傍らのソティちゃんがオークキングに向けて口を開きました。


「ねぇ、リルルっていう子の話はいいから、他に何か知ってることはない? 最近魔族領をうろついてるっていう『黒い男』についてとか」

「キヒヒ、そいつを訊かれると思ってたぜ! そしてオレっち様は、その問いに関する素晴らしい解答を持ち合わせている!!」


 待ってましたとばかりに細長い腕を広げて叫ぶオークキングに、私はちょっと驚きました。

 リルルに関しての情報は得られませんでしたが、しかし私たちが旅をしている本来の情報の方が手に入るとは嬉しい誤算です。


「ただし! 教えるには一つ条件があるぜ!!」


 しかしそこで“ビシィ!”と人差し指をこちらに向けながら、そのようなことを高らかに宣言してくるオークキング。

 それと同時に、私たちの周囲で今まで息を潜めていたオークたちが、「ブモォォオオっ!!」と歓喜の咆哮を響かせ始めました。もうその様子は尋常ではなく、大興奮と言った風情です。


「じょ、条件……?」

「ああそうとも。なんでもかんでもタダで手に入るなんて、そんな美味しいことはないだろう?」

「……私と手合わせしたいってこと?」

「ああ、違う違う! そんな他の野蛮な魔族たちと一緒にされちゃあ困るってもんだ! オレっち様たちオーク族は“紳士”だぜ? この立派な一張羅が目に入らねぇか?」


 そう言いながらオークキングは、その細長い身体を包むフォーマルなスーツをこれ見よがしに見せつけてきました。

 ふむ……他のオーク族はよくわかりませんが、少なくともオークキングが魔族らしからぬ理性的な性質だというのはわかっていたことです。なので情報を引き出すのも一筋縄ではいかないということは承知の上です。

 本来ならオークキングとアペリーラとの対立関係を利用して、上手いこと両者から情報を引き出すという予定だったのですが……アペリーラがいなくなってしまったのなら、作戦を変更せざるを得ません。


 すると私の隣で、ソティちゃんが少し面白くなさそうな表情で低い声を発します。


「……めんどくさいなぁ。今から全員ぶっ潰して、無理やり吐かせたっていいんだよ?」


 青紫色の瞳を細めて凄んで見せるソティちゃんに、しかしオークキングは余裕の表情でへらへら笑い出しました。


「それで得られた情報にどれほどの信憑性がある? その情報の真偽を今すぐ確かめるすべはあるのか? ま、どの道オレっち様は、ぶっ飛ばされたところで情報は吐かねぇけどな」


 オークキングの物言いに、ソティちゃんはますます不機嫌そうに歯噛みしますが、しかしオークキングの言っていることもごもっともですから、何も反論ができずに黙りこみました。

 まぁこちらには、いろんな駆け引きを全部台無しにできるジョーカーのような存在がいますけどね。ルローラちゃんを連れてくれば、それでもう万事解決です。

 しかし呪いのせいで回数制限が存在するルローラちゃんの能力に、あまり頼りきりになるのはよろしくありません。後々彼女の能力が必要になった時に使えないのでは困ってしまいます。


「では、『条件』とやらを教えてください」


 私がそう言うと、オークキングはとても嬉しそうに口角をつり上げながら「話のわかる姫君だぜ」と呟きました。周囲のオークたちも色めき立っています。

 対してソティちゃんは、オーク族に対して下手(したて)に出る私の態度がどうやら不満みたいですけどね……


 私はレジィたちとは違うのです。明確に敵対しているわけでもない相手から、暴力で情報を引き出すなんてことはしません。

 それに条件を聞くだけならタダなんですから、まずはその条件とやらを聞いてみて、それでどうしても嫌なら、その時は拷問にかければいいのです。最初から喧嘩腰では、得られる情報も得られませんよ? もっと穏やかに行きましょう。

 皆さんどうもこんにちは、『歩く平和主義』ことセフィリアです。


 オークキングは不敵な笑みを浮かべながら私の身体へと舐め回すような視線を向けつつ、




「以前、初めて会ってからずっと、アンタは素晴らしい“素材”だと思ってたぜ……! だからアンタには是非……これを着てもらいたいッ!!」




 そう言ってオークキングが取り出したのは―――ビキニと見紛うほど露出度の高い、改造メイド服でした。


 よし、こいつは殺そう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ