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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳12ヶ月 11 ――― ヴィクーニャと個人面談



 三番目に呼んだのは、ヴィクーニャちゃんです。

 彼女はベッドに座る私と、その正面に用意されているソファを軽く一瞥すると、特に迷うこともなくソファに腰掛けてくれました。

 ……うん。これが普通のはずなのに、なんかちょっと感動しちゃった。


「ククク……それで先生、この私をこんなところへ呼び出して、何の用かしら?」

「ふたりっきりなんだから、いつものしゃべりかたでいいよ」


 頑張ってカリスマオーラを放出しながら不敵に笑うヴィクーニャちゃんに、私はちょっぴり苦笑しながらそう言いました。“仮面”は必要ないのだと。

 すると彼女は少しだけ目を丸くさせて硬直すると、その真っ白なお顔をほんのり赤らめて、


「……ええ、そうね。ありがと、セフィ」

「ううん。きにしないで、ヴィーニャ」


 私たちはなんだか照れくさいような心持ちになりながらも、無邪気に笑い合いました。


 ヴィクーニャちゃんが初めて魔法を発動した翌日から、私は彼女に個人レッスンを付けてあげるため、頻繁に彼女のお部屋へとお邪魔しています。

 もちろんメインは魔法のお勉強なのですが、他人と積極的に絡むのが苦手らしいヴィクーニャちゃんと打ち解けるために、私は彼女といろんなお話をして過ごしていたのです。

 そんなことを一ヶ月近くも続けているうちに、いつしか私たちは教師と生徒ではなく、“友達”と言って差し支えない関係を築いていました。


「ヴィーニャはすこしだけスタートがおくれちゃったけど、もうりっぱな魔術師になれたね」

「やめてちょうだい。自分がまだまだだって自覚くらいあるわ。セフィまで、うちの無責任な家庭教師たちと同じことを言わないでほしいわ」

「んー、ホントのきもちなんだけどなぁ」

「まぁ、もちろんそう遠くないうちに……本当に“立派な魔術師”になってみせるけれどね」


 そう言って自信ありげに笑うヴィクーニャちゃんの表情には、あの日、自分には何ひとつ才能がないのだと絶望に打ちひしがれていた面影はありません。

 彼女の成長に思わず破顔した私を見て、ヴィクーニャちゃんはちょっぴり照れくさそうに目を逸らし、


「……本当に、本当に感謝しているわ」


 そう呟くように口にしたヴィクーニャちゃんに、私は首を横に振りました。


「きにしないでってば。わたしは先生なんだから、とうぜんのことを……」

「違うわ。私に根気強く魔法を教えてくれたこともそうだけど……私をずっと傍で支えてくれたことが、私の心に寄り添いながら応援してくれたことが嬉しかったの。そんなこと、うちの家庭教師たちはしてくれなかったわ。だから……ありがとう」


 ヴィクーニャちゃんはその立場から、自分の言葉一つで他人の命や人生さえ左右しかねないことをよく知っています。そのため自分の気持ちや感情を押し殺すことが癖になってしまっているようで、なかなかまっすぐな言葉は口に出せないツンデレちゃんです。

 しかしそんな彼女が、こうして純粋に感謝の気持ちを告げてくれた……これはすごく珍しくて、そして嬉しいことです!

 私は喜びのあまり舞い上がってしまい、ベッドから物理的にも舞い上がって、ソファに座るヴィクーニャちゃんの胸に飛び込んでしまいました。


「ヴィーニャ~っ!」

「セ、セフィ!?」


 途端に顔を真っ赤にしてわたわたと慌て出すヴィクーニャちゃんの様子が可愛らしくって、私はますますご満悦になります。

 そんな私をぎこちない動きで引きはがし、お膝の上に乗っけるヴィクーニャちゃん。それからまだ赤く染まっている顔で、呆れたような溜息をつきました。


「あのね、セフィ? 私たちは、その……と、ともだち、だけどねっ。それでも貴方は仮にも男性でしょう? レディに対して不用意に抱擁なんてするものではないわ」

「だめなの?」

「もしも私がこの事を、少し大げさに叔父上たちへ報告したら……セフィは私の婚約者候補になるかもしれないわよ?」

「えっ! そうなのっ!?」


 愕然とする私に、ヴィクーニャちゃんは愉快そうに目を細めます。


「まぁ、私はそれでも構わないのだけれど? ククク、もしも皇帝陛下(おじうえ)に御子が授からなかったら、私たちの子供が未来の皇帝よ」

「あ、あわわ……」


 な、なんだか話がえらい壮大なことになっちゃってます!

 ヴィクーニャちゃんと結婚って……仮に陛下に子供が生まれたとしたって、私の立場は湖上都市マリニオン領主の夫です。あれ、私は男子で対外的には家長になるわけですから、ほとんど領主そのもの?

 そのなの絶対、心休まる気がしない……


「ククク。でもセフィはそういうのイヤよね?」

「う、うん……。わたしはひとしれず、めだたずに生きていきたいな……」

「じゃあ、夫じゃなくて愛人がベストね」

「なにが!?」


 ニヤリと悪い顔をして何かを企んでいるらしいヴィクーニャちゃんは、いったいどこまで本気なのでしょうか……。

 いえ、たぶん全部冗談だとは思いますけど。


「だけど戦争も終わったことだし、セフィもこれからは貴族として社交界デビューをしなければならないわよ? それにパーティへのお誘いがひっきりなしに来るでしょうし、そのうち気の早い貴族は縁談の申し込みだってしてくるでしょうね」

「うへぇ……やっぱりそうだよね……」

「クク、でも安心しなさい。どうしても社交界に顔を出さなければならない時は、場慣れしている私がリードしてあげるわ。それにパーティの招待や縁談もすべて握り潰してあげる」

「ほんと!? ありがとうヴィーニャ!」


 大公女殿下がバックに付いてくれるのなら、百人力です。わざわざ好き好んで、王族を敵に回したがる輩なんていないでしょう。


「……でも、だいちょうぶ? そんなことしたら、ヴィーニャのたちばがわるくならない?」

「大丈夫よ。私がセフィに魔法を習っていて、しかも毎晩のように自室へ招いて“懇意にしている”ことは、周知の事実だもの。そんな私から『手を引け』と言われてゴネる阿呆はいないわ……ククク」

「そうなんだ? じゃあ、まかせちゃってもいいかな?」


 よくわからないけど、とりあえず納得しておきました。私は根っこのところがド平民なので、貴族社会のことはわかりません。そういう面倒な部分は、ヴィクーニャちゃんの厚意に甘えちゃおっと。


「えへへ、ヴィーニャはやさしいね。ほんとにありがとね」


 私がそう言ってヴィクーニャちゃんの黒曜の艶髪をそっと撫でると、彼女は頬を紅潮させながら唇を尖らせました。彼女は恥ずかしがり屋さんなので、甘やかされると嬉しいくせに怒るのです。

 しかし今回は特に文句も言わず、ただ彼女を撫でる私にまっすぐな視線を向けてきました。


「感謝をしてくれるなら、お願いを二つばかり聞いてくれないかしら?」

「おねがい?」


 唐突に切り出されたその問いに、私はわずかばかり戸惑います。

 しかしこれからたくさんお世話になるのですから、よっぽどのことじゃない限りは誠意をもって承諾すべきでしょう。

 神妙に頷いた私を見て満足そうに目を細めたヴィクーニャちゃんは、指を一本立てました。


「一つは、きちんと此度(こたび)の魔族領への出征から、無事に帰還すること」


 ヴィクーニャちゃんの金色の瞳には、いつになく真剣な色合いが宿っていました。私の身を心から案じてくれているのが伝わってきて、私は胸が熱くなります。

 そんなことはわざわざ約束にしなくたっていいことのはずですが、どうしても言っておきたかったのでしょう。嬉しい。えへへ。


「もう一つは……まだ、内緒かしらね」

「え? ないしょ?」

「それが必要になったら、改めてお願いするわ。ククク、楽しみにしててちょうだい」


 そう言って楽しそうに笑うヴィクーニャちゃんの笑顔がなんだか不穏で、どうにも楽しみに待つことはできそうにありませんでした。

 だけどヴィクーニャちゃんが私の困るようなことをお願いしたりはしないでしょう。それに、大抵のお願いなら私の魔法でちょちょいのちょいです。


「わかった。それじゃあまずは、ちゃんとかえってくるほうのやくそくを、まもらないとね」

「ええ、そちらは是非ともお願いするわ。……本当に大切な、私の友達」


 ヴィクーニャちゃんは、彼女の膝に乗っけられている私を不意に抱き寄せました。

 さっき抱擁するなって言ったのはそっちじゃない、なんて無粋な口は挟みません。さっきからとても近くで話していたことで、彼女の指先が微かに震えていることに気が付いていたからです。


「だいちょうぶ。だいちょうぶだから、ね?」

「……うん」


 ちゃんと私が帰ってくるなんて、当たり前のことです。

 いつも強がっているくせに誰よりも臆病な友達を、これからも支えてあげなくちゃいけませんからね。



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