2歳1ヶ月 4 ――― 新たな仲間と、新たな旅立ち
それからすっかり日も沈んだ、お母さんの寝室。
「本当は僕もついて行きたかったんだけど……残念ながら僕はそんなに強くないし、むしろ足手まといになってしまうだろう」
逆立つ銀髪の少年―――私のお父さんであるラギナスさん―――は、申し訳なさそうな微苦笑を浮かべながらそう言いました。
たまにお父さんがネルヴィアさんと剣術の手合わせをしているところは見かけますが、本気のお父さんはネルヴィアさんが魔剣無しなら圧倒できるほどの実力を備えているようなので、そこまで足手まといにはならないと思いますけどね。
しかし何が起こるかわからない土地での旅ですから、守るべき人は少ない方が良いに決まっています。
わりと気軽に帝都へ戻ってくる手段にもアテがあるので、お父さんには帝都に残したお母さんやお兄ちゃんたちを守ってもらいましょう。
「うぅう~! またお出かけしちゃうの? こないだ『死神』とかいうのと戦いに行ったばっかりなのに~!」
そう言って涙目で私をぎゅうぎゅうと抱きしめてきたマーシアお母さんに、私は苦笑を浮かべます。
「ごめんね。あんまりあぶないことはしないようにするから。それに、こんかいはみんなといっしょだから」
私がそんな風に諭しながら抱き返すと、お母さんは渋々ながらも頷いてくれました。
本音を言うなら私だって、好き好んで見知らぬ土地になんて行きたくないのですが……私ほどこの出征に向いている人材もいないでしょうしね。
私が本気でゴネれば、陛下は「ならば行かなくとも良い」なんて言ってくれそうではあります。でも私が行かなかったせいで征伐隊が全滅しました、とか言われたら寝覚めが悪いですし……
でもこれが終わったら、今度こそ夢の不労ライフを送ります!
私は決意も新たに、その日はお父さんとお母さん、それからちょっと恥ずかしそうなお兄ちゃんも巻き込んで、みんなで一緒に寝たのでした。
こんなことで心から幸せを感じている自分を見つめ直すと、つくづく私は地位とか名誉なんてどうでもいいんだなと実感しちゃいます。
全部終わったらアルヒー村を魔改造して、ずっとそこに引き籠ってよっと。
翌日。
空は雲一つない快晴で、絶好の旅立ち日和と言えましょう。
雨だったら雲を吹っ飛ばそうかと思ってたので、手間が省けて助かりました。
帝都の南端、外周防壁の南門へと向かった私たちのメンツは、私、ネルヴィアさん、レジィ、ケイリスくん、ルローラちゃんです。ルローラちゃんは征伐隊にルルーさんが参加していなかったら、ついて来ることになっています。
そんな私たち五人が南門に着いた時、これでもかと大量に集まった帝都民の皆さんの歓声が迎えてくれました。
私はここ数ヶ月でだいぶ慣れてきたこの扱いに顔を引きつらせながらも、なんとか優雅さを取り繕って民衆に手を振り返します。
はいはい、ありがとうね。危ないから押し合ったりしないでね。そこの修道士さんはこんなところで跪いて祈りを捧げないで。おい今「逆鱗閣下」って呼びかけてきたのは誰? 公爵になったから渾名がパワーアップしてない?
そんな賑やかな通りを抜けて南門に辿り着くと、そこにはなぜかヴェルハザード皇帝陛下がいらっしゃいました。
「……陛下? なんでこんなところに?」
「うむ。余は立場上、貴様らに同行することができぬからな。せめて見送りだけでもと思ったのだ」
「なるほど、そうでしたか。それはわざわざありがとうございます。てっきり、陛下もついてくるとかいいだすのかとおもいました」
「そのつもりだったのだが、臣下一同に満場一致で棄却されてな。やむなく貴様らの帰りを帝都で待つこととなった」
この皇帝陛下は真顔でなに言ってるんでしょうか? え、今のは冗談ですよね? いつもの皇族ジョークですよね?
陛下の隣に控えていた、全身を筋肉の鎧に包んだオカマ魔導師のマグカルオさんが、心なしかぐったりした表情で首を横に振ります。あっ、これ冗談じゃないわ。ガチだわ。
「できれば貴様の護衛に一個師団ほど付けたかったのだが、それではむしろ足手まといかと思ってな。征伐隊は少数精鋭で選抜した」
そう言って陛下が示した先には、三人の人物が佇んでいました。
一人は私もなんとなく予想していた、リュミーフォート魔導師閣下でした。
褐色の肌に、襟足だけを伸ばした白銀の髪を胸に垂らす独特の髪型。黒の軍帽を目深に被り、黒地に精緻な白刺繍を施したマントで全身を覆っています。
暗金色の瞳には、どこか優しげな光が宿っているような気がしました。
その隣には、しっとりとした濡羽色の髪とピンクゴールドの瞳を備えた、穏やかな微笑みを湛える青年が立っています。
「ロヴェロと申します。この度は陛下の命により、皆様の身の回りのお世話を一任されております。なんなりとお申し付けください」
全身を執事服に包んだ彼は、すらりとした身体を優雅な所作で折り曲げて一礼すると、メガネの奥の瞳を柔らかく細めました。
そして最後に、そんな二人とは少しだけ離れたところで、小学生くらいの女の子がふわふわと宙に浮かんでいました。こんな小さいのに、魔術師なのでしょうか……? 腰には精緻な装飾の短剣もぶら下げています。
光の加減で大きく色が変わって見える、赤金色の長髪。クリッとした瞳は透き通った青紫色。好奇心旺盛な色を宿した瞳の奥には、どこかこちらを探るような油断ならない気配も感じますが……
しかしなぜでしょうか……彼女の顔を見た瞬間、不意に『敵ではない』と確信めいた直感が浮かんできたのです。
「ハジメマシテだね……ふふっ、なんか変な感じ」
鈴を転がしたような可愛らしい声でころころと笑った少女は、この世界の感性ではかなり短いスカートの端をつまんで、一礼しました。
「私の名前はソティリ……じゃなかった。“ソティ”だよ。よろしくねっ!」」
それから私も軽く自己紹介をして、それが終わると再び陛下が口を開きます。
「帝都の防衛については、マグカルオに任せておけば間違いない。セフィリア、貴様は自らの為すべきことに集中せよ。もちろん、自身の安全を最優先にな」
陛下はそう言いながら、私の頭を優しく撫でました。
私が驚いて陛下の顔を見上げると、陛下は少しバツが悪そうに顔を逸らしてしまいます。
「ではセフィリアよ、行ってくるが良い」
「……はいっ! いってきます!」
私の元気な返事に、陛下はなぜか金色の瞳を丸くさせて硬直し……しかしすぐに微笑みを浮かべて送り出してくれます。
こうして私たちは、用意されていた王族御用達の高級馬車に乗り込んで、魔族領へと旅立ったのでした。




