2歳1ヶ月 3 ――― 駄々っ子ケイリス
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ベオラント城でのパーティを終え、逆鱗邸へと帰ってきた私たち。
陽は沈みかけ、朱色に染め上げられた私の自室には、複数の人影が長い尾を引いていました。
私が魔族領へと出立するのは、誕生日の翌日……つまり明日の正午です。その時間になれば、帝都の南門に『征伐隊』のメンバーが終結するのだとか。
メンバーの詳細は訊いていませんが、陛下が私のために選出した人達だということらしいので、そう変な人が来たりはしないでしょう。あの過保護な陛下のことなので、人数だけが唯一気がかりです。
そして私の方でも好きな仲間を連れて行って良いということらしいのですが……そこでちょっと問題が発生してしまいました。
「……お嬢様。もう一度、お聞きしてもよろしいですか?」
普段は何に対しても冷静な、どころか冷淡とさえ言えるかもしれない態度を崩さない、私の専属執事であるケイリスくん。
そんな彼が今、滅多に見せない“怒り”の表情を浮かべて私を睨み付けています。
「い、いや……あの、えっと……」
あまりの迫力に気圧された私は、近くにいたネルヴィアさんやレジィに視線で助けを求めますが……二人は気まずそうな表情でそっと目を逸らしてしまいました。み、見捨てられた……
私は仕方なく、トクトクと早鐘を打つ胸を押さえながら、ぽそぽそとちっちゃな声を紡ぎました。
「だから、あのね? こんかいはあぶないし、ケイリスくんはお留守番しててくれないかな~……なんて……」
「嫌です」
「え?」
「い・や・で・す!」
なんだかすごくムキになった様子のケイリスくんは、子供っぽく唇を尖らせてそっぽを向いてしまいました。
せめて「これこれこういうワケだから嫌です」とでも言ってもらえれば、交渉の余地もあろうといものですが……とにかく絶対に嫌だという意思表明だけされちゃったら、取りつく島もありません。
それに普段とはあまりに違いすぎる、やや幼稚とさえ言える彼の態度に戸惑いを隠せませんでした。
私はもう一度、今度はさらに切実な視線をネルヴィアさんとレジィに向けたのですが……
「申し訳ありません、セフィ様……私が同じ立場でも絶対に同じことを言いますので、なんにも言えません……」
「オレも共和国へ行くときに置いてかれそうになってゴネたから、なんにも言えねーよご主人……」
二人は本当に申し訳なさそうな表情でそう言うと、私たちから数歩ほど、静かに距離を取りました。物理的に話の輪から外れやがった……
私は完全な孤立無援状態を味わいつつも、ケイリスくんに縋るような上目遣いを向けます。しかし大抵のお願いごとなら間違いなく聞いてもらえるこの上目遣いでも、ケイリスくんの鋭く眇められた眼光を和らげることは叶いませんでした。
私が「うぅ……」と弱々しく呻きながらどうしたものかと悩んでいると、不意にケイリスくんは冷え切った声色を紡ぎます。
「……ボクはお嬢様の従者なんですから、“命令”したらいいじゃないですか。『ついて来るな』って。そしたらボクの立場からは逆らえませんよ」
まるで拗ねるかのようにぶっきらぼうな口調で言い放たれたその言葉に、私は少し強めの語気で即座に反論しました。
「従者じゃないよ、家族だよ。だから“命令”はしないの」
そんな私の言葉に、ケイリスくんはなぜか目を瞠って固まっていました。
けれども彼の反応に構わず、私は小さく嘆息すると、
「……しょーがないなぁ。わたしからあんまりはなれないでね?」
そう漏らした私に、しかしケイリスくんはすぐに反応を見せず、黙りこんでいました。それから少しして、徐々に彼のほっぺたが色づいていって……
「本当に、ずるい人です」
そう言って、ケイリスくんは不器用にはにかんで見せたのでした。
私たちのやり取りを見守っていたネルヴィアさんとレジィは、同行を認められたケイリスくんに「良かったね」みたいな言葉をかけています。仲良いですね、貴方たち。
本来なら、非戦闘要員であるケイリスくんは連れて行くべきではないんですけど……逆に言えば戦闘以外のあらゆる分野で万能な彼は、なんだかんだで活躍してくれることでしょう。
そんなことを思いながら苦笑していた私は、そこでふと気になったことをケイリスくんに訊ねてみました。
「ねぇ、ケイリスくん。もしもわたしがほんとうに“命令”したら、どうするつもりだったの?」
「お嬢様の執事を辞めてから、個人的に後を追いかけていましたけど」
さも当たり前のように答えるケイリスくんの思い切りが良すぎて、私はちょっぴり戦慄しました。
そしてそんなケイリスくんの答えを聞いたネルヴィアさんとレジィが、「うん、そうだよね」みたいに手放しで納得してたのにも衝撃を受けました。
どうしよう、うちの子たちの忠誠が重すぎる。




