2歳1ヶ月 5 ――― 謎の少女
小鳥たちの愛らしい合唱を窓の外に見ながら、私はゆっくりと後ろに流れていく景色を眺めていました。
王族御用達だという豪奢な馬車は、広い、速い、揺れないの三拍子を備えた素晴らしい性能です。
オシャレな調度品が備え付けられた車内はシックでモダンな感じ。でも嫌味っぽいところはなくって、機能性もしっかりと確保されていました。
さながら高級ホテルの一室みたいな馬車の最後部で、私はふかふかなソファに身を沈め……ているネルヴィアさんのふかふかな身体に包まれています。
なんでわざわざ馬車の一番後ろかって? 馬車を引いてる馬が、私を死ぬほど怖がるからですよッ!!
人族最強のリュミーフォートさんはめっちゃ動物に懐かれてるのに……おかしい、絶対におかしい。
「セフィ様、どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ?」
むむむ。あまり愉快ではないことを考えていたせいか、眉間に皺が寄っていたみたいです。反省。
私はネルヴィアさんに笑顔を向けて誤魔化しながら、改めて車内を見渡しました。
車内には私を膝に抱えるネルヴィアさんと、私たちの左右にレジィとケイリスくんが座っています。キミたちこんなにソファが広いのに、なんでそんなにぴったりくっついてきてるの?
対面のソファには、二十代後半くらいの姿となったルローラちゃんがだらしなく横たわっていました。……あなた今日会ったばっかりの男が近くにいて、よくそんな無防備に寝れますよね。
そして私たちから少し離れたテーブルには、これでもかと様々な料理が並べられていました。どう見ても十人前くらいありそうな量なのですが、これはリュミーフォートさんの一食分のお料理なのだそうです。そのカロリーはどこへ消えているの……?
料理を用意したのは、出発の時からリュミーフォートさんに付き従っている黒髪の執事さんです。
ロヴェロと名乗った彼は、とてつもなく洗練された手際でリュミーフォートさんに料理を提供し続けながら、隙を見ては私たちに紅茶やお菓子のおかわりを差し入れてくれます。
眠りこけるルローラちゃんにも布団を掛けてあげたりして、デキる男って感じ。
そして目下、一番の問題なのは……
「ねぇねぇねぇ! セフィリアちゃんってまだ二歳ってホント!? 生まれたときから強かったんだって!? 魔法とかドカーンって使ってたの!?」
なぜか初顔合わせの後からずーっと、私の前をふわふわと滞空しながら質問責めにしてくる少女、ソティちゃん。
どうやらリュミーフォートさんやロヴェロさん、それどころか私たちへの同行を許可したヴェルハザード陛下でさえ、彼女が何者なのかは詳しく知らないそうなのです。
……まぁ、あの過保護すぎる陛下が同行を許したんですから、なにか信用に足る理由があるのでしょうけど。
「私 ここの人間じゃないし、この国へは昨日の夜中に来たばっかりだからさ~。有名らしいセフィリア様のこと、教えてほしいな~!」
そう言いながら、まるで宇宙船の中みたいに重力を無視して、クルクルと空中で回っているソティちゃん。スカートが短いから、チラチラと黒いスパッツが覗いています。
この世界でスパッツなんて初めて見ましたけど、いったいどこの国の人なんでしょうか?
それにしてもこの子、なんで私にばっかり興味を示すんでしょう? 同じ魔術師として気になるとか? いえ、それなら超有名人のリュミーフォートさんにも惹かれると思うのですが……
「あ、あのぅ、ソティさん……でしたか? セフィ様が困ってますから……」
私の戸惑いを察したネルヴィアさんが、私を庇うように抱きしめながら苦言を呈してくれました。
するとソティちゃんは一瞬目を丸くさせてから、ネルヴィアさんの顔をジッと覗き込んで、
「……は~い。ごめんなさい、ネルヴィアさん」
なんだか意味深な笑みを浮かべたソティちゃんは意外とあっさり頷いて、私たちからふわふわと離れていきました。そして今度は備え付けのキッチンで調理していたロヴェロさんに、「ねぇねぇ、お菓子作っていい?」とか言いながらまとわり付いています。意外と家庭的?
光の加減で大きく色合いの変わる神秘的な髪を、今は金色に輝かせているソティちゃん。そんな彼女の後ろ姿をぼーっと眺めていた私はそこで、隣に座るケイリスくんが難しい表情を浮かべているのに気がつきました。
「ケイリスくん? どうしたの?」
「……いえ、大したことではないのですが……」
浮かない表情でそう前置きしたケイリスくんは、やがて少しだけ声色を落としながら呟きました。
「まだ誰も口にしていなかったネルヴィア様の名前を、彼女は誰から聞いたのでしょうか?」
「えっ……?」
そ、そうでしたっけ? 今まで誰もネルヴィアさんの名前を呼んでなかったんですか? たしかに私たちの方からは自己紹介とかしてませんでしたけど……
でもネルヴィアさんは私の右腕として変に有名人ですから、帝都に少しでも滞在していたなら、いくらでも名前を知る機会はあるでしょう。
……あれ? でもさっき、この国に来たのは昨日の夜とか言ってたっけ?
じゃあ陛下か誰かに教えてもらったのでしょうか……?
なんだか釈然としないもどかしさを引きずる私は、キッチンでお菓子作りを始めたソティちゃんの無邪気な表情をジッと眺めていました。
……家族に家事を習っているのだというソティちゃんのお菓子は、すごく美味しかったです。




