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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳12ヶ月 12 ――― ログナと個人面談



 最後に呼んだのはお兄ちゃん。

 ベッドに座る私と、その正面に設置してあるソファを交互に見比べたお兄ちゃんは、ちょっと立ち止まってからソファに座りました。……なんか今ちょっと迷わなかった?


 窓から差し込む光を背に対峙する私に、お兄ちゃんは落ち着かない様子でそわそわしていました。

 普段、お兄ちゃんと弟という立場では話し慣れた私たちですが、教師と生徒という立場として改まって話すのは苦手なようです。そもそもちょっと人見知りっぽいしね、お兄ちゃん。

 こんなんじゃ、いずれ私が良い女の子を紹介してあげても、上手くやっていけるか不安です。……まぁいざとなれば、うちの村にも女の子はたくさんいますから、そう心配することもないのかもしれませんが。


「きょうまでおつかれさま、おにーちゃん」

「ん……あ、あぁ」


 にっこりと微笑んだ私の労いに、お兄ちゃんは居心地悪そうに目を逸らしました。なぜ?


「……セフィも、おつかれ。あのさ……しばらく魔族領に行くんだよな?」

「うん。なるべくはやくかえってくるつもりだけどね」

「……そっか」


 浮かない表情のお兄ちゃんはそう呟くと、やがて意を決したように私の目をまっすぐ見つめてきます。


「なぁ……それってどうしてもセフィが行かなくちゃいけないのか?」

「え?」

「ほかの人じゃダメなのか? ほかの……魔導師様とかじゃ、ダメなのか?」


 どこか必死さを感じさせるような表情と声色のお兄ちゃんに、私は面食らって言葉に詰まってしまいました。

 けれど、お兄ちゃんがそんなことを言い出すことはわかりきっていたことでもあります。


 かつて私がリルルの謀略に嵌められてイースベルク共和国に旅立った時も、村にいたお兄ちゃんはお母さんと一緒に私を心配して、帝都まで駆けつけてくれたという話です。そして私が帰ってきた時には、黙って危険な旅に出た私に対して怒りを露わにしていました。

 それから『死神』ことエクセレシィとの決戦の折にも、お兄ちゃんは戦いに赴こうとする私に猛反発していたことも記憶に新しいです。


 私を守るという約束をお父さんと交わしているお兄ちゃんは、剣や魔法で直接守ることができない代わりに、死地へ向かおうとする私を諌めたり叱ったりすることで、危険から遠ざけて守ろうとしてくれていたのでしょう。


「セフィがこの帝都から出ないで、あぶないことしないなら……オレ、なんでもしてやるよ。恥ずかしいからってイヤがったりもしないから。毎日体だって洗ってやるし、寝るときはギュッてしてやるし、べたべたくっついてきてもぜんぶ許すし……」

「……」

「だから、なぁ……もうどっか行かないでくれよ……! せっかくとーちゃんが帰ってきたんだぞ? 戦争だって終わったし! 心配させないでくれよ! こわいんだよ、待ってるのは! イヤなんだよ、もう……!」


 あまりに懸命なお兄ちゃんの訴えに、私はズキズキと痛む胸を無意識に押さえました。

 以前は『戦いに行ったら絶交する』とか叫んで引き籠ってしまったお兄ちゃんですが、今回はよりまっすぐに自分の気持ちをぶつけてきました。……私を説得するにあたって、これほど効果的な手法もないでしょう。誰かの入れ知恵でしょうか?

 ……しかし、私だって好き好んで危険な魔族領に行きたいわけではないのです。


「ありがとう、おにーちゃん。……それから、ごめんなさい」

「……セフィっ!!」

「きっとこれが、わたしのやくめなんだとおもうから」


 私はハッキリと、お兄ちゃんの懇願に対して『否』を告げました。

 家族として、弟としては、最低な返事だと思います。だけど私は帝国の軍人で、勇者でもあるから……ううん、それは違うか。べつに陛下から命令されて魔族領に行くわけじゃないんです。私が自分の意思で、『敵』が動き出す前に魔族領へ向かわなければならないと判断したのですから。

 だからやっぱりこれは、私のわがままということになります。


「……行かせない」


 しかし私の返事を聞いたお兄ちゃんはおもむろに立ち上がると、ベッドに腰掛けていた私に歩み寄り……そして驚きで固まっていた私の肩をグッと押して、ベッドの上に押し倒しました。


「お……にー、ちゃん……?」


 ベッドに横たわる私へ、お兄ちゃんが静かに覆いかぶさってきました。私の顔のすぐ横につかれたお兄ちゃんの手が、ベッドをギシリと軋ませます。


 それから慌てた私が何かを言う前に……私の頬に落ちてきた雫が、その言葉を飲み込ませました。


「どうしてセフィが……セフィばっかり、こんなことになるんだよぉ……」


 お母さん似の綺麗な金髪(プロンド)の下で、お父さん似の透き通った青い瞳がぽたぽたと涙を零し続けています。


「おねがいだから……どこにもいかないでっ……」


 お兄ちゃんの震える声は、聞いているこちらが苦しくなるようなものでした。

 しかし辛うじて絞り出されたかのようなその声は、痛みや悲しみだけでなく、深い愛情や思いやりをも感じさせてくれるような温かいもので……


「ふふっ」

「……なにが、おかしいんだよ……!」


 だからでしょうか? 私は胸に溢れてきた喜びに、頬を緩めてしまいました。


「ごめんね。でも、こんなにしんぱいしてくれるのが、うれしくって」

「心配するに決まってるだろ! みんな心配してるんだよ! とーちゃんもかーちゃんも、オレだって! みんなが心配してるんだっ!」

「うん……そっか、そうだよね。いまのわたしには、しんぱいしてくれる人たちが、たくさんいるんだもんね」


 思わずニコニコしてしまう私に、お兄ちゃんは涙を零してしゃくりをあげながら、呆然と私の顔を見下ろしていました。

 私はお兄ちゃんの服を引っ張って、その頭を自分の胸へと抱き寄せながら、上機嫌に呟きます。


まえ(・・)とはちがうんだ。しんぱいしてくれる人がいて、かえりをまっていてくれる人がいる。それさえわかってれば、わたしはだいちょうぶだよ」

「……セフィ?」


 私の胸に抱かれながら困惑した表情を浮かべるお兄ちゃんに、私は毅然とした声音で、はっきりと告げました。


「わたしはしなないよ。もう、二度とまちがえない。ぜったいにかえってくるから」


 きっと今まで私が口にしてきた「大丈夫」は、お兄ちゃんの不安を取り除いてくれるようなものではなかったようです。それはそうですよね、根拠もないし、自信だってそこまであったわけではありませんでしたから。


 でも、今は違います。命を落とすことなく、無事に帰ってくるという絶対の自信がありました。

 あの時(・・・)とは違うんです。私は一人じゃないから……だから頑張れるし、いざとなれば逃げたり危険を避けたりっていう決断だってできるはずです。


 ハッキリと私の雰囲気が変わったことが伝わったのか、お兄ちゃんの表情にありありと表れていた不安が、少しずつ、しかし確実に薄らいでいるのが見て取れました。

 それからちょっとだけ弛緩した空気の中で、苦笑交じりのお兄ちゃんが呟きます。


「……まぁ、セフィは殺したって死ななそうだよな」

「ふふふ。そうだよ~? しなないよ~?」

「首だけになっても、そこから身体が生えてきて再生しそうだもんな」

「そこまでではねぇよ?」


 それ人間じゃない! 人間じゃないよ! お兄ちゃんは私をなんだと思ってるの!?

 ……実際再生(それ)ができる死神(エクセレシィ)をギタギタにした経歴がある手前、あまり強くは言えませんが。


 お兄ちゃんが調子を取り戻してからも、私はしばらくお兄ちゃんの頭を抱き続けてきました。普段であれば「うっとーしい!」とか言ってすぐに振り払われるそんな行動も、しかし今日のお兄ちゃんは甘んじて受け入れてくれています。

 そして、どこか安心したような表情になって私の胸に顔を埋めているお兄ちゃんに、私はついつい浮かれて調子に乗ったことを口にしてしまいました。


「まったく、おにーちゃんはわたしのことがだいすきだね~」

「うん、大好きだぞ」

「―――ふぇっ!?」


 驚きのあまり「うなっ!?」とかよくわからない叫びをあげてしまった私に、お兄ちゃんはちょっぴり悪い笑みを浮かべながら、私の頬をそっと撫でます。

 お、お兄ちゃん……!? いつの間にこんなイケナイ子になっちゃったの……!?


 赤面して言葉を失ってしまった私に、お兄ちゃんは一転して甘えるような声色で囁きます。


「なぁ、セフィ。大好きついでに、ひとつお願いがあるんだけど」

「な、なっ、なぁに!? なんでも言って!?」

「魔族領にオレも連れ―――」

「それはだめ。おにーちゃんよわいし」

「…………くそっ」


 なんとも言えない切なげな表情で睨み付けてくるお兄ちゃんは、「せっかくボズラー先生に教わったのに……」と不穏なことを呟いていました。さっきの“たらしテク”はボズラーさんの仕込みか! 覚えとけよあの残念イケメンめ!

 どうにか余裕を取り戻した私は悪戯っぽく微笑むと、


「でも……“これ”をつかえるようになったら、こんどからつれてってあげるよ?」


 そう言って私が懐から取り出したのは、タバコくらいの大きさの金属筒と、ダーツの矢を小さくしたみたいな小さい金属針でした。

 怪訝そうに目を細めてそれを眺めるお兄ちゃんに、私は「吹き矢だよ」とその正体を教えてあげます。


「やってみて?」


 私にそう促されたお兄ちゃんは、慣れない手つきで筒に矢を装填して、思いっきり息を吹き込みました。

 短い吹き筒から放たれた矢は、ひょろひょろと数メートルほど飛んで、ポトリと床に落下します。

 なんとも微妙そうな表情で、地面に落下した矢を見つめるお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんに私は「貸して?」と言って手を差し出しました。


「おにーちゃんはこのがっこうで、いったいなにをおべんきょうしてきたの?」


 私の問いに、お兄ちゃんはしばらく目を丸くさせていましたが……すぐに私の言わんとしていることに気が付いたようでした。

 お兄ちゃんから吹き筒を受け取った私は、筒に矢を詰め込みながら『加速機構(アクセラレーター)』と呟き、軽く息を吹き込みます。


 すると直後、“ピキュンッ!!”という甲高い音と共に放たれた矢は、射線上にあった椅子とチェストを紙切れのように貫通し、その向こう側のレンガ壁に深々と突き刺さりました。

 ……大きな亀裂の中心で、小さな金属矢は空気摩擦で熱せられて赤く輝き、シューシューと煙を発しています。


「おにーちゃんの“速度指定子”は、こうやってつかうんだよ?」


 あんぐりと口を開けて固まってしまったお兄ちゃんに、私はにっこりと微笑んで告げました。


 お兄ちゃんの修めた“速度指定子”は、おそらく生徒たちの扱う魔法の中で最強の部類です。

 扱いが難しい上に消費魔力が激しいため、あまり一般向けではありませんが……極めれば他の追随を許さない強力無比な魔法となるでしょう。なんせ、実質レジィと同じ能力を得るようなものですからね。


「わたしがかえってくるまでに、木の板くらいは貫通させられるようになっておいてね。“宿題”だよ、ログナくん(・・・・・)?」


 そう言って先生モードで朗らかに笑った私に、お兄ちゃんは引き攣った笑みを返してくれました。



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