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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳12ヶ月 10 ――― リスタレットと個人面談



 続いてメルシアくんと入れ替わりで呼んだのは、リスタレットちゃんでした。

 彼女もベッドの対面に用意しておいたソファを完全に無視し、かといってメルシアくんと同じように私の隣に腰掛けるわけでもなく……なぜか私の足元に跪きました。


「あの……なんでそこに……?」

「そこにセフィリア様がいるからです!」

「あっ、そ、そっすか……」


 そんな「そこに山があるから」みたいなノリで言われても、まったく共感はできそうにありませんが。

 まるで私に対して跪くのがこの世界の常識みたいな口ぶりですが、そんなことをしている人なんて……

 ……いや、いるな。ネルヴィアさんならやりかねない。クルセア司教もやったことあるっけ。そういえばカルキザール元司教とか、勇者教の修道士さんたちもこぞって跪いてくるし、バシュハル村長や村のお年寄りたちにもやられたことがあります。

 あれ、おかしくない? いつの間にこんなことになってるの? むしろおかしいと感じる私がおかしいの? そんなはずはないよね?


「えー……こほん。まえにも言ったけど、わたしはこれから魔族領へたびにでます」

「はい、ついていきます!」

「うん。それでしばらくはかえってこられな―――えっ、いまなんて言った? ついてくるって言った?」

「はい!」


 あまりに当たり前みたいな表情で言い切るリスタレットちゃんに、「あれ、私ってばそんな約束しちゃったっけ……?」と自分の記憶を疑ってしまいましたが、しかし何度考え直してみてもそんな約束をした覚えはありません。


「いや、つれていかないよ……?」

「ええっ!?」

「なにをおどろくことがあるの!? あたりまえでしょ!?」


 むしろどうして自分を連れて行ってもらえると思っていたのか知りたいくらいです。

 私の答えに「うーん」と唸りながら悩むそぶりを見せたリスタレットちゃんは、そこで名案を閃いたとばかりに手を打ちました。


「それじゃあ、先生がいない間は旅行にでも行ってみようと思います!」

「そっか、それはいいね。ちなみにどこにいくつもりなの?」

「魔族領です」

「それで魔族領(むこう)で会ったとして、『わぁすごい偶然~』とかなるわけないでしょ!?」


 それは一般的に“現地集合”って言うんだよ! 連れて行かないって言ってるでしょうが!


 あまりに当然すぎる私の却下に、リスタレットちゃんは頬を膨らませてむくれていました。

 私は溜息をつきながらも、適当に代替案でも出して話を逸らしてしまおうと考えます。


「えーっと……りょこうだったら、べつのところにしたら? リスタレットちゃんのふるさとって、帝都じゃないんだよね?」

「はい! ここから馬車で一週間くらいのところにある、ミカードゥって名前の小さな村です」

「それじゃあ、そこにかえってみたらどう? もうずっとかえっていないでしょ?」

「いえいえ、べつにいいんですよ。帰ったって、どうせお墓参りくらいしかすることありませんし」


 いやいや、たとえ民家とお墓くらいしかないような寂れた村だったとしても、故郷の人たちに顔を見せるくらいはしても良いでしょう。

 そういえば、リスタレットちゃんは騎士修道会の見習い修道士です。けれども彼女の付き添いにはいつもクルセア司教が同行していますから、ご両親は帝都ではなく村にいるのでしょうか?

 と、そんな私の考えを、リスタレットちゃんは昨日の晩ご飯を語るくらいの軽い口調で否定しました。


「もうミカードゥは滅んで、生き残りは私しかいませんから。きっと浮浪者とか盗賊でも住み着いてるんじゃないでしょうか?」


 ほ……滅んだ? リスタレットちゃんしかいない? ……え?


 余りに重すぎる背景を、リスタレットちゃんがあまりに軽い口ぶりで語るものですから、たちの悪い冗談か何かかと思ったのですが……

 しかし彼女は不意に目を細めると、自嘲するかのような笑みを浮かべました。


「メルシアくんとかボズラー先生とおんなじですよ。うちの村も夜獣盗賊団にやられました」

「……えっ!?」

「幸いというか、なんというか……私はすぐに気絶してお母さんの血に塗れていたので、死んでると思われて見落とされたみたいです。起きたら村が一面血の海で、とてもびっくりしました」


 いともあっさりと明かされた、あまりに凄惨な事実に、私は卒倒してしまいそうになりました。

 村が全滅したのなら、その事実に周囲の村や街が気が付いて保護してくれるまで、リスタレットちゃんは血塗れの村にずっと一人きりだったということになります。当然、村の食糧などは奪い尽くされていたことでしょう。だとするなら……

 ……まさか、リスタレットちゃんが、血液を支配する魔法に圧倒的な適性を見せたのって……


 冗談であってほしいところですが、さすがにクラスメイトに二人も―――教師も含めたら四人ですが―――夜獣盗賊団の被害者がいる中で、そんな悪趣味な冗談を口走るような子ではないでしょう。


 言葉を失って青ざめる私に、リスタレットちゃんは困ったように苦笑しました。


「……意外といるんですよ、夜獣盗賊団の被害者って。嬲りものにされた挙句、戯れに殺さず捨て置かれたり、メルシアくんたちみたいに命からがら逃げ延びたり、私みたいに見落とされたり……あとは、従軍とか出張から帰ってきたら村が全滅してたりとか。そういう人たちは大体、騎士修道会に身を寄せることになるんです」


 ……そういえばメルシアくんも騎士修道会の所属ですし、ボズラーさんもルルーさんに師事するまでは騎士修道会で戦う力を蓄えていたと聞きます。

 小中学生くらいのリスタレットちゃんがたった一人で帝都に暮らしているというのに、なぜ私はそんな可能性にも思い至らなかったのでしょうか。


「先生―――セフィリア様がかつて迫害を受けていた時、久遠(カルキザール)派に所属していた、“夜獣盗賊団の被害者たち”は全員、勇者様の誕生を祝した緊急巡礼……という建前で、帝都の外へと遠ざけられていました。なぜだかわかりますか?」

「え……」

「すべてを失った私たちにとって、夜獣盗賊団を斃してくださったセフィリア様は、陛下や司教、そして『勇者』にさえも勝る絶対的な存在だったからです。当時私たちがあの場に居たなら……帝都は血の海になっていたはずです」


 一切の冗談を感じさせないリスタレットちゃんのまっすぐな瞳に、私は密かに背筋を震わせました。


 時々、私が歩いていると道の両脇で跪いて祈りを捧げている勇者教の修道士さんたちがいます。

 私にはカルキザール派の修道士の見分けなんてつきません。なのでてっきり、私が彼らから受けた迫害や迫害教唆に対し、寛大な措置で済ませたことに感激して私を慕ってくれているのかと思っていましたが……

 じつは、彼らこそが当時帝都から遠ざけられていた、夜獣盗賊団の被害者たちだったのでしょうか?


 リスタレットちゃんは、いつしか逆鱗邸の暗がりで見せた……底無しの狂気を孕んだような闇を、その瞳に宿らせています。


「“私たち”の望みと願いは、貴方様の幸福です。死ねと言われれば死にます。殺せと言われれば殺します。貴方様のお役に立てることが、“私たち”の無二であり至上の幸福なんです」


 そう言い切ったリスタレットちゃんはまったく迷いの動きで、ベッドに腰掛けていた私の小さな足を手に取ると、そのつま先にキスを落としました。

 あまりに非現実的な、それでいてまっすぐすぎる忠誠の仕草に、私は耳まで真っ赤になってしまいます。


「で、でも……めいれいなんて、しないよ……?」

「はい、それはよくわかっています。セフィリア様は他人をアテにすることはほとんどありません。だからこそ“私たち”は、セフィリア様の望みを先回りして予測し、それを叶えるために全力を尽くすんです」

「わたしの、のぞみ?」

「セフィリア様が魔術師を育てることになったと聞いて、魔導師様になりたいのかと思い……私も生徒として志願しました」

「そうだったの!?」


 私は別に、どうしても魔導師様になりたかったわけではありませんし、子供たちにゆっくり勉強でも教えて、後身を育てたらあとは隠居生活したいな~ってくらいの気持ちだったのですが……


「クルセア司教に懇願して教室に捻じ込んでもらって、それから毎日深夜まで勉強に明け暮れました。生徒である私の魔法が上達すればするほどセフィリア様の評価が上がると思って、怪我も気にせず死ぬ気で魔法の練習に励みました」


 ……うん、リスタレットちゃんの努力はよくわかってるよ。両手が原形をとどめないくらいズタズタになっていたところを見るに、発動失敗による事故も一度や二度ではなかったのでしょう。それでもまったくめげずに魔法の修行に明け暮れていたというのは、おぞましいほどの精神力です。

 ルルーさんに両手を治してもらって、それから私に叱られた後は、魔法の発動練習こそ控えるようにはなったようですが、代わりに目の下に隈を作って登校してくることがたびたび見られました。毎晩深夜まで勉強していたのでしょう。


 その甲斐あってか、リスタレットちゃんは今では血液の支配だけでなく、地水火風の物質量支配までも扱えるようになっています。彼女は四人の生徒の中で、最も幅広い支配対象を持っているのです。


 風の支配についてはメルシアくんの足元にも及びませんが、総合力では彼にも比肩し得る実力と言えましょう。

 そして自然科学の知識量に至っては、私を除けば帝国でもぶっちぎりの一位だと思います。多分彼女はこれから“賢者”として生きていくこともできるでしょう。彼女一人で、この世界の文明を大きく前に進めることすらできるはずです。


 それに、リスタレットちゃんは血液の操作精度がかなり上がってきているようなので、あと半年もしたら、もしかすると帝国軍医付きの『特務魔術師』に推薦されるかもしれないそうです。

 血液の支配なんてマイナーな領分は帝国の魔術師でも扱える人はかなり稀で、実質彼女一人で“輸血”のすべてを賄うことができるのなら、リスタレットちゃんの希少性と有用性は論じるまでもないでしょう。


「……わたしは、みんながふつうに、へいわにくらしていってくれれば、それがしあわせだよ?」


 いえ、本音を言うなら、私は働かずに家族のみんなといちゃいちゃしながら暮らしていくのが最高の幸せです。

 ……でも『働きたくない』なんて言ったら、リスタレットちゃんは「じゃあ働かないでください、一生養いますから!」と満面の笑みで言ってくれるでしょう。そして私を養うためなら、どんな手を使ってでもお金を稼ごうとするような気がします。


 でもね? たしかに働きたくはありませんが、だからといって他人に養ってもらうのはちょっと違うんです! ヒモじゃだめなんです!

 きちんとルールに則って、正々堂々と負い目なく! 働かずに暮らしていきたいのです!


 ……だから、ね? 毎日毎日、逆鱗邸に貢ぎ物を持って日参するのはやめてって、騎士修道会の修道士さんたちに言っておいてくれないかな?

 高価な装飾品とか貴重品を貰っても申し訳ないし、換金もし辛いしで、物置部屋に溜まって行く一方なんです!

 それに食べ物を持ってきてくれる人もいるけど、うちの料理人であるケイリスくんは過去の毒殺事件(トラウマ)のせいで、他人から貰った食べ物とか信用しないんですよ!


 みんなの平穏な暮らしが私の幸せ、などと綺麗ごとを抜かす私に、リスタレットちゃんはどことなく不満げにしていましたが……

 けれども不意に悪戯っぽい笑みを浮かべると、


「まぁ、それなら今までとおんなじですね! これからも私たち……『セフィリア様のおみ足をぺろぺろし隊』は、セフィリア様のお役に立てるよう知恵を振り絞り、尽力することを誓います!」

「はぁ!? いや、えっ、なに!? なに隊だって!?」


 今、なんというかこう……恥も外聞もかなぐり捨てたような組織名が聞こえたような気がしたんですが、気のせいですか? 気のせいだと言ってください。


「え? 『足ぺろ隊』がどうかしましたか?」

「略称すらもひどすぎる!?」

「私たちって、ぼーっとしてると無意識で『あぁ~、セフィリア様の足ぺろぺろしてぇ~』とか口走ってしまうので、そこからついた組織名なんです」

「そんなあぶない人たちは、とりしまるべきなんじゃないかな!?」

「いえいえ! クルセア司教も黙認……というか推奨すらしてますし、もうメンバーは一二〇〇人を超えてますから、取り締まったら大変です!」


 帝都の人口は約十二万人と言われていますから……えっ、帝都の一〇〇人に一人が『足ぺろ隊(ヘンタイ)』!?

 ……もうこの国はだめなんじゃないかな。


「…………」


 いつの間にやら瞳から狂気を引っ込めたリスタレットちゃんが楽しそうに微笑んでいるのを見て、私はしばらく考え込み……

 そして、ベッドから降りた私は、目の前で跪いている彼女を、優しく抱きしめました。


「セフィ……リア、様……?」


 抱きしめたことに、深い理由はありません。

 強いて言うなら、なんとなく彼女が私を気遣って、わざとこの場を茶化しているような気がしたからです。


 今までリスタレットちゃんは、自身の生い立ちを私に伏せてきました。それを今になって私に明かしたのは、どうしても私に自分の想いを知ってほしかったからなのではないでしょうか。

 そしてそれによって、私が心を痛めるのを知っていた彼女は……いつもの彼女らしくもない話題で、おどけてみせた……という風に見えました。それから、あまりにも重い過去を聞いた私が気に病まないよう、わざと軽く言ってくれていたようにも。


 べつに、この推測が間違っていたとしてもいいのです。

 だとしても結局、私のすることは変わりません。彼女がまた無茶をしないように、しっかりと釘を刺しておくのです。


「リスタレットちゃん。……ううん、リスタレット・プリスタッシュ」

「っ!! は、はひゃいっ!?」


 私に改まってフルネームで呼ばれたリスタレットちゃんは、びくんと肩を震わせて、大きな声をあげました。

 裏返った声をあげてしまったことが恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤に染めたリスタレットちゃん。そんな彼女の明茶色(ライトブラウン)のセミロングをそっと一撫でした私は、彼女の熱くなった耳にそっと唇を寄せて囁きました。


「あなたを、“わたしのもの”にしてあげる」

「―――っ!?」

「あなたの瞳も、唇も……血の一滴、髪の一本、それに心さえも、わたしのもの。いいね?」


 私の耳元で、リスタレットちゃんの熱い吐息が歓喜に震えるのがわかります。

 横目でチラリと窺うと、彼女はこの世の幸福を一身に享受しているかのような、蕩けきっただらしない表情で打ちひしがれています。彼女は声にならない声を漏らしながら、何度も頷きました。

 私はもう一度、手触りの良い彼女の髪をそっと撫でつけます。


「だから……かってに傷つくことは、ゆるさないんだからね?」


 そう、私の持てる全力の愛情を乗せて囁けば……リスタレットちゃんはポタポタと涙を零しながら私の腕の中を脱すると、額を床に擦りつけるようにして平伏しました。


「捧げます―――私のすべてを」



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