2歳1ヶ月 6 ――― 突然の訪問者
旅立ちから数日。
一路、魔族領へと向かう私たちの行軍は、今のところ順調です。
これだけの戦力が結集していれば、障害なんて在って無いようなものですしね。
お風呂とかのデリケートな部分は私の魔法でカバーしていますし、大きな馬車には人数分のベッドも完備。
執事のロヴェロさんやケイリスくんが身の回りのお世話をしてくれて、なぜか無限に食べ物が湧き出てくるリュミーフォートさんのマントのおかげで、食糧に関しても問題ありません。
そんなわけで、もうじき魔族領に着くかといった頃合いで、私は車内のみんなに呼びかけました。
「あの~、ちょっといいですか?」
呼びかけにはみんなすぐに反応してくれて、うちの子たちはもちろん、リュミーフォートさんやロヴェロさん、それからソティちゃんも私に注目します。
私はそれを確認しながら、出発前に決めてあった予定をそろりと告げます。
「このあと、魔族領についたら……まずは獣人族とごうりゅうしたいんですけど……いいですか?」
今回の旅の目的は、“黒い男”を含めた不穏な動きをしている勢力の排除です。
これは私が帝国軍中央司令部として提案して採択された作戦なので、決して遊びではありません。なのでこの作戦の合間に私用を差し挟むのは気が引けるのですが……
私はこの旅のついでに、獣人族の前族長を殺害したという魔族を探すつもりであることを明かしました。
すると、この予定を初めて聞かされた三人の反応はと言うと、
「そう」
本当に話を聞いていたのか疑いたくなるほどに、あっさりと頷いたリュミーフォートさん。
「その魔族が健在である限り、今後も似たような騒ぎが起こるかもしれません。それに元より具体的な目的地など無いにも等しい行軍でございましたし、そういった過激な魔族ならば“黒い男”と関わりもあるかもしれません。私も賛成致します」
墨を流しこんだように真っ黒な髪をさらりと耳にかけながら、優雅に一礼するロヴェロさん。
「ふぅん、なるほどね~。そっかそっかぁ、イイと思うよ~」
空中でふわふわ回転しながら、なぜか愉快そうに微笑むソティちゃん。
三者三様の返答ではありましたが、思わず拍子抜けするほどにあっさりと許可されてしまいました。
でもロヴェロさんの言う通り、確かに魔族領のどこから探すとかいう予定もなかったわけですし、最初はどこに向かっても同じなのですよね。そういう意味でも、「まぁ好きにしたら?」って感じだったのかもしれません。
私はホッと胸を撫で下ろし、それからふと疑問に思ったことを訊ねます。
「みなさんは魔族にたいして、わるいかんじょうをもってはいないんですか?」
いくら皇帝陛下の許可を得て、公式に私の部下とされている獣人族とはいえ、つい最近まで戦争していた相手を同行させるのに忌避感はないのかと思ったのですが……
ロヴェロさんはみんなの分の紅茶を淹れてくれながら、穏やかに微笑みました。
「自分にとって大切な人に仇なすのであれば、相応の対処を致しますが……それは人族が相手でも同じことです」
「な、なるほど……」
結構シビアなこと仰いますね……まぁその通りですが。
むしろ直情的で感覚に任せて行動する魔族よりも、人族の方が恐ろしいという面もあると思います。人族と魔族が共存する道は、魔族の短気や闘争本能以上に、人族の腐敗や野心がネックになるのかもしれません。
私がちらりとリュミーフォートさんを窺うと、彼女は「問題ないよ。弱いから」とだけ呟きました。
……魔族をいくら同行させても、暴れ出したら瞬殺できる実力があるから問題ないということでしょうか。
馬車の中で浮かんでいるソティちゃんも、特に気負いなく二人に同調します。
「ん~、私の知り合いの魔族は、みんな良い人だからね~。とくに獣人族は大好きだよ!」
そう言って笑顔を向けてくるソティちゃんに、レジィは少し変な顔をしました。
この口振りだと、ソティちゃんは獣人族の誰かと関わりがあるのでしょうか? しかしレジィの反応からして知り合いではないようなので、もしかしたら彼女が一方的に獣人族のことを知っているだけかもしれませんが。
まぁ、何はともあれ魔族に対して偏見はないようですので、ひとまず安心です。
私は魔法で生き物を殺さないという誓いを立てていますから、それに反感を覚えられても面倒ですし。思想の対立がないというのは僥倖です。
そうして私がホッと胸を撫で下ろしたとき……
「……!」
ゾクリ、と。
おぞましいほどの圧迫感が馬車の中を支配しました。
まず私を膝に抱いていたネルヴィアさんがびくりと飛び跳ねて、それから私を守るように強く抱きしめます。その腕には鳥肌が立っていました。
のん気にソファで熟睡していたルローラちゃんも、「うわっ!?」とか叫びながらソファから転がり落ちていました。
殺気や気配といったものには疎いはずのケイリスくんも、ちょっと怪訝そうな視線を周囲に向けています。
そしてレジィ、リュミーフォートさん、ロヴェロさん、ソティちゃんの四人は、まったく同じタイミングで眼光を鋭くさせると、とんでもない殺気を放ちながら馬車を飛び出しました。
いつものんびりマイペースなリュミーフォートさんが、思わず食べ物を置いて立ち上がるくらいですから、その本気具合が窺えるというものです。
高級馬車の扉をぶち破るような勢いで外に出た四人は、すぐに空を見上げます。
すると直後、なんとも暢気な声色が上から降ってきたのでした。
「あれれ、みんなすごい魔力だねぇ」
その声を聞いた私は「やっぱり……」とげんなりしながらも、ネルヴィアさんの制止を振り切って馬車から外に出ます。
馬車から数十メートル上空。
空間を無理やり引き裂いたような暗黒から、人影が姿を現しました。
さらさらな金髪のロングに、優しげで垂れ目がちな紅眼を備えた美少女。白いネグリジェから生足を覗かせる彼女は、背中に純白の翼を生やしています。
「ネメシィ!」
馬車から出て彼女に呼びかけた私に、ネメシィはとても嬉しそうに微笑んで明るく言い放ちました。
「えへへ、来ちゃった」




