2歳2ヶ月 2 ――― 獣人族の里
獣人族は外見が人族に似ていることから、魔族の間でも鼻つまみ者というか、あまり信用されておらず、また立ち位置も悪いそうです。
そのため彼らは必然的に、人族との小競り合いが絶えない人族領の近くで、半ば追いやられるような形で暮らしてきました。
魔族領へと足を踏み入れた私たちは、そう時間をかけることなく獣人族の里があるという森へと辿りつきます。
森をしばらく進むと、そこにはいくつかの古びた掘っ建て小屋のようなものが見えてきました。
ここが、いつぞや私も訪れた獣人族の里です。
里へ足を踏み入れて周囲を見渡したネルヴィアさんが、感心したようにレジィへと声をかけます。
「思っていたよりもしっかりとした家が建っているんですね。獣人族にも建築に明るい方がいるのでしょうか」
「いや、元々ここには人族が住んでて、それを獣人族が追い出して奪ったんだ」
あっけらかんとそう言ったレジィに、ネルヴィアさんの視線が急速に冷えていきます。
ええっと、うん……ネルヴィアさんの気持ちもわかりますけどね。しかし今では彼らも改心したので、私は特に何も口には出しませんでした。
それにレジィは言いませんでしたが、一応その出来事はレジィが生まれる前の話なので、レジィやアイルゥちゃんたちが村を襲ったというわけではありません。
私はネルヴィアさんの腕からふわりと飛び出すと、この里まで先導してくれたアイルゥちゃんの、黒光りする甲冑の背中部分にぴたっと張り付きました。
アイルゥちゃんはガチャリと音を立てながら振り返ります。
「どうしたのだ、セフィリア殿?」
「うん。さっそくだけど、その……まえのぞくちょーさんがみつかったばしょに、あんないしてくれないかな?」
「……うむ、わかった。父上が―――前族長が死んで見つかったのは、この近くだ」
私が前族長さんの話を切り出すと、アイルゥちゃんの声は少し硬くなってしまいます。
そこへ私たちの会話を聞きつけたレジィが足早に近づいてきて、それからアイルゥちゃんの隣に並びました。
それだけでアイルゥちゃんは安心したようにホッと息を吐くと、肩から力が抜けたように見えます。
ふと周りを見ると、どうやら久しぶりに故郷へ帰って来られた獣人のみんなは、すごくご機嫌に見えました。
人間だったらこういう時、空気を読んでしんみりとするのでしょうが……まぁこの辺りは刹那的で個人主義な魔族の気風でしょうか。
「わたしたちはちょっとしらべてくるから、みんなはここできゅうけいしててね!」
私がそんな風に声をかけると、みんなは嬉しそうに返事を寄越してきました。現金な子たちめ。
とはいえ彼らが関心を寄せているのは族長の仇をぶっとばすことであって、調査などの頭脳労働は苦手なため積極的ではないだけでしょう。
頭脳労働は、私の役目です。そのためにここへ足を運んできたのですから。
そんなわけで私は、レジィとアイルゥちゃんに案内されるがままに、獣人族の里からさらに森深くへと進んでいきました。
そしてみんなと別れてから十数分ほど。
「……ここで、父上が……」
そう呟いて、重装甲冑に身を包んだアイルゥちゃんが肩を落としました。
立ち止まったアイルゥちゃんとレジィの視線の先には、大きな亀裂が走った大岩があります。
獣人族は遺体を土葬……というより、軽く土や枯葉をかけて葬るらしく、きっと遺体はもう土の下で分解されていることでしょう。
これでは遺体の検分などはできませんが、私は警察ではないので遺体を見たって何もわからないでしょうし、当時レジィたちがその目で遺体の状況を見ていたため問題ありません。
とりあえず私は周囲の状況からわかったことを告げました。
「せいせいどうどう、たたかったわけじゃないみたいだね」
私は前族長さんが亡くなっていたという場所の周囲を見渡してみましたが、大岩の亀裂以外に戦闘の痕跡は見受けられませんでした。
木が折れていたり、倒れていたり、爪痕があったり……普通、命を懸けた戦いが行われた場所なら、ここまで綺麗に傷一つないのはおかしいと思います。
私の言葉に、レジィも大きく頷きました。
「あの人はアイルゥと同じで“サイ”の獣人だった。戦ったら周囲が更地になることも珍しくないような、激しい戦いをするんだ」
「あいては、ズルをしたんだね」
私がそう言うと、静かに目を伏せていたレジィとアイルゥちゃんの気配が膨れ上がり、抑え込んでいた様々な感情が漏れ出しているかのようでした。
思わず私の精神状態も、二人に引きずられて昂ってしまいます。
「かならずむくいはうけさせる」
低く呟いたその言葉は、自分でもハッキリとわかるほどに怒気が込められていて、薄暗い森に冷たく響きました。
けれどもそれを聞いた二人は少しだけ目を見開くと、アイルゥちゃんは兜を外して幼い顔を外気に晒して、柔らかく微笑みました。
「……感謝する。セフィリア殿」
「え?」
何に対する感謝なのかがピンをこなくって、私は思わず首を傾げてしまいました。
けれどもそれに関する説明は受けられないようで、レジィも同じように穏やかに笑って、周囲は先ほどとは打って変わって柔らかい雰囲気となります。
なんとなく居心地が悪いような、むず痒いような気持ちになった私はこの場を離れようと思って、そのついでに少しだけ気を回しておくことにしました。
「それじゃあ、わたしはさきにもどるから。レジィ、アイルゥちゃんのことよろしくね」
「え……ご主人?」
「ひさしぶりにあったんだから、ちょっとくらいおはなししてからもどってくるんだよ? いい?」
私は一方的にそれだけ言うと、アイルゥちゃんの背中からふわりと飛び立って、それから二人にこっそりと結界魔法をかけつつ、その場を後にしました。
少し前に魔族領の手前で再会してから、アイルゥちゃんがずっと気を張り詰めていることには気が付いていました。なにか焦っているかのように落ち着かない様子で、兜の下からわずかに見える表情は硬く強張っていましたから。
その緊張が解けるのは、レジィが隣にいる時だけです。ですからこればっかりは、私がどれだけの言葉を尽くすよりも、レジィの一言の方がよっぽど意義があることでしょう。
それから私が持ち帰った情報についてみんなと話し合っていると、しばらくしてレジィとアイルゥちゃんが手を繋ぎながら帰ってきました。
アイルゥちゃんの表情は先ほどまでよりもずっと明るくなっていて、レジィはちゃんと彼女の心をケアしてあげられたようです。よかったよかった。
けれども元気になったアイルゥちゃんがポツリと漏らした、「まぁ傍雌でも十分か」という謎の呟きには……なぜでしょうか、不穏なものを感じたのでした。




